図書館

エアコン eakon

第1話

 綺麗な人だ。一目見た感想が口から零れる。艶やかな黒の長髪に佳麗な睫毛、そして華奢に見えるが凛と映える横姿。正面から見ることは叶わないがきっと美しいのだろう。視線が釘付けになる。もう少し近付いてみたい。そんな一心で本棚の隙間から視線をずらし眩い光が全身を包む。すると女性の手から本を零れ落ち光から影へと姿を落とす。

「落としましたよ」

 本を拾いあげ顔を上げようとするも光が眩しく目が竦む。そして目を開けると白い壁が目の前にあった。

「夢かぁ...」

 体を起こす。カーテンからの木漏れ日がが部屋を照らす。晴れのようだ。予報では曇りだったので気分も二倍で明るくなる。しかし綺麗な女性だったなと思いつつも、なぜ図書館にいたのだろうという疑問符が頭に浮かぶ。今日は学校もバイトもなく暇を持て余している身としてはたまには思うままに過ごすのも一興だろう。

「図書館に行ったらあの人にまた会えるのかな、なんて」

 と言いつつも期待してしまうのが人間の性だ。会えたらなんと声をかければいいのだろう。有頂天になった自分を抑制しつつベッドから起き上がることにした。

 朝食を食べ家族不在の家を飛び出る。期待感が体を動かすが途中で事故にでもあったら笑えないので心はあくまでも冷静だ。嘘じゃない。坂を越え駅を通り過ぎ店が並ぶ賑やかな通りを抜けるとスーパーマーケットがある。その上に所在するのが僕が暮らす街の図書館だ。

 正面には図書館の出入口はなく横道へと向かう。薄暗い通路に備えられた寂れた階段を登り終えると現れるのが図書館、本の園だ。当然ながら今日の目的は書籍ではない。図書館に人を探しに来たのだ。閑散としている中で人を探すのに苦労はない。騒がしい図書館に興味が全くないとは言わないが。案の定だが夢で出会った女性には出会えず終い。落胆しても始まらない、いい加減に本当の休日を始めようと思う。階段に足を掛け下ると人にぶつかる。我ながら落胆していたのか、不注意だ。ぶつかった相手は本を落としてしまっていた。

「ごめんなさい」

 本を拾い顔を上げ謝辞を添える。目を奪われる。夢で見た、いや夢にまで見たあの綺麗な女性に。

「あ、あの、落としましたよ」

 緊張からか声が振動する。

「ありがとう」

 透き通った声だ。水のように全身に染み渡る。会話に区切った女性はその場を去ろうとする。この人を追いかけてここまで来たのだと自らを鼓舞し一声を捻り出す。

「どこかで会いませんでしたか?」

「どうかしらね」

 女性は不敵な笑みを浮かべる。それが彼女と僕との本当の邂逅。説話だ。さて、今日はどんな物語を紡ごうか。

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