第23話 はじめての『仲間の死』

「みんな武器を取れ!!」


 天音は場を仕切りなおすようにそう叫んだ。どうやらそろそろ真面目に物語を進めるみたいだ。思えばもう5万文字くらいこのチュートリアルに文字数を注いでいたのやもしれん。

 そうして天音は札束を、葵ちゃんはハンディカメラを、静音さんはモーニングスターを各々おのおの武器を構え、そしてこのオレはゲームの無線ワイヤレスコントローラー(元々有線で根元を1cmだけ残した悲しいやつ)を構えた。


「ちなみに……キミはふざけているんだよな?」

 それを見た天音がややお怒りに、


「お兄様、それは武器ではありませんのよ」


 葵ちゃんも呆れ気味に、


「アナタ様『戦い』は遊びではないのですよ! もっとちゃんとしてくださいませ!!」


 そして何故だかコントローラを渡してきた諸悪の権化クソメイドにも怒られてしまった。


「静音さんから渡されたんだよっ!? オマエらもそれをちゃんと見てただろうがっ!」

「「「???」」」


 三者三同、可愛らしげに首を傾げている。ええいっ! もうオマエたちの可愛さには騙されないからな!!


「ふぅ~……ようやく出番がきただか?」

「??? ……(ハチミツ食べる?)」


 そしてアルフレッドのおっさんはハチミツを舐めるのをやめ、武器であるピッチフォークを構え直して迎撃体制に移った。野生のクマBはオレたちにハチミツを差し出してきた。どうやらオレが呼び出したクマにはこの状況が理解できないようだ。

 ところでそのハチミツは『武器』って認識なのかな? オレのコントローラーくらい武器じゃないよな? もしかして敵の口に詰め込みまくって窒息死させる、ないし虫歯にでもさせんのか? ……いや、考えると怖くなるからもうよそう。


『まもなく戦闘が始まります。準備はよろしいでしょうか?』『はい』『いいえ』


 もちろんオレは『はい』を選んだ。どうやら空気を読んで、選択肢さんの致命的なシステムバグが直りつつあるようだ。


「みんな! 敵が来るぞっ!!」


 そんな天音の言葉を皮切りに、「さぁ、これから本格的な戦闘が始まる!」っと思ってた矢先の事である、


「お、お兄さまぁ~~っ」

「へっ? えっ? あ、葵ちゃん!?」


 葵ちゃんはオレのことをふらつきながら呼び、その場に座り込んでしまった。訳も判らず、今まさに倒れこもうとする葵ちゃんを自らの胸で抱き止め転倒することを阻止した。


「大丈夫か葵ちゃん!? しっかりしろ! クッソォ~、一体何があったんだ!? もしかして…………敵の先制攻撃か!?」


 オレは葵ちゃんを抱きしめながら、敵がいないかと辺りを警戒するように見回した。これは敵の物理攻撃か、はたまた成層圏にいる神からの精神攻撃なのか?

 だが生憎と農夫のおっさんも、またクマBにも全然そんな素振りはまったくなく、周りにもそして空にも敵の姿は確認できなかった。


「……葵ちゃんは誰からの攻撃を受けたんだ???」

「お兄さま……ごほっごほっ……。わ、ワタクシはもう…ダメですわ。ここはワタクシに任せて……お兄さま達は先へ・・と進んで下さいませ」


 葵ちゃんは血を吐きながら最後の力を振り絞り、抱きしめているオレの制服の胸元を力なく握りしめ、声なき声でそう呟いた。


「あっ、葵ちゃん…………」


 そもそもどこへ??? やべぇ、たぶんシリアスな展開なんだろうけどさ、正直どこ行きゃいいかわからんぞ!? オレは困り果て……ってそうだよ! こんなときこそあの人がいるじゃないか!!


「し、静音さん! 葵ちゃんが!! 葵ちゃんが!?」


 この物語の管理人でもあり、一応は回復役の腐っても『僧侶』である静音さんを慌てて呼んだ。

「アナタ様。少し落ち着いて下さい……」

「こ、これが落ち着けるか! だって葵ちゃん今にも死にそうなんだぞ!! 血だってこんなに吐いて!!」


 オレは手に残る葵ちゃんの血を静音さんに見せながら、あくまでいつもどおりの冷静な静音さんに対して感情にまかせるがままに怒鳴った。


「……キミ、葵が倒れて焦るのは解かるが、静音に怒っても仕方ないだろう。ここは僧侶でもある静音に任せるんだ」


 天音は「だから落ち着け!」と言いながら、オレの肩に手をかけて諭してくれた。


「あっ……そ、そうだよな。わりぃついカッとなっちまってさ。その……葵ちゃんの事が心配で……」


 お世話係の静音さんはもちろん、天音だって自分の妹である葵ちゃんのことが不安で心配で心配でたまらないのだ。それでも最善を尽くそうとしているのにそれをオレは怒鳴るなんて……なんてバカヤロウなんだオレは!?


「お気になさらず……ワタシは何を言われても大丈夫ですよ」


 オレが八つ当たりで怒鳴ったのに静音さんは優しく微笑みかけ、安心させてくれた。静音さんは葵ちゃんの額に手を当てると、今度は葵ちゃんの力なき右手の脈診をし始めた。


「…………こ、これは!? でも、まさか……」


 葵ちゃんの体調を調べていた静音さんが口に手を当て驚きを隠すようにしていた。それは普段クールな彼女とは思えないほどの驚きようだった。


「し、静音さん? 葵ちゃんは大丈夫なんだよな? な?」


 オレは不安に駆られ何度も静音さんにそう聞いてしまうのだが、ふるふる……静音さんは静かに首を横に振るだけだった。


「えっ? そ、そんな馬鹿な! お、オレ嫌だぜ……。誰かが死ぬのを目の当たりにするなんて!! しかも義理とはいえ妹の葵ちゃんが死ぬなんてさぁっ!!」


 誰にぶつけるでもなく、オレは葵ちゃんを抱きしめながら力の限り叫んでしまう。


「お、お兄様……。お兄様が葵のことをそう想ってくださるだけで……葵は……葵は幸せモノでした」


 そういう葵ちゃんは目を瞑り涙を流しながら、今まさにオレの腕の中で亡くなろうとしていた。


「だ、ダメだって葵ちゃん! まだチュートリアルなんだぜ! なのに、なのに、こんなところで葵ちゃんが死んじまうなんてよぉ!! ぐすっ……それにオレたちにこんなシリアスな展開は似合ねぇって! こ、こんなのオレはぜっってぇ認めないからなっ! 静音さん、アンタこの世界の管理人でしかも『僧侶様』なんだろう! だったら……だったらさ。葵ちゃんを助けてくれよ……お願いだからさ……」


 オレは溢れ出す涙を必死に堪えながら、静音さんにそう懇願こんがんするが、


「アナタ様……。ワタシにも『できること』と『できないこと』があるのですよ。葵お嬢様はもう……」


 ただ静かにそう言ってくれるだけだった。


「わかってる、わかってるさ、オレだってそんなことくらい!!」


 力なき無力のオレはただ叫ぶだけだった。


「……お、お兄様……、……、兄様、どこに……いらっしゃるの、で……すか?」


 葵ちゃんは大量の出血から既に目が見えないのかもしれない。オレが痛いくらいに抱きしめているのにも関わらず、うつろな目で必死にオレの事を探している。


「ぐすっ……だ、大丈夫だよ、葵ちゃん……。オレならさ……っ……ここに、葵ちゃんの傍にちゃんと、ちゃんと、いるよ……ぐすっ……だから……っ」


 オレの事を必死に探してくうを切る葵ちゃんの血で染まった手を握りしめるだけだった。


「ワタクシ……もうお兄様のこと、見えませんの。ですから、てを……手を握ってはくださいませんか?」


 葵ちゃんにはもう手の感覚がないのだろう。既に痛いくらい力いっぱい握り締めているのに…………。


「ほら……葵ちゃん。オレは……ずっと傍にいるよ。…………だから……」


 オレは自分の顔の輪郭へと、血で染まった葵ちゃんの右手を押し当てた。葵ちゃんはゆっくりと弱弱しくも震えながら顔に触れると、ただなぞるだけだった。


「お兄様は………。ずっと、ずっと、葵の傍にいてくれたんですね(ごほっごほっ)」


 葵ちゃんの口から再び大量の血が溢れてきた。ヒューヒュー……と息を吸い込む音が聞こえた。血で気道が圧迫されたのだろう。息をするだけでも苦しそうだった。


「葵ちゃん……葵ちゃんはさ、オレに、な、何かして欲しいことはないかい?」


 オレはもう涙でまともに葵ちゃんの顔がわからなかった。感情の高ぶりから、声もちゃんと出ていたのかさえ怪しい。


「……そうですわね。なら…き…すを…。き、すを…(ごほっごほっ)お願いいたしますわ。……恥ずかしながら…ワタクシ……まだしたことが……ありません(ごほっ)…ですの」


 大量の血で声どころか、息を吸うのすらままならない葵ちゃんの最後の頼み。


「(ぐすっ)…わ、わかったよ。オレも初めてだけど……」

「……まぁ…………お兄様……も。…はじめて……なんですわね。……なんだか、…ワタクシたち……運命を…感じます……わね(ごほっごほっ)」

「…………」

「…………」


 天音も静音さんも、何も言わずただ黙ってオレたちのやり取りを見守ってるだけだった。きっと葵ちゃんにお別れの言葉を言いたいだろうに。

 葵ちゃんは既に目を閉じてキスを待っていた。オレは眠り姫を起こすかのように、そっと葵ちゃんの唇にキスをする。


「…………」

「(んっ)」


 触れるだけのキス。はじめて同士のキス。それが……葵ちゃん最後の願い。


「…………」

「(すんっ)葵ちゃん。葵ちゃんのファーストキス…………奪っちゃったよ。ねぇ、葵ちゃん! 葵ちゃんってば……あお…………っ!?」


 その瞬間オレの顔に当てていた葵ちゃんの右手が……力なく地面にだらりと落ちてしまう。目を瞑ったままの葵ちゃんは、少し微笑んでいるようにも見えた。


『武道家:須藤葵は死にました。またのご利用を心よりお待ちしております(ぺこりっ)』


 そんなただ無機質の機械音だけがオレの耳元に届けられた。その刹那、葵ちゃんの全身が光出し、やがて目を覆わんばかりの大量の光が世界を支配すると、やがて音もなく『それ』が現われたのだ。


 それは全体が黒色で中心には十字架が描かれた…………『棺』だった。



 第24話へつづく

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