少年は念願の自家を手に入れる

「ただいまー……って、今日は二人共仕事か……」


 制服を着替え、ラフな部屋着に着替えると現在時刻を確認する。

 デジタル時計には十六時三十分と表示表示されている。

 大体我が家の晩御飯の時間は午後七時前後なので、二日と少し程あちらの世界で過ごしても問題ないはずだ。


 前回母さん達に心配をかけてしまって以来はこうして時間を確認するようにしている。

 ミュートロギアでの一日はこちらの世界での一時間にあたるので、基本的には晩御飯の前を目途にしてこちらの世界に戻ってくるようにしているのだ。


【アイテムボックス】を唱えると目の前に漆黒の立方体が姿を現す。

 やはり、何度見ても見慣れない。この世界でもミュートロギアで覚えたスキルが使えるというのは不思議な気分になる。


 目的の物を頭に思い浮かべると、漆黒の立方体から小さな黒い鍵が吐き出された。

 鍵を手にするとクローゼットの鍵穴に差し込み、時計回りに捻った。


「さあ、行こうか」


 誰に言うわけでもなく、自分自身にそう言い聞かせると溢れ出る光の中へと踏み出した。


 ♢♢♢


 無事にミュートロギアについたので辺りを見回す。

 どうやらこの前僕は貸し与えられているこの部屋のクローゼットを使って元の世界へと戻ったらしい。今僕がいるのは王城の一室、貸し与えられた客室の中だった。


 こればかりは不思議だったのだが、僕があちらの世界で過ごしている間、ミュートロギアの時間は止まっている。理由は分からないけど、僕にとっては非常にありがたい。


 因みに僕は土日の間は殆どの時間をこちらの世界で過ごしていた。

 日数にして約三十日、およそ一月だ。

 その間に僕が何をしていたかというと――。


 その時コンコンと二度、木扉ドアが叩かれた。


「はい」

「おはようございます、ジン様。かねてよりご購入されていた物件が遂に住まえる状態になった、と商業ギルドより通達が入りました」

「ありがとうございます。早速向かわさせていただきますね」


 ♢♢♢


 僕がこの一か月間にやっていたことは資金調達だ。

 以前ツヴァイ様から多額の褒賞を頂いたけど、あれは何かあったときのために残しておくと決めた。なので、冒険者ギルドで仕事を受け、お金を稼いでいたのだ。


 資金調達していた理由は一つ、家を買うためだ。

 勿論家を購入するというのは莫大な資金が必要になるということは分かっていたけど、それでもずっと王城に居候しているのは気が引けた。

 それで何とかお金を貯めて、遂に条件も破格の物件を見つけ、家を購入したというわけだ。


 商業ギルドの職員のお兄さんに案内された家はそれは立派な家だった。

 軽い運動なら易々と行えるだけの広さの庭に、二階建ての立派な屋敷。離れにはもう一つ物置き小屋まである。

 庭も屋敷も手入れされており、人が住んでいると言われても信じてしまう程だ。


 職員のお兄さんは屋敷の中も案内してくれた。

 外から見た以上に中は広く、家具なども以前の家主の物が残っていた。しかも、この家は食材などが多く売られ、市が開催されているオキデンス大通りへのアクセスも良いという好立地だ。


 これだけの物件で白金貨二枚、日本円に換算するとおよそ二千万円だ。

 白金貨二枚というのは確かに大金だが、この家を買おうと思えば本来その十倍近く必要になるのだ。


 ではなぜこの家がここまで破格の条件で売りに出されていたのか。それにはちゃんとした理由がある。


 昼間は何ともないのだが、夜中になると家主をどういう理由か苦しめるらしい。数日程度であれば問題無いが、それが何日も続くと次第に家主は衰弱していき、最悪の場合死に至った人もいるのだとか。

 そして、その人達に現れたというのが魔力欠乏症。本来であれば自身の魔力量以上に魔力を消費することによって起こる症状なのだが、どうやらそれが起こるらしい。


「それでは私はここで失礼させていただきますね」

「はい、どうもありがとうございました」

「いえ、それでは」


 職員のお兄さんにお礼を言い、その場で別れた。

 僕としてはこんな呪われていそうな家は正直怖いから嫌だったのだが、アレクがこの家にしろとうるさかったので決めた。


「ねぇアレク、そろそろどうしてこの家を選んだのか教えてくれてもいいんじゃない?」

「む? ああ、いいぞ。恐らく魔法にそれなりに精通しているものなら知っていることだが、人の魔力量というのは努力次第で増やせるものなのだ。使えば使うほど、徐々にその最大保有量が増加していく。ステータスでは魔力量と魔法を行使する力の二つを統合した“魔力”として表記されるから実感はし難いがなッ!」

「へぇ……。あ、もしかして……」


 アレクはニヤリと笑みを浮かべた。


「今ジンが考えている通りだ。何が原因かは分からんが、この家に住んでいると魔力欠乏症に陥る程魔力を消費するらしいからな。住んでいるだけで魔力量が増加するなんて夢のようだろうッ! ガハハッ!」


 確かに言っていることは理に適っている。

 ただ、アレクは一つ忘れているのではないだろうか。魔力を限界まで使い果たすと倦怠感と気持ち悪さを動けなくなるほど感じることになるのだ。


「ねえアレク、それってすっごい辛いんじゃ……」

「そこは気合だッ! 魔力量が多ければその分魔法を多く使える。我の【覇王剣術】は魔法を組み合わせて戦うからな、魔力量が大いに越したことはないッ!」


 とはいえ、アレクの言うことはもっともだ。

 いざという時に魔力が枯渇すれば死に直結する。【英雄伝説ヒーロークロニクル】の効果で僕は事件に巻き込まれやすい。だから、出来る間に出来るだけの備えはしておくべきだ。


「うん、分かったよ!」


 ♢♢♢


 その日はその後、エミリーたちが僕の新居に遊びに来たり、一緒に夕飯を食べたりして穏やかに過ぎていった。

 そして問題の夜。

 辺りの家から光が消え、辺りは星光と月明かりに照らされるばかりだ。

 そして遂に、その現象が始まった。


「きたっ!」


 徐々に徐々に身体の中から魔力が吸い取られていく感覚。

 魔力が減少することによって僅かにだが身体が怠く、重くなってきた。


「ジンッ! 【魔力探知】で魔力を吸っている元を辿れッ!」

「うん!」


 常時発動させている【魔力探知】の反応を追っていくと家の地下室へと辿り着いた。そこは以前から食糧庫として使われていた場所だった。しかし、反応はそこで打ち止めではなかった。


 魔力の反応はさらにその下へと続いている。

 軽く地面をコンと叩くと、確かに中は空洞になっているようだった。


「折角の新居を壊すのは忍びないけど……」


 僕は力を籠めると、引き絞った拳を思いきり床に叩きつけた。

 拳が衝突した床は破壊され、その先は案の定空間が広がっていた。落下し、着いた先のその光景に僕は圧倒されてしまった。


 床一面を覆うような巨大な魔方陣。それだというのに複雑で繊細なそれに美しささえ覚える。


「やはり……か」

「アレクはこれが何か知ってるの?」

「ああ、これはとある魔法使いが作った魔方陣だ。対象者を指定して、その対象者の魔力を糧に動作するよう書き込まれた、な」

「それでこの魔方陣の効果っていうのは……」


 これだけ大掛かりな魔方陣、きっとその効果も凄いものに違いない。

 固唾をのみ、アレクの顔をじっと見つめると、何が面白いのか、アレクは大笑いしていた。


「ガハハッ! これにそんな大層な効果とかないぞ? これにかけられた魔法は【清潔クリーン】だけだからなッ!」

「【清潔クリーン】って……。それじゃあもしかしてこの家が綺麗なのってこの魔方陣のおかげってこと?」

「ガハハッ! つまりそういうことだ。まあ、何にせよ害ある代物でなくて良かったではないか」


 まあ確かにそうだけども……。

 何だか今日はどっと疲れてしまった。もう早く寝よう……。

 新しい我が家で初めて迎える夜。

 僕はベッドに潜り込むと泥のように眠りについた。

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ザ・マジック・クラ―ウィス~魔法の鍵で異世界へ~ 赤井レッド @Famichiki_Red_1060

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