少年は良い夢を見る?
「……そう、なんですね……」
そう言ったきり、エミリーは僕に何も聞いてこようとはしなかった。
「何も聞かないの……?」
僕が恐る恐る窺うと、隣のエミリーは少し驚いたような顔を見せた後にふっと微笑みを浮かべた。優しくて、暖かい。そんな笑顔だ。
「ジン君が言いたくないのであれば私は別に聞きたいとは思いません。もしもジン君が私に話してもいいと思えたら、その時はいつだって聞きますよ」
「エミリー……。別に大したことじゃないんだ、でも……。いや、エミリーには聞いてもらいたい。
僕は一呼吸開けると覚悟を固めた。
「僕がこの世界に来たのには理由があるんだ。それは……その……
アレクに話すのはもうどうということはないけど、やはり同年代の、しかも女の子に話すというのは恥ずかしく感じてしまう。僕が小さな声でそう言うと、それをしっかりと聞き取ったエミリーは少しキョトンとした顔をしたかと思ったらくすりと笑みを浮かべた。
「うう……やっぱりエミリーも僕の夢を笑うの……?」
「いえ、そういう意味で笑った訳ではないんです。ただ、ジン君らしいなって思って」
「僕らしい?」
エミリーは肯定するように頷く。
「私がジン君とは今日であったばかりですけど、分かります。だってジン君は今日であったばかりの知らない女の子のことを助けて、その子のために一日中付き合ってしまうような御人好しなんですから」
「でも、それは誰にだって出来ることだよ。僕にしか出来ないことじゃない」
「確かにそうかもしれません。でも、私のことを助けてくれたのも、私に付き合ってくれたのも、他でもないジン君です。だから、ジン君は私の中ではもう、立派な
かあ、と自分でも分かる程に顔が熱くなるのを感じた。心臓は早鐘を打っていて、鼓動の音が耳に鳴り響いている。
嬉しさや恥ずかしさが溶け合って自分でもこの感情が何なのか分からない。でも一言、エミリーにはありがとう、とそう伝えたいと思った。僕はその思いを伝えようと口を開こうとしたが、頭がぼんやりとしてきて、体から力がふっと抜けた。
そこで僕の意識は途絶えた。
♢♢♢
こてん、と私の肩にジン君の頭が倒れてきました。
「ジン君?」
よく見ればジン君は目を閉じており、どうやら寝ているみたいです。多分、私と会う前も今日は朝から王都の外で何かしていたのでしょう。その後も私が街を連れまわしてしまったから、きっとその疲れが出でしまったのですね。
「お疲れ様です、ジン君」
私がジン君の頭を撫でると、ジン君は少し身悶えし、再び静かに眠りにつきました。
とても気持ちよさそうに眠っていますね、一体どんな夢を見ているんでしょうか?
その寝顔を見ていると、私にも眠気が襲ってきました。湯で暖められた身体が冷え、体温が下がったことによって身体が眠ろうとしているのでしょう。
いけない、こんな所で眠ったら、風邪を……。
イリザを呼ぼうとしましたが、眠気には勝てず、私の意識はそこで切れてしまいました。
♢♢♢
エミリー様は恐らく今日も庭園の長椅子で休まれている事でしょう。外が寒くなる冬以外は湯から上がった後はいつもお一人であの長椅子に腰かけて空を眺めていますから。
今日もそうだろうと思い、私がエミリー様に声を掛けようと思って覗いてみると、エミリー様は長椅子に腰かけたまま眠ってしまっているようでした。
「もう、エミリー様、風邪を引いてしまい……あら? まあ……」
よく見るとエミリー様の隣には男の子が座っており、エミリー様同様に眠ってしまっているようでした。確か、エミリー様がお連れになった方で、エミリー様の恩人だと聞かされましたね。
「エミリー様、起きてください。御部屋のベッドで眠りましょう」
小声でそう声を掛けても起きる気配はありません。それだけ深い眠りについていることでしょう。隣の彼も起きる気配は無く同じく深く眠りについているのでしょう。
そうなると無理に起こすのは少々忍びなく思えてしまいます。私は近くにいった侍女に声を掛けようとしたところで湯浴みのためにやってきたツヴァイ様に出会いました。
私が一礼してその場を小走りに去っていこうとしていたところ背後から声がかかります。
「イリザ、どうかしたの? そろそろエミリーは寝る頃合いだと思ったけど、何か急いでいるようだし」
「あ、実は――」
私が事情を説明すると、ツヴァイ様はくすくすと少し笑われて、「僕が運ぶよ」とおっしゃられました。しかし、国王陛下のお手を煩わせるわけにはいきません。説得を試みようとしましたがツヴァイ様には聞く耳をもっていただけず、結局背中に男の子、ジン様を背負い、両腕でエミリア様を抱き抱えるとエミリア様の部屋へと運びました。
「申し訳ありません、ツヴァイ陛下。陛下の手を煩わせてしまうとは……」
「いいっていいって、僕が勝手にやったことだしね」
ツヴァイ陛下は抱きかかえていたエミリー様をベッドに下ろすと、ジン様を背負ったままそっと部屋を出ようとしました。
ベッドから離れようとしたところでエミリア様の手がツヴァイ陛下の袖を掴みました。
「ジン君……」
「「……」」
それは寝言だったようでしたが、確かにはっきりとツヴァイ様に背負われている少年の名を呼びました。ツヴァイ様はそれを悪戯を思いついた少年のような顔で聞いていると、突然背負っていたジン様をエミリア様のベッドに下ろし始めました。
「な、何をなさっているのでしょうか、ツヴァイ陛下?」
「んー? いや、エミリーもジン君と離れたくないみたいだしさ、それに……」
「はい?」
エミリア様の隣にジン様をそっと下ろし、二人に掛け布団をかけると、笑みを浮かべながらこちらに振り返った。
「こうした方が面白そうじゃない?」
「陛下……。分かっていらっしゃるのですか? 未婚の貴族の女子が異性と同衾することは……しかもそれが王族ともなれば――」
私が陛下に苦言を呈そうとすると、すっと指を口に当てられ、続きを止められてしまう。
「分かっているよ。問題無いさ、誰にもバレなければいいんだし、それにバレたとしても問題ないんじゃないかなあ?」
「どういう意味でしょうか?」
「僕はね、自分の子供には僕と同じように普通に恋愛をして、結婚して欲しいと考えているんだ。だから相手の身分何て僕は気にしてない、その相手が僕の息子娘に相応しい相手であればね」
「それは……」
「さあさ、僕達がここで話していたらエミリーたちも目が覚めてしまうかもしれないからね。邪魔者は早々に退場するとしよう」
そうしてツヴァイ陛下は私を連れ、エミリア様の部屋を後にしました。何事もなかったようにツヴァイ陛下は大浴場へと向かわれ、私も使用人用に用意された自分の部屋へと戻りました。
エミリア様とジン様は本当に大丈夫でしょうか……?
♢♢♢
「んぁ……」
ふと、目が覚めた。柔らかくて、暖かい感触が身体を包み込んでいる。ここはベッドの中なんだろうか。
いつの間にベッドに入ったのか、思い出そうにも記憶にない。僕の記憶は昨日ベンチでエミリーと話していたところで途切れている。
カーテンの隙間から陽の光が差し込み、窓の外から聞こえる鳥の
何の音だろうか? 僕が手探りでベッドの中を潜っていくと、僕の頭が何かに摑まれ、引き寄せられた。
「……っ!?」
何かに頭を掴まれ、そのまま引き寄せられた僕はほんのりと柔らかい何かに当たった。密着するそれからはとても甘い香りがしてくる。
だけど、布団の中にいる僕には何が起きているのか分からない。頭を掴んでいる何かを振り解こうにも全く抜け出せる気配が無く、どうしたものかと考えていると、扉をノックする音が聞こえてきた。
「エミリア様、失礼致します」
ま、待って、今確かにエミリア様って言ったよね? え……? どういうこと?
頭は混乱を極めていた。何が何やら訳が分からない、気が付いたら僕はエミリーの部屋で寝ていたってことなんだろうか? だとしたらこのベッドはエミリーのベッドであるわけで……。
「エミリア様、起きてください。もう朝ですよ」
「んぅ……イリザ……?」
「はい。エミリア様、もう朝食が出来ております」
「……うん、分かった……」
昨日僕と話していたような敬語ではなく、普通に話しているエミリーの声は寝起きということもあいまってあどけなさがあり、可愛らしいと思ってしまった。
そしてベッドから出ようとしたところで、ふと自分が何かを抱いていることに気が付いたらしい。片手で未だに僕の頭を抱えたまま、もう片方の手で布団がゆっくりとまくられていく。
ああ……終わった……。
完全に布団がまくられ、僕とエミリーの目があった。
「お、おはよう、エミリー」
「……い、……いやぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ぶほっ!?」
エミリーの渾身の平手が僕の頬へ吸い寄せられた。
♢♢♢
「ほ、本当に申し訳ありません……ジン君」
「いや、もう気にしてないから大丈夫だよ。それよりも、エミリーは昨日のどうして僕達が同じベッドで寝ることになったのか覚えてる?」
「いえ……私も思い出そうとしたのですが、昨日ジン君と二人で話した後、ジン君が眠ってしまって、それを見ている内に私も眠くなってしまったことは覚えているのですが、それ以降のことは……」
僕達は朝食に出されたフレンチトーストを食べながら何故こんなことになったのか話し合っていた。すると、寝癖をつけたグレイがやってくる。
「よぉ……ジン、エミリー」
「ああ、おはよう、グレイ」
「おはよう、グレイ」
「ん……? っくく! 何だよジンっ、その頬の真っ赤な手形はっ!」
僕の頬についた真っ赤な紅葉を見てグレイは笑った。いや、仕方ないと思う。あれだけ渾身の一撃を受けたんだ、そんなにすぐに痕が消えるはずがない。
「まあ……色々あったんだよ」
「はははっ! まあいいや、俺も朝飯食べよっと」
グレイも加わり、三人で朝食を食べていると既に身支度を整えたツヴァイ様が通りかかった。
「おはようみんな」
「おはようございます、ツヴァイ様」
「おはようございます、お父様」
「おはよう、父様」
「ん? ははっ! ジン君、その頬、どうしたんだい? もしかしてエミリーにやられちゃったのかな?」
ツヴァイ様にも僕の頬に出来た紅葉について問われ、何といったらいいものかと考えていると、ツヴァイ様は笑いながら目尻に浮かんだ涙を拭うと、「ごめんごめん」と謝った。
「どうしてツヴァイ様が謝るのですか?」
「んー? いや実はさ、それやったの僕なんだよね」
「「え?」」
僕とエミリーの声が重なる。ようやく笑いが収まったツヴァイ様は笑顔のまま、色々と説明してくれた。説明が終わると僕はツヴァイ様のことをジト目で、エミリーはこれまで見たことも無いような表情でツヴァイ様のことを見ていた。
「お父様?」
「ん? 何だいエミリー」
「私、今日からお父様ともう口をききません」
「え、ちょっと待ってエミリー? その、ね? 僕も出来心だったっていうか、ほらあるだろう? それにエミリーだってジン君と一緒で本当は――」
急いでツヴァイ様の口を押さえるともう一度目が笑っていない笑顔を浮かべ、「これ以上余計なことを言ったら本当に口をききませんよ?」とツヴァイ様に話しかけていた。
それを聞いてツヴァイ様も凄い速さで頷いている。
僕は誓った、絶対にエミリーを怒らせるような真似はしないようにしようと。
エミリーが口を押さえるのをやめると、ツヴァイ様は笑顔で口を開いた。
「そういえばジン君は今日どうするつもりなんだい?」
「今日ですか? うーん……特にこれといって用事は無いので、ギルドで依頼を受けて魔物でも狩りに行こうかと思っています」
「そっかそっか、特に用事が無いのであればエミリーとグレイに学園を案内してもらってはどうかな? 今日は学園が休みだし、それに二人共今日は特別用事は無いだろう?」
ツヴァイ様がエミリーとグレイにそう問いかけると、二人は頷く。
「俺は大丈夫だぜ」
「私も問題ありません」
「らしい。それでジン君はどうかな?」
んー……学園か。教育機関というものにあまりいい思い出が無い僕にとってはあまり好んで行く場所ではないんだけど……。
エミリーとグレイの方を向くと顔を輝かせてこちらを見ている。これは断るわけにはいかないだろう。
「はい、行きます」
「そうか。それじゃあ三人とも朝ご飯を食べたら学園に向かう準備をして気を付けて向かうんだよ」
「はーい、分かってるよ父様」
こうして僕達は朝食を食べ終え、身支度を整えると、エミリーとグレイが通う学園へと向かった。
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