少年は相棒の過去を知る

「まず、何から話そうか……。ジン君はこの絵画に描かれている、この方について聞きたいんだよね?」

「え? は、はい」


 うーん、と唸ると国王様は僕とエミリーに長椅子に腰かけるよう言った。僕達が長椅子に腰かけると、対面に国王様が座った。


「それじゃあ少し長くなるけど、始めから話していこうか」


 ♢♢♢


 今からおよそ三百年前、世界は混沌とした戦乱の時代だった。“人族ヒューマン” “獣人族ビースト” “森精族エルフ” “土精族ドワーフ” “竜人族ドラゴノイド” “魔人族デモニア” 、これら六つの種族が覇権を争い、多くの血が流れた。


 この六種族の中でも人族ヒューマンは最弱だった。身体能力では獣人族ビーストに劣り、魔法では森精族エルフのような高度な術式は編めず、技術では土精族ドワーフの足元にも及ばず、竜人族ドラゴノイドのような強大な力も無く、魔人族デモニアのような数もいなかった。


 故に人族ヒューマンは当時、最も数が少なく、勢力も小さかった。何時滅ぼされるかも分からない程切迫した状況の中、人族ヒューマンに一人の男が現れた。男が赴いた戦場は全戦全勝、絶望に満ちていた人族ヒューマンに希望の光を見出した。


 やがて男は人族ヒューマン最後の小国の王となる。男はまず、軍を率いて隣接していた土精族ドワーフの領土へと赴いた。だが、男は軍をただ、後方に置き、単身で土精族ドワーフ軍と対峙した。男一人に対して土精族ドワーフの数はおよそ一万四千、火を見るよりも明らかな戦いである、筈だった。

 男はたった一人で一万四千の土精族ドワーフ軍を破ったのだ。しかも、男はただの一人も土精族ドワーフを殺さなかった。

 後れてやってきた土精族ドワーフ軍の本体にこう、呼びかけたそうだ。


「我の軍門に下れッ! 我が配下となりて、我と共に世界を取ろうぞッ!!」と。

 普通ならば下らない夢物語だ、と一蹴されるだろう。だが、土精族ドワーフ達は目の前の光景を目の当たりにして、この男ならもしかすると、そう考えさせられてしまう。

 そこで、本体の兵士の波が分かれ、土精族ドワーフの王が姿を現した。土精族ドワーフの王は人族ヒューマンの王に決闘を申し込む。敗者は勝者の軍門に下る契約を交わして。


 二種族の王の戦いは苛烈を極め、その戦いは丸二日にも及んだ。土精族ドワーフの王は持てる全ての兵器を出し切り、人族ヒューマンの王はその悉くを正面から叩き潰し、最終的に勝利したのは人族ヒューマンの王だった。

 こうして土精族ドワーフ人族ヒューマンに統合され、土精族ドワーフの王、ガレス・デトロイトが配下となった。

 これが後に王の右腕と呼ばれることとなる、技術王ガレス・デトロイトとの出会いだ。


 こうして土精族ドワーフの広大な領土と、その技術力を手に入れた人族ヒューマンはさらに、隣接していた森精族エルフの領土へと進軍する。

 森精族エルフの領土は空気中の魔力濃度が異常なまでに高い大森林だった。そこには、とてもではないが魔法適正の低い人族ヒューマンでは太刀打ちできるはずもなく、人族ヒューマンの軍を率いていくことは出来なかった。


 人族ヒューマンの王は土精族ドワーフ軍を連れ、進軍する。ただし、王は言った。決してその兵器で森を傷つけてはならぬ、それが嫌な者は即刻引き返せ、と。

 それにより、己の技術力に誇りを持っていた土精族ドワーフ軍の多くは国へと引き返し、少数の 土精族ドワーフが残った。

 人族ヒューマンの王は少数の土精族ドワーフ達と共に、少なくない犠牲を払いながらも大森林を抜け、森精族エルフの都へと辿り着く。


 人族ヒューマンの王はまたしても単身で城に乗り込むと森精族エルフの女王に軍門に下るように言った。だが、結果は無論失敗、総勢五万の森精族エルフ軍からの集中砲火を浴びながらもそれらを全て無効化し、強大な魔法を空に打ち上げた。

 その魔法は雲を裂き、空の彼方で爆裂すると陽が沈んでいたにも関わらず、まるで昼間のような明るさが丸一日続いたという。


 その様子を目の当たりにした森精族エルフの女王は人族ヒューマンの王の力を認め、その軍門に下った。こうして人族ヒューマンの王は森精族エルフの肥沃な大地と、高度な魔法技術を手に入れた。同時に、森精族エルフの女王アグラエル・マギアを配下に加えた瞬間だ。

 後に王の叡智と呼ばれる魔導王アグラエル・マギアとの出会いである。


 人族ヒューマンの王は手に入れた森精族エルフ土精族ドワーフの技術を用い、国の食糧不足を解決し、飢えに苦しむ民を救った。王はさらに強大な城壁で都を囲み、民に戦火が及ばないようにした。


 次に人族ヒューマンの王が目指したのは森精族エルフの領土を侵略せんとする獣人族ビーストの地であった。

 獣人族ビーストというのは戦うことを生き甲斐としている種族で、とても好戦的な性格をしていた。そのため、話し合いをするという選択肢ははなからなく、総力戦が始まる。

 人族ヒューマンの王が率いるのは人族ヒューマン森精族エルフ土精族ドワーフの三種族、それに対し相手は獣人族ビースト一種族のみ、だが、戦は中々終わりを迎えなかった。


 獣人族ビーストは死ぬまで戦い続けることに誇りを持っており、例え怪我をしても戦闘を続けた。故に、これまでのように上手くはいかず、両陣営が大きな被害を受けることとなる。

 だが、やはり一種族と三種族の連合が戦えば結果は見えている。最終的に残された僅かな獣人族ビーストとその王、獣人族ビーストの王は人族ヒューマンの王と対峙し、殴り合いの戦いの末、辛くも人族ヒューマンの王が勝利を掴み取った。


 人族ヒューマンの王のその力に惚れ込んだ獣人族ビーストの王は配下に自ら加わり、残された獣人族ビースト達も人族ヒューマンの王の軍門に下る。

 後に王の剣と呼ばれる闘王アルバ・テスタロッサとの出会いだ。


 こうして集まった土精族ドワーフ森精族エルフ獣人族ビーストの王達は人族ヒューマンの王と生涯を添い遂げる忠臣となる。


 こうして三種族を配下に加え、残すは大陸最強の竜人族ドラゴノイドと、別大陸から侵略してくる魔人族デモニアのみとなった。だが、次に人族ヒューマンの王が目指したのは竜人族ドラゴノイドの地でも、魔人族デモニアが支配する別大陸でも無かった。


 向かったのは大陸の中央、唯一この古の大戦に関わらなかった七つ目の種族“精霊族スピリトゥス”の元だった。だが、精霊族スピリトゥスの住まう地はこの世界ではなく、別の世界であり、その世界に踏み入るためには相応の資格が必要だった。

 そして、そのことを知っていたからこそ、他の五種族は隣接しながらも、精霊族スピリトゥスには関わろうとしなかったのだ。


 それ故に臣下達でさえ怪訝な顔を見せたが、人族ヒューマンの王に押し切られ、大陸中央に聳える大樹を目指した。

 精霊族スピリトゥスの住む世界を訪れる資格、それは清らかな心を持っていることだ。一見簡単そうに見える条件だが、それがとても難しい。

 その条件故に子供の内は精霊族スピリトゥスを見ることが出来る者も多いが、大人になるにつれその姿を見ることさえ叶わなくなってしまう。


 大樹の根元、そこに人族ヒューマンの王達が付いた時には既に彼女は待っていた。精霊族スピリトゥスの女王ティターニア・ティルナノーグ。

 だが、彼女の姿を捉えることが出来たのは人族ヒューマンの王と、魔道王アグラエル・マギアのみだった。


 人族ヒューマンの王が人族ヒューマンとは思えない身体能力を持ち、森精族エルフをも凌駕する魔法を扱うことが出来たのはこのティターニアと契約を結んでいたためだ。

 本来精霊族スピリトゥスが契約を結ぶことは珍しく、さらにその女王ともなれば尚のこと。

 まだ人族ヒューマンの王が無垢な少年だった頃、偶然にもティターニアのことを助けた。恩義を感じたティターニアは少年だった人族ヒューマンの王と契約を結び、それ以来見守っていたのだ。


 人族ヒューマンの王がこの地に足を運んだ理由、それは精霊族スピリトゥスと同盟を結ぶためであった。

 ティターニアはそれを了承し、精霊族スピリトゥス人族ヒューマンとの同盟関係が生まれる。そのまま軍を軍を率いて人族ヒューマンの王が向かったのは竜人族ドラゴノイド達が暮らす剣竜山脈。


 竜人族ドラゴノイドはプライドが高く、決して誰にも付き従わない。それを深く理解していた人族ヒューマンの王は精霊族スピリトゥス同様、同盟を持ちかける。

 ただ、竜人族ドラゴノイドは対等な関係というものを嫌い、人族ヒューマンの王の実力を試す、と竜人族ドラゴノイドの王との一騎打ちとなった。


 流石の人族ヒューマンの王も出し惜しみをしている余裕は無く、持てる全て、これまでに手に入れた土精族ドワーフの技術の粋である兵器、森精族エルフの何百年もの研鑽の集大成である魔法、獣人族ビーストから学んだ戦闘法。これら全てを出し切り辛くも竜人族ドラゴノイドの王に勝利し、無事に同盟が結ばれる。


 こうして大陸の三種族を配下に加え、二種族と同盟を結んだ。残るは別大陸、別名“魔の大陸”に巣くう魔精族デモニア達。

 魔精族デモニア精霊族スピリトゥスは他の種族とは異なる。他の種族が全て人の形をしているのに対し、この二種族は人以外の姿形をしたものも大勢いるからだ。ただ、この二種族も決定的なまでに異なっていた。

 精霊族スピリトゥスが命を尊び、他種族との調和を望むのに対し、魔精族デモニアは破壊と殺戮を好み、生物の絶望を望んでいるからだ。


 それでも人族ヒューマンの王は魔精族デモニアとも同盟を結ぼうと、大使を派遣した。いくら待てども帰って来ない大使のことを心配していると遂に大使が帰還した。

 しかし、帰ってきた大使の姿は無残な物だった。


 両手足をがれ、内臓を蟲に食い荒らされ、それでも正気を失うことも、死ぬことも許されなかったのだ。魔精族デモニアは他の六種族と比べ、全ての点で勝っていた。それはもちろん魔法においてもだ。


 森精族エルフですら編むことのできない禁忌の魔術、それを用いて大使は拷問され、こうして大陸へと戻された。

 大使は常にこう、話続けていたそうだ。


魔精族デモニアは馴れ合わない、他の出来損ないや失敗作とは違う。これがその証だ」と。


 大使の無残な姿を見た人族ヒューマンの王は心の何かがぷつりと切れてしまった。怒りに狂い、我を忘れた人族ヒューマンの王は単身で魔の大陸に乗り込むと、たった一人で無限に湧き続ける魔精族デモニアを薙ぎ倒し、魔の大陸中央に聳える魔城に住まう魔精族デモニアの王と戦った。


 その激戦は人族ヒューマンの王と魔精族デモニアの王の相打ちという形で幕を閉じた。魔精族デモニアの王の死と共に魔の大陸に埋め尽くされていた魔精族デモニアの大半は消滅し、世界に平和が訪れた。


 だが、魔精族デモニアの王の禁忌の魔法、怨念の込められた呪詛により、半端な魔精族デモニアが大陸の至る所で確認されるようになる。これが魔物の起源だ。

 幸い魔物の力は魔精族デモニアの足元にも及ばず、平和な時代が訪れることになった。


 古の大戦が終わり、世界は確かに平和になった。だが、その平和な世界にはいなくてはならないはずの英雄の姿が無かった。

 人々は涙を流し、その英雄の名を後世に語り継ぐと誓う。

 人族ヒューマンに残された最後の国であったはずの小国は今や大陸最大ともいえる程に発展し、多くの人々が暮らしていた。


 残された臣下や国の民達は人族ヒューマンの国に英雄の名をつけた。

 偉大なる人族ヒューマンの王の名を。

 人族ヒューマンの王の名は、アレクサンダー・フォン・ヴェラムエイジ。初代ヴェラムエイジ王国国王にして、古の大戦を終結させた伝説の英雄だ。


 ♢♢♢


「――と、まあこれが昔の話だね。ジン君が知りたがっていたこの絵画の御方は僕やエミリーの御先祖様。御話に出てきた人族ヒューマンの王、アレクサンダー・フォン・ヴェラムエイジ様だよ」

「……」


 僕は隣で話を聞いていた当のアレクに視線を向けると、そんなこともあったなッ! と何時ものように豪快な笑い声を響かせていた。

 はぁ……と思わずため息が漏れる。


「それじゃあジン君、僕からも質問させてもらおうかな。一体、ジン君はアレクサンダー様とどういう関係なんだい? アレク、そう呼んでいたよね?」


 無言で隣に腰かけているアレクに視線を向けると視線が交錯する。アレクは僕に対し何を言うでもなく、ただ無言で頷いた。

 それは言っていいと捉えていいんだよね?

 僕は覚悟を決めると国王様の方に向き直る。


「僕とアレクの関係は少し複雑ですが、師弟であり、相棒であり……友だと……僕思っています」

「そう、か……アレクサンダー様と君が……」


 それ以上国王様は僕に声を掛けることは無く、瞑目し何かを考えているようであった。どうしていいものかと思っていると、突然頭を乱暴に掻き乱された。

 何事だと思って頭を見れば、アレクの大きな手が僕の頭を乱暴に撫でていた。確かに乱暴ではあるけど、僕はアレクに頭を撫でられて悪い気はしなかった。

 大きくて、ごつごつとしていて、それでいてとても優しい手だ。


「ガハ八ッ! そうか、師弟であり、相棒であり、友である、か」

「駄目だった?」

「そんなわけなかろう。まだ出会ってから数日ではあるが、我はジンのことを気に入っておる。我もお前のことを弟子だとも相棒だとも、友だとも思っておるわ」


 そうか、でも国王様の話を聞いて納得がいった気がする。僕がアレクに初めて会った時に感じた思わずついていきたくなるような魅力、あれは英雄アレクサンダーの持つ人を惹きつける力だったんだなと。


「おっと、もう随分と夜も更けてしまったね。ジン君、今日は城に泊っていきなさい」

「え、でも……。僕みたいな奴が王城に泊るなんて危険なんじゃないですか?」

「ははっ、大丈夫だよ。君はエミリーの恩人なんだ、それにもしも何か言ってくる奴がいるなら僕が黙らせるから」


 笑顔で国王様に言い切られてしまう。冗談めかして言ってるけどこの人ならば本当に出来てしまうから怖い。僕は苦笑を浮かべた。


「分かりました、それではお言葉に甘えさせていただきます」

「ああ、それと。まだ自己紹介をしていなかったね。僕はツヴァイ・フォン・ヴェラムエイジ、第五代ヴェラムエイジ王国国王を任されている」


 するとすっと笑顔で手を差し出された。僕はその手を握ると、固く握手を交わす。


「改めて、風間塵です。よろしくお願いします、国王陛下」

「ああ、大衆の前でなければ僕のことはツヴァイさんとでも呼んでくれ、あんまり国王様とか陛下とかって言われるの好きじゃないんだ。なんなら、お義父さんって呼んでくれてもいいんだよ?」


 悪戯っぽい笑みを浮かべてそう言うツヴァイ様に僕がぽかんとしていると、慌てたように横からエミリーが割って入った。


「お父様っ!」

「ははっ、冗談だよ。冗談」


 顔を赤くしているエミリーのことを少しからかうとツヴァイ様は立ち上がった。


「それじゃあそろそろ夕食の時間だ。二人共、ついてきてね」


 ツヴァイ様の言葉を最後に、僕達は執務室を退室した。

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