少年は少女と王都を巡る
私が少し用事で王都の外へと出かけ、王都に入るために列に並んでいるときのことだった。
彼は何やら肩ぶつかったとのことで前に並んでいた商人と口論をしているようだった。口論とは言っても、“
「何をしているのですか!」
「あん……? なんだ、女」
殺気と魔力が籠った視線でこちらを射抜かんばかり睨みつけてくる。
ただ、私から見れば大したことの無いものだったのでそれを無視して進むと、商人の胸倉を掴んでいた手を離すように伝えた。
するとすんなりと私の言うことを聞いた男は、嫌らしい笑みを浮かべてこちらに近づいてきた。そうかと思うといきなり男は私の腕を乱暴に掴む。
「女、お前こっちに来い」
「な、なにをするんですか! 離してくださいっ!」
私の顔を見せれば簡単にこの場を収められる……。でも、そうしたら勝手にお城を抜け出したことがお父様にバレてしまいますし……。
そして私が考え着いたのは、男に連れて行かれるふりをして、人目の少ない所で逃げ出すことだった。
それでも一応、私は攫われかけている女の子なのだから、そういう風に振舞わなければなりません。
その時、私と年が同じくらいの男の子の姿が目に入った。
「助けてっ!」
我ながら上手い演技です! これならここにいる人達にバレることは無いでしょう。
そう、考えていると――。
「止まれッ!!」
「あ……?」
私と目の合った男の子が大きな声をあげていました。その言葉に半ば男がキレかけていることが容易に想像できます。
不味い、この男は腐っても
私が外套の内側に隠していた剣を抜こうとした時――。
男の子が剣を抜き、それに激情した男が男の子に向かって斧を振りぬいた。
駄目! 間に合わないっ! そう考えた瞬間、男の子の姿が一瞬ブレ、半身をズラすことで男の斧をいとも容易く回避し、喉元に剣の切っ先を突きつけていた。
私が唖然としていると、いつの間にか私は解放され男の子の後ろへやってきた。
「もう大丈夫」
そう、笑顔で優しく声を掛けてくれた。
私は巻き込んでしまった申し訳なさがこみ上げてくるのと同時に、自分の顔が熱くなることを知覚した。
「は、はい……」
男の子はもう一度ニコリと私の方を見た後に、腕の中にある男に鋭い視線を向けた。男の子が男を解放した時、男が下卑た笑みを浮かべ、腿に手を伸ばしている姿が私には見えた。腿には採取用と
咄嗟に外套の中から剣を取り出し、“
「な、何なんだお前!?」
む……何なんだとは失礼ですね。仕方ない、少し脅しておきましょうか。
そう考えると私は、男にだけ私の顔が見えるようにフードを軽く捲り、男に笑顔を向ける。途端に男は態度が一変し私に謝り出した。
最後に軽く脅してあげると、今度こそ男は悲鳴をあげながらどこかへ走り去っていった。
辺りが男の子に向けた称賛の声で溢れる中、当の本人がその場を後にしようとしていたので咄嗟に袖を掴む。
「あの……助けて頂いてありがとうございました……!」
私が深くお辞儀をすると男の子は焦ったように慌てていました。その姿が何だか可愛らしくて思わず笑みが零れます。
その時、突風が巻き起こり、私のフードが脱げ、目の前の男の子にも周りの人達にも私の素顔を見られてしまった。
咄嗟にフードを被り直し、私は男の子の手を引いてその場を走り去った。
♢♢♢
喫茶店を出た後、僕達は大通りを歩いていた。エミリーさんの困りごとを解決するためには、どうやら夕方くらいにならないと駄目らしい。
なので僕達は今、エミリーさんの案内で王都の各所を周っていた。
「すいません、エミリーさん。エミリーさんのことを手伝うはずなのに、こうして王都の案内をしていただいてししまって……」
「気にしないでください。私が好きで勝手にやってることなんですから」
笑顔でそう言われてしまうと何も返す言葉が無い。というか、地味に僕がさっき言った言葉をそっくりそのまま返されてしまった。
大通りを歩いていると、朝に僕がアレクと串焼きを食べた屋台が見えてきた。この道を通るとやはりあの芳ばしい匂いが風に運ばれてくる。
お腹空いたなあ……。そう、僕が考えていると、キュルルと可愛らしい音が隣から聞こえてきた。僕が隣に視線を向けると顔を真っ赤にしながらお腹を押さえるエミリーさんの姿が見えた。
僕の視線に気づくと大慌てで両手をぶんぶんと振りながら「これは違うんです!」と言ってきた。その様子を見ていて思わず笑みが零れる。
「……! 笑いましたねっ!」
「いや、すいません、エミリーさんが必死で否定しているのが可愛くって……」
僕が何とか笑いを堪えながらそう答えると、何かをぶつぶつと呟きながら顔を背けてしまった。
不味い、怒らせちゃったかな……。僕が困っているとアレクが隣からそっと現れた。
「女を怒らせたときは何か贈り物をしろ、それで思いっきり謝れ。そうすれば大体許してくれる」
「……っ! ありがとう! アレク!」
僕はアレクのアドバイスを実践すべく、エミリーさんに近くのベンチで座っていてもらうように言うと小走りで屋台に向かった。
「お、朝の坊主じゃねえか。また串焼きか?」
「はい、また二本お願いしま……。あ、ちょっと待ってください。このお店で女性に人気の品物とかってありますか
?」
「女性に人気? ああ、あるぜ。最近女子に人気だって話を聞いてなうちの屋台でも取り入れることにしたんだ」
そう言っておじさんが奥の箱のようなものから取り出したのはタピオカドリンクだった。そう、
いやいやいやいや……。それはおかしいんじゃないの? 確かにこれは女子の間で爆発的な人気を誇っていますよ? でもこれ、日本のものだよね?
「あの、おじさん。これって誰が考えたものかって分かりますか?」
「ああ、有名だぜ? このアイデアを出したのは聖教国の聖女様らしい。何でも他にくれーぷとかいう甘い菓子やぷりんなんてものも考えたらしい。スゲー人だよな」
「は、はは、そうですね……。あ、代金いくらですか?」
「串焼きは一本一コル、こっちのたぴおかどりんくは一杯二コルだ」
僕は鉄貨を三枚おじさんに手渡し、串焼きとタピオカドリンクを持ってエミリーさんの元に戻る。
「どうぞ」
「え? あ……ありがとうございます」
僕がタピオカドリンクを手渡すと少し驚いたような表情を見せた後に受け取った。僕は串焼き肉を頬張りながら隣でタピオカドリンクをストローで飲んでいるエミリーさんの姿を見ていた。
こうして見ていると、普通に日本にどこにでもいる女の子みたいだ。
すると僕がエミリーさんのことをずっと見つめていたからか、不思議そうな顔で首を傾げながら僕の方を向いた。
やっぱり訂正、こんなに可愛い子はどこにでもはいないか。
エミリーさんの方が速くにタピオカドリンクを飲み干し、食べるのが遅い僕はまだ串焼き肉を頬張っていた。僕が串焼き肉を食べる姿を、今度はエミリーさんがじっと見つめていた。
そんなに見つめられると食べにくいんだけど……。あっ、もしかして。
「はい、どうぞ」
「え?」
僕は残っていた串焼き肉をエミリーさんに手渡した。
「え? まだお腹が空いていたから僕の持っている串焼きを見ていたんじゃないんですか?」
「ち、違いますよっ! もうっ、行きますよっ!」
「え? ちょっと待ってくださいよエミリーさん!」
大通りの人の流れに逆らうように歩いていき、何度かエミリーさんのことを見失いそうになったが、僕が見失いそうになるとエミリーさんは止まって待ってくれていた。まあ、僕がある程度近づいたらすぐに歩いて行ってしまうのだが。
そんなこんなで歩いていると、ふとエミリーさんが足を止めた。僕が近づいても歩いていこうとせず、ジッと何かを見つめている。
何を見てるんだろう? 僕がそう思ってエミリーさんの側に向かうと、エミリーさんが露店に売られていたアクセサリーをじっと見つめていたのだと分かった。
指輪やネックレス、ブレスレットにイヤリングなど様々なアクセサリーが陽の光に照らされて煌めいている。その中でもエミリーさんがじっと見つめていたのは、浅葱色の小さな宝石が埋め込まれた指輪だった。
「……。おじさん、この指輪いくらですか?」
「百五十コルだ」
「ひゃくごじゅ……。分かりました、これで足りますよね?」
僕は銀貨一枚と銅貨五枚をおじさんに手渡した。とほほ……昨日あれだけ稼いだのに、もう全財産は二十コル程しか残っていない。
僕はおじさんから指輪を受け取った。
「エミリーさん手、出してください」
「えっ?」
驚きながらも右手を出したエミリーさんの薬指に指輪を嵌める。
「この指輪、ずっと見てたでしょう? どうか、受け取ってもらえませんか?」
僕がそう言うと、何故かエミリーさんは顔を真っ赤にして下を向いてしまった。ただ、僕はエミリーさんに謝りたくて、アレクの教えを実践しただけなのだけど……。
当のアレクはこっちをニヤニヤとした笑みを浮かべながら見てるし……。
「いやあ、やるなそこの坊主。まさかその年で女に婚約を申し込むとは!」
「はい……?」
「右手の薬指は婚約指輪を嵌める指だ、その指に男から指輪を嵌められてそれを女が受け入れれば晴れて婚約成立っていうわけ。今、そのお嬢ちゃんは指輪を拒まなかっただろ? だからこれでお前たちは婚約者というわけだ」
露天商のおじさんがアレクと同じようにニヤニヤとした笑みを浮かべながら説明してくれるが、そんな話を聞いているどころではなかった。エミリーさんは顔を真っ赤にして俯いたままだし、今更知らなかった何て言える雰囲気じゃないし……一体どうすれば……。
「顔、真っ赤だぞ」
「うるさいよっ!」
何だかいたたまれない気持ちになった僕はエミリーさんに声を掛けてその場を足早に後にした。当てもなく歩いていく中で暗い路地裏に足を踏み入れた時、エミリーさんが足を止めた。
「あの、大丈夫です、分かってますから。ジン様は右手の薬指に指輪を嵌めることが婚約を交わすためなんて知らなかったんですよね?」
「えと、その……」
「大丈夫です、気にしてませんから。でも、少し嬉しかったですよ」
「えっ!?」
驚いて顔を赤くすると、エミリーさんは悪戯っぽい笑みを浮かべて「冗談です」と言ってきた。
ま、まあ冗談だよな……。少しでも期待した数秒前の自分に腹が立った。
エミリーさんは懐から懐中時計のようなものを取り出すと、時刻を確認していた。すぐに時計をしまうと、僕についてくるよう言った。
歩くこと数分、僕達は長い長い螺旋階段を登っていた。かなり長い階段で、いい加減足が疲れてきた。それに、精神的にも。僕の前を歩くエミリーさんは外套を着ているがポンチョのような物で上半身だけしか隠していない。そして、エミリーさんが履いているのはスカートである。
ここまで言えば分かるだろう。僕の少し前を歩くエミリーさんのスラっと伸びた足と下着が階段を登る震動でスカートが揺れるたびにちらつくのだ。
僕は何とか見ないようにと視線をずらしたり、上を向いたりするが見えてしまうものは見えてしまう。エミリーさんは全く気が付いていない様子だし、早くこの時間が終わることを願って僕は段差を一歩一歩登っていく。
「さあ、着きましたよ」
「ようやくかあ……」
着いた先にあったのは大きな鐘。僕達が昇っていたのはレンガ造りの時計塔だったのだ。日はすっかり傾き、山々の稜線の向こうへと沈もうとしている。
エミリーさんが手招きをしていたのでそちらに向かうと思わず息を呑んだ。時計塔は王都の中で最も高い建物だ。それはあの立派な王城を含めてだ。
王都で最も高い建造物、その頂上からの眺めは控えめに言って最高だった。家屋や商店、酒場や街灯には次第に明かりが灯り始め、昼とは違った景色を見せてくれる。
「どうですか? ここ、私のお気に入りの場所なんです」
「いい場所ですね……」
「ここなら、人も来ないですし、脱いでも構わないでしょう」
エミリーさんはフードを外した。やっぱり何度見ても綺麗な人だと思う。エミリーさんはニコリと笑みを浮かべた。
「ジン様、私に敬語は必要ありません。気軽に話しかけてください」
「分かりま……分かったよ、え……エミリー」
「ふふっ、そんなに緊張しないで良いんですよ」
くすりと笑われてしまったが、悪い気はしなかった。学校で受ける僕のことを馬鹿にした笑いとは違って、暖かい笑い。この人にはもっと、笑っていて欲しいな。
「それじゃあ僕のことも様づけは止めてよ。それに敬語もいらない」
「それではジン君、と。ただ、敬語はもう癖のようなものですので、気にしないでください」
「うん、分かったよ」
僕達はお互いの顔を見つめ合って笑い合った。
僕はあまり女の人が得意ではないが、エミリーに対しては緊張などが無かった。何故かと問われれば分からない。でも、一つだけ確かなことがある。
まだあって一日。でも僕は、エミリーのことが好きになってしまったみたいだ。
「ジン君、聞いてくれますか?」
「うん」
一呼吸開けてエミリーは口を開いた。
「私、実はこの国の王女なんです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます