少年は可憐な少女を救う

「はあぁぁぁぁっ!」

「GULUUUUUAAAAAA……!」


 とさりと苔の生い茂る地面へと森犬フォレストドッグの身体が倒れる。剣を鞘へと納刀しながら、息を大きく吐きだした。


「これで何匹倒したんだろ……」

「これで七十六匹目だな。まあ、まずまずと言ったところか」


 あの後、僕達はさらに森の奥へと進み魔物を狩り続けた。戦闘後にはアレクからアドバイスを貰い、戦いを改善していくうちに気が付けば幾つか新しいスキルを手に入れていた。

 それが、【剣術】と【軽業かるわざ】、【見切り】の三つだ。この中でも特に【剣術】を手に入れてからは戦い易さがそれまでとは比べ物にならなかった。

 剣を振るうと、自然と動きを補助してくれるようなイメージで、しかも剣での攻撃の威力が二割程増加するのだ。


 それでも連戦に継ぐ連戦で精神的にも肉体的にも疲労が溜まった。途中からは自分でも動きの鈍さを感じる場面が度々出始めるようになってアレクに「今日は中止だ」と、止められた。


「どうだ、LVは今幾つになった」

「えーっと……今は15かな、今日の狩りで5LVも上がったみたい」

「ほう、やはりジンの【英雄伝説ヒーロークロニクル】の恩恵が大きいようだな。普通ならばあれだけの量の魔物を狩ったとして、せいぜい1LVか2LV上がればいい方だというのに。ガハ八ッ! 良いことだ、どんどん我から学び、吸収し、己のものにせよ」


 ばしばしと背中を強く叩かれる。少しひりひりとして痛いが、悪い気はしなかった。森の中は木葉に隠されて日光が差し込みにくいため、まだ夕方手前だというのに辺りは夜かと見紛う程暗い。

 ガレスさんが渡してくれた荷物の中に入っていた携帯ランプに魔力を流し込むと、明るい炎が灯る。森を抜けるべく歩いているとアレクが何かを思い出したかのように話しかけてきた。


「ジン、お前の筋力値は今幾つだ?」

「ちょっと待ってね……お、上がってるよ今はEだよ。元々F+だったから二つステータスが上がったみたい」

「Eか……ジン、ガレスから貰った大剣を貸してみろ」

「え? うん、分かった」


【アイテムボックス】を使い、ガレスから貰った漆黒の大剣を取り出しアレクの手に渡す。大剣を受け取った後、大剣を値踏みするかのようにじっくりと観察すると一つ頷き、大剣を僕に差し出してきた。


「明日は我のとっておきを教えてやる。これを使いこなせるようになればドラゴンであろうと敵ではないわ」


 ガハ八ッ! と豪快に笑うアレクを尻目に期待に胸を膨らませていると、ようやく王都の大門前までやってきた。後はこの橋に出来る行列に並ぶだけだ。

 僕がそう思っていると、前方から怒鳴り声が響いてきた。


「離してくださいっ!」

「うるせえ女だな! いいからこっちに来いって言ってんだろ!? 俺が誰か分かってるのかよ!」


 あの女の子は大丈夫だろうか? というか、これだけ人がいるのに何で誰も止めようとしないんだ? フードを被っている女の子は凄く嫌がっているし、誰か止めないと……。

 僕がそんなことを考えていると、横で話していた野次馬とおぼしき人達の会話が耳に入ってくる。


「うわ……あの女の子も災難だな……。まさか“牛人殺しオックススレイヤー”に目をつけられるなんてな……」

「“牛人殺しオックススレイヤー”ってあれだろ? 確か一人であの“ミノタウロス”を倒したっていう純金級ゴールド冒険者の……」


 僕が聞き耳を立てている間にも男は強引に女の子の手を取り、近くの馬車の中に連れ込もうとしている。門兵の人達がいる大門からだと此処はかなり距離があるため間に合わない。

 その時だった。

 フードを被った女の子と目が合う。フードで隠されていたが、その円らな瞳が煌めいたのが見えた。そして――。


「助けて……っ!」

「……っ!!」


 思い切り自分の頬を殴りつける。口の中が切れて血の味がするが気にしない。

 僕は何をやっているんだ。誰か助けないのか、誰か、誰か、誰か誰かっ! そうじゃないだろ! これじゃあ何も、何も変わってないじゃないか。

 僕は何を望んでここに来た? 僕が大好きな英雄ヒーローならどうするんだ?

 もう、答えは決まっている。


「止まれッ!」

「あ……?」


 僕よりも一回りも二回りも大きな男がこちらに振り返り、不機嫌そうな顔を隠そうともせず辺りにとげとげしい魔力を放出する。


「何だガキ、俺はガキの相手をしている程暇じゃねえんだよ」


 そう言って男は僕のことを無視して女の子を無理矢理馬車の中に引き込もうとする。僕は無言で鞘から剣を引き抜いた。

 すると男は振り返らず、僕に背を向けたまま声をあげる。


「ガキ、武器を今すぐに下ろすっていうなら有り金全部置いてけば命だけは助けてやるよ。だがもし武器を下ろさないっていうのなら――」


 男の姿が一瞬で消えた……ように見えた。

 直後男は僕の目の前に現れた。


「――今この場で死ね」

「……」


 真上から振り下ろされる斧は僕の脳天目掛けて落ちてくる。それを半身ズラして避けると、隙だらけの男の喉元に剣の切っ先を突きつける。


「これでもまだ……戦いますか?」

「……っぐ……」


 男は両膝をその場に着き、持っていた斧を手放すと両手を上げた。


「こ、降参だ。俺はまだ死にたくねえ、言う通りにする。だから命だけは助けてくれっ!」

「……まずはその女の子をこちらに」

「わ、分かった。おい、早くその女を引き渡せッ!!」

「は、はいっ!」


 男の手下なのだろうか、初めから一緒にいた男が女の子を連れてこっちにやってくる。女の子に僕の後ろに来てもらう。


「もう大丈夫」

「は、はい……」


 女の子の声は震えていた。それはそうだろう、知らない男に連れ去られそうになったのだから怖くて当たり前だ。


「もういいだろ!? 女は返した! お前の要求はちゃんと呑んだんだ! 今度は俺を解放する番だろ!」

「……分かった、早くどこかに行ってくれ」


 僕が手を離した瞬間だった、男が太腿に手を伸ばし、腿に取り付けられた小さなポケットから採取用だと思われるナイフ取り出すと、僕の首目掛けてナイフを伸ばした。

 ただ、僕はもう男の動きを見ている。そのため【見切り】が発動し、難なくそのナイフを避ける……はずだったのだが。


 金属と金属がぶつかり合う甲高い音と共に、ナイフが弾き飛ばされ、橋の下の水に着水した。男が目を白黒させているが、僕も何が何やら分からなかった。それが分かったのはほんの数秒後だ。

 僕の後ろに居たはずの女の子が僕の隣に並んでいた。しかも、その手には剣が握られている。


「少し、おいたが過ぎるのではありませんか?」

「な、何なんだお前!?」

「ふふっ、私ですか? 顔を見れば分かると思いますよ」


 そう言って一瞬、男にだけ顔が見えるようにフードを捲る。男は女の子の顔を見た途端に見る見るうちに顔を青ざめさせ、その場に平伏して頭を擦りつけた。


「この度は本当に申し訳ございませんでしたっ! どうか、どうか寛大なご配慮を……ッ!!」

「まあ、今日は私がお忍びで来ていたことも原因の一つですからね、ここでの出来事は不問とします。ただし、次に同じようなことをしていたら……分かりますよね?」

「は、はいぃぃぃぃ!」


 男は蜘蛛の子を散らすかのようにその場を走り去っていく。それに続いて男の取り巻きのような二人の男が後を追いかけていく。


「「「おおおおおおおお!!」」」


 沸き上がった大きな歓声に思わず体をビクリと震わせる。僕達を中心に出来ていた人混みの輪が興奮で包まれている感覚が分かった。

 周りを取り囲む人々から惜しみのない賞賛を受け、照れくささと共に言い知れぬ達成感を覚えた。ふと、僕の袖が何かに引っ張られる。

 振り向くとフードを被った女の子が僕の袖を軽く摘まんでいた。


「あの、助けて頂いてありがとうございました……!」

「そんな! 頭を上げてください。本当に偶然通りかかっただけですから」


 深くお辞儀をする女の子に笑顔でそう言うとゆっくりと頭を上げてくれた。女の子が頭を上げた時、橋の上に強風が一薙ぎした。咄嗟に目を覆い、風の音が止んだのを確認してから薄っすらと目を開けると、笑みを浮かべた奇麗な女の子が目の前に立っていた。


「……奇麗だ……」

「えっ!?」

「あっ! すいませんっ!」

「……! こっちですっ! ついてきてくださいっ!!」


 女の子は風で脱げてしまったフードをすぐに被り直すと、辺りを警戒するように見回した後に僕の手を握って大門の方へ走り出した。突然のことに状況を掴めず、混乱している僕を他所よそに女の子は大門へと駆けこんでいく。

 王都に入らんと並んでいる人々の列を隣から追い越し、大門へと辿り着いた。案の定門兵の人に止められる。


「君たち、ちゃんと並ばないと駄目だろう? ほら、しっかり列に並び直しなさい」


 優しい口調で諭すように門兵の人は話しかけてきたが、女の子は首に掛けていたネックレスの様な物を服の中から取り出すと門兵の人に見せつけながら焦ったように門兵の人に小声で話しかけていた。

 何を言ったのかは分からなかったが、女の子が何かを伝えると門兵の人の顔が引き締まり、頷くと王都の中に通してくれる。

 本当に何が何やら分からないと思っていると、女の子に手を取られ、王都の大通りを駆けていく。


「ね、ねえ! 一体どこに行こうとしてるんですか!?」

「あ……す、すいません。咄嗟のことで貴方も連れてきてしまいました……」


 少女はしゅん、としな垂れるように頭を下げ、僕に謝ってくるが僕が謝罪何ていらないと頭を上げてくれたが、少女の顔はどうにも晴れない。


「何か困っていることがあるんですか……?」

「えーと……はい、まあ……」


 視線を逸らしながら女の子は小さな声でそう答えた。


「乗り掛かった船ですし、僕にできることであれば手伝いますよ」

「そんな! 悪いですよ!」

「気にしないでください。僕が好きで勝手にやってることなんですから」


 笑顔で答えると、女の子も笑みを浮かべてくれる。


「分かりました。ありがとうございます、えっと……」

「塵。僕の名前です。姓も合わせると風間塵っていいます」

「ジン様、ですね。私のことはエミリーと呼んでください」


 僕は当たりを見回すと、小さな喫茶店らしき店を発見した。


「人通りの多いここで話すのもなんですし、続きはあそこのお店で」

「はい」


 そう言って僕達が店に入ると、落ち着いた雰囲気の店内からは芳醇な珈琲豆の匂いが漂ってきた。僕は普段珈琲を飲んだりしないが、不思議とこの匂いを嗅いでいると安心する。

 店内にはジャズのような音楽も流れており、リラックスできる良いお店だと思う。

 僕達は一番奥のカウンター席に座った。


「ご注文はいかがいたしますか?」

「それじゃあ僕は、この紅茶を。エミリーさんはどうしますか?」

「そうですね……私もジン様と同じものをお願いします」

「かしこまりました」


 カウンターを挟んで向こう側から初老の男性に注文を聞かれ、思わず目に留まった紅茶を選んだ。男性は手際よく紅茶を二つのカップに淹れ、カウンターに乗せた。


「どうぞ」


 男性に会釈をするとお辞儀をしてカウンターの奥に引っ込んでしまった。


「……美味しいな、この紅茶。それで、困っている事というのは……?」

「先程風が強くてフードが脱げてしまった時に、ジン様も含め、多くの方たちに私の素顔を見られてしまったのですが、それが……」

「……? それのどこが問題なんですか?」

「えっ?」

「えっ?」


 思わず顔を合わせてしまう。確かにエミリーさんは凄く奇麗だったけど、顔を見られると困る理由が全く分からない。

 エミリーさんは店内に人が僕達以外にいないことを確認すると、フードを外した。栗色の艶のある長髪が背中に垂れる。翡翠色の瞳に整った顔立ち、まるで御伽噺おとぎばなしに出てくるお姫様みたいだ。サイドアップテールにしたその髪型も、よりエミリーさんの魅力を引き出しているように思える。

 僕がぼーっと見惚れていると驚いたようにエミリーさんは僕に尋ねてきた。


「あの、私の顔を見て何も思わなかったのですか……?」

「え、あ、えと、凄く綺麗だと思いました……!」

「へっ!? そ、そうではなくて……! もしかして、とは思っていましたがジン様は王都に住まれている方ではないのでしょうか?」

「はい、僕は昨日王都に来たばかりでまだまだ王都のことは知らないことだらけです」


 僕が苦笑を浮かべながらそう答えると、エミリーさんは少し考え込んだ後に切り出した。


「少し、私に付き合ってくれませんか?」

「はい、勿論」


 僕は笑顔で頷く。

 これが僕とエミリーの出会いだった。

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