第13話 お礼と挨拶は基本


 「……神様のお名前って何ですか?」


 

 さぁ!教えて下さい。


 「秘密だ」

 「え?」

 「全て終わった暁に教えてやる」

 「なななっ…」


 まさかの出し惜しみ。

 そんなにビッグネームな神様なんですか。

 知ったら腰が抜けちゃう程凄い神様なんですか。

 それともマイナー過ぎて知名度が低いから言いたくないんですか?


 ちょっと期待で前のめりになっていた身体を起こして、匿名希望の神様を恨みがましく睨んでみた。

 反対に多神さんは調子が戻ったみたいで、胡座の脚の上に片肘を立て、その手に頭をのせてニヤっとしている。

 …少なくとも認知度が低い神はこんな態度はしないな。


 「じゃあ分かるまで『多神さん』って呼んで良いですか?」


 がくっ!


 肘が脚の上から外れてバランスを崩し、ダサい感じになられたと思ったら、ぎぎぎぎぎって聞こえそうな首の動きでこちらに再び向き直ってきた。とても怖い。


 「多神さん…だと……?」


 歯を食い縛ってすっごく嫌そうな顔してる!


 「みーちと座談会してる時に、外で神様って発言したら良くないよねってことでうちが提案しました。ほら、多賀宮で神様に会いましたし、沢山の事をして下さったので…はい。でもご不快ならば止めます。これからは『匿名さん』って呼びます」

 

 ぱたり…。


 あ、絶望した。

 悲劇のヒロインみたく、両手を畳について小刻みに震えながら打ちひしがれている。うちには多神さんを照らすスポットライトが幻覚でハッキリ見える。

 『匿名さん』ってそんなに嫌かな?

 確かにラジオのリスナーみたいだなとは思うけど。

 嫌なら嫌なりに新案か大人しく本名を出してくれないと困る。

  

 「そんなに拒絶されるなら、良き呼び名を提案してくれませんか?うちのセンスは神様に合わないみたー…」

 「……で良い。」

 「え?良く聞こえなかったんですけど…」


 ボソッと俯いたまま話すから全く聞こえなかった。

 これが後輩男子だったら「シャキっとせい!」と確実に言ってやっているレベル。


 「たっ多神で良いと言ったんだ!」

 「あ、伝わりました」


 貴方の心の葛藤が伝わりましたよ。

 目に少し水分が溜まっているのが、顔をあげられたので良く見えます。

 でも、大丈夫ですよ。

 呼び名は妹との会話でしか基本的に利用しませんから、その点はご安心下さい。決して悪用しませんよ。

 多神さんはまだ畳にのの字を書いてウジウジしているけど、そのウジウジはうちが帰ってから続きを思う存分やって欲しい。シャキっとせい。


 「質問の続き良いですか?」

 「鬼だな…」


 おそらく鬼は相手にいちいち許可なんか取らないでしょう。

 早くお暇した方が良いかなと思っての発言なのに、気遣いって伝わりませんね。

  

 「多神さんは何でうちに時間をくださったんですか?うちに利はあれど、多神さんには何のメリットも無いですよね?既に余計な心労ばかりかけている気がしまくりですし」


 うちの中で1番聞きたかった質問。

 言うなれば、山陰亭での佳境ハイライトに遂に差し掛かった。

 多神さんの返事を待つ間に体育座りから正座に座り直す。

 多神さんも、瞬時に真面目な雰囲気に戻り、真正面から射るように目を見つめてきた。


 「何故かは『縁』としか言えない。全ては偶然の積み重ねで、麻来と実々にこうして関わるのは『絶対』では無かった。ただ1つ言える事は、余が『知っている』からだ」

 「知っている…ですか?」


 何を知っているのか全く読めず、自然と首を傾げてしまった。


 「忘れたいと思う事ほど、胸にこびり付いて何年、何十、何百年と忘れることが出来ない苦しさ。忘れたくないと思う事ほど、指の間から零れ落ちる水のように刹那に記憶から消えていく辛さ。それを知っているが故、麻来の心の声が届いた」

 「うちの声……」


 大事な思い出、記憶を忘れたくないって何度も何度も思ったから、あまりにしつこ過ぎて多神さんに聞こえちゃったのかな。

 それは確かに迷惑だったかも。

 うちを黙らせるためにわざわざ目の前に出てきてくれたんですか?


 「それは凄い騒音被害でしたね……ふふっ」


 多神さん、貴方の目の前の人間は今上手く笑えていますか?

 目を開けると視界が滲んでしまうので目を閉じたままなんですけど、ちゃんと笑えていますか?

 貴方への感謝の気持ちもちゃんと届いていますか?


 「ふっ……余りにも煩くてかなわなかったな」

 「多大なご迷惑をおかけしました」


 神様って本当に居るんですね。

 偶然出会えた神様が多神さんで良かったです。


 「あ、お礼が随分と遅れてしまい申し訳ないのですけど、図書カードまでありがとうございました。本屋でも欲しい本が光ってくれたので、驚きましたけど嬉しかったです。多神さんは金銭面のサポートもして下さいますし、まるでうちらは多神さんの扶養家族みたー…いでは無いですよねー。ほほほほほほ…」


 ありがとうございます。

 目の過剰な水分が、多神さんのドン引いた顔を見たら瞬時に落ち着きました。

 ついでに、多神さんは冗談を真に受けるタイプの神だと知りました。


 「あと最後にもう1つだけ。うちらの結末って実はもう決まっているんですか?良く『全ては神の手のひらの上』とか、もう運命は決まっているって表現を聞くので…実際どうなんですか?」


 正直これはダメ元の質問。

 神隠しされる未来だと多神さんが知っていたとしても、絶対言わないだろう。もし言ったら多神さんの評価をたちまち修正せざるを得ないと思う。下方に。


 「決まってはいない。そもそも神は人間の願いの手助けはすれど、人生を左右するような事は決してしない。あくまで背中をほんの少し後押しするだけだ。ましてや汝らは過去の時間を再利用するから、神の力も何も無い状況だ。だからそれもあって先に色々渡したんだ」

 「つまり、どう転ぶかは全てはうちらの頑張り次第って事ですよね?なら良かったです。日本史を全部やれば良いだけですから。数学Cとか勉強した事のない教科じゃなく、自分が本当に知りたい、やりたいって思う事ですし。それに、奈良とか平安時代に連れて行かれるんじゃなくて、1年前ってのが何より大きいです!答えを聞けて安心しました」

 「あぁ、そうか…」


 良かったー!

 思わず両手を頬の横で合わせて喜んじゃった。自分の女子力にびっくり。 

 みーち、うちらの運命は真っ白だよ。予定は未定状態だよ。

 終わりがどうなるか分からないって大事だよね。

 [人生何があるか分からない]って言い方だと途端に不穏に感じるけど。


 ひとまず聞きたいことは全部聞けた。

 また姿勢を正して、何故か驚いた顔をしている多神さんの黒っぽい紺色の目を見る。


 「多神さんは逆に聞きたいことは無いんですか?」

 「へ?」  

 「質問されて改めて分かることもあるんで聞いてみました」 

 「成る程な、それは一理ある。うーん…そうだな…元の時間に戻ったらまた病気の症状が出るわけだが、それについてはどう思っている?」

 「はへ?」


 今度はうちが間抜けな声を出してしまった。

 何が聞きたいのか全く分からない。

 当たり前な事を聞いて何を確かめたいんだろうか。心中お察し出来ない。

 でも、真剣な表情で聞いて来たから、多神さんにとっては大事な質問なんだろう。


 「質問の意図が読めないんですけど、約1年間健康になった身体を言うなれば試運転させてもらえるんですよ?それに対して感謝こそすれ、『糠喜びさせるなんて酷い』とかは微塵も思っていません。それに言ってはなんですが、神社やお寺で『病気が治りますように』とは何度もお願いしましたが、『神様仏様、どうか病気を治して下さい』とは一度も頼んだ事なんてありませんよ。んー…聞きたい事と答え合ってましたか?」


 思わず眉を思いっきり寄せて疑問符を大量に頭に浮かべながら答えてしまった。


 「汝にとって余計な事でなかったのなら安心した。ずっと思っていたが前向きな性格だな」

 

 安心してくれたなら一先ず良かった。

 「こいつお門違いな事言ってるわー」って思われなかったなら良かった。

 でも1つ訂正しておかねば。


 「確かに人より楽天的な思考が強いですけど、病気の症状と薬の副作用の全盛期は流石に灰人になってましたよ。2週間以上一歩も家から出ずに、ほぼ寝たきりか座るだけで『憂鬱だなー』ってひたすら言って過ごしたりしてましたから」

  

 ちょっとは人間らしく繊細なところもちゃんとあるんだぞと念を込めつつ主張しておく。


 「良くそこから持ち直したな……」


 あ、違う違う。

 そんな痛みに堪えてますって苦悶の表情をさせたくて言ったんじゃ無いんです。

 ただ「うちにもこんな時代もありましたよ」って提示しただけです。思っていた反応と違う…。

  

 「しんどいと辛いが頭の大半を占めてた時に、父方の祖父に電話で『人生長いから色んな事があるよ』って言われた途端に視野が広くなって自分に戻れたんです。なら、この病気も人生経験の1つだなって」

 「…良い祖父だな」 

 「年の功ってこう言う事なんだなって思いました。祖父みたいに良い年の取り方をしたいものです」


 おじいちゃん、神様に誉められたよ!

 ちなみに届いたばかりのおじいちゃんお手製の新米は、『過去』で妹と今日も美味しく食べたよ。いつもありがとう。


 ん?

 ちょっと待て…なんか聞かなきゃいけないのがあった気がする…。

 みーちとの座談会で意気揚々と提案したような…。

 

 ここまで出てるのにっ!


 あ、テレビで天然なタレントは大体の人が「ここまで出てる」って言いながら、喉元ではなくおでこ辺りを指すのは何故なんだろう。お約束マニュアルがあるのかしら。こうやるとウケるよって。

 ちなみにうちは側頭部に人差し指をザスッと差して眉間に皺を寄せまくりながら考えるのが癖で、今もやってしまっている。


 あ、ここまで……来たっ!


 顔をバッと上げて少し高い位置の多神さんの顔に向かって言う。


 「そう!さー…」

 「参考文献は字数に入らないからな」

 「なっ、何故その事をっ!」


 わなわな震えながら聞き返す。

 今の今まで忘れてたから心は読まれて無いはずなのに、どうして…。


 「神は知っているものなんだ」

 「はい、嘘ー」


 なんで知っているのかは分からないが、嘘だとは分かった。

 上手く誤魔化したいなら話しながら瞬きすれば良いのに。

 真っ直ぐに曇った瞳で棒読みで言ってきた意図が分からない。

 まぁ今の段階で聞きたいことは全部聞けた。

 帰ろう、布団に。

 でも最後に多神さんをギャフンと言わせたい。

 この気持ちはなんだろう?谷川俊太郎ならこの気持ちが分かるのだろうか。


 「一応質問も全部聞けたんで、これで失礼しますね。多大なるお手数をおかけしました」

 「そうだな…」


 いや、そこは「気にするな」って言うのが寛大な御心なのでは?4文字に万感の思いを込めすぎでしょ。


 …あ!良いこと思い付いた。


 うちの思い付きは大体祿でもないって良く言われるけど、これは良いと思う。頭に今度は電球マークが浮かんだ。


 「多神さん、非常感謝フェイチャンガンシェ!」

 (とても感謝しています!)


 中国語、伝わるかな?日本の神様だしな。

 でも気持ちは最大限込めて、全力の笑顔で言った。

 多神さんは目を丸くして一瞬驚いた顔を見せたけど、すぐに不敵な表情に変わった。あれ?


 「不謝ブーシェ

 (どういたしまして)


 「えぇぇえぇぇぇぇっ!」


 思いっきり伝わってた!

 しかも発音が美しい。「很好ヘンハオ」(とても良い)だ。

 うちが危うく「ギャフン」って言うところだった。まさか国際派の神様だったなんて…。

 「加油ガーヤウ麻来マーライ

 (がんばれよ、麻来)


 「っ~~~~!……はいっ!」


 半ば自棄っぱちに答えながら立ち上がって玄関に向かう。

 凄く悔しい。自分に有利な勝負をしかけておいて、ボコボコに返り討ちされた気分。

 今絶対顔赤くなってる…。だって熱いもん。

 草履を逃げるように履いて、改めて座ったままの多神さんに向き直る。


 「本当にありがとうございます。また何かあったら頼ってしまう自信しか無いですけど、そこは諦めてお願いしますね」


 深くお辞儀をして自分の足元を暫し見つめる。


 「あぁ、分かった」

  

 優しい声音が耳に届いたので、戸を開けて外に出る、

そして、最後に一言。


 「では…」

「「再見ツァイジェン」」

 (さようなら)


 ぱたんっ。


 中の墨汁の香りと外の神聖な空気とを分ける戸に背中を向けて立つ。

 …また近いうちに会いそうだな。


 そう言えばここからどうやって帰るんだろう。

 綺麗に別れた手前、もう戸を開けて確認するとか心底恥ずかしい真似はしたくない。

 とりあえず一歩前に前進しとこう。


 ふわっ!


 ゼログラビティ再び。

 無事に帰れそうです……。



*****


 ピピピピピピピピピピピピピピピピッ!


 「ね、寝た気がしない…」

  

 目を閉じたと思ったら、もう朝だった。

 暫く布団に籠城したけど、みーちに無情にも呆気なく剥がされる。


 ふと思い出して、夜に涙を拭きまくった袖に目を向けるとバリバリのガビガビに少しもなっておらず、綺麗なままだった。

 おまけに目も腫れぼったく無い。


 「追加オプション?」

 「何言ってるのー?早くホットサンド食べようよ」

 「はーい…」

  

 何はともあれ朝が来た。

 どうやって記念すべき1日目の文章を書き出そうかな?

 次に多神さんに会ったらフランス語にしようかな?

 ホットサンドの具は何にしようかな?


 考える事が沢山あるなと思いながら布団から出た。

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