第14話 終幕:2つの面談を終えて


 「やっと終わった……」


 二人目を送りかえして、途端に緊張の糸が切れた。

 誰も居ない事を良いことに両足を投げ出し、上着も放った。

 今日だけで何度緊張した事だろうか。

 豊受大御神様への挨拶に始まり、双子へ咄嗟に嘘を吐いた時、天照様と建角身命様が来られた時、そして今の今まで行っていた面談2つだ。

 正直、働きすぎでは無いだろうか。誰かに労って欲しいものだ。

  

 「それにしても、本当に一卵性の双子かって疑いたくなる程初めから違っていたな…」


 初めて会った時から極端に性格が違うとは思っていたが、神界という未知の場で一人きりになったことで、それはより顕著に現れた。

 まず、実々は早々に現状を理解した上で直ぐに書斎に入って来た。

 対して麻来は、いつまで経っても入ってこないからどうしたのかと見てみれば……竹を楽しそうに触っていた。とても理解に苦しむ。

 

 正直言って実々は来ないものだと思っていた。

 余に聞きたいことがあるのは分かっていたが、人見知りと内向的な性格の方が勝って聞いてはこないと踏んでいた。その点は良い意味で裏切られたと言っていい。

 ところが、母親の根性で早く余の目の前に座ったわりには一向に話し出さない。

 危うく「先程までの勢いはどうした?」と、うっかり口に出すところだった。

 仕方がないので余から話を振ったが、暫く硬いままだったな。

 質問も返ってくる答えが分かってて聞いてきたものだったから、より空気が重くなった。


 麻来の病気は元の時間に戻ったら元通りになるのかと。


 あくまでも麻来が日本史をしっかりやりきる為に症状を一時的に無くしただけだった。

 だが、それが逆に実々をそこまで苦しめる事になってしまうとは気付けなかった。

 だから実々に事実確認をするように聞かれ、自分の浅慮さを突き付けられた気分になった。

 あの時に余が気の利いた一言でも返せれば良かったが、何も言えなかった。

 そこに実々からの『ありがとうございます』は、かなり効いた。いっその事、怒りを向けられた方が心は楽だった。

 そこからは余の心と反比例し実々の身体の強張りが取れ、その点はほっとしたが、気を抜けたのは一瞬だけだった。


 神隠しの内容を聞いてくる前まで。


 事前準備していた質問ではなく、今思い付いたからついでだし聞いてみようって勢いだったのは丸分かりだったが、それに対する答えは黙秘しか持ち合わせていなかった。

 実々が空気を察して直ぐに諦めてくれて本当に助かった。

 最後に麻来を頼んで去っていく実々は母性に溢れていて、その笑顔は素直に美しいと感じた。

 だからより一層、巫女装束で髪を和紙で纏めていなければ良かったのにと心底思えてならなかった。

 人を神界に招いた事が今まで無かったために、まさか服が変わるとは知らなかった。

 実々が豊受大御神様の元で働く未来を、天照様に嫌がらせで見せられているのかと思った。麻来も同じ格好をしているのを見て、どれ程安心したことか…。


 兎に角、こうして一人目の面談は終わった。



 二人目の麻来は入ってくるのが遅かったくせに、座って直ぐに質問をしてきた。


 『ここは何処ですか?』


 何故最初の質問がそれなのか。

 場を温めてから本題に入ると言う拘りがあるのでは無く、ただ気になった事を口に出しただけなのだろうが言いたい。

 もっと他にあるだろうと。

 そして姿勢を楽にしても良いと許可を出した途端、あろうことか三角座りをしてきた。

 しかもちょっと得意気な顔で。

 教育の場で行われる坐法ゆえに、教育が行き届いていないと叱責する訳にもいかず、思考を止める緊急措置しか出来なかった。

 その為、『ここは山陰地方なんですか?』と不意打ちで聞かれ、思わず動揺する失態を晒してしまった。

 山陰亭は本来ならば京にあったのだから。

 そんな余の焦りに気付かずに次の質問に行ってくれた麻来には、この時ばかりはほんの少し、いや本当に少しだけ、一瞬だけ感謝した。


 『何方がうちの日本史のまとめに対して「こいつ、妥協してるわー」とか判断されるんですか?』


 感謝が直ぐ様終わりを告げた。

 真っ直ぐ右手を挙げ、(自分、優等生みたい)と顔に出しながら聞いて来た。

 当初は判断するのは麻来自身と余の二人の予定だった。

 だが、天照様に情報が伝わってしまったがために、その計画は実現する前に頓挫した。

 天照様から直接何か言われた訳では無いが、おそらく判断するのは、麻来・余・天照様になったと思われる。余も一切妥協出来なくなった。

 なので『その道の神』と濁して答えたが、事もあろうにその単語に食い付いてきた。迷惑でしかなかった。

 なんとか誤魔化せて胸を撫で下ろしたが。

  

 次の質問は初めてまともな内容だった。

 普通の思考も持ち合わせているのかと驚いた。

 まとめ方とデータの保存の依頼、あれは良い質問だった。

 そう言えば余が少し考えるために目を離した時に、衣擦れの音が凄くしていたのは何だったのだろうか。

 その後すぐに喜びながら無意識に拳を何度も振っているのを見て、その時はそんな些細な事など気にならなくなったが…。

 問題は次の質問だった。

 実々と言葉は違えど全く同じ事を聞いて来た。

 こんな事で自分達は双子だと主張して来ないで欲しかった。

  

 神隠しはどうなるのかと。


 短時間で2回、ほぼ同じ顔、ほぼ同じ声、全く同じ格好の二人に1番聞かれたくない質問をされて気が狂いそうになった。

 しかも妹と同じように直ぐに諦めてくれれば良いものを、姉は食い下がってきた。

 こいつは知ってて、敢えて余を苦しめるために言っているのかと本気で思った。

 一刻も早く黙らせたい、でも答えは言えないなりに激励はしておきたい、そんな思いに身体が押され麻来の肩を少しばかり強く揺すってしまった。

 少しして、麻来に思いが伝わったのを触れられた左腕に感じ、手を離したら事件は瞬く間に起きた。

  

 麻来が余の胸に頭から向かってきた。


 胸に強い痛みを感じながら、麻来も実々もとても小さい事を思い出した。

 余と1尺も身長が違えば、急に手を離したら身体が勢いを殺せずに動いてしまうのを気付けなかった自分を恥じた。

 そして、不覚にもそのままの姿勢で後頭部を畳に打ち付けてしまった。

 あの時、痛みと精神的疲労でいっそこのまま意識を失うのも良いなとは思っていなかったと言ったら嘘になる。

 だが、ここには麻来が居た。

 余の肩を叩きながら顔を覗き込んできた。

 ここで寝ては駄目だと自分を叱咤し、起き上がろうにも上手く身体が動かなかった。

 ここでまた、はたと気付いた。

 いくら精神体とは言え麻来も少なからず痛みは感じると。

 思いっきり飛んできたので痛くないはずはない。

 そこで、『怪我はないか?』と聞いてみたところ、麻来は雷に打たれたような顔をしてきた。

 そこからは罪悪感に溢れたような表情になり、余が起き上がるのを甲斐甲斐しく手伝ってくれた。

 頭が当たったくらいで気に病むなど、そんな一面もあるんだなと感心し評価を少し上方に修正したのは言うまでもない。

 座り直した時に神隠しについて聞くのは諦め、ついでに余の思いも汲み取れたと言っていたので、一連の行動が意味あるものとなり無駄にならずに済んだ。

 が、麻来はまた新たな爆弾を直ぐに投下して来た。


 名前は何かと。


 「菅原道真」だとあの場で言ってしまっても良かったが、心が何故かそれだと面白くないと主張したため黙秘した。

 麻来は『小物過ぎて言いたくないのか』などと失礼な事を考えていたが、寛大な心の神なので赦した。

 そうしたらあろうことか、『多神さんって呼んで良いですか?』と提案して来た。

 数刻前にも聞いた呼び名…。

 余の頭の中の回路が急速に繋がって行き、1つの答えを導いた。

 天照様は八咫鏡で先回りして双子の会話を全部見てから余の元にいらしたのだと。あの時の『一通り見た』と言うお言葉を勘違いしていたと。

 考えている間にも麻来は何やかんやと話し掛けて来たが正直それどころでは無く、全く耳に入って来なかった。

 結局、多神と呼ぶ事を許可したが、何故か向かいに座る麻来は全く安心出来ない悪徳業者のような笑顔で余の葛藤を分かったような顔をしていた。

 その顔を何の気なしに見ながら、天照様は他にも何か知っていらっしゃるのではないかと、嫌な不安が込み上げているところに無情にも麻来はまた質問をして来た。

  

 なぜ時間をくれたのかと。


 これを最も聞きたいと考えていることは心を読まずとも目を見れば分かった。

 だがなぜこうなったのかは余自身、分からなかった。

 だから『縁』だと答えた。

 話を真剣に聞いている麻来の真面目な雰囲気に当てられたのか、少し自分の話もしてしまった。そこの部分は即刻忘れて欲しいと願うばかりだ。


 全ては麻来と実々が余の社に参拝しに来たところから始まった。

 それ以下でもそれ以上でも無い。きっかけは本当に小さいものだったのだから。

 麻来は涙が流れないように目を閉じて微笑んでいた。

 この時の顔は幼さが取れ実年齢の大人の表情で、実々とはまた違った輝きがあった。

 暫くして感情の揺れが落ち着いてまた話し出したが、ここでもしっかりと爆薬を用意していた。


 本が光っていたと。

 

 本は用意したが光らせた覚えは微塵もない。

 空色の瞳の持ち主の笑顔が脳裏を過ったが、急いで消した。

 次も中々に嫌な質問だったからだ。


 結末は決まっているのかと。


 決まっているものか。

 現にこうして会うことも天照様が介入されることも考えもしなかったのだから。

 神の無力さを自ら露呈することになったが、そこは正直に言った。

 すると安心しきった顔で『日本史を全部やれば良いだけ』と言いきり、逆に質問はないのかと聞いて来た。

 その言葉が脳に伝達すると同時に、さっきまで麻来の場所に座っていた実々の顔が鮮明に浮かんだ。


 …実々を出し抜くような真似になってしまうな。


 そんな後ろめたさを感じながら、症状が無いのは1年だけだがどう思っているか問うた。

 すると当人にも関わらず『はへ?』と言いながら、質問の意図を必死で考えていた。

 疑問を浮かべながら告げた麻来の答えは余も、恐らく実々にとっても予想外なものだった。


 『約1年間健康な身体を言うなれば試運転させてもらえるんですよ?それに対して感謝こそすれ、「糠喜びさせるなんて酷い」とかは微塵も思っていません』

  

 また病気の身体に戻る事への不安も恨みも無かった。

 実々がこれを聞いたらどう思うのだろうか。

 安堵するのだろうか?

 能天気だと叱責するのだろうか?

 余が愁眉しゅうびを開き安心したと告げると、少し拗ねた様な顔で病気の辛さを吐露して来た。

 虚をつかれて表情を取り繕えないでいたら、言い出した本人が慌て出し、祖父の言葉のお陰で持ち直したとまるで余を慰めるかのように言葉を重ねた。

 

 そして、麻来からの質問は全て出尽くしたのか、席を立とうとする雰囲気になったが動きが不意に止まった。

 余はすかさず悟った。


 あの質問が遂に来ると。


 案の定、思い出したのか口を開いたので即座に『参考文献は字数に入らないからな』と言ってやった。

 今まで散々頭を抱えたくなる質問を投げつけられて来たのもあり、凄く清々した気分になった。

 おまけに麻来は震えながら悔しがるものだから、吹き出しそうになるのを必死で堪えようと心頭を滅却するのが大変だった。無表情になって瞬きするのも忘れていたと思う。


 だが、最後の最後になっても麻来は仕掛けて来た。


 『多神さん、非常感謝!』と笑顔で此方を見上げながら言ってきた。

 同時に心では(吃驚びっくりしろ!)と全力で主張していたから、どうしたものかと思った。

 だが、ここはちゃんと返すのが礼儀だと『不謝』と言った。

 麻来は余が話せるとは本気で考えていなかったらしく、全身で驚愕を表していた。

 ついでだからと『頑張れよ』と告げたら、少し怒ったような顔で立ち上がりながら返事をして出入口に向かって行った。

 後ろからだから定かでは無いが、耳が少し赤かった気がする。

 草履を履いたところで最後の挨拶を交わし、同時に『再見』と言った。

 全ては偶然の積み重ねだが麻来と実々にはまた会うことになる確かな予感があり、その意味も込めて口に出した。

 

 書斎に一人になった直後、閉められた戸を見て直ぐに気付いた。

 麻来は戻り方を知らないと。

 戸の向こう側で焦っているであろう顔を想像しながら精神を身体に戻してやった。


 さて、どうなるだろうか。


 天照様は『1年のんびり待つ』と言っていた。

 この言葉の意味も、果たしてそのまま汲み取って良いものなのか不安になって来た。

 本を光らせたのも十中八九で天照様だろう…。これからあの双子に対して何かしないだろうか。

 いや、噂をすれば影と言うし考えるのは止めておこう。

 この前現代の若者言葉をまとめた本を見ている時に、この状況を表現するのに的を得た単語があった気がするな…。


 「確か……フラグ?」

 

 自分で口にして、突如得も言われぬ不安が押し寄せて来た。

 急いで頭を振って記憶から消す。…この気持ちはなんだろうか。

 よし、寝よう。

 疲れているから良くない方に思考が向かってしまうのだろう。

 座布団を端に置き、上着を拾って外に出た。



 何はともあれ、やっと二人はスタート地点に立った。

 余も二人とこれから更に関わる事でまた成長出来る気がする。


 「死して尚勉強だな。麻来、実々」


 梅の木を一度見上げて社に向けて歩き出した。

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