第12話 人の「疑問」、神の「答え」


 初めの一言が何よりも大事。


 就活の面接でも常に意識していた事だ。

 第一声が【本音】だと。

 その後にどんなに言葉を重ねて飾ろうとも、一言目の力には敵わないと。


 よって、仕掛ける!


 誰も怒られることを自ら好き好んで望む者などそうそう居ないはず。

 怒られる事が確定しているのなら、尚更避けたいと思うのが人の性。

 その怒り、有耶無耶にしてみせましょう。


 「ここは何処ですか?」


 胡座で腕を組み、苛立たしげに人差し指で二の腕を高速で叩いて睨みを利かせている多神さんに問う。


 「え?………われの書斎だが」

 「だからこんなに本が沢山なんですねー」


 言いながら回りを見渡す。

 この墨汁の香りが充満した小屋は書斎だったのか。大人の趣味部屋ってやつ?

 壁面収納とはこうやるんだゼって見本の様に、玄関の一面を除いた三面に天井から床まで紙でビッシリ埋められている。

 そして申し訳程度の文机が隅にそっと置かれている。


 棚の中は、和綴じのものから巻物、木札、重ねられただけの大量の紙、背表紙の付いたハードカバーの本までと多種多様にある。

 あ、2019年度版の六法全書まである。

 こ、こやつやりおるっ…!

 六法は実は消耗品で、毎年買い替えないと痛い目に遇うんだよね。ヌルッと主要な法律が改正されていたりするから。一冊をずっと大事に使うとかご法度なんだよね。

 ん?六法の隣に気になるタイトルが。

 『この一冊で網羅!日本の神様名鑑』…ちょっと読んでみたい。

 『これでバッチリ☆心を掴む名言集』、『ナウい!若者言葉パーフェクト事典』……うん、忘れよう。


 「き、勤勉なんですね、神様」

 「時代のニーズに合わせていかなきゃだからな。あぁ、楽に座って良いぞ」


 怒りを反らすことに成功しただけでなく、姿勢の自由までも手に入れた。


 「ありがとうございます。じゃ、失礼して」


 正座を横に崩す?

 ノンノン!話をしっかり聞く体勢ですよって相手にもしっかり伝わる姿勢。

 そう、体育座り。

 これで長丁場になっても大丈夫。慣れない袴でも大丈夫。


 「神様、ここは山陰地方なんですか?」


 山口、鳥取、島根、兵庫、京都の何処かなんだろうか?


 「…あ?いや、麻来の精神だけ、神界にある余のこの書斎に呼んだだけで、日本の何処かって訳ではない」


 体育座りしたあたりから目を見開いたまま固まっていたから、こちらに心が戻って来てくれて何よりである。

 てか、うちは神界に居るのか。

 小屋と梅と竹以外真っ白だったのは、「人間に神の世界は見せられんな」と言う、高貴なモザイク加工ってことなんだろう。

 昼間の周り全部真っ白とは違うものだと何となく理解した。


 「それで、質問なんですけど、何方どなたがうちの日本史のまとめに対して『こいつ、妥協してるわー』とか判断されるんですか?」


 優等生のように右手を挙げ、真っ直ぐ多神さんの目を見て質問をぶつけてみた。


 「判断をするのは麻来自身と、……その道に精通した神だ」

 「その道?」


 どの道だろう?

 多神さんには見えている道がうちには一切見えない。

 しかも、うちの疑問返しを予期して居なかったのか、目の前の神様は狼狽えた。


 「そ、その道は、汝が怠慢やズルをしたら分かるって事だ。そして麻来自身とは、自分を律しなさいという意味だ」

 「うっすら分かりました」


 要するに万引きGメンみたいに、「あ、こいつ盗む気だな」ってのが分かる神様が見張ってるから、自分でちゃんと真面目にやれよって事だな。


 「で、その事でさらに確認したいんですけど、初心者でも分かりやすいようにまとめたいんです。そうすると、だいぶ勉強した事を削ったり省いたりすることになるんですけど、それは大丈夫ですか?」

 「問題無い。まとめ方については麻来に一任しているからな」

 「おぉ…」


 良かった良かった。第一段階クリア。

 最初に細かいルールが決まっている方が、後々揉めずに済むから一安心。トランプの大貧民とか人によってルールが全く違ったりするしね。事前確認大切。


 「あと、その選抜から落選した部分もなんですが、まとめたものって元の時間に持って行けませんか?ダメならせめて、ここでの記憶だけでも残して欲しいんですけど…。それと、全部完成した時はあの2つのボタンを押せば良いんですか?」

 「うーん……」


 多神さんはきつく腕を組み、目を閉じて少し上を向いて長考の姿勢になった。

 こっちを見ていない事を良いことに、両手を顔の前で組んで、『お願いっ!お願いっ!』と至近距離の神様に神頼みしてみる。


 暫しの沈黙の後、

 多神さんが腕をほどいて目を開けそうだったので、急いで組んだ両手をシュバッと両足の前に下げた。

 これで理想的な体育座りの完成。


 「全部無事に終わったらな。汝、USBを持っているか?そこに勉強の成果を保存していくと良い。勿論、元の時間でその内容が見れるのは汝ら双子だけだ。あと、完成した時はボタンそれで知らせてくれて構わない」

 「わーーーっ!良いんですか!?USBありますっありますっ!」


 思わず両手もろでを挙げて喜びを表現してしまった。

 神頼み最強説がここに生まれた。

 しかもハッカーにも開けない強固なデータ管理システム付きだった。暗証番号も指紋認証も虹彩認証も要らない、双子パス。


 「凄い喜んでいるが、もちろん何時何処でそれをまとめたかとか、全て他言無用だからな。データを加工してからならば、何に使っても良いが」

 「はぁい!」


 やったやったー!

 これで小悪魔姪っ子花奏ちゃんの学生生活のサポートが出来るっ。

 「あーちはいちゅもだめねー」って何度も言われているから、ちょっと尊敬されたいって常々思っていた。

 未来で待ってろ、ティーンエイジャー花奏。出来ることなら文系に進んでくれ、切実に。


 喜びに浸り過ぎて、無意識にガッツポーズをシャカシャカ繰り返していたらしい。

 多神さんが濁った目で座布団ごと少し後ろに下がった。

 そうだった。そうだった。

 ここは自分の家のリビングじゃなかった。

 明日の朝、みーちに話すときに改めてガッツポーズし直そう。


 「あ、これも確認なんですが、無事に終わらなかったり、やらかしたら神隠しですよね?それって、『髪の毛一本残さないゼ』って消滅させられちゃうんですか?メジャーな神隠しの実態も知らないんで……………え?」


 おや、多神さんの様子が……?


 これ以上は無理って分かる程両目をこれでもかと見開き、胡座も崩れ、倒れないように辛うじて畳に着いた両手で仰け反った体を支えている状態になられていた。どうして?


 「あのっ…神隠しの内容を知らないのは、そんなに非国民でしたか?」


 知らないものは知っているとは言えない。

 神様に面と向かって嘘は吐けない。


 「…ハッ!神隠しに定番やお約束は無いっ!いや、そんな事はこの際どうでも良いっ!」


 一生を左右する問題を一瞬で一蹴された。

 多神さん、何故そんなに不安定なんですか?

 実はうちらの神隠しの執行人なんですか?……えっ…そうなの?


 「いや、でもそこんとこハッキリ聞いておかないと分からー…」


 ドダダダッ!

 ガシィッッ!!


 「がふっ!」


 分かりました。

 どんなにイケメンだろうと、血走った目で高速で来られて両肩を思いっきり掴まれると怖いって。

 あと『キャッ』は予め心の準備をしていないことには、そう簡単に言えないって。……「がふっ!」って吐血じゃん。


 「ど、どうしっ…あばべべべべべべべべべべべべっっ!」

 「麻来ぃぃぃっ!実々が大事だよなっ!?姪も父も母も姉もっ!祖父母も従兄弟も友人や知人もっ!掛け替えの無い人達だよなぁ!?なぁっ!」


 それはもう大切です。

 でも、自分で頷かせて……。

 自分でしっかり肯定出来ますから、強制執行しないで。

 高速で肩を揺すらないで。三半規官激弱なんで。

 頭ガックンガックンしてますから。気付いて。

 これ、絶対高橋名人もビックリな速度だって。

 16コンボ絶対超えてる。速すぎて逆にゆっくりに見えていると思う。


 あれ…?


 布団で眠っているであろう身体と、この動きリンクしてないよね?

 みーちが「あれ?地震…?」って起きたら、震源地が真横のうちって怖すぎだと思う。【シックス・センス】や【リング】、【エクソシスト】をぶっち切りで追い抜くホラー。

 みーち、絶対起きないで。

 うち今、凄く神懸かってると思うから。


 「…あと、学校の先生も!用務員も!緑のおばさんもっ!シルバーボランティアも大切だよなっ!?」


 うちの「あばばばばばばばばばばばばばばばばば…」をBGMに今までお世話になった人達を挙げていく多神さん。

 このままだと『酸素も水も化石燃料も…』って続きそう。

 うちはここで人生が途絶えそう。

 今って実は神隠し執行中なのかな?だとしたら、もっと一思いに何かされるんだと思ってた。

 強制的に走馬灯を見せられながら終わりの見えない高速シェイク……まさに生き地獄。

 とりあえず、多神さんに揺すりを止めてもらいたい。こんな最期は嫌です。

 動け!うちの右手っ……!

 届け!多神さんにっ……!


 震える手をゆっくり多神さんの左腕に伸ばしていく…。

 ぶっぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ…ぺしっ。

 …とっ……届いた。


 「ハッ!すまー…」


 ブンッ!…ゴスッ!


 「う゛ぐぅっっ!」


 ……ドサッ!


 決まった。

 多神さんの心臓を一突き。

 うちの頭突きが決まった。

 ジダンの頭突きが可愛く思える程の威力と速度と重さだったと思う。


 言い訳をさせて貰えるならば、多神さんが手を離してくれたタイミングが丁度、うちの重心が前にある時だった。

 散々振られ続けた体は、言うなればプルバック式の玩具の車と同じで一度ひとたび手を離れたらあとは全力で進むだけで、どうしようも出来なかった。

 断じて殺られる前に殺ってやると思っての行動ではない。

 小澤家の家訓【やられたら倍で返す】を実践したわけではない。ビデオ判定して欲しい。


 それにしても、多神さんが倒れたまま一向に動いてくれない。

 後頭部の打ち所が悪かったのかしら?

 後味が悪くなるから起こそう。


 「神様ーっ大丈夫ですかー?起きて下さーい。まだ質問ありまーすっ!」


 肩口を叩いて声を掛ける。車の免許の講習でやって以来だな…。神様を起こす前提のものでは無かったけど。

 要救助者に手を差し伸べるのは人間の基本。


 「う…うぅっ…」


 苦悶の表情を浮かべているけれど、大丈夫そう。

 良かった良かった。さ、うちの無実を証言して下さい。


 「汝………怪我は無いか?」

 「……頭突いた部分がちょっと痛いくらいです」


 ごめんなさい。

 自分の心の汚さ加減に恥を知りました。

 自分の故意によるものでは無い事を、いかに多神さんの口から引き出せるかしか考えていませんでした。

 イケメンとは、内面から滲み出るもの。

 しかと麻来は心に刻みました。


 罪悪感もあって、率先して多神さんが起き上がるのを背中を押して手伝う。


 「すまんな…」


 もう謝らないで。頼むから。

 罪悪死するから。


 無事に定位置の座布団の上に多神さんが落ち着いたので、うちも向かいのポジションに戻る。


 「…えらいこっちゃでしたね」

 「あぁ…」


 アクシデントを共有し、確かな連帯感が生まれたと思う。

 これで本当に打ち解けられましたね、多神さん。

 そして、取り乱した人を見ると人間は冷静になれますよね、多神さん。


 「神様は神隠しでうちらがどうなるか知っているんですよね?でも言えないってことは、思いっきり揺すられて何となく分かりました。兎に角、大事な人達のためにも絶対やりきれって言いたいんですよね?」

 「あぁ…」


 悲哀の表情のまま、ゆっくり瞼を閉じながら肯定してくれた。

 まだ初日でさえも始まっていないのに、結末を気にしすぎだったかも。

 1年の後半に入って、「あ、これダメ。間に合わなそう…」ってなったら死に物狂いに頑張るためにも意地でも聞こう。なんかもの凄く頑張れそうな内容っぽいし…。限界突破出来そう。


 「神隠しの件はもういいです。昼間に聞き忘れていた事があってー……神様のお名前って何ですか?」

 

 さぁ、教えて下さい。

 What´s your real name? Mr.Tagami!

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