第11話 起きているのか、寝てるのか


 眠れない。


 多神さん、どうやって夢に出てくるんだろ?

 質問する内容なんだっけ?

 何からどうやって聞こう?

 睫毛を瞼に挟んでみてくれませんか?……は、言っちゃダメ。

 会話のシミュレーションに熱が入っちゃって入眠出来ない。

 そもそも、枕難民ですから。

 首と肩に枕の角がぴったり入ってくれないと気になって寝られない。おまけに髪の毛も綺麗に整ってないと眠れない。


 うんうん難儀しながら、ベストポジションを探す。今日はいつもより難航しているな…。

 ふと思い立ち、今度はみーちの方をしっかり向いてみるかと、右向きから180度方向転換。

 そのせいで、布団がバサッとかなり大きめな音を立ててしまうハプニングが発生した。


 やばいっ!みーちが起きちゃうっ!


 もぞっ…。


 …起きてしまったようだ。

 ここは「寝相ですよー」って様相を呈しておこうと、布団を目の下まで引っ張りあげ、瞼をきつく閉じた。麻来はぐっすり寝ていますよ、と。


 ぽんっ…ぽんっ…。


 「!?…みーち、起こしちゃっ……っ!!!!」



 布団の上から肩の部分を優しく叩かれて、一瞬ビクッとしつつも白状しようと目を開けたら、みーちがこっちに腕を伸ばしたまま眠っていた。


 「………寝てる?」


 え?

 起きたんじゃないの?

 寝たフリなのは分かってるんだよって叩いて来たんじゃないの?

 実はずっと起きてたんじゃないの?


 じゃあ、これって……。


 感情の揺れに身体がいち早く反応して、喉が痛く、内側から絞められているみたいに苦しくなってきた。

 昼の時とは違う、自分のことでは無い痛みで、直ぐに目の前がぼやけてきた。

 声が漏れないように、急いで口を両手で塞ぐ。


 …みーち、ごめんねっ。


 花奏ちゃんと離ればなれにして、ごめんねっ。

 うちは花奏ちゃんじゃないんだよ、ごめんねっ。

 うちの我儘に付き合わせて、ごめんねっ。

 何回謝っても足りないのは分かってる。

 でも、今謝りたいって思った。


 一色家に泊まりに行く度に、花奏ちゃんと間違えてうちをポンポンって寝呆けながら寝かし付けてくるみーち。

 寝る時にふざけてうちがわざと布団を乱したりグズる真似をして、みーちが笑いながら掛け直してくれるのが2人のお約束になってた。


 でも…今は笑えないよ。


 みーち何で一緒にここに残ってくれるの?

 うちが頼り無さすぎて一人だと心配だから?

 ゆっくり過ごしたいって嘘でしょう?

 うち、あんなに図書館や買い物で浮かれちゃって本当バカみたい。

 なんでみーちの優しさを当たり前に受けてるんだろう。

 元の時間には何の影響も無いから、みーちも前向きに一緒に頑張ってくれるって勘違いしてた?


 …本当に自分バカ野郎だな。


 決めた。

 みーちが無理してたり辛そうに少しでもなったら、スイッチを押してみーちを元の時間に戻してもらおう。

 少しだけど一人暮らしした事もあるし、家事も一通り一応出来るから。

 うん、平気。

 平気、多分。


 でも……その時が来るまではよろしくね。


 音を立てないようにみーちに背中を向けて、止めどなく流れてくる涙を袖口に染み込ませた。

 震えて開こうとする口も、力を込めて引き結ぶ。


 「…ひっく………ぅうっ!」


 どれくらい泣いたのか分からない程泣き、気が付けば疲れ果てて寝てしまっていた。



*****



 ん?……瞼の向こうが眩しい。


 ゆっくり明るさに慣らすように少しずつ視界をゆっくり広げていくと、目の前に木造引き戸の小屋があった。


 「あ、こう言うパターンか」


 夢で預言者みたくお告げがあるのかなと思ったけど、まさかのお宅訪問スタイルだった。

 本当にこれがお宅なのかは分からないけど。

 流石にこの建物を前に「立派なお住まいですねー」とは面と向かって言えない。言ったら確実に嫌味になる。


 だって小さいから。

 

 大正時代から続く大地主の、お城かって思うほどの大豪邸のの規模。

 それも重厚な瓦屋根じゃなく、木の皮が屋根になっている慎ましさ。この皮って檜だっけ?

 さらに言うならば、引き戸の上に掛かっている『山陰亭』と書かれている一枚板の表札?看板?が、無駄にデカ過ぎる。この大きさの建物なら蒲鉾板で十分だと思う。


 そもそもここは山陰地方なんだろうか。

 だとしたらうちは確実に【秘境】と呼ばれる地に足を踏み入れてしまったと言える。

 何故なら、小屋と小屋に寄り添って繁っている竹林と一本の紅梅の木と自分以外真っ白だから。…凄い既視感がある。そう、お昼頃に。


 おまけにパジャマで寝たはずなのに巫女ルックになっている。

 強制的な他力による着衣はコスプレに入りませんか?

 これは、多神さんの「神に会うのだから、それに見合った格好をしろ。人間風情が」と言う声なきメッセージなのかしら?

 ま、良いか。


 それにしても、ここに来てちょっと時間が経ったにも関わらず、小屋の中から一切物音がしない。

 つまり、多神さんは不在orここはあくまで待ち合わせ場所と言うことでは無いだろうか。

 勝手に入ったところを、不法侵入の現行犯で取り押さえられたくは無いので大人しく待ってよう。


 時間潰しも兼ねて、梅の木に近付いて見上げてみる。

 やっぱり近所の木と一緒だ。

 これが薄いピンク色とかだったら絶対梅って分かんなかったな。

 桜と梅と桃の違いが、パッと見だと良く分からない。

 もっと言うなら、加熱されたキャベツとレタスもちょっと難易度が高い。カットされた小松菜とほうれん草の葉の部分も。

 あと、うちとみーちの幼少期の写真、どっちが自分か分からない。最近のヤツも、モノによっては良く見ないと分からない。

 そんな内に秘めたる悩みを思いながら幹に触れてみる。


 ざらっ。


 おお!五覚のうちの触覚もあるのが証明された。

 視覚、聴覚、嗅覚はバッチリ始めの時点で分かってた。

 あと残すは味覚。あるのか確かめてみたい。

 多神さんに会ったら、「お昼にお茶出しましたよね?……あれ?」って遠回しに催促しちゃう?

 でも、お母ちゃんが「夢の中で食べると風邪になる」って常々言ってる。子を想う母親の言う事は絶対。うぅ…我慢か。


 少し移動して今度は竹を見物。

 山とかに生えている太い生命力に溢れているものじゃなくて、料亭とかお洒落な和カフェに植えられている細いやつ。将来庭に植えたいなって思うやつ。


 竹か。民法で良く出てくる代表格だ。


 問題!チャチャンッ!

 

 問.隣家の敷地から伸びてきた竹の葉は、所有者である隣人に無許可で伐採しても良いか?


 答.所有者の許可が必要。なお、根ならば無許可で出来る。

 ちなみに筍も無許可で取って美味しく食べても良い。


 ※ただし、蜜柑や柿などの樹木の果実は、自分の土地に枝が伸びていて、採取出来るとしても、それは所有者である隣人の許可が必要。


 相隣関係は隣人が居なくならない限り、永遠の悩みだよね。

 お隣さんとは上手く付き合って行きたいものです。一番近い他人だものね。

 ついでだからと竹も触っておく。表面ツルツル、節ザラザラ。

 一本欲しいな。


 ガララッ!


 「とっとと入ってこいやっっ!」


 多神さんが居ました。

 引き戸を思いっきり開けて顔を出し、思いっきりこっちを黒に近い紺色の目でガン見しています。

 竹から手を離し、多神さんを見ながら玄関に向かいつつ思う。


 神主の格好じゃないんだと。


 神に仕えているわけでなく、神そのものだから服装は自由なんですか?

 それとも「お前ごときに本当の姿は見せられんな」って事ですか?

 でも、何も日中と同じ格好でなくても。好みだけど。


 数歩で引き戸の内側に遂に踏み入れてしまった。自分で密室を作るように戸を閉める。

 多神さんはそのかんに部屋の真ん中に座っていた。決して機嫌は良さそうに見えない顔で。


 鈍感なうちでも分かりますよ。

 先ず、最初に説教されるって。


 袴の裾を踏まないように気を付けながら、墨汁の香りが染み込んでいるであろう畳を進み、多神さんの向かいに座った。


 どうか、お手柔らかに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る