第7話 幕間:高天原の橋の上にて①


 「そろそろ、あの双子は話し出す頃か……」


 過去に居る双子と同じ時刻に合わせてある懐中時計を見ながら回廊を進む。


 外は晴れ渡り、雲ひとつ無い。

 梅も桜も桃も杜若も向日葵も秋桜、そして桔梗も四季折々に咲く花々がまさに『百花斉放』、読んで字の如く咲いている。

 一見、色彩豊かで風光明媚に感じるが、季節感が全く無く、日本の四季の良さが失われているとわれは常々思っている。そもそも、時間の概念すらここには無いが…。


 また、そんな浮世離れした景色を目の当たりにする度に、ここが自分が本来居た場所とは違うことを実感せざるを得ない。


 ここは《高天原たかまのはら


 場所で言うならば富士山8合目以上にある。

 神界となっていて、多くの神が暮らしている。もちろん、人間は直ぐ傍に神々が居るにも関わらず全く気が付かない。


 中心に天照大御神様の伊勢神宮の内宮そのままの鳥居と社があり、それを囲むように高天原で暮らす、天津神(あまつのかみ)の各々の神社のが荘厳に並び立っている。一度ひとたび鳥居をくぐると、其々の社へと行けるようになっている。

 ちなみに余の鳥居は石鳥居で、社は太宰府天満宮である。


 他の神の社に行く用事がないため、鳥居しか窺い知る事が出来ないが、恐らくどこも見た目は神社で、中に踏み入れると人類の叡智が詰まった現代住居だろう。

 オール電化で1日中快適な暮らし。

 電気通信環境も整っていて、温度湿度共に常に良好。

 人間がいくらでも堕落出来るように、神も楽を……いや、効率的な生活を、今は敢えて選択して送っている。

 そんなこんなで他の神と交流を送る必要などなく、また頼られることも無いので、服など何を着ていても問題は無いのだが、天照大御神様が以前に一斉メールで、


 『基本的には自主性に任せるが、お家から出るときはちゃんとした服装をしてネ☆何時なんどき誰が訪ねてくるか分からないし、万が一変な服を着ているのがバレても、汝(いまし)らは消えるの不可能だから、精神的にキツいのは自分自身だよ(・∀・)』


 と、仰られていた。


 よって、こんな中心から離れた高天原のうしとらの辺境にある鳥居を潜る者は居ないことが分かりきっているのにも関わらず、今は最低限のマナーとして黒色の直衣のうしを纏い、烏帽子を被っている。

 …決して普段がダサい訳ではない。

 屋内では最近お気に入りのモコモコとしたルームウェアを着ている。

 初めて袖を通した時は、あまりの気持ち良さに1時間ほどずっと触り続けた代物である。


 思考が大幅に脱線したが、足はちゃんと動き続けていたため、無事に目的地に着いた。


 【心字池しんじいけ

 上から見ると草書の『心』に見えることから名付けられた。

 その池を横断するように掛けられた橋を進む。

 鳥居から一番近い太鼓橋、『過去の橋』と呼ばれる橋の頂点に立つ。

 袂に入れていた梅を1輪、双子の顔を思い浮かべながら湖面に向けて落とす。

 花は静かに着水すると、波紋を描きながらゆっくりと沈んで行き、完全に見えなくなると湖面は鏡のようになった。


「さて、どんな様子か……」


 声に呼応し、水面は先程まで居た居間と、会ったばかりの双子を映した。

 丁度良いタイミングだったようである。


 『これより【これからどうする?双子会議】を始めー…』

 『…その前に、誠意見せぇや』

 『………ぇ?』

 「………は?」


 思わず麻来と同時に言葉が出てしまった。

 実々は、いや実々の本性はあんなだったのか?

 麻来とは違って全く目を見て来ないから、思考が全く読めなかったが、……読まなくて正解だったんだろうな。


 姉は直ぐに顔にも言動にも感情が出て、妹は溜め込んでおいて好機と見るや一気に放出するタイプか…。

 どちらも余は嫌だな。

 無意識に朱色の欄干に両ひじを乗せ、頭を抱えてしまった。

 まだほんの出だしにも関わらず、続きを見る気が消え失せた。

 そもそも、この双子に関わるつもりは無かった。

 今に至る根本的な原因は、全て麻来にあると言っても過言ではない。



 《小話 全ては麻来のせい》


 あの女は5年前から資格試験を受け始めた。

 それこそ実々と、5年前には太宰府天満宮に合格祈願で参拝しに来た。

 結果が芳しくなく、そこから東京の湯島天神、京都の北野天満宮に毎年参拝に訪れ、ついに2019年の今年合格した。それ自体はおめでたい事だった。


 だが、待てども【お礼参り】にいつまで経っても来ない!


 何かあったのかと心配になり、少し覗いた時に『北野天満宮に行ってお礼しなきゃー』と言っていたにも関わらず、姉の『今年は伊勢神宮に行かない?』と言う発案に見事に乗った。

 なぜ強固に『今年は絶対お礼参りしなきゃ駄目なのーっ!』と言わなかった!?

 あんなに良くしてやっただろうっ!


 理由は分かっている…。

 赤福ぜんざいが食べたかったからだと。

 食欲に信仰が負けた悔しさを晴らすべく、余は伊勢神宮に赴くのであった。

                   完



 【後悔先に立たず】とは良く言ったものだな。

 まぁでも、一度夢の中で質問に答えてしまえば、後は二人で勝手にやってくれるだろう。

 金銭は自動的に財布に入る仕組みになっているし、楽なものだな。指輪も非常ボタンも下賜したから放置で大丈夫だ。


 お、やっと話が進みそうだ。


 『では、まず……神様の目の色、紺だったよね!?』

 「どうでも良いわ!」


 …湖面に向かってツッコミを入れてしまった。

 自分達が置かれている状況を、未だに理解していないのであろうか?

 普通不安がっているもんではないのか?

 順応性が高いでは済まされないな。言ってしまえば変人なんだろうな…。


 それに、余の目の色など、どうでも良いだろう。


 麻来は紺だと言ったが、正確にはほぼ黒に近い藍色で、褐色かちいろと言う。

 神として生まれ変わった時に見た目と同時に瞳の色が変わってしまっていた。

 正直、【菅原道真】ではなくなったと、現実を突き付けられているようで好きではない。

 おまけに、59歳で亡くなったのに、今では20代中頃のような容姿になっている。


 それこそ、誰も人間は余を見るわけではないのに、天照大御神様が『信仰は見た目から!格好良いに越した事はない!』と、時代が変わる度に高天原中の神を集めて仰っている。

 よって、時代毎に神々は皆、容姿が少しずつ変化している。

 …ただ、未だに信仰に影響しているかは定かではない。


 『どうやって日本史まとめれば良いかなぁ?やっぱりノートに手書ー…』

 『絶対パソコンで!』

 『えぇっ!どうして!?』

 『あーちの字、クセがキツ過ぎて読みたくない』

 『がーん』


 …もう勝手にやってくれ。

 余は一体何を見ているんだろうか。

 これ、座談会じゃないだろ。

 漫才してないか?衆人環視ではなく二人しか居ないのに…。普通の会話が出来ないなんて、ある意味可哀想になってきたな…。

 感情を消した眼で湖面を見下ろし、ひたすら時が過ぎるのを待つ。

 …あぁ、実々は休みたいのか。

 でもそれは無理だろう。汝の姉は法律は守れども、まともではないのだから。

 そして家族の現状確認にやっと移ったか………遅いな。

 決して薄情な性格では無いのだろうが、思考回路が致命的に方向音痴なのだろう。

 会話に参加しておらず、ただ見ているだけなのに不思議と疲労がどんどん溜まっていく。

 目を閉じるとどちらが話しているのか分からなくなる程酷似した声で、発信源に意識を向け続けなければいけないのが、この謎の疲労の一因であるのは確かだ。


 だが、原因の最たるものは人間性。


 …見た目と中身の乖離がとてつもないな。

 二人の見た目は良く言っても大学生にしか見えない。正直に言えば高校生に見える程幼い。

 外見とあどけなさのある声だけで考えると、純粋で純朴、人当たりが良さそうに10人居れば8人は思うだろう。


 だが中身は全くの別人だった。


 純粋と純朴?あの二人のための言葉では無いな。

 二人とも確実に『見た目詐欺』と複数回言われているはずだ。現に、余は既に3回は思った。詐欺師姉妹だと。

 麻来に関しては数分直接話しただけで(あれ?何か思っていたのと違うな)と思った。まぁ、実々の本性はさっき知ったが。

 【人は見た目が9割】説をここで否定しておこう。


 『すっっっっっっごく大事な事聞き忘れてたの!』

 『なーに?』


 …お、やっと中身のある話か?

 麻来が目を輝かせつつ、前のめりになっているので、余も欄干から少し乗り出す。


 『「参考文献は文字数に入りますか?」って聞き忘れてたでしょ!?死活問題じゃん!』

 『…………』

 「…………」


 …入りません。入れません。入れさせません。


 いやいやいや。

 もっとあるだろう!何故自分の文章の心配をしないで参考文献の字数を真っ先に気にしているんだ。そもそもまだ何も手元に無いだろう!


 遂にツッコミの疲労が限界に達した。

 もう後は見ないでも良いか。どうせまた会うのだし。

 取り敢えず、次に会った時に麻来に説教をするのだけは決まった。


 よし、社に戻ろう。


 湖面に手を翳し鏡を消す。

 たちまち変人と腹黒の姿は消え、青空を写し出した。余の心の安寧はこれで保たれた。

 欄干から体を離し、重い脚を引き摺りながら歩き出す。一刻も早く休みたい…。


 「天満大自在天神てんまんだいじざいてんじん♪」


 鳥居の方から鈴を転がすような声で呼ばれた気がする。

 いや、気のせいだろう。

 高天原に来て以来、誰も余の鳥居をくぐり会いに来てくれた者は一柱も居ない。それこそ何処に余の鳥居があるのか知る者も居ないだろう。もう千年以上経つのにな…。

 恐らく精神的に相当疲れているがために、心が癒しを求めたばかりに幻聴が聞こえたのかもしれない。

 これは相当な疲労だなと、自嘲気味に笑いながら後ろの鳥居を振り向かずに歩みを再開した。

 ……いや再開したかった。

 一歩進んだ先で細長い真っ黒な柱に全身がトンッと当たってしまった。


 「……っ!!?」


 思わず仰け反って柱の全体像を確認すると、脳の伝達よりも早く眼が勝手に見開く。



 目の前に伝説が居た。



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