第5話 二人だと会議ではない


2018年11月18日(日) 曇り 昼下がり



 「はぁ美味しかったー!クリームうどん食べると、みーちといるって実感するねー」


 一色家に遊びに行くと、必ず作ってくれる定番メニュー。それが家で食べられるなんて。牛乳とブイヨン、粉チーズが混ざり合ったスープに、ブロッコリーとほうれん草がマッチ、そこに胡椒でダメ押しの香りと刺激の演出。毎週食べたい味です。


 「…そう、良かったね」


 んん…あれ?

 めっちゃトゲトゲしてる…。言葉の体感気温が氷点下だ。

 でも食後にすると決めていた作戦会議の開会を宣言せねば……。


 「では、これより『これからどうする?双子会議』を始めー…」

 「その前に、誠意見せぇや」

 「………ぇ?」


 うちの目の前に座っているのはヤクザなの?レディースの人なの?ついさっきまで勇者じゃなかったっけ?

 驚きと怖さの相乗効果で、瞬きが止まらない。


 「まず謝ってもらわないことには、協力出来ない」


 一貫して怖い雰囲気を全く崩してくれない妹。対して何を謝れば良いのか分からないうち。怖すぎて逆に笑いが込み上げてきた。耐えろ麻来あさき……今笑ったら終わるぞ。


 「あ、あ、謝るって、クリームうどんに山椒を振りかける度に『ハァハァ』って何度も匂いを嗅いでた事?」


 笑いを堪えたまま発言したから声が上ずってしまった。

 お気に入りの山椒をかけては『スーハァ』するのがマイブームで、手当たり次第掛けまくっているのだが、料理人からしたら失礼だったのだろうか?良く、テレビの街頭インタビューに夫婦喧嘩の原因に味変が出てくるし。


 「それもそうだけど、違う」


 …一因ではあったのか。

 でも根本的原因が全く思い付けない。

 分からないことは本人に聞くのが確実だし手っ取り早い。よって素直に聞こう。


 「うーん…じゃあ何?」


 ここでみーちの機嫌が良くなってくれなければ、マズイ。

 お財布持って広島に帰られた暁には、食糧が底を突いた時に街中で「ラグビーワールドカップは南アフリカが優勝する!」と叫んで消えるしかなくなる。バッドエンドが過ぎる。神様も泣いちゃうと思う。


 「私を起こすときに、頭思いっきり床に打ち付けたろ。めっちゃ痛かったんだからな。これ謝ってくれないと今後の生活がギクシャクするから」

 「それか!」


  神様のオプションのプレゼントの際に、痛みは無くなっていたらしいが、遺恨はしっかり残っていたらしい。

 お昼を食べているときには、全くそんな素振りを見せなかったのに、突如豹変するなんて恐ろし過ぎるな…。


 「あの時はみーちを起こすのに必死で……はい、ごめんなさい」

 「ん」


 重役のように重々しい口調で頷きつつ、赦してくれた。


 「それと、二人だと会議って言わないから」


 それに加えてまさかの訂正を入れられた。

 [会議は●人以上から]って、みーちや社会の認識ではしっかり決まっているのかもしれない。これからは安易に言わないようにせねば。

 でも、普通の[会話]として、これからについて話すのは味気無いので、新提案をする。


 「ぇ?じゃあ会談?」

 「国のトップか!」

 「んー…なら座談会で」

 「ならば良し」


 OKが出たので始める。やっと始められる。

 記念すべき第1の議題は、実は決まっていたりする。


 「では、まず……神様の目の色、紺だったよね!?」


 本人の前じゃ流石のうちも聞けなかったので、ずっとモヤモヤしてた話題を真っ先にしたかった。

 『ハァハァ』しながら、頭の片隅ではウズウズしていた。


 「あー言われて見れば真っ黒じゃなくて、微妙に青っぽかったかもね」


 みーちは人見知りの内弁慶なので、初対面の人の顔をガン見しないからフワッとしか覚えていないらしい。

 ちなみにうちらの目はすっごく濃い焦げ茶色。THE 日本人。

 共感出来たので次の議題へ移る。


 「どうやって日本史まとめれば良いかなぁ?やっぱりノートに手書ー…」

 「絶対パソコンで!」

 「えぇっ!どうして!?」


 まさか喰い気味にプランBを突き付けられるとは思ってなかった。


 「あーちの字、クセがキツ過ぎて読みたくない」

 「がーん」


 ハッキリ言い過ぎだろ。

 確かに「麻来の字は特徴があるから、100人の字があっても見付けられる」と友達に言われるレベルだし、筆が乗ってくると、二次熟語の偏と旁が合体して新しい漢字を生み出してしまいがちだけども。言い過ぎだろ。


 「それに、ノート何冊必要になるの?片手の指じゃ絶対足りなくならない?パソコンの方が経済的だし、訂正も加筆もしやすくない?」

 「う゛っ!ごもっともで…」


 正攻法で責められると反論出来ない。何より「経済的」がキラーワードになってる。


 「……キンちゃんでやるよ。で、ただ徒然なるままにうちの琴線に触れた事をまとめるだけじゃなくて、日本史ビギナーの人が見ても分かりやすい感じにするのはどう?目的があった方がハリが出るし。将来、花奏ちゃんが日本史勉強する時の一助になったら最高だし。まぁ、まとめたのが元の時間に持っていけるのかは分かんないけど」


 せめてここで培った記憶はテイクアウト出来れば良いなぁ。努力の結晶を元の時間に持っていけるのか神様に聞いてみよう。

 ちなみに『キンちゃん』はタブレット型パソコンのあだ名で、本名は『キンパ・キンタ』ね。

 【金色のタブレット】を略してキンタに、そして韓国海苔巻きが好きだからキンパに、我ながらネーミングのセンスが光りきっちゃってると思う。


 「あーなるほどねー。私の高校は日本史Aだったから、幕末からしか詳しく知らないや。その前の時代はうっすら中学でやった記憶しかない」

 「まぁ花奏ちゃんが理系に進んだらそれまでなんだけど。うちがまとめたものに対して、ビギナーであるみーちが質問やら疑問を呈して、内容を充実させていくってことにしよう!」

 「はいよー」


 あっさりと方針が決まってしまった。

 そして、ふと湧いた疑問。


 うちが日本史まとめている間、みーち何するの?


 ずっと傍で見守っててくれるの?いやいやいや、それは時間の無駄でしょう。それに緊張してしまう。

 人の気配が後ろにあるとソワソワしちゃうんだよね。…ゴルゴ13か。


 「あのさ、みーちは何かやりたいこと無いの?ほら、世界史やら東洋史やら勉強し直すとかさ、みーちも一緒にー…」

 「私は休むっ!!」

 「ぇ?」

 「あーちのサポートは神様とも約束したし、ちゃんとやるよ?で、自分のやりたいことはのんびり読書することなの」

 「……あ、そうだったんだね。この家の本読み漁ると良いよ、結構増えたから…」


 …お母さん疲れてた!


 みーちは大学で東洋史を専攻していたし、科挙やら宦官について論文とかやってたから一緒に勉強どうかなって思ったけど、100%余計なお世話だったんだね。

 みーちは心の安穏を望む主婦だものね。


 「じゃあ、次に家族の現状確認ね」

 「本来ならそれを1番最初に話題に出すもんじゃないの?」

 「うっ…。でも、ほら神様が大丈夫って言ってたし、みーちだって話さなかったじゃん」


 冷たい人間はお互い様なのだよ、妹よ。

 それに過去に来ちゃったとか、神様に会っちゃったとか非日常が凄すぎたからね。決して忘れてたわけじゃないの。


 「はぁ…。私はかなちゃんに新しい絵本何か良いの無いかなって思って本屋に居たでしょ?で、かなちゃんは幼稚園。亮は出張で香川に居る」

 「花奏かなでちゃん、給食食べたまま止まってる感じになってるのかなぁ?てか、万が一やらかしてうちらが消えちゃったら、花奏ちゃんのお迎えが絶望的になっちゃう!!」

 「あーーーーー…終わりだね」


 いつまで経っても迎えに来ない母親

 →幼稚園の先生が電話を掛けるもいっこうに繋がらない

 →先生、次に父親のいっさんに連絡をするも、「今、香川です。何時に迎えに行けるか分かりません…」

 →いっさんからみーちに連絡を試みるも不通

 →いっさん、気を取り直して義姉のうちにみーちとの連絡を頼もうとするも不通

 →いっさん、焦って義母であるお母ちゃんに連絡

 →うちが行方不明の事と、妹と連絡が取れない事態を共有

 →花奏ちゃん大号泣

 →混沌。


 目の前に絶望しか見えない。誰も幸せになれない未来予想図が見える…。

 絶対にやらかさずに元の時間に戻ろう!


 「みーち、頑張るからね……」

 「…うん、頼んだ。まじで」


 考えただけで、精神的疲労が凄い。二人とも既に目に光を失い、あと一発でKOされそうなヘロヘロ具合になっている。


 「あ、小澤家はお母ちゃんとお姉さんが拝んだままでしょー。で、親っさんは会社。」

 「私らの体感で言うと、親っさんはとんでもない社畜になっちゃうね…」

 「もはや『社住』だね。笑えない冗談過ぎるよー…ははっ………ハァ」

 「ハァ…」


 溜め息が止まらない。

 現実世界にはなんの問題がないのは頭では分かってる。

 でも心では、さっきちょっと会って話しただけの神様の言葉を100%信じきれないでいる。だって本当に無事かどうか確かめようが無いんだから。

 百聞は一見に如かず、百見は一験に如かず。早く終わらせて、自分自身で確かめよう。

 頭を強制的に切り替えて、先に進む。


 「はい、次に神様に聞きたいことを募集します。一色さん、メモして下さい」

 「はいはい。…って、さっき一通り質問したから無いんじゃないの?」


 そう。生の質問タイムでは、「もう聞かなくてもいっか」と確かになった。

 でも、人間ある程度時間を置くことで、冷静に、かつ少し違った意見や疑問を出せるようになる。…まぁ、ただ思いついただけなんだけどね。


 「すっっっっっっごく大事な事聞き忘れてたの!」

 「なーに?」


 みーちがペンを構えたまま聞く態勢になってくれた。うちもそれに応えるべく身を乗り出して答える。


 「『参考文献は文字数に入りますか?』って聞き忘れてたでしょ!?死活問題じゃん!」

 「…………」


 実々は一文字も書かずにペンを置いた。

 瞳には再びハイライトが無くなった。何故…?


 「どったの?(どうしたの?)」


 今の状況も空気も全く分からず、首を傾げて聞いた。


 「セコい!セコい!」

 「……え?」

 「あんなに良くして貰っておいて、まだ神様からお金搾り取ろうとしてるの!?不敬にも程があるでしょうっ!」

 「えぇっ!」


 今日1番、目を見開いて、真っ直ぐうちを見て怒ってきた。そんなに目を剥いて言う事か?が、うちの率直な感想。


 「ちょ、ちょっと落ち着いてよ。大学のレポートにしろ論文にしろ、【参考文献は文字数に入るか問題】はあったじゃん。それにダメ元で聞くだけだし、端から期待もしてないよ。OKだったらラッキー、アイス買えるねーってしか考えてなかったから」

 「えー…?本当に?」


 これぞ、疑いの目って顔で見てきた…。

 うちって、どんだけ信用が無いんだろう。そして、どんだけ薄情な人間だと思われているんだろう。


 「ほ、本当だって!…んーまぁ、お金が極限になったら『必殺!引用&参照の嵐』をしようとは思ってたよ。みーちの心と身体のキープのために」


 浮気を突き付けられた人みたいに、両手を顔の横で振りながら、目は泳ぎっぱなしで釈明してしまった。うち、無実なのに。


 「…お金が大変になったら、いつもより多く文字を打てば良いでしょ?それにあーち全然食べないし、全く問題ないから。これ以上神様からお金巻き上げちゃだめだよ」

 「……はい」


 何故か諭された。

 万引きした小学生が店長に「もう帰って良いから、二度としないように」って言われている気分。経験したこと無いけど。


 「で、他に何聞くの?」


 …おぉ、主導権を握られた。

 そして、今は冗談を言ってはいけない空気だとみた!自分に出来る最大限のキリッとした真顔で答える。


 「ここでまとめたデータを元の時間にテイクアウトできるかと、全部まとめ終わったらどうすれば良いですかってことかな?」

 「ふむふむ」


 うちがすぐに忘れちゃうので、ちゃんとメモしてくれている。ありがとう。

 でも、後者の「終わったらどうすれば良いですか?」って質問の答えは薄々分かってるんだ。視界にずっと入ってるし……。


 「…みーちよ、この核ミサイルのスイッチどうする?」


 ずっと前からここにあるインテリアですよ、ってテーブルの上で雰囲気を無許可で醸し出している、赤と青のボタンの艶めきを無の心で見つめながら聞いた。


 「………あーちに任せる」

 「え、困る」


 突然、「この家に住んでるのはあーちだから」って丸投げするのズルい。

 この家から出て、まだたったの6年じゃん。義務教育だったらあと3年残ってるぞ。


 「えーーと…きっと使うのは大ピンチになった時か、日本史終わった時だから、仕舞っとこう」


 …「だって邪魔だしさ」って言葉を発するのはぐっと堪えた。

 なぜなら、相手も同じ事考えているって分かってるから。スイッチを見る度に感情が無くなっていってるもの。


 「リビングにあると落ち着かないから、洗面台の下の棚にでも入れとくね。あ、身体が今すぐにでも記憶からスイッチの存在を強制的に消しにかかりそうだから、みーち付箋に『ボタンは洗面台の下』とでも書いて冷蔵庫に貼っといて」

 「ん」


 これでうちらの心の平穏は保たれた。あとでレジ袋にでも入れてさっさと視界から消そう…。


 「みーちは何か聞いとくことある?」

 「んー…特には無いかな」

 「So cool……」


 まぁ初日に一篇に聞く必要ないしね。

 寧ろまだ始まっていないに等しい。私たちの冒険はこれからだ状態だよね。

 あ、そうだそうだ。冒険を始めるにあたって、決めておく事があったわ。

 みーちの方を改めて笑顔を作ってから向き、提案する。


 「そうそう!神様の名前聞いてなかったでしょ?家の中でならまだしも、外で『神様が~』とか言ったら変な人間と思われちゃうから、教えて貰うまで『多神さん』って呼ぶのどう?」

 「たがみさん?」

 「田の上で田上さんって居るし、うちが拉致された場所が『多賀宮』だったし、沢山、多くの事やってくれたからさ。良い名前じゃない?」

 「まぁ良いけど…」

 「はい、採用!…ふふっ」


 我ながら良い提案をしたな。

 思わず笑いが漏れちゃったよ。うんうん頷きながら多神さんの見て呉れを思い出す。


 「思ったんだけどさ、多神さん睫毛を瞼に挟めそうじゃなかった?ハサミニストからすると、ポテンシャルを秘めていると思うんだよねー。やってみて下さいって夢で頼もうかな」

 「どうでも良いし、絶対頼まないで。家の恥だから」

 「そこまで!?」


 うちって小澤家にとって恥ずかしい人間だったの?

 30になって初めて知ったよ。ユーモアと恥は紙一重だったんだね。『一生勉強』を体感したわ。


 「そう、あと思ったのが、パーソナルスペースがめっちゃ近かったよね。神様レベルになると距離感が分からなくなるもんなのかね」


 目を開けたときに超至近距離に顔があり過ぎて、一瞬何か分かんなかったもんね。

 近過ぎて、逆にピントが合わなかった衝撃は忘れられないわ。いちいち顔を近付けて話してきたし。


 「そこに関しては同意。で、日本史の本を借りに行くなり、買いに行くなりしなくて良いの?参考文献自体手元に無いじゃん」

 「……はっ!多神さんに現を抜かしている場合じゃなかった!うち、忙しい!」


 ついつい話し込んじゃうんだよね。

 思考の脱線癖も踏まえて、多神さんはみーちを召喚してくれたのかしら?…助っ人外国人ならぬ、助っ人日本人。あ、凄いつまんない事考えちゃった。


 「じゃあ、みーちが書き出してくれた質問は今日の夜聞いとくね。気付けば全部うち関連の質問だし。ここでみーちに丸投げしたら、社会的に心証悪すぎだしね。」

 「だろうね」

 「まず図書館行って、そっから買い物して帰りませう。旅行で丸二日居ない予定だったから、食べ物全く無いよ」

 「さっき冷蔵庫見たから知ってる。多神さんから貰ったお財布忘れずに持たないと」

 「お金はみーちに一任します…。うちってあるだけ使っちゃうし」

 「それも知ってる」


 みーちは何でもお見通しなんだね。

 でも、お財布の柄と草臥れ具合は分からなかったよね。分かります、分かります。



 伊勢神宮の内宮に行きたかったとか、赤福ぜんざいと松阪牛の肉串食べ損ねたなど、道中で9割方うちが喋りながら、徒歩約10分の図書館へと向かった。






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