第4話 実々:不治の病とは。
「それで、神様。あーちのために過去1年間を用意してくれたってことですよね?」
お茶のおかわりを淹れながら神様に尋ねる。
あーちはまだ少し目元に涙が溜まっていた。
「そうだ。ただ……そのなっ…うーん……」
……なんか歯切れ悪い。
神様は意を決して重い口を開いた。
「その…な?1年間は確かにある。あるんだが、1年間好きなだけ勉強したら『ハイ終了』って元の時間に戻れる訳じゃないんだ……ハハッ…」
「「……………え゜」」
……おいおい、新手の詐欺か何かですか?
さっきまでのほっこりとした空気霧散しちゃったよ?
神様、クーリングオフは可能でしょうか?
思わずフリーズしつつも神様をガン見してしまった。
「んー…何だ…。端的に言うと、麻来と実々は1年以内に『人類の誕生から2019年11月までの歴史』を自分達が納得する形で、妥協無しでまとめなきゃいけないって事かな。ひと2人を何の制約も無く過去に戻すのは無理だったんだ…すまん」
「「…んなっ!」」
『すまん』で済んだら警察はいらないんだよ!
そんな『俺も板挟みで辛いんだよー』って顔しても許せることと許せないことはあるんですよ神様。
あぁー…、聞きたくないけど聞かなきゃだ…。
丁寧さを心掛けろ自分。
「あの、もし1年以内に終わらなかったり、不十分な出来だった場合はどうなるんですか?」
さぁ!お答え下さい神さ…
「あー…簡単に言うと、世界の人口が二人減る。麻来と実々の二人が人間社会で言うところの『行方不明』、俗に言う『神隠し』に遇う……」
「「怖っっっっっ!」」
……まぁぁぁぁあぁぁ!!!!
ハイリクス過ぎる!!!
そもそも、私に至ってはノーリターン!!!
何処に私たちは消えちゃうの?!めっちゃ怖いんですけど!!!
私、昔からホラー系ほんと駄目なんですッ!!バンジージャンプは出来ても、お化け屋敷は子供騙しのちゃっちいのでもダメなタイプなんです!!!
『千と千尋の神隠し』のようには現世に戻って来られないガチなやつなんでしょ?!あばばばばば!
な、な、な、なんとしてもあーちに血反吐を吐かせてでも完成させて貰わねば!!神隠し断固拒否!!
あーちが何を考えていたのかは皆目見当もつかないけど、目と目をしっかり合わせて頷きあった。
あーち、泣こうが喚こうがやって貰うぞ。うん。
神様は私たちが落ち着き始めたのを見計らってまた口を開いた。
「ま、まぁ…やりきれば全部チャラで元通りなんだし、終わりよければナンとやらだろ?麻来は追い詰められないとヤル気がでない性格だし、丁度良ー……いや、良くは無いな…」
……丁度良いって言葉の意味分かって言っているんだろうか?
まぁ、途中で思い直したのか口を噤んだけど。あと、神様がチャラとか言わないで欲しい。
ただ、あーちの性格を良く分かっている。本当にあーちは追い詰められないと出来ないタイプだ。
ただ、命を賭けないといけないほど追い詰められる必要があるのだろうか……いや、ない。
神様は私たちの冷ややかな眼差しを受けつつも、
「…そうだ!全力を出して取り組めるように、オプションもある!」
と、携帯電話の料金プランの説明をする店員のように言い出した。
「「オプション?」」
思わずまたハモってしまった。
「このままの状態だと麻来は絶対にいつか倒れる。今でさえ日常生活すら満足に出来ていないもんな。そこでだ、麻来は線維筋痛症の症状と視力、花粉症が無くなる。薬ももう飲まなくて良いぞ。実々は視力と不眠、花粉症に肩凝りだな。二人とも目を閉じてみろ」
……ふ、不治の病の花粉症を治せるだと?!
幼稚園の頃から毎年悩まされてきたあの花粉症が!?
卒業式でも、別に悲しくもないのに勝手に人の瞳を潤ませてきたあの花粉症が!?
だとしたら本当に凄い!!凄すぎる!!!まさにゴッドハンド!
***
実々の小話『不治の病』
それは私が結婚する前に少しだけ会社に勤めていた時。
入社して数日、新人研修ということで、マナーや名刺交換などを学びに講習会に通っていた時のこと。
同期の私を含めた四人でランチを食べていた時に起きた。T君がおもむろに、
「俺、実は不治の病なんだ・・・」
と、深刻な顔で切り出した。
残りの二人は急に舞い込んだ異常な空気感に言葉が見つからないようで、ただただ目を見開き、口を半開きにさせてT君を見つめ返していた。
私は、「えっ?!花粉症??」と、軽く返してしまった。
あの時に戻れるなら戻りたい。
戻って自分を叱りたいと思う。
もっと気の利いた言葉をかけてあげる所だったと花粉症の季節が来る度に思い出してしまうようになった。
まぁ結局のところその『不治の病』は恋の病だったらしい。医者でも薬でも治せないというやつだ。
その後T君は見事に彼女に振られ、病は治った。
end
***
自信を取り戻した神様はそう言うと私たちの頭の上に手をかざしだした。
頭の上に手のひらが近づいてきたので、私たちは慌てて目を瞑った。
瞼の裏がぼんやりと明るくなっていった。そして全身がお日様に包まれたように暖かくなり、スッと身体に馴染むように消えていった。
「もう目を開けて良いぞ。あぁ二人とも眼鏡をはずしてからじゃなー…」
「うわっ!度がキツっ!」
「うっ…」
視力が小学校二年生以来の良さに急に戻ったので、普段両眼とも眼鏡をかけていないとほぼボヤけて何も見えなかった私達は突然、『ヤバい眼鏡の度数』と『健康な眼』という普通ではそうそうあり得ない状況に挟まれることとなった。
結果としては……それは軽く拷問だった。
「20年ずっと眼鏡だったのに、凄い!身体も何処も痛くない!神様、ホントに凄いです!」
「ねっ!」
私たちは十代の娘のようにキャッキャと大人気なくもはしゃいでしまった。…だって嬉しかったんだもん。
神様も「そうだろう、そうだろう」と、何度もドヤ顔付きで頷いていた。
だが、私の中のリトル実々が冷静になれと諭してきた。
そうだ、これは聞いておかなきゃいけない!私は空気をぶち壊しに行った。
「あの…健康にしていただいて、とてつもなく感謝しているんですけど、衣食住はどうすれば良いですか?食費はもちろん、スマホ代や光熱費やら……」
「…はっ!」
…あーち、仙人じゃないんだから霞だけを食べて生きるわけにはいかないんだよ。
必要であれば私が働かないとかなぁー。でも過去の世界で働けるのかしら…?と、思いつつ神様の方を見ると、神様も丁度私を見るところだった。
そして人差し指を立てて諭すように言ってきた。
「それに関しては、過去1年間の生活を超えなければ大丈夫だ。服だって実々は何着かこの家においてあるし、麻来や姉の香凛のものを借りれば済むだろう?ただ、そうだなー…食費や消耗品は支給しない事には1年と経たずに死ぬな……。月2万でどうだ?」
「1人あたりですか?」
すかさず質問を重ねてみた。
まさに死活問題だから!!二人当たりだったらヤバい!一人当たりって言って!!
目の前に神様が居るにもかかわらず私は神頼みした。
……でも神は無慈悲だった。
「いや、二人でだ」
「「!?」」
詰んだ。
閉店間際のスーパーとかで割引品を、野菜コーナーの端の方にある見切り品コーナーで野菜を吟味している自分が易々と想像できてしまった。…… 辛い。
でも、諦めたらそこで試合終了だと、どこぞの監督も言っていた!
私、負けない!
「最初…本当に最初の方はそれでも大丈夫かもしれませんが、直ぐに苦しくなります!」
もちろん消耗品とかもあるし、何処かに出掛けるならば交通費も馬鹿にならない。
切り詰めて切り詰めてだと心に余裕もなくなるし、たぶんあーちは執筆どころじゃなくなるだろう。ご飯のことしか考えなくなりそうだ。
神様は私の尋常じゃない覇気を感じ取ったのか、少したじろぎながらも返事をしてくれた。
「今の人間はそういうものなのか…。しかし、タダでは金は渡せない。ここから先の追加料金は余の懐からだからな」
…まさかのポケットマネー。
神様は給料制なの?また『追加料金』とか言ってる。……もう携帯を売る店員さんとしか思えない。
しかし、貰えるものは貰っておきたい!
するとさっきまで黙っていたあーちが、「どうすればお金増やしてくてるんですか?」と、ストレートに聞いた。
そして、神はまたしても我々を見放した。
「欲しければ一発芸しろ」
「「最悪だ………」」
私たちは天を仰いだ。
一発芸?!これは神様を笑わせ、心を開かせたついでに財布の紐を緩ませろっていうミッションなの?
……あッ!ミッションって言うとキリスト教になってしまう。
って今はそんなこと考えてる場合じゃない!!
考えろ!自分に出来る一発芸をッ!!
あーちの方を見ればまだ天を仰いだままだった。…私がやるしかない。
骨は拾っておくれ!さらばあーち!
私は真っ直ぐ右手を挙げた。
「物真似やります!」
「やってみろ」
神様は携帯を売る店員さんから会社の人事課の面接官にジョブチェンジしていた。
私は目を閉じて、呼吸を整えて、自分を落ち着ける。
そして今一度目を開き……放つ。
「アンアーーーンッ!」
日本を代表するパンが菌と戦うアニメ、その中の名前が乳製品の犬の鳴き真似をやってやった!!
神がこのアニメを知ってようが知らまいが関係ない!私はこれが十八番なんだ。
今は自分で自分を褒めたい。
「ぶふっ!!」……神にはウケたようだ。
「…ゴホン。5千円だ」
「「おおーーーっ!」」
やってやったぞ!!
一鳴き五千円!!凄いぞ名犬!!!
「みーち凄い凄いっ!」
あーちが興奮した様子で褒め称えてくれた。
思わず「ふふっ」っとドヤ顔で笑ってしまった。
そして神様は、
「で、麻来はどうする?やるか?別にやらなくても良いぞ?」
と、あーちに振った。
まぁ、そうなる。
だって二人しか居ないもの。
神様はやらなくても良いとは言っているが眼は凄く見たいと語っていた。
「げっ」
あーちは思わずと言った様子で一言言った後、必死でどうするか考え出した。
…あーちが一発芸かぁ。
なんかどれも『もう一つ』って感じのしか思い出せないなぁ。何するんだろう。
おっ!
何か閃いたみたいな顔してる!
私も神様も期待のハードルがぐんぐん無意識に上がっていた。
……結果として、私と神様が悪かったのだろう。
勝手に期待しすぎていたんだから。
まさかアレを披露するとは露ほども思わなかった。
思わず「あーち……アレやったんだね。」と言ってしまった。あーちも五千円貰えることになったから褒めてあげなきゃだったのに。
すまん、あーち。
そして、すみませんでした!神様!
なんかほんッとにすみませんでした!
「あー…二人とも矜持をかなぐり捨ててやってくれたから、特別に麻来が1文字書くたびに1円入れてやる。この財布を大事に持っていろ。無くしたら無一文だからな」
「ありがー………ぇ?」
あーちの掌の上に少しくたびれた唐草模様のがま口財布が鎮座していた。
なんでも、その見た目に反して毎月18日に3万円。さらに文章を書いた文字数の額が自動的に翌日に足されるまさに超高性能な『がま口様』だった。
あーちはお礼に両眼バージョンを披露しようとしていたが、神様にまさに神速の速さで断られていた。
私は……あーちもうやめて!神様を困らせないで!神様あとで良く言って聞かせておきます!!神様、断って下さりありがとうございます!!!と、無言で思っていた。
でも、顔は全てを語っていたと思う。
その後、ざっくり一年過ごすためのお約束を話された。
そして、細かいことや聞きたいことが出て来たら、夢に神様が出てきて答えてくれるらしい。まさに安心カスタマーサポートだ。
「どうしても困ったことがあったり、どうしても余が必要になったら、このボタンを二人で同時に押せ」
テーブルに両手をかざしたと思ったら、神様の手の下から手のひらサイズの銀色の立方体が2つ現れた。
上に乗った赤と青の半球状のボタンが妖しく輝いていた。
とても良い笑顔で差し出されたが……なぜだろう、手が鉛のように重くなって上手くあがらない。
受け取りたくないと本能が叫んでいた。
何故なら、アニメとかで良く観る『絶対に押すなよ』っていうスイッチにそっくりだった。それを押すと地球とか宇宙が『ドンッ!』ってなるアレだ。
「あ、ありがとうございます…」
「はい…」
お礼を言うのも口が上手く開かなくなって、ちょっとどもってしまった。……このスイッチは人から語彙能力を奪う機能でもあるんだろうか。
神様はそんな私たちを気にすることもなく再び口を開く。
「あぁ、あとお守りを下賜しよう。麻来、左手を」
あーちは神様に言われるがまま神様の右手の上に左手を重ねた。
すると、さらに神様の左手があーちの手の上に乗せられていた。いわゆるサンドイッチ状態というやつだった。
あーちの手が一瞬光に包まれたと思っていたらあーちの指にピンクゴールドの華奢な小さな花がデザインされた指輪が嵌っていた。
「梅の花?」
「左手人差し指は進むべき道を示す。汝が迷わずに恙無く終えられるように」
「神様!ありがとうございます。最高に尊敬します」
あーちはとても嬉しそうだった。
神様はそれに一つ頷くと、次は私の手をサンドイッチした。
手が一瞬光に包まれる。私も人差し指かと思ったら違った。
なので思わず、「私は中指なんですね?」と聞いてしまった。
「実々は特に問題がない人間だからな。邪気を払い、総合的な運気が上がるように願った」
「ありがとうございます。大事にします」
問題がないかは別としてちゃんとそれぞれのことを考えて下さってるなんて神様凄い!!と、素直に思った。
「最後に何か聞いておきたいことはないか?余が去った時から時間が進み出すぞ」
「えぇっ!……あ!何で19日じゃなくて、1日前の18日に連れてきてくださったんですか?」
あーちが気になっていたことを慌てて聞いた。
「人間は何事にも準備が必要だろう。間違えたのではなく、サービスでだ!」
……またあーちは何か余計なことを頭で考えていたということは分かった。
神様めっちゃあーちのこと睨んでる!!!
「他には?」
「みーちなんかある?」
「特に無いです」
「………そうか」
ん?何か聞かなきゃだったのかなぁ?
だけどとっさには思いつかないし、何か思い出したら夢で聞けるから良いと思ったんだもの。
「ご丁寧に色々ありがとうございました。神様は出来ると思ってくれたから1年前に連れて来てくださったんですよね?健康にしていただいたし、みーちも居るし、うちなりに精一杯やってみます」
「励めよ」
あーちの言葉に神様は一言で返した。
二人で最後に頭を下げ、そして次に頭を上げた時にはもう神様の姿は無かった。
神様が座っていた席の後ろの時計の針が動くのを思い出したかのようにゆっくりと動き出した。
私たちの時間が始まった。
「消えちゃったね」
「うん。とりあえずお昼食べて、作戦を練ろー」
「わっほーい!みーちのクリームうどん食べたい!」
「はいはい」
なんだか大変なことに巻き込まれた感が否めないが、先ずは腹ごしらえだ!
今日、今この瞬間から私たちは立ち止まることも引き返すことも出来なくなったんだから。
取り敢えず冷蔵庫チェック!!
……あ、ウィンナーもちゃんとある。ブロッコリーも!
お腹空いたなぁ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます