そして俺たちは逃げ出した
今こいつなんつった? 王女殿下を殺した? だからリッチ化して欲しい?
ふざけんな!
「ヒッ、ヒッ、フー」
よしアスクレス、いったん落ち着けお前は優秀だ。冷静沈着、ついでにイケメンでモテモテのバラ色ライフ真っ最中だ。だから、考えろ。
うん、とりあえず応接間に案内だな。
*****
「粗茶ですが」
「ありがとうございます」
ニバリスがキラキラした目で俺を見つめる。うん、まあ俺って今や時の人で英雄で、君を生き返したとも言って過言じゃないからね。憧れるのもわかるわかる。
「それで、何があったんだ?」
「はい! ケルマを殺したので、是非ともリッチ化させてほしいんです」
うん、聞き間違いじゃなかったね。一縷の望みに賭けたのにチクショウ。
「というか、王女殿下を殺した?」
「はい、そうです。で、これが凶器です」
そう言うと、ニバリスは王家の紋章がついたナイフを差し出した。うん、血まみれだね。
ってそれはどうでもいいんだよ。というか、こいつ犯人だし凶器もあるし騎士団に突き出しちゃダメかな? もう、それでよくない?
その前に話だけでも聞いた方がいいか。
「あのさ、そもそもの話、君をアンデッド化させたときケルマ王女の命令に背けないようにしたんだけど。だから、ケルマ王女を殺せるはずないんだけど」
「あ、それはケルマに私を殺してって頼まれたので」
うん、どういうこと?
*****
ニバリスから話を聞いた。
事の発端はこうだ。ニバリスは生き返りこそしたがリッチになった。そこで問題が発する。一つ目が食事と睡眠だ。
それはまあいい。食事も睡眠もアンデッドには必要がないが、とっても問題はない。ただの趣味趣向程度だ。問題はそれではなかった。
2人が懸念したのが寿命だった。若いうちはまだいい。けれど、月日がたてばどうなるか。いずれケルマ王女は年老いて死ぬ。けれど、リッチになったニバリスは年老いることもなければ、死ぬこともない(聖魔法で死ぬことはあるがほぼない)。いずれ、再び死が2人を別つことになってしまう。
ならばどうすればいいか。ケルマ王女もリッチとなり、2人で永劫の時を生きればいい。そうすれば2人は永遠に結ばれるしとってもロマンティック、そう考えたとか。そして、王女はニバリスに自分を殺してくれるように頼み、ニバリスはそれを受け入れた、と。なるほど、確かにそれならケルマ王女を殺すことも可能だ。
ってなるほどじゃねーよ! ふざけんな!
なんでそんな簡単に永劫の時を共にするとか言ってくれちゃってんの!? そんなこと俺なら気恥ずかしくてよう言えんわ! それに、途中で心変わりしたらどうするつもりやねん! あいつらまじであほすぎる!
まあ、百歩譲って永遠に愛し合うのはいい。人の恋模様は勝手だ。それに、そのために自分もリッチになりたい。そう思うのはわかる。わからないけどわかったことにする。
善は急げとか、思い立ったが吉日とばかりに早くリッチになりたいというのもまあ、理解してもいい。それにどうせなら自分の恋人の手でというのも、ああはいはいくらいで済ませてやる。
だけど、だけどな。お前ら勝手に進めるな! 二人だけで王女殺したから後よろしくとかふざけてるのか。もっとちゃんと根回ししろ。具体的には王様とか騎士団長とか宰相とか、後俺とか事前に話をしておくべき人間がたくさんいるだろ。生き返ると言っても王女様が死んだら誰だって悲しむし混乱するに決まってる。その影響位ちょっとは考えろ!
それになんでいの一番に俺のところ来るかなあ。そりゃ俺がリッチ化には欠かせないのはわかるけど、俺まで疑われるじゃん。庇おうとしたとか思われたらどうするんだよ。俺まで死刑になるぞ。そんなの絶対嫌だ。はあ。
「とりあえず、王宮行くぞ」
ああもう、頭痛い。
*****
王宮は大混乱だった。
そりゃそうですよねー、だって王女の支配下にあったリッチが王女殺したんだから。前代未聞、驚天動地もいいとこだわ。マジでなんてことしてくれたんだよ。
「おい、アスクレス! ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ」
王女の部屋の前で騎士団長が制止する。まあ、時の人とはいえ傍から見たら一ネクロマンサーだもんね、俺。
「一応関係者です。あ、あとこれ犯人です。凶器もあります」
「なに!? あ、いや協力感謝する」
ニバリスと袋に入った凶器を引き渡す。俺は何も悪くない。
そのまま騎士団長と共に王女の部屋に入ると、国の重鎮が勢ぞろいしていた。あ、何人か遠くにいていない人はいるか。でも、国王とその妃たちに王子たち、小市民の俺には居づらい空間です。
「陛下、下手人を捕らえました。それと、凶器もあります」
「お前が、お前がわしのケルマを!」
「父上、お気持ちはわかりますが落ち着いてください。まずは事情聴取です」
騎士団長がニバリスを突き出し、王様はニバリスをぶん殴ろうとし、王子はそれを押しとどめ、ニバリス本人は驚いたような顔をしている。まさに阿鼻叫喚である。
……帰りたい。切実に。
*****
「それで、どうしますか? お望みとあらば王女殿下をリッチ化させますが」
ニバリスの釈明が終わった。なんだかなあという気分だ。実際こいつが有罪なのは間違いない。間違いないから俺の名前を出すのはやめてくれ。俺の名前が出るたびに周囲の視線が冷たくなる。誓って言うが俺はこの計画には関与してないからな。
だがまあ、俺が作ったアンデッドが王女を殺したのは間違いなくて、その事情聴取が必要だというのもわかる。出来ることなら罪に問われませんようにと願うしかない。
「そうですね、本来なら自白もあるしこれで十分ともいえますが、幸いにしてここにアスクレスもいます。それに、話を聞く限りでは王女殿下もリッチになることを望んでいたとか。ならば、ここは王女殿下からも話を聞くべきかと」
「うむ、そうだな。わしも娘から話を聞きたい」
「というわけだ、さっそく王女殿下を蘇らせるのだ。言っておくが、変なことを考えるんじゃないぞ」
「仰せのままに」
騎士団長の指示で魔法陣を書き始める。こうなるかと思って研究所から残った触媒を持ってきておいてよかった。
「でも、よかったです。あの子は生き返るんですね」
「まったくだ。あとでたっぷりと叱ってやらねばな。誰に似たのか向こう見ずで困る」
「それはきっとあなたに似たんですよ」
王様と妃の一人がそんな話をしている。その通りだ、ついでに俺を巻き込んだことも叱っておいてくれると助かる。
*****
「では、これで」
光が収まる。そこには生前とほとんど変わらない姿をしていた王女がいた。
成功してよかった。二度目だからそれなりに自信はあったけど、万が一を考えるときが気じゃなかったし、騎士団長には睨まれてるし。ちなみに支配の魔法は使ってない。一応あれでも王女殿下だし、いざという時は騎士団長がいるし。
にしても、もったいなかったなあ、貴重な素材がたくさんあったのに。仕方ないとは思ってるけどさ。
起き上がった王女は手をグーパーさせている。そして、満面の笑みで笑った。
「よし、成功」
「よしじゃないわこのたわけが!」
耳をつんざくような怒号。王様の声だった。
それを聞いて、ようやく状況を理解したのか、王女が辺りを見渡す。おい、こっちみんなあっちいけ。
「げ、お父様……」
「げ、ではないわ! 大体お前はいつもいつも自分だけで突っ走って! わしも皆も心配したのだぞ! 今日という今日は堪忍袋の緒が切れた! 短く済ますと思ったら大間違いだ! それと、そこのお前! 娘の恋人だが何だか知らんが大変なことをしでかしてくれたな! お前も一緒に説教だ!」
「やだ!」
いや、お説教程度で許してもらえよ。それに、俺だって怒る権利はあると思うぞ。
そんなことを考えていたせいか、王女がにやりと笑ったのに気づかなかった。
「……大体お前はいつも昔から……」
「ニバリス! アスクレス!」
「はい!」
へっ、なんで俺!?
呆気に取られているうちに動き出したニバリスに抱えられる。
ちょっ、ちょっと離せってニバリス!
騎士団長、助けて! あっ!
「ケルマ!」
「ごめんなさい、お父様。私家出するね。じゃあ」
「俺を離せえぇぇぇ!」
何もできずに暴れる俺を抱え、王女とニバリスは窓から飛び出していく。最後の最後まで俺を巻き込むんじゃねえよこのあほども! ネクロマンサーは体力ある方じゃないし今は魔力も切れてんだよ!
そんな願いもむなしく、俺は悲鳴だけを残して連れ去られていった。
*****
「ひぎゃっ!」
宿の一室で俺は拳骨を王女の頭に落とした。
「何するの!」
「何するはこっちの台詞だ、この誘拐犯! お前のせいで、お前のせいで!」
「ごめんごめん。つい、ね」
「ついじゃねえよ!」
そんなあざとい顔をしたって彼氏持ちにはちっともなびいたりしないからな!
「でもそれなら、帰ればいいじゃない」
「今更どの面下げて帰れって言うんだ! 俺までお前らの一味だと思われてるわ!」
実際、兵士が大騒ぎしてたりする。ここで俺が自分は関係ありませんなんて出てきたところで誰が信用するというのだ。下手したら王女殺害の罪で死刑だ。実際ニバリスは経緯はどうあれ王女を殺してる。
「もう何もかもおしまいだ。地位も名誉も、何もかも! せっかく頑張って今の地位まで上り詰めたのに、騎士団員になったのに!」
「そりゃ悪かったとは思ってるわよ」
「悪かった!? その程度で済むもんか! ようやくツキが回ってきて、これからだって言うのに。これからモテモテになる予定だったのに……」
騎士団員としてネクロマンサーとして順調に実績を積み上げて、研究成果もあげてようやく名誉と地位が手に入るところだったのに。こいつらのせいで全部パーだ。研究資料もかき漁った素材の山もきっと今頃接収されてる。
「シャキッとしなさい! きっとまたいい人が見つかるわよ。優秀なネクロマンサーなんだしさ」
「恋人がいるやつにそんなこと言われたくないわ!」
「大丈夫大丈夫」
大丈夫もくそもあるか。優秀なとか言われてもちっとも嬉しくないんだよ。
「それじゃあ、私たちが恋人探し手伝ってあげるから」
「お尋ね者と付き合いたい奴なんているか」
「それじゃあ、別の国に行けばいいのよ! 私も行ってみたかったのよね」
「簡単に国を出るとか言っていいのか王女様」
「別の国には海があるのよね。あとは砂漠の国にもいってみたいわ」
「聞いちゃいねえこいつ」
まあそりゃ恋人探し手伝ってくれるっていうのなら嬉しいが、国を出るっていうのは、どうなのか。
でも死にたくない。俺、自分をリッチになんてできないし。地位も名誉も大事だけど命はもっと大事だ。そういうことを考えると捜査が及ばない隣国の方がいいかもしれない。
「というわけで、まずは海のある国に行くわよ」
やれやれ、少々癪だがこいつらと行動を共にしてやるとするか。目を離すと何をしでかすかわからない怖さがあるけどな。
こうして、俺たちは逃げ出した。スクテラリア王国から、まだ見ぬ新天地を目指して。この先に何が待ち受けてるんだろうか。とりあえず、問題は起こさないでくれよ。
……あと、いい女の人いたら是非紹介してください。切実に。
——――――――――――――――――――――――――――――――――――――
こんにちは、蒼原凉です。今日は当作品をお読みいただきありがとうございます。
さて、まだまだ続きがありそうな作品ですが、ここでひとまず完結とさせてもらいます。ひょっとしたら、私の気が向いたり、たくさん評価されたら続きを書くかもしれないので、是非評価してください。
ありがとうございました。ではまた。
うちのリッチが言うことを聞いてくれません 蒼原凉 @aohara-lier
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