そして事件は起こる

 王女はあっという間に触媒を用意して持って来た。ついでに王様の勅令も。

 ますます後に引けなくしやがってあのあほ。


 まあ、いい。俺の方も魔法陣の改造とかあらかた終わったからな。

 頼むからうまくいってくれよ、処刑されたくないし。


「それでは、始めます」


 王宮の中庭。それが、今回俺に用意された舞台だ。流石に国王こそ来なかったけれど騎士団長さまと宰相府の№2が来ていた。俺はもともと平民なんだぞ。もうちょっと気を使ってくれよ。


 ミスリルインクで魔法陣を書いていく。間違わないようにズレないように慎重に。いつもより大きいから緊張する。かといって、素人に任せるわけにもいかないからな。


「次に、遺体を搬入します」


 担架に乗せられたニバリスの遺体が運ばれてくる。きれいにエンバーミングされていた。グロテスクなリッチにはしたくないからな。それにまだ死臭が酷くなくて助かった。


 丁寧に魔法陣の真ん中に遺体を置いた後、触媒を順番に砕き、塗し、安置し振りかけていく。大丈夫だ、いつもとは違う素材でも役割は同じなのだから。


 手が震える。緊張のせいだ。王女め、変に心労をかけやがって。

 でもそれと同時に、興奮している自分もいた。こんな一世一代の場を与えてくれたことに感謝してもいる。


「準備は、これで完了です」


 いつもより、丁寧に時間をかけて作業を終えた。魔法陣から離れて一息吐く。集中力をすごく使った。まあ、この後も大変な作業が残ってるんですがね。


「それでは、ケルマ王女殿下、血を一滴いただけますか?」

「はい」


 王女が針で自分の指をさす。これは、安全装置だ。

 魔法陣とは別に、別の回路を描く。これにより、アンデッドモンスターが血の提供者の命令に背けないようになるのだ。いつもは大体俺の血を使うのだが、今回は王女の恋人だ。俺が手元に置くのは望ましくないしな。

 正直に言えば、これなしでもアンデッド化はできる。ただ、リッチにならずに理性を失っていた場合、暴れ出すと大変なことになるからな。今は国の重鎮もいるし。だから、王女殿下に傷を作るのを許せ。そんな非道な目で見るな騎士団長。


「では、これより魔力を込め、ニバリス氏のリッチ化を行います」


 すべての準備が終了した。あとは、魔力を魔法陣に流し込むだけだ。それも発動さえすれば魔力が必要に足るか枯渇するまで自動で行ってくれる。

 王女が固唾を飲んで見守っている。ついでに言えば騎士団長も、宰相府の人も侍女たちも。

 俺も、祈るような心地で魔石を手に取った。


 魔法陣に魔力を流し込んでいく。最初は抵抗していたが、ある一点から逆に吸い取られるようになっていく。スイッチは押された。

 俺の体内魔力が枯渇しないように、流し込むと同時に魔石から魔力を吸い上げる。いつもよりもたくさんの魔力が必要とされているのが感覚で分かった。

 まだだ、まだ足りない。もっとたくさんだ。


 そうして、5つ用意してあった魔石の2つ目が枯渇するころ、ようやく魔力の吸引は終わった。魔法陣が光る。


 頼む、お願いだから成功していてくれ。

 王女が両手を組んで祈っている。俺も、信じていない教会の神に祈った。お願いだから成功しますように、と。


 ……果たして。






「あれ……? ここは? それに僕は確か」


 成功した。


「ニバリス!」

「やりましたな!」

「なんとまあ!」


 王女が歓声を上げる。皆口々に成功を喜んでいる。

 俺も、無事成功したことに安堵し、歓喜の涙を流した。



 *****



 その後、俺は疲労と魔力切れで1週間ほど寝込んでいた。その間にいろいろと騎士団の直属の上司から話を教えてもらった。


 まず、リッチになったニバリス氏はと言えば肌の色が青白いことを除けば特に問題はないそうだ。むしろ、生前よりも体の動きがよくなったらしい。人の肌色に近いクリームを塗れば見分けがつかないくらいらしい。

 王女様はと言えば感極まって俺に感謝の言葉を述べていた。騎士団長は勲章ものだと語ってたし、ひょっとしたら爵位ももらえるかもしれない。魔導士協会からも魔導の神髄にまた一歩近づいたとお褒めの言葉をもらった。


 ははは、にやけが止まらないぜ。なにせ俺は今や英雄だからな。きっとモテモテ間違いなしだ。最初はなんて無理難題を持ち込んだんだと思っていたが、やってくれるぜ王女殿下。俺はいま猛烈に感謝している。なにせ、あなたのおかげで俺の名声が一気に高まったんだからな。そう思えばわがままなのもちょっとあほなのもかわいいものじゃないか。

 俺のバラ色のモテライフはもはや約束されたも同然だ。


 いや~、何しよっかなあ。王女殿下が用意してくれたけど中途半端に余った素材とか魔石とかもらったし。もう一回くらいリッチを作れる位残ってるし。地位が上がれば予算もたくさんもらえる。この論文を書いたら次は何を研究するのがいいかな。


 そう思って、ご機嫌に研究所の掃除をしていた時だった。


 血まみれのニバリスが俺の研究所へやってきた。


「アスクレスさん! ケルマを殺したので、リッチ化してください」






 ……は?

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