神殿にやって来ました!


 入浴を済ませると、ちょうど兄さんが帰ってきたのでわたしと兄さんは夕飯を食べるために帰ることとなった。

 そして翌日、わたしは再びルカに預けられ、兄さんは王宮を目指した。


「ねえファム。そっちの世界ってどんな感じなの?」


 ルカがわたしに訊いてきた。こんな何もない田舎村に立ち寄るプレイヤーはいないし、立ち寄っても転移するポイントになるだけ。プレイヤーとお話する機会もなかったのだろう。


「わたしたちじゃ想像もつかない世界だったよ。わたしだって未だに馴れてないし。家だってこんな木と藁でできたような家じゃないし、馬車なんて走ってないんだよ?」

「そんなに文明古いの?」


 ……わたしって説明下手クソなのかな? それともルカが曲解してるだけ?


「逆だよ。馬車の何十倍も速い乗り物があったり、市場よりも買い物しやすかったり、いつでも新鮮な野菜が手に入ったり……驚くことだらけだったよ。でも、何よりも驚かされたのは魔法が存在しないってことだったよ」

「魔法がない?」

「うん。魔法なんて誰も使ってないし、魔道具なんて存在すらしてないんだよ。それでもかなりの高度な文明で、どうやって発展したのかわからないんだよね」


 ホント、あの世界の原理ってどうなってるの? 魔法なくして文明成長とか無理があるでしょ。昨日の夜、兄さんに聞いてみたらそういうことは小学校で教えてくれるらしい。今からでも楽しみだ。

 あっ、そうそう。あっさり済ませるけど、お義父さんとお義母さんに全部ゲロっちゃいました。お義父さんもお義母さんも話してくれて嬉しいと言ってわたしの頭を撫でてくれた。

 わたしはというと、受け入れて貰えたのが嬉しすぎて寝付くまで涙が止まらなかった。


「私も行ってみたいな……」

「いや、やめた方がいいよ……」

「どうして?」

「あの世界、平気で針を身体にぶっ刺してくるし、それを治療とかほざいてるから……死ぬよ。注射、めちゃくちゃ痛いよ」

「は、針を刺す……?」


 ルカがちょっと顔を青染めながら訊いてくる。わたしも注射というトラウマを思い出して顔が青染まる。そのわたしが感じた恐怖を察したルカはちょっと引き気味に「やっぱいい……」と言って、この世界の方が幸せであることを知った。


「ちゅ、注射……お、恐ろしいね……」

「注射だけじゃないよ……虫歯っていう歯の病気を起こしたら最期、歯がウィィンッ! って鳴る機械にエグられるんだよ……」


 アレは注射以上に危険なもの。一度あの痛みを知ってしまったわたしは、二度と虫歯なんて病気になるまいと毎日かなりの時間をかけて綺麗に歯を磨いてる。

 アレだけはマジでダメ。どれぐらいダメかっていうと、失神するぐらいダメだったよ。

 あの「十秒で終わるからね」って言われた後の「いぃ~~~~~~~~~ちっ!」を聞いたときは絶望したよ。「上げて落とすな」っていう言葉はああいう時に使うんだと学習したよ。


「こわっ……」

「あの世界、おかしいよね。この国も大概だけど」

「どっちも違う意味でおかしいわね」


 そんな他愛もない世間話をルカとし続けていると、兄さんが帰ってきた。

 どうやら王都にある神殿前まで到着したらしい。試しに入ろうとしたら断られて追い出されたとのこと。


「じゃあ、そろそろいってくるね」

「ファム……気をつけてね」

「大丈夫だよ。ちゃんと帰ってくるから」


 ルカと軽くハグをして、玄関で待つ兄さんの元へと向かう。靴を履いて軽く身嗜みを整える。


「ルカ、いってきます」

「うん、いってらっしゃい」


 ルカに見送られるとわたしは兄さんと手を繋いで王都まで転移した。一応何があるかわからないから、フードを深く被ってる。兄さんには余計な戦意を持たれないように武器の装備を外して貰った。


「あまり離れるなよ」

「うん」


 少し歩くと徐々に神殿が見えてきた。相変わらず立派な建物だ。神殿って神に仕えるような場所の筈なのに、なんでこんなに煩悩まみれなのかな。


「待て。ここは平民が立ち寄るべき場所じゃない」


 門番に呼び止められる。この門番からはサキュバスの臭いがしない。税の負荷で兵士になった人の一人だろう。なら、言うべきことは一つだけ。


「『オーディン様の聖なるご加護があらんことを』」

「関係者様でしたか。失礼しました。どうぞ中へ」


 門番はわたしの放った言葉一つであっさりと門を開いた。相変わらずのガバガバ警備で助かる。


「イリヤ、今の台詞なんだ?」

「三秒で考えたそれっぽいセリフ」

「おい」

「それっぽいこと言えば何でも入れるんじゃない? あの門番さん何も知らなさそうだったし」

「あいつ門番向いてないだろ」


 後ろを振り返ると門番の人がくしゃみをしていた。

 さすがに神殿内ならサキュバスの影響は受けてないはず。神聖力が強いからサキュバスも近寄れないだろうし、王子も神殿には興味なかったからね。


「兄さん、堂々として歩いてね。あとよそ見はしないで」

「あ、ああ……」


 堂々としていないと不審者だって疑われちゃうからね。


「こっち」


 わたしは兄さんの手を引いて神殿内にある『とある部屋』を目指して歩く。

 無駄に広くて長い廊下。それでもって豪華なカーペットにシャンデリア。煩悩まみれである。

 途中、何人かのシスターとすれ違ったけど涼しい顔をして素通りした。まあ、フードで顔は見えてないだろうけど。


「ここ」


 1つの大きな扉がある部屋を前に立ち止まった。

 そして、深く息を吸って意を決めると勢いよく扉を開けた。


「うひゃあっ!?」


 ノックなんてしない。そんなことしたら隠れるから。現に今だってテーブルの下に隠れたし。


「聖なるニート女さん、働いてる?」

「その声、呼び方……もしかして神子様ですか?」


 わたしと同じ金髪に蒼眼の瞳を持ったちょっとだけ神々しい感じのするこのニートは、聖女マリア様。滅多に働かない。働くのが嫌すぎるあまりにこの部屋に隠し通路すら作っている。その労働力を他のところで使って欲しいとわたしは常々思っている。


「死んだって聞いてましたけど、生きてるじゃないですか。……随分可愛らしいお姿になりましたね」

「うるさい。現状把握ぐらいしてるでしょ。少しでいいから手伝って」


 聖女様もとい、マリアは外面だけは良いので普段は忙しいフリをして誤魔化している。だが、実際は見ての通り暇人だ。グータラしている現場をたまたま見てしまったわたしをマリアはお菓子で釣ってきた。

 まあ釣られましたけど。

 それは兎も角として、今は餌付けなんて意味もない。よって立場はわたしの方が上だ。


「お菓子あるよ。ゆっくりして行かない?」

「干しパンよりももっと美味しいものを食べたからいらなーい。行かないとバラすよ?」

「……わかりました」


 マリアはしょんぼりとしながらも、わたしの要求に応じた。今回は自棄にあっさりと行ったけど、マリア自身もそれなりに危機感を感じてたのかな?

 昔は共に墓地を浄化した仲だ。まさかわたしが魔法を使えないとは思うまい。

 マリア、丸投げするから頑張ってね!




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