大蛇も亀さんも、ケーキで瞬殺!


「インフェルノブレス」


 ケーキに命令すると、ケーキはスライムに浴びせたような弱い威力の魔法ではなく、全力で魔法を使った。

 大蛇はあっという間に呑み込まれて、最後に残ったのはドロップアイテムだけだった。


「玄武の鱗……?」


 このアイテムはなに? 鱗って何に使うの?


「ねえ、ケーキ」


 ケーキに話しかけると、ケーキはこちらを振り向いた。


「玄武ってなに?」


 ケーキに訊いてみるも、ケーキは首を傾げているだけだった。

 まあ、わたしでも知らないようなことをケーキが知ってるとは思えないけど。

 唯一知ってそうなプラムさんは未だに意識を飛ばしてるし、話にならない。


「とりあえず、先に進もっか」


 わたしはケーキの背中を撫でて発進を催した。


「ぴゃあっ!?」


 それと同時に、正面にあった壁が崩れ落ちた。わたしは驚きながらも冷静にその壁の奥にあるものを覗いた。


「……大きな、亀さん?」


 大きな亀が壁を壊してこちらに向かってくる。

 その巨体の甲羅からは先ほどの大蛇と同じものが三匹生えていた。


「さっきの蛇……」


 一つ欠けている痕があることから、先ほど倒した大蛇はこの亀さんから生えたものなのだろう。

 この絵面を見ると、最初の扉に描かれていた通りだった。

 でも、あの扉には二匹しか居なかったはず……


「……このリコーダーは、罠っ!?」


 たまたま視界に入ったリコーダー。

 プラムさんがコイツを吹いてからしばらくの間、特に何も起きていなかった。その間にこの蛇が増えていたとしたら……


「なんでこんなわかりやすい罠に!」


 さっきからわたし、簡単な罠に嵌まり過ぎじゃない!?


「と、とりあえずケーキ! 焼き払っちゃって!」


 ケーキに頼んで魔法を使ってもらう。

 亀さんに向かって一直線に放たれた魔法は、大蛇によって遮られてしまった。


「ふせがれた!」


 でもケーキの魔法を受けた大蛇は消滅して先ほどと同じ鱗を落とした。

 それを確認している隙に、大蛇が攻撃を仕掛けてきた。


「ケーキ避けて!」


 大蛇の口からは何か紫色でドロドロしたものが出てきた。


「きたないッ!」


 そして、威力弱っ!? 下に溢れ落ちてるじゃん! というかクサくないっ!?

 そんなことを考えていると、何故かわたしのHPゲージが少しずつ減り始めた。


「えっ!? なんで!?」


 HPゲージの横には紫色の文字で『もうどく』って書かれていた。

 毒!? このお義父さんの足みたいな臭いが毒なの!?

 確かにアレは汚物みたいな臭いがしてるけど、実際に毒だったの!?

 

 と、実際そんなことを考えていられる程余裕はない。わたしのHPは物理攻撃を受けないことから、かなり低めに設定されている。一分もあれば底を尽きるだろう。

 対策としてはアイテムボックスにある『毒消し』と『ポーション』を使って時間を稼ぎつつ亀さんを倒すことだ。

 問題は毒消しとポーションが底を尽きることだ。ポーションは兄さんがアホみたいに持たせてくれたからたくさん持っているけど、毒消しなんて片手で数える程度しか持ってない。

 ケーキが状態異常にならないことはありがたいのだが、毒消しが失くなってしまうのは危険だ。即効で決めよう。


「ケーキ! 全力投球!」


 わたしはケーキに大蛇を焼きつくすように命令して毒消しとポーションを使用する。

 大蛇は残り一体。アレを剥がせば残りは亀さんただ一人。回転攻撃が予測できるけど、丸焦げにするなら関係はないはず。


「ケーキ、丸焼きだよ!」


 ケーキが二発連続で魔法を放つと、大蛇と亀さんを同時に焼きつくした。

 めちゃくちゃ強そうな敵だったのに、ずいぶんあっさりとやられたね。

 あっ、なんかドロップしてる。


「玄武のリュック……?」


 アイテムボックスから取り出してみると、デフォルメの可愛らしい亀さんリュックが出てきた。

 その効果は、防御力アップと二メートル以内に接近してきた敵に大蛇が猛毒を浴びせるというものだった。

 かわいいけど、今のわたしの服装には似合わない。セーラー服に亀さんリュックはおかしいだろう。


「なにか似合いそうなヤツあったかな……」


 アイテムボックスを確認していると、『スモック』があった。

 幼稚園児じゃないんだけど、似合いそうなのがこれしかないっぽい。

 不本意ではあるけど、似合わないというわけではないので衣装を変えることにした。


「……なんだろう、このフィット感」


 なぜか身体に馴染む。絵面的にも悪くないし、わたしのデフォルメ衣装ってコレなのかな?


「まあ、いいや。考えても仕方ないことだから。……ケーキ、出口探そ」


 わたしはケーキの背中に乗って、兄さんたちを探し始めた。

 ……そういえばプラムさんは? 見当たらないような気がする。ケーキが咥えてるわけじゃないし、その辺にも落ちてない。どこ行っちゃったんだろう?


「……まさか」


 さっきの猛毒で死んだ?

 えっ、ちょっと!? わたし一人!? 一人にしないでよ!

 プラムさん! プラムさーんッ!


 それから何度呼び掛けてもプラムさんの姿が視界に入ることはなかった。


「兄さん、どこ……」


 一時間近くこのダンジョンを彷徨っているのだが、未だに兄さんは見つからない。

 精神年齢は十五歳であるものの、肉体そのものはただの五歳児と変わらないようで、すぐに感情が爆発してしまうようだ。

 だからわたしね……決壊直前なんだよ。


「兄さん……」


 わたしはこうなって初めて気がついた。兄さんがどれだけわたしのことを大切にしていてくれたのか、どれだけわたしのことを守っていてくれたのか……

 それなのに、わたしは過保護だって言って……いや、事実過保護なんだろうけど、わたしには過保護なぐらいがちょうど良かったのかもしれない。

 兄さん、どこ……?


「ファム!」


 どこからか兄さんの声が響いてきた。イリヤではなく、わたし自身を必死に探して見つけ出したような声で兄さんが呼び掛けてくれた。

 あぁ……よかった……――――


 わたしの視界はゆっくりと暗転した。



 ◆



「ファム、今後はゲームするのをやめよう」

「やだ」


 さすがにそれは違うと思う。

 わたしが現実世界で目を覚ましたのは翌朝のことで、それまでは強い疲労感から深い眠りに落ちていた。

 その様子を見て不安に駆られた兄さんは、一段と思いきったことを言い始めた。

 せめてダンジョン禁止とかならわからなくはない。でも、ゲーム禁止はさすがにやりすぎだ。というかやったら今までのわたしの苦労が無に返るからやだ。


「兄さんとずっと一緒にいるからいいじゃん。おねがい、兄さん……」


 上目遣いで訴えてみた。過保護でシスコンな兄さんなら、効果は抜群なはず。


「うっ……し、仕方ないなぁ。これからはお兄ちゃんから離れないようにするんだぞ?」

「うん!」


 思った以上にチョロい。

 少しぐらいは悩む姿を見せるかと思ったのに、悩む姿1つ見せずに態度を変えたよ。


 かくして、わたしの最初で最後のダンジョン大冒険は幕を閉じたのだった。



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