だって注射はこわいんだもん!
わたしが結城ファムになってから二ヶ月が経った。
すっかりこの生活に馴染んだと思い込んでいたのだが、現実はそう甘くなかった。
「さ、さむい……」
わたしがやって来た時期はちょうど季節の変わり目だったようで、気候に不便をしていなかったのだが、今は超絶不便である。
「ひっ、くちゅ!」
その影響か熱を出す頻度もやや多くなっている。病院にも何度お世話になったことか。
そんなわたしの様子を見ていた過保護な家族は当然黙っているわけもなく、ストーブと呼ばれる文明器具を廊下やお風呂などのよく冷える場所に用意してくれた。
けど、いくらストーブがあっても寒いものは寒い。全身ぶるぶるだ。
「ちゃんと寝てればよくなるからね?」
「うん……」
最近は一日のほとんどを寝室で過ごしている。兄さんとゲームをするときもこの部屋でするようになったし、ご飯もここで食べるようになった。
わたしが部屋を出るのはお風呂とトイレの時だけだ。
それでも、お義父さんが猫さんたちを連れてきてくれるので退屈ではない。
一度だけインフルエンザっていう病気になって四十度近い熱を出したけど、それと比べたら風邪ごとき大したことない。
「ほら、もうちょっと寝てなさい」
一日中ベッドで寝続けてた人にもうちょっと寝てなさいは厳しいと思う。
寝すぎていたせいで、目が冴える。
「熱が下がらないとお注射しないといけなくなるわよ」
「いたいのやだぁ!」
予防接種……アレはトラウマになってる。
問答無用で針をぶっ刺してくる医者にそれをニコニコ笑顔で見てくる看護師。一週間に二本も刺してきたし、何より超絶痛い!
あんなの人間がすることじゃない。この世界の医学はいったいどうなってるの!
「まあ、王宮では薬そのものがなかったんだけど」
「ん? 何か言った?」
「ううん、なんでも」
口に出ちゃった。まあ聞こえてないみたいだし、いっか。注射怖いし、無理やりにでも早く寝よ。
わたしは瞳を閉じて眠りに着くのを待つ。けれど、なかなか眠れず瞳を閉じたままの時間が続く。
「様子はどうだ?」
「ちょうど寝た所よ」
猫さんたちの鳴き声が聴こえてたけど、お義母さんが寝たばかりだと言うと一瞬にして鳴き声が聴こえなくなった。
「ファムが来てから賢くなったわね」
「賢いっていうか、ファムに懐いてるだけだろ」
ううっ、猫さんたち、ごめんね。わたしも遊びたいのに、わたしの身体が弱いばかりに気遣いまでさせちゃって。
遊んであげたいけど、今起きると注射されちゃうから行けないの。許して。
「そういえばさっき何か言ってたわよ。王宮がどうとか……」
ぎくっ! 聞こえてないと思ってたのにバリバリ聞いてた!
ご、誤魔化せないよね……?
「ゲームのことじゃないのか? 颯斗とゲームしてるっぽいし」
「そういえばそんなことしてたわね」
どうにか誤魔化せたみたい。お義父さん、ナイス!
お義父さんとお義母さんは、猫さんたちを連れて部屋から出ていった。
「…………」
眠れない……
そうだ。こんなときはお義母さんの漫画を読もう。暇潰しにもなるし勉強にもなるしで一石二鳥だね。
お義母さんの漫画は本棚の下から二段目と三段目にある。四段目と五段目は小説で、一段目は雑誌とかが入ってる。
「この前の続きはこれだったね」
本を手にとってベッドに戻ろうとしたときに思った。
またこうして取りにくるの、面倒くさい。
「二冊もあれば十分だよね」
わたしは、もう一冊手にとってベッドに戻る。
とりあえず、この前の続きから読もう。
『ようかいトライアングル』の三巻をベッドに置いて、二巻を開いた。
『ようかいトライアングル』は、お義母さんイチオシの漫画で、マイブームらしい。
祓いやの男の子と幼馴染みの女の子、それから妖怪の猫さんの三人が繰り広げるドタバタラブコメディー! って、書いてある。
この作品の作者さんは神だってお義母さんが言ってた。
この猫さん、触ったらモフモフなんだろうな……ちょっとモンブランに似てるかも。
それにしても、男の子が女の子になっちゃうなんて不思議だね。
しばらく『ようかいトライアングル』を読み耽っていると、目蓋が重くなってきた。
「あっ、なんだか寝られそう……」
わたしが目蓋を閉じると、深い眠りへと誘われた。
深い眠りからゆっくりと瞳を開けると、わたしを覗く黒い人影が見えた。
お義母さん? でも、ちょっと違うような……
「おはよう、ファムちゃん」
……………………?
「だれ?」
「寝ぼけてるの? 結月よ」
「結月さん……?」
ああ、思い出した。結月さんだ。最初の頃に一度顔を合わせた程度だったからすっかり忘れてた。ゲームで会ってるとそっちが本物の結月さんだって思っちゃうんだよね。
「いかでここなる?」
「ファムちゃんはいつの時代の人間なの?」
「れーわ」
時代の最先端だよ。平成ごときでこの令和なわたしに勝てると思わないで。
「令和な人間は『いかでここなる?』とか言わないから。それ鎌倉な人が言うヤツだから」
「まろはさ思はず」
「……本当にどこで習ったの」
「んっ」
わたしはテレビを指差すと、結月さんは溜息をついた。
え? わたし、何か間違ったことした? だってテレビじゃこの喋り方は日本の文化だって言ってたよ?
「何の番組を見たのかは知らないけど、そんな喋り方をする文化はないわよ?」
ええっ!? ないの!?
「なんでそんなにショック受けてるの?」
「だって、これが当たり前の喋り方だって思って、毎日頑張って勉強したのに……」
わたしが俯きながら理由を話すと、結月さんはわたしのことをギュッと抱きしめてきた。
「そっか。でも大丈夫だよ。これで、その話方は普通じゃないってことを勉強できたからね。ファムちゃんの苦労は無駄じゃないよ」
……そうだよね。
「うん! もっと色んなこと勉強する!」
「明日はメンテナンスでゲームもできないから、一緒に図書館にでも行かない?」
図書館……? なにそれ?
「図書館、知らない?」
わたしが首を縦に降ると結月さんは丁寧に教えてくれた。図書館は本がたくさんある書庫みたいな場所らしい。
ちなみにメンテナンスというのはゲーム内で(わたし不参加の)大会が終わってから妙な『ラグ』と呼ばれる現象が発生しているらしく、それを治すために行う調整のことらしい。
ゲームもできないし、熱も下がったからお義母さんたちと話合って許可が降りたら行ってみよう。
「お義母さん、行っていい?」
「ダメよ」
「けち」
「お注射するなら行ってもいいわよ?」
「注射はやだぁ!」
かくして、わたしは図書館に行く許可が降りなかった。
翌日に結月さんが迎えに来てくれたけど、ごめんなさいと謝る形になってしまった。
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