お義父さんが過保護すぎるよッ!


 わたしは、今日もお店で猫さんたちとじゃれ合いながら日本語の……ひらがなの勉強に励んでいた。


「と、け、い……?」


 ああ、時計ね。

 はいはい、わたしもすっかりひらがなが身に付いてきたね。この調子なら今日中にでも全部覚えられそうだ。


「でも、ちょっと疲れたかも……」


 少し目が疲れてきたので、一呼吸しようと鉛筆を机に置くと、お客さんがお店に入ってきた。


「いらっしゃいませ! ご自由の席にどうぞ!」


 すっかり看板娘らしくなったわたしは、接客の1つや2つぐらい余裕だ。

 でもお義父さんは、心配症で未だにお手拭きと水しか運ばせてくれない。

 お客さんたちは過保護だって言う人も居れば、子供なら危ないし仕方ないって言う人もいる。数も半々でなかなか進展がない。

 けれどわたしの壊れやすい体調を考えれば、お義父さんの判断は正しいのだろう。

 だから、今わたしから何か言うことはない。こういうのはお義父さんに任せておけば大丈夫な筈だ。


「あっ、しまった」


 わたしは、お義父さんの声を聞いて振り返る。するとお義父さんは、頭を掻いて困ったような表情をしていた。

 何かあったのかな……?


「お義父さん、どうかしたの?」

「ちょっと卵が無くなっちゃってな。どうしたら良いのか……」


 卵がないの?


「わたしが買ってくる!」


 お義母さんが働いているスーパーマーケットが近くにあるから、わたし1人でも行けるよね?


「1人だと迷うからダメだ」

「お義母さんのお店は?」

「ダメだ」


 お義母さんが働くスーパーマーケットは、お店を出て一直線に進んだ場所にある。

 距離もそこまで遠くないし、何度も連れて行って貰ってる。スーパーマーケットはお店からでも見えるから迷ったりする心配もない。

 というか、一直線の道のりで迷うってなんだろう?


「……さすがに迷わないよ?」

「ほら、誘拐とかされたら困るだろ。ファムはこんなに可愛いんだ! どんな人がファムを狙ってるのかわかったもんじゃない!」


 わたしは今、はっきりと確信した。自分が恐ろしく過保護にされていることに。

 このままだと、いつまで経ってもこの家族はわたしのことを庇護し続けてしまう。いずれわたしが成長しても事あるごとにわたしの行動を制限してくるだろう。そうなれば何処かで必ず苦しむことになる。

 早めに過保護はやめて貰わなければ……!


「窓から見えるでしょ! お店にはお義母さんだって居るんだから大丈夫なの!」

「ダメだ! 危なすぎる!」


 くっ! この強情張りめ! こうなったら奥の手を使うしかないようだねッ!!


「お義父さんなんて大っ嫌いッ!」


 わたしが大声でそう叫ぶと、お義父さんはまるで雷にでも撃たれたかの如く全身が真っ白になっていた。

 …………あれ? やりすぎた?


「終わった。何もかも、燃え尽きた……真っ白にな……」


 まさかここまでダメージを負うだなんて思いもしなかったよ……少し慰めてあげよ。

 でも、それよりも先に言質は貰うよ?


「わたし、過保護なお義父さんは大嫌い!」

「フォッ!?」

「でも、過保護じゃないお義父さんは大好きだよ。……ねえ、お義父さん、わたしに行かせてくれる?」


 わたしは、ショックを受けて体育座りをしてるお義父さんの頭を撫でながら言質を求める。

 するとお義父さんは、自らの手をわたしの背中に回し、わたしの身体を引き寄せて、わたしのことを抱きしめた。


「お"どう"ざん"のごどぎらぁいにな"ら"な"いでぐれぇ!!」


 お義父さんはお客さんが目前に居るのにも関わらず、子供が駄々を捏ねるかのごとく、ワンワン泣きながら言った。

 うわっ、なにこの親父。気持ち悪ッ!? わたしよりも精神幼いじゃん!?

 ちょっとお客さんがヤバい目で見てるから早く離れて!?


「卵、買いに行かせてくれる?」


 お義父さんの肩を掴んで少しだけ突き放すと、わたしはお義父さんに訊いた。

 するとお義父さんは、渋々頷いて卵を買いに行かせてくれる許可を出してくれた。


「いいか? 八個入りだぞ? わからなかったらすぐに母さんに訊けよ?」

「うん! わかった!」

「危ない人には付いて行ったらダメだからな?」

「大丈夫だよ」

「何かあったらすぐに叫んで助けを呼べよ?」

「うん」

「それから……」


 お義父さんの確認がめちゃくちゃしつこかった。

 何度も何度も確認させられ、挙げ句の果てには防犯ブザーという非常用ベルを持たされた。

 こういうのを過保護だって言うんだよ。


「じゃあ、いってきます!」

「気をつけて行けよ!」


 わたしは、お店を出てお義母さんの居るスーパーマーケットへと向かった。


「よし、ビスケット。お前の任務はファムが安全におつかいを済ませられるようにすることだ。わかってるな?」

「ニャー」

「よし、行ってこい!」

「ニャー!」


 そのとき、お店に居たお客さんは、お義父さんの気が狂って猫を逃がしたのではないかと勘違いをしたらしい。





 わたしはおつかいの使命を果たすべく、スーパーマーケットへと一直線に進んでいた。


「ニャー」


 背後から猫の鳴き声がしたので、気になって振り返ってみるとそこにはビスケットがいた。

 どうしてビスケットがここに……?


「もしかして、ついてきてくれるの?」

「ニャー」


 ビスケットは、そうだと言わんばかりの顔をしてわたしの足に頬擦りをした。


「ありがとう。じゃあ、行こっか」

「ニャー」


 わたしは心強い仲間と共にスーパーマーケットへと向かった。


「着いたぁー!」


 わたし1人でもたどり着けたよ!

 出発地点はここからでも見えるけど!


「ビスケット! 卵を探そう!」

「ニャー!」


 わたしは、ビスケットと共にスーパーマーケットへと潜入しようとした。

 けれど、店前に立っていた店員さんに呼び止められた。

 何か問題でもあったのだろうか……?

 あっ、消毒してない。もしかしてそれかな?

 わたしが消毒液の入っている容器を押すとブシュと消毒液が出てきた。

 この消毒液は手全体に塗ることで、バイ菌をやっつけることができるらしい。

 わたしは店員さんに両手を見せびらかすけど、店員さんは首を左右に振っていた。


「ごめんね。確かに消毒も大事なんだけど、猫さんは入れないの」


 わたしがビスケットにアイコンタクトを取ると、ビスケットはしょんぼりしてた。


「すぐ戻ってくるからね」

「ニャー」


 わたしがビスケットを置いてお店の中へ入ると、ビスケットはお店の外から手を振ってわたしを見送ってくれた。

 ビスケットの分まで頑張って卵を買わないと!


「卵、たしかこっちだったような……」


 うろ覚えだけど、卵がありそうな場所へと向かう。

 前にお義母さんがタイムセールとか言ってこっちの方に突っ走ってたような覚えがある。


「……あれかな?」


 少し歩くと、あのときと同じような人集りが出来ていて、店員さんがタイムセールという言葉を発していた。


「ちょっと邪魔よ!」

「退きなさい!」

「それは私のよ!」


 タイムセールが行われている区域では、近所のおばさんたちが乱闘を繰り広げていた。

 わ、わたし、行けるかな……?



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