わたし、ゲームをします!



 兄さんと結月さんは、よくわからないモンスターと呼ばれるモノを討伐するために作戦会議とかいうのを立てた。

 具体的な話はよくわからないから聞き流してたよ。


「ねえ、ファムちゃんも連れて行けないの?」

「無理だろ。PKだって危ないし、そもそもヘッドギアのサイズが合わないだろ」


 兄さんは近くにあったヘッドギアと呼ばれるモノをわたしに被せた。

 けれどそのヘッドギアは、わたしには大きくてどう考えてもわたしが扱えるようには思えなかった。


「ぴーけーってなに?」


 わたしは兄さんの言っていたよくわからない言葉の説明を求めた。


「PKっていうのはゲーム内での人殺しだ。現実世界じゃ死なないけど、心に深い傷を負う人が後を絶たないんだ」

「悪い人もいるんだね」

「そうだな」


 神子の居ないこの世界に来てから出会ってきた人はみんな良い人たちだった。

 お義父さんやお義母さん、兄さんに結月さん、猫カフェに来てくれるお客さんたち……わたしの周りがたまたま優しい人だけだったのかな?


「ねえ、これ見てよ!」


 結月さんがわたしと兄さんにタブレットの画面を見せてきた。

 タブレットには兄さんの持っているヘッドギアと同じモノが映っていた。


「それがどうしたんだ?」

「これよ、これ!」


 結月さんが画面を大きくしてヘッドギアの斜め下付近にある『子供用ヘッドギア』という文字を見せた。


「調べてみたんだけど、これスゴいよ!」


 結月さんが調べたことを簡潔に纏めるとこうなる。

 ①大人と一緒にゲームができるよ!

 ②子供には物理攻撃を無効にする結界みたいなのが張ってあるから安心安全!

 ③子供に仮想世界を体験させよう!


 っていうことらしい。


「いくらだ」

「通常価格5000円で、店頭に子供を連れて行けば半額で買えるとのこと」

「母さんに頼んでみる」


 兄さんが部屋を出ていくと、結月さんはわたしの頭に手をポンッと乗せた。


「結月さん?」

「……お姉ちゃんって呼んで」

「へ?」

「だからお姉ちゃんって呼んでよ。颯斗の妹なんでしょ? それなら幼馴染みである私の妹と言っても過言じゃないでしょ!」


 幼馴染みの感覚がないからあまり深くはわからないけど、少なくともそれが過言であることだけはわかる。

 けれどわたしが後ろを振り返って結月さんの顔を見ると、結月さんからは「お姉ちゃんって呼んでよ」オーラが醸し出されていた。

 ……さすがにこの雰囲気で断ることはできないよ。


「お、お姉ちゃん……」

「!?」


 わたしが結月さんのことをお姉ちゃんと呼ぶと、結月さんは嬉しそうに腕を強く上下に動かした。


「もう一回言って!」

「お姉ちゃん」

「もう一回!」

「お姉ちゃん……」

「もう一回だけ!」


 ……ああ、この人すぐ調子に乗るタイプの人だ。あまりおだてないようにしよ。


「結月さん」

「なんでぇ!?」


 結月さんはわたしが放った言葉を受け入れられなかったようで、わたしの肩を掴んで揺らしてくる。

 それと同時に、お義母さんに頼みに行った兄さんが帰ってきた。

 兄さんは結月さんの背後に近付き、拳を落とした。


「…………いたい」


 そりゃ、頭をガッツリ殴られてましたからね。痛くないわけがないでしょ。


「兄さん、どうだったの?」

「ああ、今度の休みにでも買いに行こうって言ってたぞ」

「ほんとっ!?」


 兄さんの言葉を聞いてわたしは嬉しくなってはしゃいだ。

 これでわたしも『ぶいあーるでびゅー』だね!



 ◆



「……三十九度ね。今日は一日寝てなさい」

「えー」


 本日、わたしは『ぶいあーるでびゅー』をする予定だったのに、風邪を引いたせいで一日お預けを食らう嵌めになってしまった。

 実のところ、風邪を引いたのは今回が初めてじゃない。四日に一度は熱を出して寝込んでいるのだ。


「病院じゃ免疫が弱いって言ってたけど、二週間で三回も高熱を出すんじゃ困ったものね」

「こればかりは成長を待つしかないからな」

「来年からは小学生――――――」


 お義母さんはお義父さんと何やら話し合っていたけど、そのほとんどは熱のせいで聞き取ることは出来なかった。

 しょうがくせい……?

 子供向けのテレビ番組で単語だけは聞いたことはあるけど、パッとしない。

 何をするところなんだろう?


「う~」


 頭が痛い……考えるのはやめよう。さっさと寝て、風邪を治すのが一番だね。

 それじゃ、おやすみなさい~




 次に目を覚ましたときは既に日は暮れており、ちょうどお義母さんがお粥を持ってきてくれた時だった。


「食べられる?」

「少しなら……」


 熱はだいぶ引いたように感じる。

 この『冷えビター』のおかげかな?


「明日様子見て、熱が下がってたら颯斗とゲームやっていいからね?」

「うん!」


 そうと決まればさっさと食べて寝るに限るね!

 わたしはお粥を食べて再び眠りについた。



 翌朝、すっかり熱が下がったわたしは、お義母さんにお風呂へ誘拐されていた。


「熱が振り返すといけないから、ちゃんと温まるのよ」

「はーい」


 お義母さんはわたしをお湯に浸けて、わたしのことをずっと見ている。

 …………なんか、このお湯熱くない?

 いや、恥ずかしいとかじゃなくて普通に熱いような感じがするんだけど、何度?

 お湯の温度が書いてある便利な機械の方を見てみると、そこには四十六度という文字が浮かび上がっていた。


「熱いよ!」

「ちゃんと沈んでないと風邪引いちゃうわよ」

「逆上せちゃうよ!?」


 この家族は心配性なのか、わたしにすること一つ一つが度を過ぎている。

 逆の意味で倒れてしまいそうだ。


「あと10数えたら上がっていいからね?」


 なんかやたらと長い10を数えさせられてわたしはお風呂から出た。身体をタオルで拭いて服を手に取った。

 ワンピースに長袖のパーカー? 下は……なにこの黒いの。


「タイツ、穿かせてあげようか?」


 わたしは首を縦に振った。

 どうやらこの黒いのはタイツと呼ぶらしい。穿いてみると、なかなか温かい。

 わたしの予想ではニーソかガーターベルトでも出てくるかと思ってたけど、予想を遥かに越えてきたね。

 まさかわたしの知らない衣類を出してくるとは…………


「髪乾かすから、そこ座って」


 わたし、いつになったらゲームできるのかな?

 髪を乾かし終えると、今度は髪の毛を梳かされた。

 いよいよゲームができるかと思いきや朝食で、歯磨きをさせられた後にようやく兄さんの部屋へ行く許可が降りた。

 こういう日に限ってありとあらゆることの時間が長く感じられるよ……


「兄さん、おはよう」

「ああ、おはよう。熱は大丈夫なのか?」

「うん! この通りだよ!」


 その場で軽く跳び跳ねる。兄さんは少し微笑ましい顔でわたしのことを見てきたけど、ある時を境に一瞬で顔が真っ青になってた。

 ……なにかあるのかな?

 後ろを振り返るとにっこりと笑ったお義母さんの姿があった。


「颯斗、ファムは布団の中に入れてからゲームしてね?」


 その笑みは何か有無を言わせないような迫力があった。

 お義母さんが部屋から出ていくと、兄さんは渇いた笑い声を出してわたしに子供用のヘッドギアを被せた。


「サイズも問題ないな。……よっと」


 兄さんはわたしを軽々と抱き上げてベッドの上に寝かせた。

 そして、上から布団を被せてお義母さんの言い付けをしっかり守った。

 兄さんもわたしの横で寝転がる。


「兄さん……」

「大丈夫だ。そのままじっとしてろ」


 兄さんがそう言うと、わたしの視界が暗転した。





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