わたし、ぶいあーるでびゅーしました!



 わたしがゆっくりと目を開けると、どこか見知らぬ部屋に居た。


「……ここが、ゲームの中?」


 少し身体を動かしてみるけど、感覚は現実世界と全くもって変わらない。

 よくわからないけど、スゴいということだけはわかる。


「ファム、設定するからこっち来い」

「設定?」


 設定ってなんだろう?

 すると兄さんは一枚の画面みたいなモノをスライドさせてわたしの方に流してきた。


「画面が勝手に動いた!?」

「仮想世界だからな。現実世界じゃ出来ないことだってできるんだぞ」

「へー……」


 つまり、何でもアリの作り物の世界っていうことですか。

 事前に入手した情報によると魔法が使えるらしい。

 原理がわからなくて、当時は首を傾げていたけど、「仮想世界なら仕方ないね」と今なら言える。


「ほら、ここで髪色とかも好きに変えられるぞ」


 兄さんが適当に色のついた場所を押すと、わたしの金色の髪が水色に変わった。


「変わったッ!!」

「好きな色が選べるぞ。どれが良い?」


 好きに変えられるか……でも、金髪以外の髪色だと自分じゃない感じで馴れないね。


「元の色でいい」

「そっか」


 兄さんはそう言うと、スライドを弄ってどんどん進めていった。


「さて、名前はどうする?」

「ファム」

「本名はダメなんだ。個人情報とか大人の事情があるからな」


 大人の……事情……?

 そういえば前にもテレビでそんなことを言ってたような気がする。難しいことだから子供は首をツッコむなって意味だよね?

 じゃあ、名前を考えないと……名前……

 そのとき、わたしの脳裏にお義母さんが見ていたアニメキャラの名前がよぎった。


「イリヤ! イリヤスフィーむぐっ!?」

「色々と問題があるから、それ以上は言わないでくれ」


 兄さんがわたしの口を抑えて言葉を封じた。


「イリヤでいいんだな?」

「うん!」


 わたしが強く頷くと兄さんはスライドにイリヤと打ち込み、『決定』と書かれたボタンを押す。

 すると、部屋の角にあった扉から鍵が開くような音が聞こえてきた。


「あっちだ」


 兄さんはわたしの手を引いて扉の方へと向かった。

 わたしが扉の前に並び立つと、兄さんと共にドアノブに手をかけた。


「よし、行くぞっ!」

「うん!」


 ドアノブを回して扉を開くと、眩しい光が入ってきた。


「うっ……!」


 わたしは咄嗟に目を瞑った。

 そして、光が収まった頃にわたしはゆっくりと瞳を開けた。


「うわぁ…………!」


 わたしは瞳を開けて辺りを見回すと、こちらの世界に来てからは一度も見たことのない街で思わず声が洩れた。

 現代社会というよりかは、王宮で生活していた頃の下街によく似ている。

 ここが、ゲームの中の世界……!


「ユイが待ってるから、早く行くぞ」


 兄さんはわたしの手を引いて歩き始めた。

 『ユイ』というのは結月さんのプレイヤー名らしい。ゲーム中は本名を呼んではいけないらしく、プレイヤー名で呼ぶのがマナーなんだとか。

 待ち合わせ場所である公園っぽい所に向かうとカップルみたいな男女が居た。


「おはよう、遅れて悪いな」

「兄さん兄さん、どこのリア充に話しかけてるの?」

「……お前、どこでそんな言葉を習った?」

「お義母さんのアニメ」


 わたしが答えると兄さんは溜息を吐いた。

 なにかいけないことでも言ったのかな?


「おいユウキ、この可愛らしい幼女は俺への捧げ物か?」

「イリヤ、こういう変なヤツには絶対付いて行っちゃダメだからな?」

「うん、わかった!」


 何やら危なっかしい雰囲気でわたしに話しかけてきた男は顔立ちが結月さんに似た女に突き飛ばされた。

 それと同時に兄さんは、わたしに教育を施した。

 兄さんのプレイヤー名はユウキらしい。

 ……兄さん、本名はダメだって言ってたのに、苗字そのまま使ってるじゃん!


「それで、ステータスはどうなってるの?」

「物理攻撃を受け付けない特性もあるから、やっぱりステータスは低めだな。魔法も【ファイアボール】と【なかまをよぶ】だけだ」

「見事なまでに戦闘能力が皆無ね」

「そもそも子供に戦闘能力は求めてないだろ」


 兄さんと結月さんがわたしの扱える魔法について話していた。

 実際に知っている適当な魔法を発動させようとしたけど、魔法は発動しなかった。


「そういえばあの男の人だれ?」

「ああ、ロリコンだ」

「ロリコンさん?」


 兄さんが先ほど結月さんに突き飛ばされた男の人の名前はロリコンさんみたい。変わった名前だね。


「お前と関わることはないから安心しろ」

「そうなんだ?」


 ロリコンさん、さっきから壁に頭を突っ込んでるけど大丈夫なのかな?


「さて、早速遊びに行くか」

「そうね」

「え? あのままで良いの?」

「よし、行こう!」


 え? えっ?

 ほ、本当に放置で良いのッ!?

 不安げながらもロリコンさんを放置してわたしたちは近くにあった森へと移動した。


「よし、あそこにとても強力なモンスター、スライムがいる。イリヤ、魔法を使ってアイツを倒すんだ!」

「やってみる」


 わたしは、まだこちらには気づいていないであろうモンスター……スライムに狙いを定める。


「ファイアボールっ!」


 わたしが魔法名を言うと、ファイアボールがスライムに直撃した。

 魔法名を言うだけで魔法が使えるんだね。王宮生活で苦労して覚えた詠唱と魔法陣はいったい何だったのだろうか?


「いいぞ、イリヤ。その調子だ!」


 スライムの頭上ぐらいにあるHPが緑色から黄色に変わり、長さが半分ぐらいになっていた。アレが無くなったら撃破できる仕組みになっているのだろう。

 それなら、もう一回!


「ファイアボールっ!」


 再びファイアボールを放つとスライムのHPが底を尽き、スライムが散った。


「イリヤ凄いぞ! 頑張って一人でモンスター倒せたな!」

「えへへー」


 兄さんに褒められ、頭を撫でられた。

 王宮生活で褒められるなんてことは一度としてなかったけど、褒められるのってこんなに嬉しかったっけ?


「よし、次のスライムを倒しに行くぞ!」

「おおーっ!」


 レベルアップっていうのをして兄さんより強くなってみせるよ! 具体的に言うとスライムを一撃で倒せるぐらいにまでは!


「ファイアボールっ!」


 わたしは着々とスライムたちを撃破し、レベルアップを果たした。

 その成果もあってレベルも1から5まで上がった。スライムはまだ一撃じゃ倒せないけど、魔法の威力も明らかに強くなってる。


「あと数匹倒したら帰るか」

「えー」

「おやつの時間だけど、食べなくていいのか?」

「おやつ!? 食べる食べる!」


 子供はおやつの誘惑には勝てないの。だっておやつって美味しいじゃん?

 王宮の頃に食べた食事で最も豪華な食事よりも美味しいんだから、仕方ないよね?


「ファイアボール! ファイアボールっ!」


 ファイアボールは二発連続で撃てるようになったから、単独のスライムに遅れを取ることはない。


「……兄さん兄さん、スライム多くない?」

「あー、囲まれてるな」


 これ、危ないんじゃない?

 ちょっと兄さん、兄さんのカッコいい魔法でスライムたちを一掃しちゃってよ。

 

「イリヤ、悲しいお知らせだ。俺もユイも魔法が使えない」

「え?」

「だからお前が倒せ」


 えええええええぇぇぇぇぇぇッ!!!?


「いや、ちょっとムリ!」


 そこからは無我夢中にファイアボールを撃ちまくった。

 けれど倒せたスライムはわずか数匹で、わたしは近くに居たスライムに張り付かれた。


「なにこれぇ、にゅるにゅるしてるぅ……」


 気持ち悪いよぉ…………


「イリヤ、お前ならできる! 魔法を使ってスライムを倒すんだ!」


 兄さんがわたしを励ましてくる。

 その最中で兄さんが結月さんに「スライムって攻撃手段ないから死なないし」って小さく囁いてた。

 そんなこんなで苦戦しながらも、わたしは全てのスライムを撃破した。


「よくやったな! また明日もスライム狩りしような!」

「うん!」


 このゲーム、スライムのにゅるにゅるは気持ち悪いけど結構楽しかった。わたしも神子じゃなくて冒険者やれば良かったなぁ……




「明日もスライム?」

「だってコボルトとかゴブリンって危ないだろ? イリヤのHPが減ったらどうするんだよ!」

「ポーション使いなさいよ」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る