兄さんが知らない女連れ込んでるッ!


 わたしがこの家に来てから1週間ぐらい経ったある日のこと。

 わたしはいつものように猫さんたちと戯れて兄さんの帰りを待っている。

 ……最近、少しずつお客さんが増えてるような気がする。

 前は1日に三人か四人程度しか来てなかったのに、今やお客さんは1日に八人は来ている。


 わたしも何か手伝えることはないか、とお義父さんに訊いてみた所、テーブル席のお客さんに水とおしぼりを運んでくれと頼まれた。

 最初はあまり慣れなかったけど、数日も重ねればもう慣れた。

 唯一気をつけることがあるとすれば、水を運んでいる時に猫さんたちがわたしに抱きついてくることぐらい。

 その度に注意はしてるけど、猫さんたちはどうしてもわたしに甘えたいみたい。

 わたしがひと度水を運べば、カルガモのごとく猫さんたちが行列を作る。

 おかげでお客さんが猫さんたちに触れあえる時間が減った。


「もはや猫カフェとは?」


 ってお義父さんは言ってた。

 お客さんが増えてるならそれは良いことだし、わたしが命令すれば猫さんたちも仕事はしてくれるから問題ないと思う。

 わたしのお仕事時間は兄さんかお義母さんが家に帰ってくるまで。

 兄さんかお義母さんが帰ってくると、猫さんたちが一斉に鳴くのですぐわかる。


「ニャー」

「ニャー」

「ニャー」


 あっ、ウワサをすれば。

 わたしが扉の前で帰りを待つが、一向に扉が開かない。

 ……いったいどうしたのだろうか?

 首を傾げていると、裏側にある玄関の扉が開く音が聞こえてきた。


「なんでそっち?」


 わたしはよくわからないまま、猫柄の可愛らしいエプロンを脱いでお義父さんに預けた。

 そして猫さんたちにバイバイして二階へと向かおうとしたそのとき、わたしには今までにない違和感を覚えた。


「……?」


 違和感に首を傾げるが、特に気にする事もなく、わたしはそのまま二階へと上がった。


「兄さん?」


 兄さんの部屋の扉は閉じていて、既に帰って来ているような感じだった。

 帰って来てるのにわたしに黙ってるなんて、兄さんもどうしようない人だ。


「兄さん、帰って来てるならお店から入って来てよ……?」


 兄さんに注意をしながら部屋の扉を開けると、そこには兄さんと見知らぬ女が居た。

 …………だれ?


「ただいまー。今日も疲れたわ」


 お義母さんが玄関から帰って来た。

 わたしは階段の方へと向かってお義母さんを呼んだ。


「お義母さん! 兄さんが知らない女連れ込んでるー!」

「ち、違うっ! 頼むから誤解の招く言い方するなッ!」



 ◆



「つまり、兄さんは同級生で幼馴染みの結月ゆづきさんと遊園地に行って、怪しげな取り引き現場を目撃したと……」

「してねーよ。母さんの影響受けすぎだろ」


 でも半分ぐらいは合ってるから良いじゃん。

 そんなわけでこちらの女は兄さんの幼馴染みである白峰しらみね結月ゆづきさん、今日は例のえーぶいの作戦会議をするんだとか……


「そんなわけであともう一人お邪魔しちゃうけど、ごめんね」

「大丈夫」


 わたしは結月さんに軽く告げて部屋を出ていく。

 他にお客さんが来るならお茶菓子でも用意してあげないと。


「お義母さん、ジュースとお菓子ちょうだい。……四人分!」

「わかったわ。あとで持っていくから先にこれだけ持って行ってくれる?」

「うん!」


 お義母さんからキノコの丘とタケノコの浜が入った箱を受け取って兄さんの部屋に戻る。


「兄さん、お菓子持ってきたよ!」

「おお、ありがとな」


 お菓子をテーブルの上に置くと兄さんはわたしの頭を撫でてくれた。

 わたしはそのまま兄さんの膝上に座って持ってきたお菓子を開けて頬張る。

 結月さんが少し羨ましそうにこちらを見ているような気がするけど、兄さんの膝上がそこまで好きなのかな?

 キノコの丘うまうま。


「颯斗、少しいい?」

「ああ、別にいいぞ」

「?」


 二人のやりとりには主語が無く、わたしには何がいいのかさっぱりわからなかった。

 だが、わたしはソレをすぐに理解させられた。


「!?」


 結月さんがわたしを抱き上げて自らの膝上に座らせたのだ。

 お互いが太ももを露出するような格好をしているため、太ももの感触が直に伝わる。

 ちょっと温かいかも……あれ? こんな所にクッションが。


「…………」

「ん? どうしたの?」


 ムカつく。

 握り潰してやりたかったけど、初対面の相手にするようなことじゃないし『嫉妬の混じった負け犬声が心地良いですわ』とか言われてバカにされるオチが丸見えだ。

 今回だけは大目に見てやろう。

 ……べ、別にわたしがぺったんこだったわけじゃないからねっ!?


「飲み物置いておくから、ゆっくりしていってね」


 お義母さんがオレンジジュースをお盆に乗せて運んで来ると、テーブルの上に並べた。


「颯斗、おやつをファムに食べさせないようにね?」

「どれぐらい?」

「……3つが限界ね」


 そんなっ!? どうしてっ!?

 わたしあと二つしか食べられないじゃん!


「ファムは知らないだろうけど、ファムがいつも食べてる量は普通の子の半分ぐらいなのよ?」


 うっ!


「しかもそれでも残すし」


 うぐっ! で、でもこの前は全部食べきったもん!


「オマケにお肉とかも細かくしないと食べられないし」


 …………げほっ!?


「おばさん、もうやめて! ファムちゃんのライフはとっくにゼロよ!?」


 お義母さんからの追撃が止まらず、わたしは結月さんの胸に顔を埋め込んだ。

 なにも聞こえない。完全なる無の空間だ。言い換えるなら、ここは虚空だ。

 嵐が部屋から去ると、何か音楽が聞こえてきた。


健二けんじだ」


 兄さんの携帯電話だった。

 携帯電話は何か色々とスゴい機能が備わった伝達魔法の上位互換っぽい電子機器だ。

 健二って誰かな? ここにもう一人来るって言ってたからその人かな?


「『補習が終わらないから話を進めておいてくれ』だそうだ」

「丸投げってわけね……」


 どうやら三人目は来ないみたいだ。

 せっかくオレンジジュースを用意して貰ったのに、勿体ないなぁ。

 仕方ない、ここはわたしが――――


「ファムはダメだ」

「なんでー!」

「おねしょするぞ」

「ううっ……」


 は、反論できない……

 数日前、おやつの時に少しばかり飲み過ぎて夜中に粗相をしてしまったことがあったのだ。

 おねしょするだけならまだ何ともないのだが、この家族は過保護で無駄にお世話をしてくるのだ。

 中身は十五歳なのに、そこまでお世話をされるのが申し訳なく思ってしまう。

 え? 羞恥心?

 そんなものはもうないよ。お義父さんと兄さんに裸を見られて触られたんだから、今さらじゃない?

 こっちは幼女なんだから、これからもそういうことはあるだろうし、羞恥心なんて捨てなきゃやってられないよ。


「じゃあ、そういうわけで作戦会議と洒落混もうじゃないか」

「そうだね」

「うん!」


 兄さんがタブレットという携帯電話より少し大きめの電子機器を取り出して、画面をつけた。

 画面をつけると、そこには地図のようなものが出てきた。

 ……ところで、作戦会議ってなにするの?



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