4-6:決死の防衛戦

「な、なにっ!?」


 バビロンの首からあふれ出る黒いオーラを目の当たりにして、ユスティナは反射的にユニティを後退させる。


 黒いオーラの濁流は七本の流れにまとまり、それぞれがドラゴンの首を象った。七つの首はそれぞれが意思を持っているとしか思えないくらい自在に動いている。鞭のように長く伸びた首は聖書に出てくるドラゴンではなく、東洋の伝説に出てくる龍を彷彿とさせた。


 周囲の建物を巻き込みながら、七つの首が一斉にユニティへ襲いかかる。そのひとつひとつが意思を持っているとしか思えない動きに翻弄されて、ユニティは為す術なく七つの首に四肢を絡め取られてしまった。


 七つの首は力任せにユニティの巨体を吊り上げ、全身を締め付けながら装甲に噛みついてくる。鉄の棺桶に入れられて押しつぶされるような、不安をあおる嫌な音が四方八方から襲いかかってきた。


 無防備になったユニティの胸部装甲に向けて、バビロン高熱を放つ双剣を突き立ててくる。修復を終えていない胸部装甲に双剣の先端が食い込み、貫かれた胸部装甲の破片がユスティナの体に降り注いできた。さらには焼け付くような熱気が中に流れ込み、操縦席の中は肺が焼け付くような灼熱地獄と化し、ユスティナは息を止めて耐えるしかなかった。


「焼け死ね、ユスティナ!!」


 シックスが血涙を流しながら絶叫する。

 ついには胸部装甲に空いた亀裂から熱気と共に黒いオーラが流れ込んできた。黒いオーラはユスティナの全身を包み、しかも体の奥へ奥へと侵入してくる。


 すると、彼女の目に異様な光景が浮かび上がってきた。


 サマンサの街の路地裏、ユスティナの周りを子供たちが取り囲んでいる。子供たちはしきりに罵声を浴びせ、さらには石を投げつけてくる。ユスティナが思わず身をすくめると、すぐ隣にシックスとそっくりな……それでいて幼い少女が怯えて震えていた。


 もしかして、これってシックスの記憶?

 ユスティナが気づいてからも、目を背けたくなる光景が次々と浮かんできた。


 食べ物を買いに出かけただけで大人たちは白い目を向けてきて、ブラムス人であることを理由に店から追い出される。そうして泣く泣く帰ってくると、バラック同然の家で母親が客を取っていた。娘たちに見られたくなかった姿をさらしてしまい母親はさめざめと涙を流す。そして、そんな母親の態度を面白がって男は見せつけるように腰を動かした。


 戦争が始まった日の記憶も流れ込んでくる。暴徒と化した街の人々が目を血走らせてシックスたちを追いかけてくる。母親は姉妹を守るため、自ら暴徒たちの中へ飛び込んでいった。人々は手に持った凶器を正義の鉄槌とばかりに振り下ろす。血まみれになりながら姉妹に逃げるよう声をかけるも、母親の体は次第に動かなくなっていった。


 サマンサの街を脱出したシックスは妹を背負って荒野を歩き続ける。妹の頭から流れ出した血が荒野に点々と跡を残していた。シックスは背中の妹に声をかけ続ける。彼女の命がとっくの前に失われていることにも気づくこともなく……。


「これがシックスの抱えている憎しみなんだね」


 ユスティナは黒いオーラを押し返すように大きく息を吐いた。


「もしかしたら、あなたは世界で一番不幸な女の子なのかもしれない。誰もあなたを止める資格なんて持っていないのかもしれない。でもね、あなたは自分で自分を止めなくちゃいけなかったんだよ。憎しみに身を任せたら……絶対にいけなかったんだよ!」


 黒いオーラを振り払おうと全身に力を込める。


 そのときだった。


 ユニティの背中から突如としてまばゆい光が吹き出し、全身に絡みついていた七本の龍の首が振り払われたかと思うと、ユニティの体が空高く浮かび上がる。その高さはサマンサの街で一番高い時計塔を遥かに超えて、七本の龍の首を悠々と振りきることができた。


 ユスティナは思わず振り返って背後を確かめる。

 すると、いつの間にかユニティの背中から一対の翼が生えていた。


 翼の骨格はユニティの装甲と同じく乳白色の物体で作られている。そして翼から生えている羽根のひとつひとつは、ユニティの角と同じものらしき透明の素材で構成されていた。水晶のように輝く羽根からは絶えず光の粒子が振りまかれ、ユニティの巨体を飛ばす浮力を生み出しているようだった。


「……な、なんなの、その姿は!?」


 シックスが愕然と上空のユニティを見上げる。


 ユスティナはすかさずユニティの角からユニレイを発射するが、バビロンも対抗して七本の龍の首から黒炎を吹き出して対抗してくる。純白の光と漆黒の炎が衝突して押し合い、限界に達した瞬間に流れ星が破裂したような大爆発を引き起こした。


 飛び道具の威力は互角……ここから攻撃し続けてもらちがあかない。


 ユスティナはユニソードを振り上げて急降下攻撃を仕掛ける。

 胸部装甲の亀裂から外気が流れ込み、彼女の亜麻色の髪が激しくはためいた。


 ユニソードのリーチを生かして双剣の間合いの外から攻撃し、七本の龍の首が絡みついてくるよりも速くその場から離脱する。そうして急降下と急上昇を繰り返しながら、ユスティナはバビロンを何度もユニソードで斬りつけた。


「空を飛ぶなんて……あぁ、うざったい! さっさと落ちろ!」

「私だって負けられない! 負けたくない!」

「くそっ! はっ……くっ……」


 シックスが呼吸するだけでも苦しそうに胸を押さえる。

 軍服の上着には彼女の流した血の涙がじっとりと染み込んでいた。


「シックス、戦うのはもうやめて! バビロンに乗り続けたら、あなたの体が保たない!」

「ハッ! バビロンに乗らないで、お前をどうやって殺すっての!?」

「戦いなんてやめてノーマンと幸せに暮らしたらいいのに!」

「私にブラムス人を見捨てろって言うの!?」

「そうは言ってないよ! そもそも子供が命を懸けて戦う状況がおかしいの!」

「子供なのはお前だけだっ!」


 交戦の末、傷ついた真紅の装甲がバビロンの巨体から剥がれ落ちる。

 左の肩当てを破壊したおかげで左肩の関節部分が露出していた。


 あそこを攻撃できれば左腕を破壊できる!

 ユスティナはまたもや果敢に急降下攻撃を仕掛けた。


「こんなところで……私だって絶対に負けたくないっ!」


 シックスが雄叫びを上げながら、バビロンを街のシンボルたる時計塔に突進させる。

 レンガ造りの時計塔を両腕で抱きしめると、根元からもぎ取るなりユニティに向かって投げつけてきた。


 バリスタの矢のように巨大な時計塔が飛んできて、ユスティナは避けきれずに真正面から衝突してしまう。ユニソードを振り回して砕けた時計塔をはじき飛ばそうとするが、その瓦礫に紛れて七本の龍の首が噛みついてきた。


 ユニティの体が地面に叩きつけられる。

 胸部装甲はついに完全破壊され、ユスティナはお腹をハンマーで殴られたような衝撃が駆け抜けた。弾け飛んだ装甲の破片が突き刺さり、全身を刃物で何度も刺されたような痛みに襲われて、辛くて苦しくて涙がぼろぼろとこぼれてしまう。


「こんなものっ!」


 憎しみに表情をゆがめるシックス。


 バビロンがユニティの右の翼につかみかかるなり、龍の首でユニティの体を押さえつけ力任せに引きちぎろうとしてくる。大木のへし折れるような音が背後から聞こえてきて、ユスティナは自分の背骨が折られたのかと錯覚しそうになった。


 殺される……このままだと本当に!


 死の気配が這うようにゆっくりと……それでいて光より速く忍び寄ってくる。

 残された時間は一瞬に、与えられた苦痛は永遠に感じられた。


「諦めるなよ、ユスティナちゃんッ!!」


 前触れもなくナタリオの声が聞こえてくる。

 彼の声がした方に振り向くと、あの鹵獲されたブラックナイトがこちらに向かっていた。真っ黒な機体にはありったけの爆薬がくくりつけられており、まるで雪だるまのようにふっくらとしたフォルムだ。


 ブラックナイトは瓦礫を駆け上がると、翼をもぎ取ろうとしているバビロンめがけて跳躍する。空中でバビロンの背部装甲が開き、中からナタリオが脱出したかと思うと、バビロンの胸部装甲の間近で大量の爆薬が大爆発を起こした。


 バビロンの装甲を破壊することはできなかったものの、飛散した黒い破片と広がる白煙、そして爆発の衝撃がシックスを一瞬ひるませる。それは龍の首の拘束からユニティを逃がすには十分な隙を生んでくれた。


「はぁあああああああっ!!」


 右の翼がちぎれるのも意に介せず、ユスティナはユニティを跳躍させる。ユニソードを逆手に構えて、上から突き刺すようにバビロンの胸部装甲を狙った。


 もはや話し合っている余裕なんてない。

 このまま突き刺せば少なくとも戦いは終わる。

 とどめを刺さなければ死ぬのは自分だ。

 でも……。


 ユニソードの先端がバビロンの胸部装甲を抉る。

 胸部装甲に大きな亀裂が走り、隙間からシックスの生の姿が覗いた。


 シックスの血涙は止まる気配がなく、すでに吐血も始まっている。バビロンの操縦席には彼女の血が丸いしずくになって漂っており、彼女自身の体がユニソードで切りつけられたような状態になっていた。


「ハハッ……仕留め損ねたね、ユスティナァッ!!」


 シックスが血を吐きながら両腕を振りかぶる。

 しかし、その途端にがくんと膝から崩れ落ちてしまった。

 彼女は双剣を支えにしてバビロンをどうにか立ち上がらせる。

 けれども、七本の龍の首を形作っていた黒いオーラがいつの間にか消え去っていた。


「くっ……げほっ……なに、これ……」


 シックスの口元を押さえた手のひらが血で真っ赤に染まる。

 彼女の顔は死人同然に真っ青になってしまっていた。


 ユスティナは立ち上がろうとするが、左足に強烈な痛みを感じてその場に倒れ込む。

 膝の少し上に槍先の如く鋭い破片が深々と突き刺さっていた。


「シックス、もう下がれッ! 基地と街の破壊は十分に成功したッ!」


 立体映像を通してノーマンの焦り声が聞こえてくる。

 しかし、シックスは頑なに首を横に振った。


「ここで仕留めないで……どうするっていうの……」

「冷静になってくれ、シックス。街を攻めていた本隊も後退を始めている。俺を愛してくれているのなら、今は大人しく退いてくれないか。決着をつけたい気持ちも分かるが、俺はきみを失うのが一番恐ろしいんだ。相打ちなんて終わり方は御免だ」

「ノーマン……」


 バビロンがきびすを返して歩き始める。

 その向かう先は反乱軍の本隊がいる街の北側だ。


 廃墟と化した街の向こうへバビロンの姿が消えたのを見届けた瞬間、いよいよユスティナの体から力が抜けてしまう。ユニティの巨体が前のめりに倒れ込むみ、彼女の体は容赦なく操縦席から放り出された。


「ユスティナ!」


 騎馬に乗って駆けつけたプリムローズが間一髪受け止めてくれる。

 ユスティナは優しく抱きかかえられ、緊張が解けていくのを感じた。


 額の傷から流れてきた血で視界がぼやける。

 彼女の意識は真っ赤な血だまりの中へと真っ逆さまに落ちていった。


(第4章おしまい)

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