4-3:ノーマンの説得

 ユスティナは牢屋から連れ出されると反乱軍の制服に着替えさせられた。


 王国軍の兵士が……それもユニティの乗り手が基地をうろうろしていたら、反乱軍から何をされるか分からない。ノーマンの気遣いがありがたくもある一方、その妙な親切さがむしろユスティナの警戒心をあおった。


 スティナはノーマンに連れられて、飾り気のない箱馬車に乗せられる。

 箱馬車は基地の外へ出ると、土埃の舞うあぜ道を北へ進んでいった。

 後ろからは何故か一台の荷馬車がついてきている。


 箱馬車の窓からは荒野としか表現しようのない風景が広がっていた。乾いた赤土から生えているのは枯れ木と見紛うような細木と丈の短い草ばかりで、話に聞いたとおりブラムスは野菜も育てられない荒れ果てた土地のようだ。こんなところにいきなり住めと言われたら、確かに猛反発したくなる気持ちも分かる。


 遥か前方にはブラムスの代名詞でもある山岳地帯が広がっている。岩肌が剥き出しになっている山脈の最上部には真っ白な雪が降り積もっていた。山脈のあちこちから上がっている白い煙は、人々が鉱山で働いていることの証であり、シックスから聞かされた鉱山労働の実態が思い出される。


「ブラムス解放戦線、巨神兵器研究局のノーマン・ハロウだ」


 ノーマンが手袋を外して握手を求めてくる。

 見ず知らずの大人の男……しかも敵対組織の人間に心を許せるわけもなく、ユスティナは差し出された手をじっと見つめた。


「……まあ、無理もないか」


 ノーマンは不機嫌になった様子もなく手袋をはめなおす。

 しかし、その落ち着き払った態度がむしろ警戒心を誘った。


 そもそも、この男は自分にとって父の仇にも等しい存在だ。ノーマンがユニティの存在を調べさえしなければ、コーンヒルの村に反乱軍が押し寄せてくることはなかった。しかも、その反乱軍が暴走したのは明らかにノーマンのミスだ。


 それからしばらく無言の時間が過ぎ去った。

 そうして箱馬車を走らせること十数分、窓の外に異様な光景が見えてきた。


 荒れ果てた土地の真っ只中に粗末な小屋やボロボロのテントがいくつも建っている。そこには子供から老人まで、あらゆる年齢の人たちが暮らしていた。着ている服は砂埃や血のあとで汚れており、かなりの長期間を着の身着のままで過ごしていると分かる。


 人々は生気を失っており、うつろな目をして地面に座り込んでいたり、互いを慰め合うようにたき火の周りに集まっていたりした。そして、そんな光景が見渡す限り視界の端から端まで延々と続いているのである。


 これが王国軍と互角以上に戦っているブラムス人の現状?

 まるで戦争に負けたあとのような有様だ。


「ここにいるのは王国の本地から逃げてきたブラムス人の避難所だ」

「こんなにたくさん……」

「本地から逃げてきた人が増えすぎて、ブラムスの中だけでは食料の分配や住まいの提供が間に合っていない。兵器生産や食料生産の手はいくらでもほしいが、そもそも働いてもらえる環境を保てていないのが現状だ。逃げる際に怪我をさせられて、生活に支障を来している人もかなり多い……少し外に出よう」


 ノーマンが箱馬車を降りる。

 ユスティナも続いて外に出ると、真っ先に子供たちが駆け寄ってきた。


 いずれもユスティナより年下で、読み書きを覚える前の子や、やっと立ち上がったくらいの子が多い。両手では数え切れないくらいの子供たちが集まり、ユスティナとノーマンはあっという間に囲まれてしまった。


「軍人さん! 今日は何かあるの!?」


 年端もいかない少年が期待の眼差しをノーマンに向ける。


 ノーマンは「もちろんあるぞ!」と笑顔で答えると、御者と一緒になって後ろをついてきた荷馬車から木箱を下ろし始めた。自分だけ突っ立っているのも悪い気がして、ユスティナも木箱を下ろすのを手伝う。


 木箱のふたを開けてみると、そこには食料が詰め込まれていた。そこにはじゃがいもやニンジンやタマネギといった野菜類、燻製された肉のかたまりに大きな丸いチーズといった栄養のつくもの、それから食料以外にも着替えの服に医療品といった生活必需品もあった。


 そういった物資の中に見覚えのあるものを発見する。

 乾パンとドライフルーツは王国軍の携帯食だし、酒や煙草といった嗜好品も全て王国軍の兵士に配られているもの、さらには王国軍で配給されている軍服や下着や靴下といった衣類もたっぷり木箱に詰められていた。


「これは……」


 どこからどう見ても王国軍から奪った物資である。

 軍服に至っては血痕や刀傷がついているものまであった。


 ユスティナは複雑な気持ちになりながら子供たちに物資を配る。

 すると、右脚に怪我をして松葉杖をついた男の子がキラキラとした目を向けてきた。


「お姉ちゃんも軍人なんだよね!?」

「う、うん……」

「すげーっ!! それじゃあ、本地のやつらをいっぱい殺してんの!?」

「それなりに、ね……」

「マジ!? 俺もあと少し早く生まれてたら軍人になって戦ったのになあ!!」


 羨望の眼差しがユスティナに集まる。

 それはまさしく正義の味方に憧れている目だ。

 ユスティナは結局、最後まで反乱軍のフリをして物資を配り続けた。


 そうしている間、子供たちから色々な話を聞かされることになった。どの子たちも怪我をしたり家族を失ったり、ブラムスへ逃げてくる間に大なり小なり苦労している。中には死んだようにうつろな目をした子供もいた。


 そして、心と体に深い傷を負った子供ほど、ユスティナに戦場での武勇伝を熱心にせがんできた。ユスティナがでっちあげた武勇伝を語り終えると、子供たちは必ず彼女に応援の言葉をかけてくれたのだった。


 避難民のキャンプで全ての物資を配り終えると、ユスティナとノーマンは再び箱馬車に乗って基地へ引き返した。


「あれがブラムスの現状だ」

「……もしかして同情を引くつもりですか?」


 ユスティナの問いかけに対して、ノーマンは「無論」とうなずいた。


「王国本地とブラムス……どちらが恵まれているかは一目瞭然だったろう? 王国政府から搾取され続けた我々には、本地から帰ってきた人たちを養うこともできない。しかし、この状況を一人で救える人間がいる。ユスティナ・ピルグリム、きみだ」

「それはどういうことですか?」

「とても簡単な話だ。ユニティとバビロン、二つの巨神が揃ったら叶う敵はいない。きみが解放戦線に協力してくれたら、それだけでこの戦争には勝てる。きみは一躍、勝利の立役者というわけだ。無論、ブラムスでの生活はブラムス解放戦線が保証する。俺とシックスも全面的に協力しよう」

「お断りします」


 ユスティナは即答して首を横に振る。


「そうしてブラムスが勝ったとき、王国本地の人たちやプリムローズ隊のみんなはどうなるんですか? 奴隷にされて鉱山で働かされるんですか? 男の人は殺されて、女の人は乱暴されるんですか?」

「俺自身は少なくともそうなることを望んでいない。きみが望むなら、きみの親しい人たちには危害を加えないと約束しよう。ただし、それ以外の人間については保証しかねる。我々ブラムス人の望みは王国政府の打倒と本地の人間にこれまでのツケを払わせることだ。全てはきみたちの自業自得だよ」

「当然の報いってことですか?」

「当然もなにも……もしも王国政府が戦争に勝ったなら、ブラムス人が二度と反抗できないよう以前にも増して支配を強めるのは目に見えている。そうなったら、我々は奴隷以下……家畜以下……いや、使い捨ての道具同然の扱いを受けることになる」


 否定できないのが心苦しい。


 ブラムスから搾取して国民を支えている王国政府、シックスの母を殺したサマンサの街の人たち、オルドンの街の女性を襲ったアルフレドと愚連隊のやつら、反乱軍に襲われてブラムスを憎むようになった人々……戦争が終わったあと、彼らが自らの行いを省みるのか? これからは平等になろうと手と手を取り合うのか?


「それでも私はブラムスに協力できない。少なくともあなたとは!」

「理由を聞きたい」

「あなたはシックスを騙している! シックスが自分に惚れていると分かっていて、あの子の気持ちを利用しているんじゃないですか? それにシックスが血を吐いたのは悪魔の石とかいうものを手術で無理やり体に埋め込んだから……そんな危険な手術、大人であるあなたが止めなくちゃいけなかった!」

「……被験者は十人いた」


 ユスティナの追及を無視するようにノーマンが呟いた。


「いずれも家族に楽をさせたい一心で名乗りを上げた少女たちだった。バビロンの乗り手になれたら解放戦線から報奨金が出る。しかし、バビロンの乗り手になった子が過酷な運命を背負うことは目に見えている。いくら覚悟のできている少女たちとはいえ、俺は彼女たちの中から選べなかった」

「それでシックスを選んだんですか!?」


 誰かを犠牲にしなくてはいけなくなったとき、自分と関係ない誰かではなくあえて自分を愛してくれる人を選ぶ。それがバビロンを見つけ出したノーマンなりの責任の取り方だった……そう考えることもできなくない。


 でも、そんな決断をできる人間が存在するのだろうか?

 自分を愛してくれる人を守りたいのが人間ではないのか?

 完全な理外の考えを聞かされて、ユスティナは困惑させられた。


「本来は俺自身が責任を取るべきなんだ。俺が正式な乗り手の血筋だからな」

「えっ……バビロンにも巫女が!?」

「魔物の軍勢に加わった人間の一族、その末裔が俺だ。しかし、俺の一族に年若い処女は残っていない。シックスに俺の子供を産んでもらえばいい話かもしれないが……流石に子供が育つのを待っている時間はない」


 いきなり子作りの話を聞かされて、ユスティナは反射的に赤面してしまう。


 シックスがノーマンに惚れているのは分かるが、ノーマンはシックスを一人の女性として愛しているのだろうか?

 二人は年が離れすぎているように思える。しかし、貴族の許嫁なんかは十歳以上も年が離れていることなんて珍しくないと聞くし……口ぶりからするとまだに聞こえるけど、もしかして二人は恋人同士の営みを済ませているのだろうか?

 いやいや、そんなことあるわけが……。


「ユスティナ、これは俺からの願いだ」


 ノーマンが深々と頭を下げる。


「シックスを不憫と思うなら彼女の友達になってほしい」


 はっきり言ってシックスを可哀想だとは思う。家族を殺されたもの同士として、敵対者を激しく憎む気持ちも理解できる。自分だって一歩間違っていたら、ブラムス人なら軍人だろうと民間人だろうと皆殺しにしていたかもしれない。


「私はシックスの友達になれるかもしれません」


 ユスティナは真っ直ぐにノーマンを見据えた。


「まるで生き別れの双子みたいな境遇……でも、だからこそ私はシックスを止めたいと思っています。シックスは戦いになると我を忘れて、敵味方の見境なしになることがある。あの暴走を止められるのは私しかいないし、あれは自業自得とか戦争だから仕方ないとかの範疇を超えています。だから、私はシックスとの戦いに決着をつける!」

「そのためにはブラムス人が犠牲もやむを得ないと?」

「どうしてそう曲げて考えるんですか! 私には国を変える方法とか、大衆の心を動かす方法とか分からない。だから、今すぐに全員幸せになれる最高の答えなんて思いつかない。私にできるのはシックスを止めて、なるべく早く戦争を終わらせること。そして、戦争が終わったあとに悲しむ人が増えない方法を考え続けることです」


 ほとんどプリムローズのアイディアだったけど、ブラムス人の孤児たちのために募金を集めることが決まった。それで全てが解決するわけではなものの、確実に誰かを救うことはできるし、それだけ人々の心に思いやりが増えるはずだ。


「素晴らしい志だ。不可能という点を除いては……」

「あなたこそ、自分がシックスを不幸にしているって気づいてください! 人々の未来のために犠牲になろうという精神は尊いかもしれない。でも、シックスのやっていることは自己犠牲とすら呼べない悲惨なものです。あなたがシックスを愛してるなら、ブラムスの未来とシックスの命……どっちが大切なんですか!? 答えてくださいよ、大人なんだから!!」


 箱馬車が基地に帰ってくる。

 停車した箱馬車の周りには、反乱軍の兵士たちが集まっていた。

 巨神の乗り手を絶対に逃がすまいとする熱烈な歓迎っぷりだ。

 ノーマンが哀れむようなため息をついた。


「早めの心変わりをおすすめする。俺にも四六時中、きみを守ることはできない」

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