4-2:シックスの語る真実
ブラムスはミゼル王国の植民地だった。
シックスの言葉を聞いて、ユスティナは自分の耳を疑った。
「植民地って……そんな! ブラムスは元からミゼル王国の一部でしょ!?」
「確かにブラムスはミゼル王国の一部だわ。でも、まともに作物も育たない土地だったから人なんてほとんど住んでなかった。でも今から五十年ほど前、鉱山から希少な金属が採掘できると分かった途端、王国政府は貧しい人たちを鉱山労働に狩り出したのよ!」
「それってつまり、貧しい人たちに仕事を……」
「バカ言わないで! 鉱山で働くことがどれだけ危険なことか!」
いきなりシックスが胸ぐらをつかんでくる。
ユスティナは殴られるんじゃないかと身をすくめたが、どうにか怒りを抑えられたらしくすぐに手を離してくれた。
「鉱山労働は死と隣り合わせよ。いつ落盤が起こって下敷きになるか分からない。有毒ガスが吹き出してきて死んだ人もいれば、地下水脈を掘り当ててしまって溺れ死んだ人もいる。たとえ大きな事故に遭わなくても、採掘の際に出る粉塵を吸い込んで肺を病んだり、金属の中毒を起こして寝たきりの生活になる人もいたわ。私のおじいちゃんとお父さんがそうだった。私自身だって小さい頃、鉱山で石炭運びをしてたわ!」
ユスティナの目がシックスの手に釘付けになる。
彼女の手には大小の古傷が幾重も残されていた。
両親の畑仕事を手伝っている子供だってこうはならない。
「そうやって頑張っても生活は楽にならなかったわ。いくら鉱石をたくさん掘り出しても、それは全て王国の本地へ送られてしまうんだもの。王国政府は外国に金属を売りさばいて大儲けしている。でも、ブラムスには儲けの一割も入ってこない。あなたたち王国民は不思議に思ったことはないの? どうして自分たちが飢えずに生きていられるのか。それは私たちブラムスの人間がミゼル王国の奴隷となって働かされているからなのよ!」
「そんな……」
ユスティナは突きつけられた真実に唖然とする。
自分たちが奴隷を働かせて生活している?
コーンヒルの村にだって真っ当に生活できなくて困っている人はいる。ユスティナの教会ではそういう家庭の子供たちを預かっていた。でも、村人たちからはちゃんと寄付が集まり、結局のところ本当の意味で困窮することはなかった。
そういった安定した生活がブラムス人の犠牲の上に成り立っていた。
どうして誰も教えてくれなかったのか……いや、王国政府は教えたくなかったのだろう。それは不都合すぎる真実だ。
大多数の国民に安定した生活を保証する代わりに、少数の貧者たちに人間以下の生活を強いているなんて……。
「私たちが困っているのはお金だけじゃないわ。私たちブラムス人は王国本地の人間と結婚できない決まりは知ってる? 本地の人間がブラムス人を殺しても、ほんの些細な罰金を払えば許されることは? ブラムス人が本地に行くには許可証が必要で、もしも許可なく本地へ出たら家族全員に強制労働が課せられることは?」
「し、知らないよ、そんなのっ!」
ユスティナはあまりに受け入れがたくて声を荒げてしまう。シックスの言ったことが事実なら、王国政府こそ諸悪の根源ではないか。そして、何も知らずのうのうと暮らしている自分たちは……。
「おじいちゃんとお父さんを亡くして、お母さんは私と妹を連れて本地に移り住んだわ。お母さんと私が鉱山で働いてもお金が全然足らなかった。本地には同じように夫を亡くして出稼ぎにきていた女性たちがたくさんいて、みんな娼婦として働いていた……もちろん、私のお母さんも同じだった。そうでもしなければ、お母さんは私と妹を人買いに売り渡さないといけなかったから……」
ユスティナも体を売って生活している女性たちの存在は知っていた。
コーンヒルの村の男たちの中には、そういった女性に会うために隣町まで出かけるものもいるらしい。それを知ったときは男たちの欲深さに恐れを抱くばかりで、娼婦の仕事をしなければいけない女性たちにまで頭が回らなかった。
「お母さんは本当に頑張っていた。本地の男たちから奴隷のように扱われ、ひどい暴言を吐かれたり、暴力を振るわれたりしても負けなかった。私だって余所者だと、娼婦の娘だと笑われたけど絶対に泣かなかった……でも、一年前のことだったわ」
シックスの黒い瞳が不意に潤み始める。
ほおには赤みが差して、彼女の興奮が伝わってきた。
「ブラムス解放戦線が王国本地に攻め込んだ……ついに戦争が始まったの。ブラムスにはもはや武力に訴える以外の道がなかった。王国政府を相手にまともに交渉する方法なんてない、礼儀正しく宣戦布告なんてしようものなら逆に不意打ちを食らう……それくらいのこと、今までの説明を聞いたなら分かるでしょう?」
ユスティナは黙っていたものの、やりかねないとは内心思っていた。
王国政府はブラムスの人々を奴隷としか思っていないのだ。
きっと交渉しないし、宣戦布告もまともに取り合わないだろう。
「本地の人間たちは怒り狂ったわ。反乱軍から奇襲攻撃を受けたってね。そして、真っ先に狙われたのがブラムスから出稼ぎにきている娼婦たちだった。お母さんは私と妹を連れて、サマンサの街から逃げようとしたけど……」
「サマンサ!?」
ユスティナはレストランの支配人から聞いた話を思い出す。戦争が始まったばかりの頃、ブラムスから出稼ぎに来た人たちはサマンサの街から追い出されたという……その中にシックスもいたのだろう。
それじゃあ、お母さんと妹さんは……。
答えを聞くのが怖くて、ユスティナは声が出なかった。
「お母さんと妹は……二人とも死んだわ」
シックスの紅潮したほおを涙が濡らす。
涙はほおからあごを伝って、彼女のほっそりとした首にまで至った。
「お母さんは私と妹の目の前でサマンサの街の人たちになぶり殺された。死体は街の表通りまで引きずり出されて、敵国からやってきた卑しい女だと晒されたわ。そのとき、街のやつらは歓喜の声を上げていた。まるで自分たちが正義の味方だと言わんばかりにね」
「……ひどい」
どうして人間は大義名分を得た途端、そんなにも残酷になってしまうのだろう。もしかして、人間は元から残酷な生き物なのだろうか?
普段はそれを無意識のうちに隠しているけれど、いざ残酷さを発揮しても許されるような状況になると、檻から放たれた猛獣のように残酷な行為に走ってしまう……それでは野生の獣と何も変わらない。
そして、自分だってそんな残酷な人間たちの一人なのだ。
仕方ないと自分に言い聞かせながら、人を殺しているのは間違いない。
だとしたら……私は心の奥で人殺しを楽しんでいる?
まさか、そんなこと……。
「妹は街から逃げ出すときに負った怪我が原因で死んだわ。街のやつらが投げつけた石が頭に当たったの。血が止まったあとも、ずっと頭が痛い、頭が痛いって繰り返していた。私より三つも年下で……いつも私とお母さんを励ましてくれる優しい子だった。そんな天使みたいな子が私の背中で気づいたら死んでたのよ。私、気づかないでずっと話しかけてた。もうすぐブラムスだから……ブラムスに帰れば守ってもらえるからって……」
当時の光景を思い出しているのだろうか、シックスは泣き崩れそうになっている。体が小刻みに震えて今にも座り込みそうなのに、それでもギリギリのところで踏みとどまっていた。そうして再び顔を上げたとき、彼女は涙を流しながら笑っていた。
「そのときだったの。私がノーマンと出会ったのは……」
ユスティナは今まで見たことのない表情を目の当たりにして絶句する。
壮絶な人生を送ってきた人間にしかこの顔はできない。そして、自分と同い年くらいの女の子がそんな表情をしていること自体にも戦慄させられた。神様が人間を作ったというのなら、シックスにこんな顔をさせることも織り込み済みだったのだろうか。
「た、確か……シックスに指示を出している人だよね?」
「ノーマンは巨神伝説を調べている最中で、バビロンの乗り手になれる人間を探していた。その条件は二つ。一つ目は年若い処女であること、二つ目は『悪魔の石』を受け入れること。私はノーマンに恩返しをしたくて、自分から被験者第六号(シックス)に名乗りを上げた。私にはそれくらいしかできないもの」
シックスが唐突に上着をめくり上げる。
彼女の胸元からへその上にかけて、皮膚を縫い合わせたあとが残っていた。
基地で暮らすようになってから、手術を受けた兵士を何人も見てきた。中には手や足を切断して生き延びた人もいたが、健康な人間の胸を切り開く手術なんて聞いたことがない。麻酔がちゃんと効くかも怪しいところだ。そんな生々しい傷跡をシックスは愛おしそうに指でなぞっていた。
「シックス……あなたはノーマンに騙されてるよ」
ユスティナは手術の光景を想像して血の気が引いてしまう。
人体実験も同然の手術に自ら名乗りを上げるなんて正気じゃない。
「騙されてなんかない!」
シックスが心外だとばかりに声を張り上げる。
「私、ノーマンを愛してるもの! 私たち、愛し合ってるもの!」
「あ、愛し合ってるなんて……」
思ってもいないことを言われて、ユスティナはこんなときなのに赤面してしまう。
「……私たちみたいな子供にはまだ早いよ」
「ハッ! 私だってもうすぐ子供が産めるわ! そうすれば大人の仲間入りよ!」
「別に子供が産めるから大人ってわけじゃ……」
そう言いつつも、子供がいつ大人になるかなんて考えたことがなかった。
お酒を飲めるようになったら……いや、お酒を飲めない大人はたくさんいる。それなら恋人と肉体的に結ばれたら……でも、熱心な国教信者は貞操を生涯守り通すらしい。だったら、自分でお金を稼いで生活できるようになったら……それじゃあ、私やベロニカは大人と言うことになってしまう。
それともシックスが言ったように子供を産めるようになったら?
あるいは命のやりとりに耐えられる精神力を手に入れたら大人なのだろうか……。
頭を使いすぎてますます顔が熱くなってきた。
「とにかく、私のノーマンを貶めるような言い方は許さないわ。彼はブラムス解放戦線にその身を捧げている立派な人よ。鉱山の奥深くで眠っていたバビロンを発見したのも、古文書を解読して乗り方を考え出したのも……げほっ! ぐっ……ううっ!」
シックスが意気揚々と話している最中のことだった。
軽く咳き込んで反射的に手で押さえたかと思うと、彼女の手のひらに真っ赤な血がべったりとついていた。
とても口の中を切っただけには見えない。
興奮して赤くなっていたシックスの顔が青ざめて、急に足下もふらつきだしていた。
「だ、大丈夫っ!?」
手かせをつけられているのも忘れて、ユスティナはシックスの体を支えようとする。
しかし、シックスはユスティナを押しのけると、上着のポケットからハンカチを取り出して乱暴に手のひらと口元を拭った。かと思ったら足下はやっぱりふらついているままで、彼女は力なく後ずさりすると鉄格子に寄りかかってしまう。
「大丈夫もなにも……いつものことだし……」
「いつもこうなら、なおさら大丈夫じゃないんじゃ……」
そうこうしているうちに鉄格子が開けられる。
すると、廊下で見張っていた兵士とは別の男性が牢屋に入ってきた。
年齢はおそらく二十代中頃。さらさらとした銀髪と不敵な赤色のの瞳が印象的な青年で、体の線が細く反乱軍のカーキ色をした軍服を着こなしている。覇気というか気迫というか、人間的な活力にいまいち欠けていて、どこか退廃的な雰囲気を漂わせていた。まるで動き出した蝋人形のようだ。
青年を見て安心したのか、シックスが彼の体にもたれかかる。
シックスが軽いのか、青年が意外と力持ちなのか……青年はシックスの体を軽々と抱きかかえた。シチュエーションだけならおとぎ話の王子さながらである。
「ありがとう、ノーマン……」
シックスはそう呟くと眠るように気を失ってしまう。
銀髪の青年――ノーマンは彼女を抱えたまま廊下へ出て行った。
ユスティナは呆然と立ち尽くす。
しばらくそうしているとノーマンは一人だけ牢屋に戻ってきた。
床に残った血のあとに視線を落として、
「外で話そう」
彼は淑女をエスコートするように鉄格子を押し開けた。
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