第3章:正義なき戦い
3-1:次の戦いに備えて
イオナの村から反乱軍を撃退したあとも、ユスティナとプリムローズは再襲撃を警戒して村に駐屯することにした。
てっきりユニティの中で寝起きすることになると思っていたが、駐屯している間は補給部隊が物資を運んできてくれた。そのため村の中に張ったテントで睡眠を取り、三食きっちり食事を取れる安定した生活を送ることができた。
そうして駐屯すること数日、反乱軍の大隊がイオナの村とは別方向に移動しているのが偵察によって目撃された。プリムローズ隊は物資の残りをイオナ村への支援物資として残して、サマンサにある基地へ引き返した。
基地に到着したとき、空にはすでに月が高くのぼっていた。
プリムローズ隊の仲間たちと食堂で夕食を済ませ、浴場で体をさっぱりさせてから宿舎の部屋に戻ると、ユスティナはそのままベッドへ倒れ込んだ。
いくらテントの中で眠れるといっても宿舎のようには安心しきって休めない。プリムローズ隊の仲間たちは昼も夜もなく交代制で見張りもしているのに、ちゃんとした軍人たちとの体力の差を思い知らされる。
意識がベッドの中に吸い込まれようとしているときだった。
誰かがコンコンと部屋のドアがノックした。
「……もう寝てる?」
聞こえてきたのはベロニカの声だった。
「起きてるよ」
ユスティナはごろんと寝返りを打って振り返ると、ベロニカがドアを少し開けてランプを片手に顔を覗かせていた。太い眉毛がいつになく申し訳なさそうに垂れている。寝る前に労働者寮を抜け出してきたのか、彼女もゆったりとしたパジャマ姿だった。
「ご、ごめん! やっぱり寝てたよね!」
「ううん、いいよ。私もベロニカと会いたかったから……」
ユスティナが微笑みかけると、ベロニカも花を咲かせるように笑顔になった。はしゃぎ回る子犬のように三つ編みを揺らしながらベッドに腰を下ろし、ユスティナの手にそっと自分の手を重ねる。
「本当によかった……ユスティナが無事に帰ってきて……」
「私、ちゃんと戦えた……ベロニカの故郷も守れた」
「故郷よりもユスティナの命だよ」
ベロニカの体温が伝わってきて、せっかく話せて嬉しいのに眠気が襲ってくる。
命のやりとりは本当に心と体を消耗する。
でも、今回の疲れは決して癒えないものなんかではなかった。
「私を先に心配してくれるなんて……ベロニカ、優しいなあ……」
「違うよ! 本当にユスティナを一番に心配してたんだから!」
「うん……ありがとう……」
ようやく戦場から帰ってきたんだという実感が湧いてくる。
ベロニカに見守られながら、ユスティナは眠りの中へ落ちていった。
×
基地に帰ってきた翌日、ユスティナの元に王国軍加入の通達が送られてきた。
これにてユスティナは晴れてプリムローズ隊の仲間入りとなった。
彼女には王国軍の階級制度がよく分からなかったが、なんとナタリオと同じ階級と同じらしい。プリムローズ直属の部下という扱いにするためとか、なるべく高い階級を与えて周りに喧伝するためとか、色々と理由があるようだった。
王国軍に正式加入したことによってユスティナには士官用の軍服が与えられ、宿舎の部屋も正式に自分の部屋になった。そうなって初めて気づいたことだが、宿舎で個室が与えられるのは士官以上だけらしい。
ほとんどの軍人は四人部屋で暮らしていると聞いて、自分は部屋を移るべきじゃないかとプリムローズに相談したが、彼女には「万全の状態で戦うためにも個室を使ってくれ」と優しく諭されてしまった。
それからの日々はとにかく慌ただしく過ぎていった。
何しろプリムローズ隊には毎日のように出撃命令が送られてくる。
反乱軍のブラックナイトが大挙して進軍しているのが目撃されたとき、あるいは反乱軍の攻撃に押し巻けている友軍から救援を求められたときはプリムローズ隊の出番だ。
先制攻撃、挟み撃ち、待ち伏せといった多彩な戦法を駆使して次々と反乱軍を撃退した。ときには友軍を脱出させるためにしんがりを務めることもあった。
ユスティナもユニティに乗って戦い続けたが、ときには戦う以外の仕事も求められた。反乱軍に壊された橋の建て直しや、砦の周りに堀を作るための穴掘り、馬車に代わっての資材の運搬など、巨体を生かした力仕事をいくつもこなした。
そうして出撃命令のない日は、プリムローズ隊の仲間たちに剣術を教わった。
真紅の巨人を想定した二刀流を相手に練習用の木剣で立ち向かったものの、これがびっくりするほど難しい。木剣を振るっている腕はあっという間に重くなるし、少しでもうかつな攻撃をすると簡単に反撃されてしまう。子供のチャンバラごっことプロの剣術の差を嫌と言うほど思い知らされた。
手の皮がめくれるほど剣術の練習をしたあとは、食堂でお腹いっぱいになるまでご飯を食べさせてもらった。
プリムローズが「体力がつくものを食べさせてほしい」と頼んでくれたらしく、ユスティナの食事には必ず肉料理や魚料理が一品多くついてきた。ユスティナは特別なメニューをありがたく頂いて、お腹いっぱいになったあとは再び剣術の練習に精を出した。とにもかくにもユニティの戦闘力を高めるには自分が強くなるしかないのだ。
あれからシックスと真紅の巨人には遭遇していない。
そのため、反乱軍を相手に苦戦することはほとんどなかったが、駆けつけられない場所に真紅の巨神が現れたときの王国軍の被害は甚大だった。真紅の巨神から逃げられたところで、ブラックナイトの追撃が待っている。反乱軍はそんな二段構えで王国軍の部隊を効率的に壊滅させているのである。
戦局全体からすると攻撃的な反乱軍が前線を押し上げているものの、長期戦に持ち込んで反乱軍の体力を削ぎたい王国軍としては案外悪くない……とはナタリオの分析であるが、真紅の巨神によって大きな被害が出ているのは間違いない。
次は絶対に負けたくない。
どうしてあんなに王国軍を憎むのか知りたい。
できることなら話し合って凶行を止めたい。
ユスティナの頭の中はシックスと真紅の巨人のことでいっぱいだった。
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