2-3:女隊長プリムローズ

 背後から声をかけられて、ユスティナとナタリオは同時に振り返る。

 声の主であるプリムローズもやはり軍服姿だった。


 軍服のデザインは男女とも基本的には変わらない。立て襟の上着に細身のズボンが身長の高い彼女には他の誰よりも似合っている。軍服の胸元にはカラフルな略綬がいくつもつけられていて、彼女が戦場で多数の功績を築いてきたことが一目で分かった。


「はしゃぐなと言われても、こんなの見てたらはしゃぎもしますって!」

「全く子供みたいに……」


 プリムローズがじろりとナタリオをにらむ。

 しかし、ナタリオの方はどこ吹く風でニコニコしていた。


「というわけで、こちらが我らが隊長のプリムローズ・オーウェンさんだ。ミゼル王家の分家であり騎士の名門『オーウェン家』のご息女であり彼女自身も優秀な軍人! そんでもって今年で二十五歳独身、ただいま彼氏募集中――あだっ!?」


 プリムローズが無言でナタリオの頭を小突いた。

 ユスティナは憧れの眼差しをプリムローズに向ける。


「二十五歳……大人ですね!」

「大人? まあ、ユスティナからしてみたらそうかもしれないが……」


 プリムローズは意表を突かれたのか目をぱちくりさせる。

 きょとんとした顔を見せるのは初めてで、それがユスティナには新鮮に見えた。


「これでも軍では若い方だ。それに結婚を焦るような年齢じゃないぞ」

「そうなんですか?」


 思い返してみるとコーンヒルの村の人々は、結婚を許される年齢になるとすぐに結婚していた気がする。結婚式はいつも教会で行われており、ユスティナもかならず参加していたからよく覚えていた。村の若者はみんな早く家を継いで両親を安心させたかったのかもしれない。そもそも村は狭いから結婚相手も限られているし……。


 そういえば私もいつかは結婚するのかな?

 ユスティナにとっては結婚どころか、恋愛ですら遠い未来の話に思える。


「……いや、私の話はどうでもいい」


 プリムローズが苦々しい顔で咳払いをした。


「それよりも、ユスティナはよく眠れたか? 巨神に乗って疲れたろう?」

「巨神じゃなくてユニティですよ、プリムローズさん」


 ナタリオが早速横から口を出してくる。


「ユニティ? なんだそれは?」

「巨神のコードネームですよ。軍事機密上、コードネームは必要でしょう」

「この図体で隠すも何もない気がするが……まあ、呼び名がないよりはいいか」


 どうでもいいけど、という気持ちがプリムローズの顔に出ていた。


「それでユスティナは疲れが残ったりしていないか? 食事はちゃんと取れたか?」

「は、はい! 大丈夫です! よく眠れたし、ご飯も食べられました!」

「うむ、それはよかった」


 プリムローズの表情が本当に嬉しそうに和らいだ。

 彼女はそれから巨神の……コードネーム・ユニティの巨体を見上げる。


「これだけでかいとなると歩いているだけ操縦者は大きく上下に揺さぶられる。そうなるとユスティナの体にかかる負担は相当なものだと思ったが……」

「そういうのは全然平気でした。ユニティの中にいると体が空中に浮き上がって、足の裏には地面に立っている感触があるんですけど、ジャンプしたり転んだりしても衝撃がほとんどないんです。上下に揺さぶられて気持ち悪くなったりもしませんでした」

「そうなのか!? 明らかに人類の持つ技術レベルを超えてるな……」


 プリムローズが開けっ放しになっている操縦席を覗き込む。


 改めて考えてみるとユニティは実に凄まじい性能をしている。操縦者が体の動きに連動してズレなく動いてくれるし、衝撃の大半を遮断してくれる。さらには放っておくだけで装甲の傷が直るし、操縦席の内壁は外界の風景を三百六十度映し出してくれる。歩くだけで地響きがするほど重い巨体なのに走るスピードとジャンプ力に鈍重さは皆無だ。


 ナタリオがしみじみとうなずいた。


「こいつが上手く使えたら反乱軍なんて目じゃないんですけどね……」

「あ、あのっ! 反乱軍って……やっぱり強いんですか?」


 ユスティナは恐る恐るプリムローズとナタリオに質問する。

 どう答えたものか、という感じに二人は顔を見合わせた。


「短期戦なら反乱軍に……長期戦なら王国軍に分があるな」


 プリムローズが歩き出して、ユスティナとナタリオは彼女についていった。


 軍用の馬車やチャリオットが並んでいる一帯の奥に進むと、そこには反乱軍から奪ってきたらしいブラックナイトがいくつか置かれていた。その大半は壊れていて、無傷のものは片手で数えられるしかない。

 研究者や技術者らしき人々がそれらを分解したり、修理しようと試みたりしていた。


「土地の大半が山のブラムスには鉱山がたくさんあって、そこでは貴重な金属資源が豊富に採掘できる。貴重な金属の採掘と加工を行ってきた結果、ブラムスはブラックナイトを量産できるほどの技術力を手に入れたわけだ。正直なところ、王国の技術ではブラックナイトと同じものを造ることも修理することもできない」


 プリムローズの説明してくれた通り、研究者や技術者の仕事はあまりはかどっていないように見えた。


「そういうわけで俺たちみたいなバリスタ部隊ができたわけさ」


 ナタリオがチャリオットに取り付けられているバリスタを指さした。

 チャリオット用のバリスタは車体に固定できることもあってか、プリムローズ隊が馬上で使っていたものよりもさらに大型だった。


「バリスタの弦はハンドルを回すことにで引き絞ることができる。これでもかなり力は要るんだけど、弓みたいに片腕の力だけで引っ張るよりはかなり楽ができるし、威力の高い太い矢を撃つこともできる。それに引き切ってしまえば弦は固定できるから、狙いをつけるのに集中できるのも優れた点だ。騎乗しながら撃つのならともかく、立ち止まって撃つ分にはほとんど練習が要らないのもありがたいわけさ」

「あぁ、おかげで新兵に持たせてもそこそこ役に立つ」


 ナタリオの説明にプリムローズがうなずいた。


「しかし、それでも反乱軍のブラックナイトとは厳しい戦いを強いられる。馬鹿正直に真正面からバリスタを撃っても、角度のついた装甲にはじかれたり、簡単に避けられたりしてしまうから工夫が必要になる。そして、当然ながら接近戦ではブラックナイトが圧倒的に有利だ。はっきり言って熊と素手で殴り合う方がマシだろう」


 プリムローズの解説を聞いて、ユスティナはごくりと生唾を飲み込んだ。


 昨日のプリムローズたちは華麗にブラックナイト部隊を撃退していたが、やはり普通の人間はコーンヒルの村の人たちのように為す術なく殺されてしまうのだろう。

 プリムローズ隊の人たちとて、もしも一歩間違ったら……恐ろしい想像が膨らんでしまって背筋が震える。


「けれども、王国が反乱軍に勝っている点はある。それが国力だ」

「こくりょく?」

「ブラムスの人口が十万人弱に対して、ミゼル王国の人口は百万人を優に超える。人口が十倍ということは乱暴な計算だが軍人の数も十倍だ。それに土地が山だらけで畑を耕すのにも苦労するブラムスに対して、ミゼル王国の国土は大半が広い平野なんだ。つまり畑も牧場も作り放題で、食べ物が豊富に取れるから食料に余裕がある」


 確かに言われてみるとコーンヒルの村は広大な平野のど真ん中にあって、しかも村の周りは畑だらけでそのうえ土地はいくらでも余っていた。あんな感じの農村が王国中にあって、税として徴収された作物は王国軍を動かすのに役立っていたのだろう。


 ナタリオが壊れたブラックナイトの装甲をぺしぺしと叩いた。


「つまるところ、反乱軍は強力な兵器を持っていても戦い続ける体力がないから、どうしても短期戦を挑むしかないってわけさ。連中が必死になって王国へ攻めてくるのは、それしか勝つ方法がないからな」

「今が正念場だ。ここで耐え切れたなら反撃のチャンスが見えてくる」


 プリムローズとナタリオの視線がユニティに吸い寄せられた。

 国力のなんたるかを知らなかったユスティナも流石に現状を理解する。

 ユニティは王国軍にとってまさしく天の助けなのだ。


「そ、その……」


 ユスティナはおずおずと二人に提案する。


「ユニティはみなさんにあげます! 私、もう乗るつもりはないですから!」

「あ、あぁ……そう言ってもらえるのは本当にありがたい」


 礼を言いつつもプリムローズには妙な含みが感じられた。

 ナタリオが腕組みをしながら唸る。


「ところが問題があってなぁ……誰もユニティを動かせないんだ」

「おい、ナタリオ」


 それは言うなと言わんばかりにプリムローズがナタリオの脇腹を小突いた。

 ナタリオが観念したように語り出す。


「大昔の資料にも書かれていたんだが、ユニティを操縦できるのは契約を済ませた人間だけなんだよ。それも一角獣の巫女と呼ばれる特別な血筋で……しかも未婚の女性でないといけないらしい。いくらユニコーンの神様だからって、年若い女の子しか乗れないっていうのは酷な話だよなぁ……」


 ユスティナは父の言っていた言葉を思い出す。

 ユニティと契約できた自分は確かに巫女の血筋だったのだ。


「私しか乗れない……」


 ユスティナはユニティの体を見上げる。

 大理石のようなその真っ白な体が鮮血に染まる……そんな幻が一瞬脳裏にちらつき、鼻の奥にむせかえるような血のにおいがよみがえってきた。幻を振り払おうと首を横に振るが、吐き気にも似た嫌な感覚が奥に残ってしまう。


「そう心配するな」


 プリムローズが勇気づけるようにユスティナの肩を叩いた。


「巨神を動かす方法は今調べている。それに人間の血筋っていうのはかなり遠くまで広がっているものだ。巫女の血筋を受け継いでる人間も案外多いかもしれない。それに血筋を受け継いでいなくても、操縦できる方法は何かあるかもしれないだろう?」

「そうそう、子供のユスティナちゃんが気にすることじゃないってわけさ」


 ナタリオの励まそうとしてくれる気持ちは嬉しいが、ユスティナは心のどこかに『子供』という言葉が引っかかってしまう。

 国が大変になっているときでも、子供なら何もしなくてもいいのだろうか?

 でも、今のユスティナに再びユニティに乗るような勇気はない。


 誰かの死を目にするのも、誰かの命を奪ってしまうのも恐ろしい。大人になったらそれも耐えられるのかもしれないけれど……それなら、どうしたら大人になれるというか。年月だけが人を大人にするなら、自分はあと何年待つことになるのか……。

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