2-2:明くる日の出会い
ロゴス将軍と話し終えたとき、すでにサマンサの街の向こうへ日は沈んでいた。
ユスティナは女兵士用の宿舎に泊めてもらえることになった。
女性兵士用の浴場を使わせてもらえたし、サイズはちょっと大きかったものの女性兵士用のパジャマも貸してもらえた。共同浴場で湯船に浸かって一気に疲れが出てしまったようで、夕食を取るのも忘れて部屋のベッドで眠ってしまった。
翌朝ユスティナが目を覚ますと、すでに窓から朝日が差し込んでいた。
本当に疲れていたようで夢も見なかったし、時間が一瞬で過ぎてしまったように感じた。
大きく伸びをしながら部屋を見回してみる。
ユスティナに貸し与えられた部屋はベッドが一つだけの個室だった。あとは書き物机と着替えや武具を入れるクローゼットが置かれているだけ簡素だが、布団とシーツは綺麗に洗濯されていて寝起きするには実に快適だ。
王国軍の人たちはこんなにいい部屋で寝起きしてるのかな?
そんなことを気にしていたら、いきなり部屋のドアがノックされた。
ユスティナはびっくりして布団を胸元まで引っ張り上げる。
「……だ、誰ですかっ!?」
ドアの向こうにいる誰かに問いかけると、
「朝食と着替えを持ってきましたよーっ!」
廊下から年若い少女の声が聞こえてきた。
てっきり軍隊には大人しかいないものだと思っていたから少しびっくりする。
「ど、どうぞ……」
ユスティナが返事をすると一人の少女が部屋に入ってきた。
声から想像したようにちょうどユスティナと同い年くらい少女で、この宿舎で働いているお手伝いさんなのか黒い地味なエプロンドレスを着ている。
金色の髪を太い二本の三つ編みにして垂らしており、太くて垂れた眉毛がなんとも温和そうな印象だ。肌が色白なのでほおが赤くなっているのがよく分かり、それが赤ん坊の赤くなったほおを連想させて、彼女をより幼い雰囲気に見せている。
悪い子ではなさそうだなあ……。
ユスティナがじっと見ていると、三つ編みの少女は廊下に止めてある台車から、朝食の載ったトレーと折りたたまれた服を持ってきた。服は三つ編みの少女が着ているものと同じエプロンドレスのようだ。
「あなたの服は洗濯してるところだから安心してね」
「うん……」
どう話せばいいか分からなくて、ユスティナは生返事をしてしまう。
三つ編みの少女が朝食の載ったトレーと着替えを書き物机に置いた。
朝食のメニューは柔らかそうな白パンが二つ、皿になみなみと注がれて湯気を立ち上らせている野菜スープ、それからデザートに真っ赤な林檎もついている。昨晩、夕食を食べそびれてお腹が減っているので、人目がなかったら今すぐ飛びついていたところだ。
「私はベロニカ。ここで働き始めたばかりなの。ねえ、あなたは?」
三つ編みの少女、ベロニカが聞いてくる。
ユスティナは胸元まで引き上げていた布団から手を離した。
「私、ユスティナ……」
「しばらくよろしくね、ユスティナ。あとでお皿を取りに来るからね」
ベロニカはそう言うと忙しそうに部屋から出て行ってしまった。
廊下に止めてある台車には他にも朝食のトレーがいくつも載せられている。
これから彼女は宿舎中に朝食を配らなければいけないのだろう。
同い年くらいの女の子が軍の施設で働いていることに感心しながら、ユスティナはこちらに手を振って去って行ったベロニカの背中を見送った。
友達になりたかったな……でも、また話せるかな?
上手に話せなかったのが本当に惜しい。いつから自分はこんなに話すのが下手になってしまったのだろう。それとも村の人たち相手なら安心して話せていただけで、自分は思っているよりも人見知りだったのかもしれない。
物書き机の椅子に腰を下ろすと、ユスティナは夢中になって朝食を食べた。
コーンヒルの村を逃げ出してからまともに食事が喉を通らなかったが、眠ったことで少しは心と体に余裕ができたらしい。焼きたての白パンと熱々の野菜スープを素直に味わえたし、真っ赤な林檎は丸かじりで食べてしまった。
あのベロニカって子が料理も作ってくれたのかな……。
ユスティナは彼女が料理をしている姿を想像する。
お世話になりっぱなしも悪い気がするので、またベロニカに会えたら手伝えることがないか聞いておきたい。それにもっと彼女と話してみたかった。どうして王国軍の司令部で働いているのだろう? 質問したら教えてくれるだろうか。
ベロニカの用意してくれたエプロンドレスに着替える。
ユスティナが着ていたものと同じような仕事に向いている動きやすい服装だ。
さて、着替えたのはいいけどこれからどうしよう?
この部屋で大人しく待っていた方がいいのか、それとも村の生き残りたちがいる避難所へ行ってしまっていいのか……。
ユスティナが迷っていると再び部屋のドアがノックされた。
ベロニカが食器を取りに来たのかも!
ユスティナが嬉しくなってドアを開けると、そこには王国軍の軍服を着ている二十歳くらいの青年が一輪のタンポポを手に持って立っていた。
ベロニカだと思い込んでいたので、ユスティナはついギョッとしてしまう。そんなユスティナの反応を目にして、軍服姿の青年がガクッと肩を落とした。
さっぱりと短く切りそろえられたオレンジ色の頭髪。細く整えられてキリッとした眉毛。エメラルドのような碧色の瞳に鼻筋の通った顔立ち。さらにはすらりとした長身と美男子の条件が全て揃っているのに、大げさなリアクションのせいで微妙にオーラが欠けて見えた。わざわざタンポポを一輪持ってきたのもキザっぽいというか……。
「あ、あはは……俺のこと、覚えてない? ほら、採石場の崖の上に先回りして、バリスタ部隊を率いてブラックナイトたちを一網打尽にした……それなりに目立ってたろ? ナタリオ・ウェルズって名前なんだけど……」
ナタリオと名乗った青年に言われてユスティナは思い返す。
そういえば崖の上に回り込んだ別働隊の分隊長がナタリオと名乗っていた気がする。
「あぁ……そういえば、そんな気が……」
「と、とりあえず覚えておいてくれよ……あ、これお花ね」
ナタリオから手渡されたタンポポをエプロンドレスの胸ポケットに挿す。キザと思いつつもちょっぴり嬉しくて、ユスティナは自然と顔がほころんだ。
それを見て安心したのか、ナタリオがホッとため息をついたかと思うと、何かを思い出したらしくポンと手を叩いた。
「そうそう、危うくショックで忘れかけてた。巨神を見に行ってみないか? 俺もきみから少し話を聞きたいし、プリムローズ隊長もきみに会いたがっているんだ。ちゃんと食事を取れてるか心配していたよ」
「プリムローズさんが!?」
そんなことまで気遣ってもらえていると思わず、ユスティナはびっくりしてしまう。
まさか子供の面倒を見るように命令されているわけではないだろう。
それに巨神がどうなっているのかも気になる。昨日この駐屯地に辿り着いたとき、ほとんど乗り捨てるようにして駐屯地のど真ん中に置いてきてしまった。王国軍の兵士たちにとってはかなり邪魔に違いない。
「まあ、行ってみよう。この辺も案内がてら」
ナタリオに連れられてユスティナは宿舎を出る。
二人で基地の中を歩いていると色々な人やものが目に止まった。
まず目についたのは訓練に勤しんでいる兵士たちだ。やはりブラックナイトとの戦闘を想定しているのだろうか、バリスタの射撃訓練が盛んに行われていた。
乗馬しながらバリスタを撃つ練習をしているものもいるが、止まっている的を狙っているのに昨日のプリムローズ隊よりも明らかに命中率が低かった。
ユスティナは気になって前を歩くナタリオに問いかける。
「あの……やっぱりプリムローズさんの部隊ってすごいんですか?」
「すごいって言うのは?」
「昨日、バリスタが百発百中だったから……」
「ふふっ、何を隠そうプリムローズ隊は弩弓騎兵隊の中でも超エリート部隊なのさ!」
ナタリオが振り返るなり、キリッと白い歯を見せて笑った。
「もちろん、プリムローズ隊の要であるバリスタ部隊を任されている俺も超エリートだ! 元々は貴族の子息が集められて作られたんだが、それをプリムローズ隊長が鍛え上げて、王国軍の中でもトップクラスの強さにしたわけだ」
「き、貴族!?」
貴族と言われるとユスティナも少し怖じ気づいてしまう。
コーンヒルの村を領地にしている貴族はせいぜい年に一度くらいしか村に来なかったが、そのときは父や周りの大人たちから絶対に失礼をするなと言い聞かされたものだ。村長にもぺこぺこさせて威張っていて、どうも貴族には良い印象を持っていない。
「そんな怖がらなくてへーきへーき!」
ナタリオが励ますようにユスティナの肩をぽんと叩いた。
「余所にはうるさいやつもいるかもしれないけど、うちには貴族とか平民とか気にするようないないよ。そもそも、そういう差別はプリムローズ隊長が許さない。嫌みを言ってくるやつがいても、プリムローズ隊長がひとにらみすれば即退散だ」
「そうなんですか……」
説明を聞いてひとまずホッと胸を撫で下ろす。
敵だから悪いとか、貴族だから怖いとか、最初から決まっているわけではない。
かといって、反乱軍のしたことを許せる気はしないけど……。
ユスティナとナタリオはそれからも基地を見て回った。
訓練しているとき以外の兵士たちの過ごし方は様々だ。
洗濯や掃除といった日常的な雑務に追われているものもいれば、仲間内で小銭を賭けてトランプをしているものもいる。木陰で涼しそうに読書をしているものや、テラスで誰かに宛てた手紙をしたためているもいる。
兵士たちの年齢と性別も様々だった。
女性よりも男性が圧倒的に多いのは昨日のうちから分かっていたが、びっくりしたのはナタリオよりも若い少年から、歩くのに杖が必要なんじゃないかと思うくらいのおじいちゃんまで軍服を着ているのだ。
自分から志願したのか、それとも徴兵されたのか、見ていると色々と想像が膨らんでしまう。
ユスティナはふとコーンヒルの村にいた兵士たちを思い出した。
戦場に放り込まれさえしなければ、きっとみんなあんな感じなのだ。
それから基地の中にはたくさんの建物があった。兵士たちと労働者たちの寮、兵器の修理や生産を行っている工場、騎馬を繋いである馬小屋、他にも病院に食料庫に遊技場と、この基地の中だけでずっと暮らしていけそうだ。
「おっ……見えたぞ!」
建物の角を曲がったときだった。
ユスティナたちの前方に跪いた巨神の姿が現れた。
巨神は昨日ユスティナを操縦席から下ろしたときの姿のまま静止している。
巨神の周りにはいつの間にか家の建築をするときのような足場が組まれており、兵士たちが足場にのぼって石像でも磨くように巨神の体を洗っていた。そのおかげで泥と血にまみれていた巨神は美術館に飾られても文句ないほどぴかぴかになっている。
それから、周囲一帯には軍用の馬車やバリスタを固定してある戦車(チャリオット)がずらりと並んでいた。どうやら昨日の到着した時点で、プリムローズが兵器の置き場所へさりげなく誘導してくれていたらしい。
ユスティナとナタリオは巨神のすぐ前までやってくる。
「あれっ?」
間近で観察して違和感に気づいた。
巨神の装甲についていた細かな傷が一つも見当たらないのだ。
ぽかんとしているユスティナを見て、ナタリオが嬉しそうにニヤッとした。
「ユスティナちゃんも気づいたかい? どうやら、この巨神は自己修復するらしいんだ」
「それじゃあ、もしかして生きてるんですか!?」
「どうなんだかなぁ……神そのもなのか、神の作った乗り物なのか、あるいは人知を越えた生き物なのか。これでも歴史や伝説には詳しいんだが、そこんところは王国政府に残っていた資料にも記されていないんだ」
ユスティナはふとロゴス将軍の言っていたことを思い出す。
「もしかして、巨神の伝説を調べていた人って……」
「それが俺ってわけさ」
ナタリオが目をキラキラさせて巨神を見上げる。
「戦争が始まっちゃったんで軍から抜けられなかったけど、そもそも軍学校を卒業したあとは伝説や神話を研究する仕事をしたくてさ。国庫に眠ってる貴重な資料を見られる機会があると必ず参加してた……で、忘れ去られてた巨神ユニコーン伝説に行き当たったわけだ」
「それはなんだか、すごい運命ですね」
話を聞いているとナタリオが目を輝かせているのにも納得する。
巨神伝説を本気で調べていたら、まさか巨神そのものに出会ってしまったのだ。自分にとっては……たとえば死んだ母と会えたような気持ちなのかもしれない。
「残されていた資料によると巨神は魔物と戦っていたらしい」
「魔物って……おとぎ話に出てくるモンスターたちですか?」
ユスティナも幼い頃、父や村の人たちから色々なおとぎ話を聞かせてもらった。
その中にゴブリンやミノタウロスやドラゴンといった恐ろしそうな魔物がたくさん登場したのを覚えている。それらは「大昔は存在していた」とされながらも、今はもう存在していた痕跡すら見つかっていない。
「それにしても、これから味方になって戦ってもらえるかもしれないってのに『巨神』っていう呼び方は固いよなあ。ユニコーンも一角獣そのままって感じがするし……そうだ! ユニティ(団結)っていうのはいいんじゃないか?」
「ユニティ……」
ユスティナは巨神につけられた新しい名前を呼んでみる。
確かに巨神やユニコーンと呼ぶよりは音が柔らかいように感じた。
「――おい、何をはしゃいでる!」
背後から精悍な女性の声が聞こえてくる。
振り返ってみると軍服姿のプリムローズがこちらに向かってきた。
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