1-4:石弩騎馬隊(バリスティック・ドラグーン)

「バリスタ、放てッ!!」


 ユスティナが全てを投げ出しかけたそのときである。突然、精悍な女性の声が聞こえてきたかと思うと、崩れた建物の間から大人の腕くらいはありそうな矢が何本も……いや、何十本も飛んできた。


 雨のように飛来するそれらは、もはや矢というより槍と呼んだ方がいい太さをしている。極太の矢はブラックナイトの頑丈な装甲に次々と突き刺さり、巨神の体に群がっていたブラックナイトたちはハリネズミのような有様になって打ち落とされた。


 無傷あるいは軽傷に留まった機体が、すぐさま巨神の体から下りて物陰に隠れる。

 ユスティナはようやく落ち着いて巨神を立ち上がらせた。


「……た、助かりました!」


 ユスティナの声は巨神の体を通して外に届いたらしく、瓦礫の陰から大型のクロスボウ――バリスタを持った騎兵隊が巨神の方へ駆け寄ってきた。


 身につけている武具を見たところ、彼らは王国軍の一部隊らしい。しかし、コーンヒルの村に派遣された兵士たちとは違って、しっかりとしたアーマープレートを身につけている。しかも実用性だけを考えた無骨な鎧ではなく、サクラソウを模した部隊章があしらわれ、デザインの統一された高級品だ。その風格はまさに騎士である。


 ユスティナは酔っ払った兵士たちの話を思い出す。

 王国軍には反乱軍の新兵器に対抗するため、強力な弓を持った騎馬隊――石弩騎馬隊(バリスティック・ドラグーン)が組織されたという。彼らの持つバリスタの威力は従来の弓矢やクロスボウは比にならず、騎馬に乗っているため高い機動力も持っているという話で、今や王国軍の中で最強の部隊であるらしい。


 瓦礫の合間を通るために下馬しているものも含めて、石弩騎馬隊の騎士たちがざっと三十人は集まっている。個々の戦闘能力はブラックナイトの方が高いだろうが、それだけのバリスタが一斉発射されたらひとたまりもなかったのだろう。


「子供の声……きみ、私の声が聞こえるか!」

「は、はいっ! 聞こえますっ!」

「そうか、ちゃんと話せるのだな!」


 石弩騎馬隊の隊長らしき人物が馬上から声をかけてくる。

 淡い桃色の髪をなびかせている二十代半ばとおぼしき女性で、男の騎士たちに比べたら線は細く見えるものの、ハンドルを回してバリスタの弦を苦もなく巻き上げてる姿は力強い。身につけている鎧は綺麗に磨かれているものの大小の傷が多々見られ、肌は健康的に日焼けしており彼女が実戦経験の豊富な軍人であると推測できる。


「私はミゼル王国軍独立部隊『プリムローズ隊』の隊長、プリムローズ・オーウェルだ! きみはその巨像を自由に動かすことができるのか? 戦えるというのなら、反乱軍を撃退するのに力を貸してほしい!」


 しゃべり方はハキハキとしており、声もよく通るから聞きやすい。

 それになんだか聞いていて気持ちが落ち着いてくる。

 こんなに不思議な声で話す女性、今まで会ったことがない。


「わ、分かりました……でも、さっきから攻撃が当てられなくて……」

「それは心配ない。きみは真正面から敵を追いかけるだけでいい」

「追いかけるだけでいいんですか!?」

「ああ、それで構わない」

「……や、やってみます!」


 プリムローズと名乗った女性に背中を後押しされて、ユスティナの胸の奥底からやる気が湧き上がってきた。

 自分のほおをパシンと手で叩き、混乱しかけていた頭を無理やり正す。やることはそんなに難しくない。攻撃を当てろと言われたら自信はなかったけれど、本当に追いかけるだけでいいなら容易いものだ。


 プリムローズがハンドサインで部隊の仲間に指示を出す。

 ユスティナはそれと同時に巨神を前へ進ませた。


「みんなの家だけど……ごめんっ!」


 巨神の拳で家々を殴りつけて、その陰に隠れているブラックナイトをあぶり出す。

 隠れる場所を失ったブラックナイトは即座に退避していったが、中には瓦礫を踏み台にして果敢にも飛びかかってくるものが現れた。

 ユスティナは巨神の手で打ち落とそうとするもやはり間に合わない。


「放てッ!!」


 しかし、プリムローズはそうなるのを見越していたらしい。

 彼女の号令によってバリスタから放たれた矢の雨が、飛びかかってきたブラックナイトを空中で貫き撃ち落とした。


「すごいっ!」


 ユスティナは鮮やかな手際に素直に感心する。

 それから何機ものブラックナイトが飛びかかってきたが、そのたびにプリムローズ隊のバリスタによって撃ち落とされていった。


 ときには巨神の足下をくぐり抜けて、プリムローズ隊を狙ってくるものもいた。しかし、その場合もプリムローズには想定済みで、発射の姿勢で待ち構えていた隊員によってバリスタの矢を撃ち込まれていた。


 何をしてもバリスタに狙われてしまうと分かると、ブラックナイトたちはじりじりと後退していった。そうなるとユスティナは単純に前進するくらいしかない。本当に「追いかけるだけでいい」というプリムローズの言葉通りだ。


 そうこうしているうちにブラックナイトたちが採石場に追い詰められる。

 ここは丘の一部から石材を切り出している場所である。全体的に緩やかな斜面でできているコーンヒルの丘の中にいきなり現れた高さ十メートルの断崖絶壁は、驚異的な跳躍力を持つブラックナイトにとっても完全な行き止まりだった。


 想定外の事態に戸惑うブラックナイトたち。

 そのとき、突如として崖の上に石弩騎馬隊が現れる。

 それはプリムローズが先んじて送り込んでおいた別働隊だった。


 ユスティナは鮮やかな流れに目を見張る。

 プリムローズの頭の中には、コーンヒルの村の地形が完璧に叩き込まれていたのだろう。さらにはブラックナイトたちが採石場に逃げ込むよりも早く、別働隊が先回りできるのも計算通りだったに違いない。


 別働隊の隊長らしき青年が高らかに叫んだ。


「ナタリオ分隊!! 一斉掃射、いっきまーすっ!!」


 ブラックナイトたちの頭上後方から、別働隊の放ったバリスタの矢が降り注ぐ。

 完全に不意を突かれたブラックナイトたちはあっという間に串刺し状態になり、運良く矢の雨を回避できたものはその場から一目散に逃げ出していった。


 その一瞬で破壊されたブラックナイトは四十体ほど。ユスティナの見立てが正しければ、コーンヒルの村に押し寄せてきた反乱軍の半分以上が倒された計算になる。他に残っているのはブラックナイトに乗っていない生身の兵士たちが大半だ。もちろん、彼らも弩弓騎兵隊の強さに恐れを成して逃げていった。


「もう大丈夫だろう。下りてきてくれないか?」


 プリムローズが馬上から手を振る。

 そういえばどうやって下りるんだろうと思っていたら、操縦席を閉ざしている胸部ハッチが突然開いた。それから乗り込んだときと同じように巨神が勝手に動き、ユスティナが下りられるように胸元まで手のひらを持ってきてくれた。


 巨神の手に乗って地面へ下ろしてもらう。

 案の定、プリムローズ隊の隊員たちがざわめき始めた。


 驚かれるのも無理はないよね……。


 反乱軍が襲いかかってきたこと、父や村の人たちが殺されたこと、巨神に乗って反乱軍のブラックナイト部隊を壊滅させたこと……どれも自分の身に降りかかってきたことなのにユスティナ自身も未だに半信半疑だった。


「よくやってくれた。反乱軍を撃退できたのはきみのおかげだ」


 プリムローズが馬から下りて、ユスティナと視線を合わせるように屈んだ。


「きみは……この村の子なのか?」

「はい、私……教会の神父、アダム・ピルグリムの娘で――」


 どくん、と胸が痛いくらいに心臓が跳ねる。

 衝動に突き動かされて採石場を飛び出し、ユスティナはコーンヒルの村を駆けた。


 地面に広がる血だまりを踏みつけた瞬間、かつて人間のものだった肉片が彼女の顔まで跳ねてくる。肺の中が鉄臭い血のにおいでいっぱいになり、まるで血の海に溺れているような気持ちにさせられた。


「誰かっ……誰か生きてないのっ!?」


 かばった子供と一緒に斬り捨てられた父親、木箱の中に隠れていたところをなぎ払われた女の子、抱き合った姿で殺されていた老夫婦、村人たちを守ろうと奮闘してくれた兵士……生き残りを探せば探すほど死ばかりが目についてしまう。


 そして村人たちだけではない……ブラックナイトの残骸も村中に散らばっていた。壊れた装甲の奥に操縦者の姿が覗いている。その中には人間の形をとどめていないものも多く、血と肉の混ざったものが装甲の隙間からボタボタと流れ落ちていた。


 この人たちを私が殺した?


 父や村人たちを虫けらのように殺した反乱軍の兵士たちも、こうして死んでいる姿は他の村人たちと変わらない。それなら反乱軍の兵士たちを自分は? 巨神に守られているのをいいことに自分はただ殺戮に手を染めていただけなのでは……。


 苦しくなった胸を押さえながら、ユスティナは血だまりの中に膝をついた。

 もしかしたら、私は取り返しのつかない過ちを――


「落ち着け、きみ!」


 追いかけてきたプリムローズが血に濡れるのも構わず、悲しみに暮れるユスティナの肩をそっと抱きしめる。彼女の体からは戦場においては異質な……しかし、心の落ち着く柔らかい花の香りのようなにおいが漂っていた。


「脱出できた村人たちは私の隊が保護している。全員が死んでしまったわけじゃない。その人たちが生き残れたのはきみが勇敢に戦ったからだよ。それはとても立派なことだ。きみはたくさんの命を救ったんだから」

「……でも、お父さんは守れなかった」


 ユスティナは誰のものとも分からない血に染まった手のひらを見つめた。


「すまない。私がもっと早く駆けつけていたら……」


 プリムローズの心遣いにすら今は胸が痛む。

 灰色の雲が立ちこめていた空から、ついにぽつりぽつりは雨が降り始めた。

 雨脚はあっという間に強くなり、ユスティナのほおについた血を洗い流す。

 そして、彼女の泣きじゃくる声も雨音の中へ吸い込まれていった。


(第2章に続く)

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