第15話 黄金のドリッピンをサンクチュアリへ(11)

 ルットを先頭にラギ、開琉と続いて歩く。

 ふたりより身長のあるルットはすらりと長い足を軽快に運び、急ぐ彼女についていこうとするラギと開琉の足はオーバーワーク気味に動いていた。


 兎の小道と言う名の通路を歩き始めて1時間は経っただろうか。


「出口はまだ遠いの?」


 開琉のお疲れアピールが始まった。


「まだもう少しかかるわよ」

「ずっとトンネルの中を歩いてて景色変わらないし、単調で疲れるよ」

「黙って歩けよ!」


 ラギがルットに小さく頭を下げながら開琉をたしなめる。ルットは「困ったわね」と言いたげに小さく眉をひそませた。


「この通路の上は高い山なのよ。長い峠道を登って下るのに比べたらずっと楽だし、短時間で着けるんだから文句言わないの」


 ルットに軽く頭を小突かれて、開琉は小さく口を尖らせる。


(そりゃまぁ・・・楽ではあるけどねぇ)


 ドリッピンの赤ちゃんを受け取った後に歩いた森の中は、木の根をよけたり斜面に足を取られたりと大変だった。それに比べれば確かに楽だ。納得はした開琉だったが心の中で愚痴った。楽でも疲れるものは疲れるのだから・・・と。


 ルットは少したるんだ気分を切り替えようと質問をした。


「開琉は召喚獣なのよね。何が出来るの?」


 ルットに聞かれて開琉が肩をすくませる。


「さぁ」


 開琉の答えにルットはラギへ目を向けた。


「特別なことは・・・何も」


 ラギの答えにルットが目を丸くする。


「特別な能力もないのに召喚獣にしたの?」

「時間がなくて、とりあえず・・・」


 言いづらそうなラギがもごもごと答えた。その言葉に引っ掛かったのは開琉だ。


「とりあえず!? とりあえずってどういうことだよ」

「とりあえずはとりあえずだよ」


 うるさそうにしているラギに開琉が噛みつく。


「勝手に召喚獣にされて妙な世界に飛ばされて」

「妙な世界ってなんだよ」

「変なところじゃん! 花には食べられるし狼や豚に襲われたと思ったら、今度は蹴られて踏みつけにされてさッ」


 まくし立てる開琉を「まぁまぁ」とルットがなだめる。


「まさしく踏んだり蹴ったりね」


 ルットが苦笑いしながら開琉の背を叩く。


「召喚獣、他の者と変えてあげたら?」

「俺だって変えたい」

「そうしてもらえたら有り難いね」


 ラギの言葉に対抗するように開琉が尖った声で言う。それがまたラギを苛つかせた。


「すぐに取り替えられないって知ってたらこんな無能なやつ選ばなかったよ!」

「む・・・無能って・・・!」


 開琉は図星なだけにムカついた。


「勝手に選んでおきながら無能だって?」


 奥歯をギリギリと噛みながら開琉が言った。


「自分の選ぶ能力の無さを棚に上げて何いってんだかッ」


 そっぽを向いてぶつぶつと続ける。狭い通路の中では丸聞こえだ。聞き流せないラギが言い返す。


「時間があったらお前なんて選ばなかった! ぐずぐず文句ばっかり言ってイライラするんだよ!」

「朝から何時間も歩かされて疲れてるんだよ!」


「俺だって疲れてる!」


 ラギの言葉に開琉はハッとした。開琉の顔も見ずにラギは先を歩いていく。


 開琉が召喚されて以来、ずっとラギと行動を共にしてきた。森の中を歩いているあいだ開琉は文句たらたらだったが、ラギはぐちひとつこぼさず歩き続けていた。疲れているはずなのにラギは何度も魔法を使っていた。


(魔法を使うとどれくらい体力を消耗するんだろう)


 ラギが川で癒してくれた事が思い出されて開琉は唇を噛む。


「召喚したときから気になってたんだ」


 そう言って鼻の傷も治してくれた。

 ラギは勝手に開琉を召喚獣にしたけれど、ちゃんと気にかけてくれていた。それに引き換え自分はどうだったろうと考えると開琉は恥ずかしくて穴があったら入りたい気持ちだった。


「帰りたい・・・」


 小さな声で開琉はそう言った。

 開琉の小さな声が針のようにラギの心に刺す。なんの説明もせずに勝手に呼んだのは自分だ。開琉の意思とは関係なくこちらの都合で召喚した。ただ姿が人間と同じだからというだけで・・・。


 黙るふたりの肩にルットが腕を回して両脇に抱えるようにして歩く。


「疲れるとちょっとした事で喧嘩になっちゃうよね。もう少し歩いたら休憩しよう。外に出たら休み無しでサンクチュアリ目指して突っ走るわよ!」


 ルットはそう言ってふたりの頭を優しく撫でた。

 ふたりより頭ひとつ分背の高いルットがふたりの肩を抱く姿は、二人の弟を慰めるお姉さんの様だった。




 休憩後、3人はドアの前までやって来た。


「さて、ここがサンクチュアリに1番近い出口よ」


 ルットは仁王立ちでそういうと身震いして開琉とラギに目を向ける。


「外に出るときはいつも緊張するッ」


 笑いながらまた体を震わせた。


「追われている時は特にドキドキするのよね」

「どうして?」


 開琉が質問する。


「長年使われてきた通路だからピンポイントじゃなくても出口の場所がおおよそ知られてるのよ。だから待ち伏せされてないかって緊張するの、ちょっとした癖よ」


 なるほどと言った顔でうなずく開琉をラギが呆れた顔で見ている。


「でも、今回は出口よりも危ないところがある。ラギ、サンクチュアリに行ったことある?」

「場所は知ってるけど行ったことはない」


 ルットが言葉を選ぶ。


「サンクチュアリに向かう途中に割れ目があるのは知ってるわね?」


 ラギがうなずく。


「ここから出て真っ直ぐ行くと割れ目にかかる橋に着くわ。サンクチュアリへ行くにはその橋を渡るしかない、そこ以外に入れる場所がないの」


「敵が待ち伏せをしている可能性が高いのはそこだね」


 続けて言ったラギにルットが満足げに笑みをもらす。


「橋をわたればエルフの暮らす聖域よ。剣の小競り合いはあっても魔法はそうそう使えない」

「どうして?」


 開琉が口を挟む。


「魔法の力はエルフの力よ、使ったらすぐにエルフに伝わるわ。彼らに近ければ近いほど伝わりは早い。悪さをしようとする者ほど気づかれたくないはず」


 ルットの言葉に聞き入る開琉にラギが補足する。


「橋を渡れば白兵戦になるだろうけど、逆に後ろめたさのない俺達は魔法を使い放題だ」

「あいつらはラギに魔法を使われたくないだろうね」


 ラギがうなずく。


「橋を渡るまでが大変そう・・・」


 難しそうな顔で開琉が言った。


「頼りにしてるわよラギ」

「任せてください」

「自分達の領域で誰が魔法を使っているかエルフが確認しに来たら、こちらにとっては好都合」


 ルットが笑顔を見せる。

 橋の前に何組のパーティーが待ち受けているかが気になるところだ。


「正面から行かなくてもラギの魔法で割れ目を飛び越えたら良いんじゃないの?」


 開琉の疑問にルットが首を振る。


「結界が張られていて橋以外からは入れないようになってるのよ」


 開琉が肩を落とす。


「沢山待ち伏せていたらどうするの? ラギより凄い魔法使いいっぱいいそうだし」


 言い返せないラギが口を膨らまして開琉を睨む。


「ごめん・・・」


 気まずくて開琉が目をそらす。


「行くしかないわ。ここにずっといるわけにはいかないし、小競り合いにエルフが気付いてくれるのを期待して頑張るっきゃないわ」


 ラギと開琉がルットをみつめる。


「エルフ頼みなんだね・・・」

「う、うるさいわね! 何か名案があったら言いなさいよッ」


 今度はふたりが黙りこみ頬を紅潮させたルットが見下ろす。


「兎族は足に自信があるから策を練らない人が多いな・・・」

「何か言った?」


 ちろりとルットが睨む。


「いえ、別に」


 ルットはごまかすラギの両方のこめかみを拳でぐりぐちと挟み込んだ。


「いたたたた!」


 痛みにばたつくラギを見て開琉も痛そうな顔をしている。


「ねぇ、ルットさん。やりすぎじゃないかな、許してあげたら?」


 ルットから距離を置いて弱腰で開琉が言った。


「ふふふ、これくらいにしてあげる」

「ラギ、大丈夫?」


 勝ち誇るルットを背に、涙目のラギと開琉が目を合わせる。


「お姉ちゃん欲しかったけど・・・いらないや」


 呟く開琉にラギが大きくうなずいた。



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