第14話 黄金のドリッピンをサンクチュアリへ(10)

 遠くから近づく追っ手の声がさらに近づいてくる。リュークが女を見据えたままラギの首につけた剣に力を加えた。剣が首に食い込む。


「くっ・・・・・・」


 ラギの口から声が漏れた。

 身動きのとれないラギの横で開琉ははらはらと落ち着きなく立っていた。


「渡さないなら」

「待って!」


 女は唇を噛みしめてゆっくりとリュックに手をかける。

 彼らに渡したら赤ちゃん達の命はないかもしれない、そう思うと開琉はドリッピンの赤ちゃんの可愛らしい笑顔が思い出されて悔しかった。


 そして、考えもなしに口からでまかせを言った。


「ド、ドリッピンの赤ちゃんは悪い奴らが分かる。きっとエルフに知られるよ、悪いことは止めてよ!」

「黙ってろ!」


 リュークの脇に立っていたシェパード男が開琉の胸を蹴った。

 地面に倒れ込んだ開琉の右鎖骨をシェパード男が踏みつけ体重をかけて見下ろす。息が詰まって苦しかった。足をどけようともがく開琉はさらに体重をかけられて苦しくなる。


「じっとしていろ」


 開琉もラギも兎族の女も動けない。形勢不利だ、リュークのパーティーが余裕の笑みをもらす。


 シェパードは開琉を片足で踏みつけたままラギのローブに手を伸ばす。

 ラギのローブの右側を引き上げてラギの肩にかけると、たすき掛けにされたやや小さいかばんがあらわになった。男は鞄に手をかけて中に手を差し込む。


 ごそごそと鞄の中をあさぐり手に触れた柔らかな物を取り出す。ドリッピンではなく紙で包まれた別物だと分かると外に投げた。

 開琉の横に落ちた紙包みがはねて中からサンドイッチが飛び出て散らばる。


 ビーグルは女に近づき、彼女はゆるゆるとリュックを背から離すところだった。シェパードはラギの鞄の中にドリッピンがいないのが分かると鞄を引き上げた。


「ん?」


 鞄の向こうの腰に皮袋を見つけてシェパードがにやりと笑う。

 彼から離れた位置にある皮袋に手を伸ばした時、開琉にかかっていた足の力が少し緩んだ。開琉はすかさず足を押し上げてシェパードがぐらつきパーティーの目が彼に集まる。


 女はその瞬間を見逃さなかった。


「きゃぁーーーー!」


 彼女の上げた金切り声が追っ手に届く。


「やめろ! ハウ、足止めしろ!」


 リュークの指示にハウが追っ手の男達に向かって魔法を唱える。


「テンフーク・コノロ・・・・・・」


 その時には女がシェパードに一歩近寄り蹴り上げていた!

 たまらずよろけたシェパードがリュークにぶつかる。


 ラギの首から剣がわずかに離れる。コンパクトに後方宙返りした女が着地してそのままラギと開琉を捕まえて引き寄せた。


「魔法使い跳べ!」


 考える時間などない!

 ラギは言われるままに転移した。


「 リッテンド! 」


 ハウの詠唱が終わるまでのわずかな間に3人の姿は消えていた。

 間近に迫った男達との間に氷の壁が築かれ、氷を透かして男達が怒り狂っているのが見える。


「くそっ、ちょこまかと!」

「跳ぶ」


 ハウの声に5人が身を寄せる。


 彼らが3人を追って消えた後。

 魔法使いを連れたパーティーのいくつかが壁を越えて現れ、彼らの魔法の香を追って姿を消した。




 ラギ達は転移した先ですぐさま走り出す。


「こっちよ!」

「この方向であってるの?」


 木々に邪魔されて山並みも見えずラギは方向が分からなくなっていた。自信ありげに走る彼女を信じることにして走る。


「私を真似て」


 彼女の指示に従って兎の特大ジャンプを繰り返した後、空が見えるほど飛び上がって木の枝先に飛び降りる。


「少しは時間稼ぎになればいいんだけど」


 ラギをおんぶして特大ジャンプを繰り返した開琉はバテて肩で息をしていた。


「胸の所も鎖骨のとこも痛いよぉ・・・」

「黙れよ見つかったらどうするんだ」

「ラギはおんぶされてただけだから楽でいいよな」

「召喚獣のくせにっ」

「静かにっ!」


 女に睨まれてふたりが黙る。


「あそこのとび出た木まで跳ぶわよ、ホラッ」


 開琉をせっついてラギを背負わせると彼女が先に飛んだ。文句たらたらながらジャンプする開琉。

 二度ほど木から木へジャンプした後、彼女の指示で転移魔法を使った。木を降りて特大ジャンプを数度。そして彼女は下草の茂った場所に入り込んでいった。


 その場所で隠れて夜を待つのかとラギは思った。しかし、そうではなかった。

 行き止まりになった大石の前で彼女がステップダンスを始めてふたりが立ち尽くす。


「彼女なにしてんのかな? これも真似なきゃダメ? 早くて全然動きが覚えられないんだけどぉ」


 開琉が疲れ顔で肩を落とす。


 地面を蹴るように跳ね石を蹴り、リズミカルにステップを踏んだ彼女が最後に空中回転してから石をトトトンと足で叩いた。


「あっ!」


 石がへこんだ。

 人ひとり分のへこみが横へスライドして穴が現れる。


「さぁ、入って」


 彼女が当たり前のようにその穴へ入り込んでいった。


「何これ、兎・・・族って石割れるの?」

「いや、もしかしたら・・・・・・兎の小道かも」


 先に入った彼女が顔を覗かせる。


「早くしなさいよッ」


 彼女に急かされて中に入ると背後で穴が塞がった。


「ここに入ればもう安心よ」


 不思議な場所だった。

 壁がほんのりと光っている通路は目が慣れると結構明るく、くねくねと枝分かれしながらどこまでも続いている。


「昔々の話だけど、エルフを助けた褒美に兎族が安心できる避難場所として彼らが作ってくれたのよ」


 彼女の表情は誇りに満ちていた。


「ここで少し休憩しましょう」


 少し広くなった場所に着くと彼女がそう言った。

 石のくぼみが腰掛けるのにちょうど良い形で、テーブル状の石もあった。


 彼女はリュックを下ろしテーブルの上に中の者を出してあげる。優しく丁寧な仕草だ。


 テーブルに突っ伏する開琉を横目にラギもテーブルの上にドリッピンの赤ちゃんを出してあげる。彼女ともども赤ちゃんに食事を与え始めるのを開琉はぼーっと眺めていた。


「僕もお腹空いたなぁーー・・・」


 開琉が飲んでもただの水だが、赤ちゃん達が美味しそうに食べている姿に腹が鳴った。赤ちゃんにご飯をあげる彼女が笑う。


「何か食べさせてあげたら?」

「そうだそうだ、何か食べさせろぉ・・・」


 ぐったりとテーブルに上半身を預けたままの開琉がふてくされた声で抗議する。むっとしながらラギが紙包みをよこした。

 包みを開くとサンドイッチが入っていた。ラギの師匠はちゃんとふたり分注文してあったのだろう。


「やったぁ!」


 がばっと起きあがり大口を開けて頬張ろうとする開琉にラギが声を投げる。


「大事に食べろよッ、これだけしかないんだから。さっき狼男にひとつ捨てられたからな」


 開琉が動きを止める。そんな事を言われたら食べにくい。


「待って」


 彼女が腰からナイフを取り出して半分に切り分ける。「これもどうぞ」と言って赤い実を手渡した。


「なに?」

「トマトよ」


 確かにトマトに似ていた。赤いミドルトマトサイズの実だがへたがトマトとは違っていた。翻訳魔法の和訳は多少アバウトな部分があるようだ。


(そう言えば、ここの食べ物って食べても大丈夫なのかなぁ?)


 開琉はサンドイッチにはかぶりつこうとしたのに赤い実には躊躇して見つめる。しばし見つめた後そっと口に入れて噛んでみる。


「うぅーーん・・・甘い! うっ、酸っぱぁい」


 苺のような甘みの後に強い酸味が追いかけてきて開琉が複雑な顔で笑い、その顔を見て彼女も笑う。


「あはは、美味しいでしょ。ビタミンたっぷりで疲労回復ばつぐんなのよ。兎族ならみんな携帯してるわ」


 そしてふと気づく。


「名前、聞いてなかったわね。私はルットよ」

「僕は開琉」

「俺はラギ」


 3人が話をしている間、赤ちゃん達もテーブルの上で楽しげにじゃれていた。


「あんなに走り回って揺さぶられて心配だったけど、なんともなさそうで良かった」


 赤ちゃん達の様子を見てラギがぽつりと言う。


「さて、そろそろ行きましょうか」


 ラギが食べ終わるのを待って、ルットが赤ちゃん達を鞄に戻して立ち上がった。



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