第13話 黄金のドリッピンをサンクチュアリへ(9)
息を潜めるラギと開琉の元にハウの飛ばした白い鳥が戻って来る。ラギは赤ちゃんが再び泣かないようにと願いながらそっと皮袋を撫でた。
茂る葉の隙間からじっと見上げる。
ふたりが隠れ潜む下草の上を白い鳥が過ぎていく。一度二度と往復し徐々に範囲を広げてだんだんと離れていく。
(もう少し待ってからこの場所を離れよう)
ラギがそう思った時だった。
ザザザ!
「うわぁ!」
どさっ!
何かが降ってきた。
「きゃぁーーー!」
「痛ーーい!」
突然ふたりの上に落ちてきたのは
「何なの!?」
「お前こそ何だ!」
「どいてよ!」
「そっちこそ!」
それぞれが立ち上がろうともがき、3人がぐちゃぐちゃに折り重なってぐだぐだになってしまっていた。下草の枝は踏みしだかれて、もう隠れるどころではなくなっている。
「開琉、逃げるぞ!」
たまらず茂みから飛び出すラギを白い鳥が見逃すはずはない。白い鳥が真っ直ぐこちらに向かって来る、迷うことなく。
「いたぞ! こっちだ!」
唐突に野太い声が響いた。振り返ると大勢の男達がこちらへ向かって走っているのが見えた。
「どうして? 何でこんな所に大勢の追っ手が!?」
ラギと開琉は驚き、ふたりを目にした男達が吠える。
「例のガキどもだ!」
「嘘だろ? ヤバい!」
追っ手の数の多さに驚いて闇雲に走り出すラギの後を開琉が続く、そのふたりの上を兎族の女が軽々と飛び越えて逃げて行った。
ホットパンツからすらりと伸びた足が眩しい。まさしく脱兎のごとく走る後ろ姿はスリムに引き締まり、髪が帽子に収められてボーイッシュさが際立つ容姿をしている。
「待てぇ!」
待てと言われて待つ馬鹿はいない。男達から逃げる3人が同じ方向へと走り団子状になって木々の間を駆ける。
「ちょっと! ついて来ないでよ!」
「そっちこそ俺達の前を走るな!」
「何ですって!?」
口喧嘩をしながら走る彼らを大勢の大男達が追い立てる。
「お前も追われてるのか? 運んでるのか!?」
「うるさいわね! そんな事どうでもいいでしょ。喋ってる暇ないのッ」
目指す先はラギ達と同じらしく女も同じ方向へ走っていた。
「ドラゴンの血を持ってる奴らも捕まえろ!」
「捕まえろ!」
「待てーー!」
「ドラゴンの血って、あんた達・・・・・・」
最後まで言わず兎族の女性はジャンプし右へ左へと横っ飛びする。木々の間をぬって飛び跳ねる彼女の動きに翻弄されて男達は右往左往していた。
彼女との間を詰めるどころか
「まずはドラゴンの血ゲットだ!」
「嘘だろ!?」
後方から炎の玉が飛んでくる。
「うわあ!」
ふたりが避けた先の木が炎で燃え上がった。
「嘘でしょーーー!」
叫ぶ開琉の横を炎が再び過ぎて行った。メキメキと音を立てて木が倒れていく。先を行くラギに向かって木が倒れ込んで来る。
「ラギッ!」
開琉はタックルするようにラギに飛びつくと横っ飛びした。
バキバキバキッ
後方に木の倒れる音を聞きながらさらにジャンプを重ねる。飛んでくる炎の勢いは収まらず、さらに握り拳ほどの氷まで加わってふたりに投げつけられる。
闇雲に逃げるうちにふたりは道に飛び出していた。
「あっ、あれ!」
道の遠く後方から人の声がする。森に逃げ込んだ兎族の女を見失った者達が新たなターゲットを見つけて追いかけ始めた。
もう彼らは誰を追いかけているのか分からない。女ではないことは分かったが皆が追いかけているのだから、きっと欲しい物を持っているに違いないと思っていた。
「くそっ、冗談じゃない!」
森から追い続けている者達に加えてさらに増えた追っ手にラギは毒づいたが足は止めずひたすら走る。
ガサガサ!
走るふたりの前方に何かが森の中から躍り出る。
兎族の女だ。
「どけっ! 前を走るな!」
「うるさい!」
彼女が再びふたりの前を走り始めた。
「兎族の奴!」
次の瞬間、
「はっ・・・!」
ラギの真横に大男達が出現していた!
森から飛び出てきた男達が勢いのままタックルしてくる。
「ガキどもーーッ」
彼女を追っていた男達だ!
ラギを飲み込むように男達の固まりが飛びかかる、開琉はとっさにラギを掴んでジャンプした。突然、目標を失った男達が
ふたりは兎族の彼女の頭上を越えて先に降り立った。しかし、地面に着地したふたりは立ち尽くし、後方を走っていた彼女がぶつかる。
「ちょっと・・・何してるのよっ! あっ・・・」
3人の前方にリュークのパーティーが立っていた。
(鳥の通報が届いてたか!)
歯噛みするラギに彼らが余裕の笑みを見せる。
「シャイノギタータ・・・」
ハウが魔法を唱えた。
瞬きひとつの間に森の中へ転移していた。青の魔法使いはパーティー5人と追われていた3人全員を飛ばしていた。
(かなわない・・・俺とは全然格が違う)
ラギが奥歯を噛みしめる。
喧噪が消えた森の中で5人と3人が対峙する。じっと立ち尽くすラギと開琉の後ろに兎族の女が隠れるように立つ。
「私・・・私はこの人達の仲間じゃないのよ」
彼女はそっとふたりから離れた。
「例の物を運んでるんだよね?」
ハウの声は彼女を絡めるように優しかった。
「何のことか私には・・・」
「お嬢さん、夜のお供をしろなんて言わないからさっさと出してくれないか?」
リュークの後方に立つ狼男の渋い声に彼女は体を堅くする。
「夜を共にする気があるなら・・・1匹で我慢してやってもいいぜ」
「何の事か分からないわ」
彼女の声は毅然としていた。どんな申し出も受け付けない、そんな表情をしている。
「さすが兎族、仕事に誇りを持ってる良い顔だ」
「嫌いじゃないぜ、その心意気」
狼男に続いてビーグル似の男もそう言った。
彼女の背の四角いリュックの中には彼らの見立て通り金のドリッピンが入っていた。小振りのリュックの中に赤ちゃんが2匹。
兎族の多くは足の速さを活かした宅配業を行っていることが多い。密書を運ぶ危険なことからランチのお届けのような軽い仕事まで様々。この時期、ドリッピンの黄金の赤ちゃんを運んでいることは容易に想像できた。もう言い逃れは出来そうになかった。
「私はエルフと契約してるの、手出しをしたら彼らが黙ってないわよ」
パーティーの面々の表情が渋くなる。エルフを敵に回すのは賢いやり方ではない。
「口から出任せではないと・・・どうやって証明する?」
リュークが鋭い眼差しを投げる。
「・・・・・・!」
「それは・・・!」
女がポケットから取り出して見せた物に5人の視線が集中した。
「エルフ金貨!」
通常の金貨とは比べものにならない高価な品だ。滅多に見かけないレア中のレア。
「この仕事を達成できたら後2枚もらえることになってるの。私の邪魔をしない方があなた達の為よ」
彼女がリュークの瞳を見据える。
このまま赤ちゃんを届けなければエルフの知ることとなるのだ。エルフの追っ手からは逃げられないだろう。彼女が勝ち誇った顔で軽くお辞儀をしてこの場を去ろうとする。
「君を見逃したとして・・・俺達にどんな旨みが?」
「エルフに追われたいの?」
彼女の表情は「馬鹿じゃないの?」と言いたげだった。
「護衛をしたところで君が金貨をくれるとは限らないしな」
「何を言ってるの? 護衛なんていらないわ」
困惑する彼女にリュークが重ねる。
「君から金ドリを受け取って俺達が届けて上げる・・・と言う手もある」
その言葉は彼女にとっては意表を突かれた形となった。エルフに追われることを匂わせば大抵の者がさっさと手を引くと知っていたからだ。
「わ・・・私が依頼されたのよ。 ーーー私が連れていかないと金貨はもらえないわッ」
「それはどうかなぁ・・・・・・」
「試してみるか?」
男達が笑い顔で目配せするのを見て彼女は焦った。
遠くから追っ手の声が聞こえ始めていた。
「時間はなさそうだ」
リュークがすらりと剣を抜いた。
「さぁ、こちらによこしてくれるか」
「うっ・・・」
その剣先をラギの首元に当てる。
「逃げてもかまわないが、他者を見殺しにする者にエルフが金貨をくれるかどうか・・・
リュークの言葉に彼女がこわばった。
(高潔なエルフならありえる。でも、赤ちゃんは最重要課題だって・・・・・・。どうしたらいいの!?)
助けるか、見捨てるか。彼女の心が揺れる。
ラギが魔法を使おうとすれば即座に首を切り落とすだろう。中堅の剣士なら紺の魔法使いを殺すのは
「さあ! どうする!」
近づく追っ手の声がその場の空気をかき乱し、彼女の心を追い立てた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます