第7話 黄金のドリッピンをサンクチュアリへ(3)(改)
「両親は別ルートでサンクチュアリに向かいます」
「分かりました」
ラギが引き締まった顔で長老へ頷く。
「お金は差し上げられませんが豪華な食事をご用意していますので、あちらに着いたら召し上がってください」
「これはどうも有り難うございます。期待に添えますようしっかりつとめます」
真面目に返答するラギに開琉が耳打ちする。
「豪華な食事だって、どんなのが食べられるのかなぁ?」
「妙な期待はするな」
「んぐっ」
ラギの肘鉄を食らって開琉が黙る。
赤ちゃんの入った皮袋をラギがしっかり腰に結わえるのを待って、案内役のドリッピンが歩き出した。
「3時間おきに食事をあげてください、駄々をこねたらこれを・・・!」
赤ちゃんの母が潤む目でラギを見上げ何かを差し出す。ラギはそっと葉にくるまれた中を覗く。
「甘露です。糖蜜樹の葉についた甘い露・・・この子大好きなんです」
「分かりました」
「お願いします、よろしくお願いします」
別れがたく目を潤ませている母親を夫が引き留める。
「さぁ、行かせてあげよう。私たちも出発しなくては」
「どうか、どうかよろしく」
母親の切ない声を聞き、後ろ髪を引かれながらラギ達はドリッピンの巣を後にした。
案内役と別れた後、ラギが何やらもごもごと口を動かすと開琉の制服が変化した。ブレザーは腰までの長さのマントに変わり、上着とズボンもそれぞれこちらの世界のデザインらしい服へ切り替わって開琉が驚く。
「これ、ラギの魔法? 僕の服どうなったの?」
「形状を変えただけだ、元の世界に帰れば元に戻るようにしてある。心配するな」
「なるほど・・・って、何でわざわざ?」
「見慣れない服は目立つからな」
皮の袋もそうだがラギは色々と考えて依頼に臨んでいるのだと知って開琉は少しラギを見直す。
(短気で口が悪いけど信用はできる奴かもしれないな)
赤ちゃんを見るラギの優しそうな目を思い出して開琉は微笑んだ。
「サンクチュアリの側に人間の村がある。俺はお前の警護で同行しているって事にするから、黙って着いて来い。お前はその村に帰る所だ、いいか」
振り向きもせずにラギが一方的に話す。
「俺は色々と依頼受けてるから、俺ひとりだと赤ちゃんの運び屋してるって感づかれるといけないと思ってお前を召還したんだ。お前が人間そっくりで助かるよ」
開琉はラギの口からたびたび出てくる「お前」が気になった。
「あのさ、僕の名前は開琉って言うんだよ」
ラギが振り返る。
「ああ、すまない。名前聞いてなかったな、必要を感じなかった」
足も止めず短くそう言ってラギは前に向き直る。
(必要を感じなかったって・・・・・・)
不満げな顔で開琉は後に続く。
「その村の人達はそんなに僕に似てるの?」
開琉は気分を変えようと質問をした。
「人間達だよ」
「バレたりしない? 本当にその人達とそっくり?」
自分の服装を気にしながら歩く開琉は突然立ち止まったラギにぶつかって立ち止まる。
「どうしたの?」
「開琉は人間とそっくりだ。でも、人とは全く違う」
そう言ってラギが再び歩き始める。
「ん? 何が違うの? 人間は人で人は人間だろ」
「全っ然違う、人と人間じゃ雲泥の差だ」
「訳分かんない」
ラギが頭を振りふり呆れながら歩く、その後ろを怪訝な顔をした開琉が続く。
「いいか、人は尊い存在で人間は底辺だ」
「どう言うこと? 頭おかしくなりそうなんですけどぉ」
ラギは開琉の不機嫌な声が腹立たしかった。
(何故なぜ坊やかよッ! こいつ、どこまで説明したら気が済むんだ?)
ムカついたがここで喧嘩している暇はない。歩く足を止めずラギは大きく息を吐いて気を落ち着ける。
「神は世界を造ったあと最初に人を造った。人とはエルフのことだ。神の姿を模した尊くて美しく輝く完全なる者達だよ」
開琉はこの世界でも天地創造の伝承があるのだな・・・と思いながら話を聞いていた。
「そのあと神は半獣人を造り、最後に残った泥で人間を造った。残り物で出来た人間は力もなく特別な能力もない」
エルフの話をするときの讃えるような口振りから一転、人間の話になるとラギの声から勢いがなくなった。急に静かになったラギが黙り込む。
しばらくしてラギが言った。
「離ればなれになった時のために言っておく。爬虫類系の半獣人には気をつけろよ」
振り返ったラギの目が険しかった。
「あいつらは人間を奴隷として扱う種族が多い。使い捨ての道具としか思ってない最悪な奴らだ」
「・・・分かった」
この世界では人間は底辺。ラギの言葉を開琉はそれほど重要なことだとは思わず聞き流した。
森の中を歩いている間にドリッピン探しの者達に何度か出くわした。
「ドリッピンを見かけたか?」
と聞かれればいい加減な場所を指してあちら辺でと答え、
「魔法使いと人間でドリッピン狩りか? 変わった組み合わせだな」
と笑われても笑い返してスルーした。かまってなどいられない、感づかれないように目を付けられないように、狩り人のふりをしながら歩き続ける。
半獣人のパーティーや護衛をつけた明らかに冒険者ではない普通の若者達。みんなそれぞれの目的のために目をキラキラさせながらドリッピン探しに夢中になっていた。
「何だかんだ言って皆楽しそうだね」
「ドリッピンに限らずレアな物には夢があるからな」
金持ちになりたい。お金があれば豊かに暮らせて欲しい物が手に入る。この世界にもお金を欲しがる人達が沢山いるのだろう。
ドリッピンの巣からかなり離れてもふたりは森の中をしばらく歩いていた。相変わらず開琉はときおりぐずぐず言ってはいたがラギは無視して歩き続け、もう開琉は文句すら言わなくなっていた。
「あれ? どこに行くの?」
ラギが傾斜のきつい場所を降りていく。今まで木を避けながらもわりと真っ直ぐ歩いていたラギに開琉が声をかけた。
「少し休憩だ」
「あぁ、助かったぁ」
下を川が流れているのが見える。ちょうど水筒が空になっていた開琉は笑顔を見せた。
「休憩が済んだら道に出る」
傾斜を下りながらラギが指を指した。
「見えるか? 町だ。俺達は狩り人とは逆方向を歩いている。ドリッピン狩りの真似はそろそろ止めだ」
川の向こうが小高くなっていて、その向こうがこちらの傾斜地から見えていた。オレンジ色をした三角屋根の家が森の中にぽっかりと空間を開けて密集しているのがわかる。塀でぐるりと囲まれて西洋の町に似ていた。
「道に出たら人間の村への護衛の旅ってシナリオに切り替える」
水筒に水を汲み手や顔を洗って少し涼む。
ラギはドリッピンの赤ちゃんに食事を与え、開琉はラギに渡された堅いビスケットをかじっていた。ラギはかいがいしく赤ちゃんの世話を焼き、開琉は靴を脱ぎ足を投げ出してのんびりしている。
「ドリッピンの食事って水なの?」
「そうだよ。これは朝早く起きて山の湧き水を汲んできたんだ」
ラギが飲んでいた水筒とは別の水筒から赤ちゃんに水をあげている。スプーンに水を数滴落としては赤ちゃんの口元へ持っていっていた。
赤ちゃんが小さな口ですいっと飲むのが可愛くて、開琉もラギも思わず口をあーんと開ける。
「はい、美味しいねぇ。上手に飲むね、おとなしくしてて偉いなぁ」
まるで赤ちゃんに離乳食をあげる母親のようなラギを見て開琉は声を殺して笑った。
「何だよッ」
「いやぁ、別になんでもない」
開琉に向けたラギの尖り目が赤ちゃんに向かうと急に優しく変わる。袋の中に戻った赤ちゃんが小さな口を大きく開けてあくびをしていて、それがまた可愛かった。
「赤ちゃんって何でも可愛いな」
「うん」
開琉の言葉に赤ちゃんから目を鼻さずラギが同意する。まるで両親のように赤ちゃんの寝顔をふたりで見届けて袋の口を軽く閉じた。
「その傷どうしたんだ?」
開琉の手の甲を指してラギが聞く。
「これ? ああ、大きな花の棘がかすった時に付いたんだよ」
「ふぅん」
手を川の水に浸けたあと、ラギが人差し指で開琉の手の傷をなぞる。
「うわうわうわッ」
指が通過すると傷が綺麗に消えていた。
「魔法?」
「んーー、魔法じゃ・・・ないけどね」
ラギは人間とドラゴンとのハーフだ。
ドラゴンには触れた水に癒しの効力を与える力がある。ラギもその力を引き継いでいた。しかし、ドラゴンの血のなせる技・・・・・・とは言いたくなかった。
ドラゴンとのハーフという事で良い目にも悪い目にもあってきた、だからラギはあまり大っぴらに話したくなかった。
ラギは再度川へ両手を浸けて開琉に向かって指を弾く。弾かれた水滴を浴びた開琉は両腕で顔を隠した。
「何するんだよぉ」
開琉の足には入念に水を弾いた。
「どうだ、少しは体が楽になっただろ」
「ん? あ、本当だ」
重たくなった体が楽になり棒のように堅くて痛かった足から痛みが取れていた。体が楽になって喜ぶ開琉にラギが近寄る。
「ん? 何?」
身を引く開琉の顔にラギの顔が近づいてきて開琉が目を丸くする。
「何だよ」
ラギの人差し指が開琉の鼻筋を撫でた。
「最初見たときから気になってたんだ、ここのすり傷」
「傷?」
開琉の見つめる鼻先の向こうにラギの顔がある。
ラギの金色の瞳に開琉は釘付けになった。丸い瞳孔に引き込まれそうな気がするほど間近で見るラギの瞳。初めて見たときの爬虫類のような細い縦長とは違っていた。
(猫の目みたいだ)
金色の虹彩が光を受けて細かな光を放っていた。
鼻を見ていたラギの目が開琉の目へ向いてふたりの瞳がぶつかる。
間近で目と目が合って驚くラギの瞳孔がククッと大きくなる。まるで猫の瞳のようだった。
ラギがさっと身を引いてフードを目深に被る。
「さぁ、いくぞ」
「あ・・・ああ」
ふたりが歩き出そうとした時だった。
「おいっ」
川の向こうから野太い声がふたりを呼び止めた。声の主を見てラギが「黙ってろよ」と開琉に小声で指示を出す。
声の主はトカゲ族の男だった。4人組の同族のパーティー。
大きく裂けた口から真っ赤な舌をヒラヒラ揺らしてこちらを見ている。
嫌な感じがした。
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