第8話 黄金のドリッピンをサンクチュアリへ(4)
「こんな所で休憩か?」
半獣人であるトカゲ族の男達は服装からして冒険者かならず者の様に見えた。二足歩行で服を着ている以外はほぼ全身がトカゲらしく思えた。
舌をチロチロ見せながらラギと開琉を上から下まで見ている。値踏みするような目つきが嫌な感じだった。
(コモドドラゴンみたいだ)
開琉はふとそう思う。
2メートルを超えそうな身長と肉厚な体がテレビで見たコモド島に住む大型のトカゲに似ていた。
「けっこう狩人が入っていて見つけにくくなってきたから、今日はもう止めたんだ」
「そうか・・・。お前達みたいなチビじゃ見つけても逃がしそうだしな」
リーダーらしき男の言葉に仲間がげらげらと笑う。
「駆け出しの魔法使いと人間、笑える組み合わせだ」
「言えてる。ドリッピンくらいしか経験値稼げないだろうに、邪魔されて狩れないとは残念だなぁ」
赤い舌をチョロチョロ出しながら、さも面白そうに笑っている。
「明日、金ドリに出会えるといいなぁ」
「まぁ・・・それまでに俺達がしとめてやるけどさ」
またギャハギャハと腹を抱えて笑う。
(どこが面白いんだかッ)
開琉は腹が立った。彼らの話の内容よりもふたりを馬鹿にした口振りに腹が立つ。しかし、ラギはただ黙っていた。ラギの背から怒りを抑える気配が伝わる。
「さて行くか」
トカゲ族のリーダーが歩き始める。
「チビちゃん達、気をつけてお帰り」
「日が落ちないうちに町に着けるといいなぁ」
「着けるのか? あの短い足で?」
「無理かもぉーーっ」
「ぎゃははは」
こちらをあざける笑い声が遠ざかっていく。彼らの姿が木々に隠れた後もしばらくラギは動かなかった。
「・・・・・・ふーーっ。行こう」
大きく息を吐いてラギが歩き始めた。ローブの中で堅く握った手を振ってほどく、そうしないと開かないほどラギは強く拳を握っていた。
「ねぇ、ラギ。どうしてあいつらはラギが魔法使いになって間もないって分かるの?」
「・・・・・・ローブの色が紺だからだ」
川を越えながらぼそりとラギが言った。
「見習いが灰色で駆け出しは紺色?」
小川よりは幅のある川を渡って傾斜を登り始める。
「クラスが上がるとローブの色が変わる。紺から青、青から空色。白が最も高いクラスで金の縁取りが入ったらレジェンドさ」
開琉はそれぞれのローブの色を想像して言った。
「紺色も引き締まった色で僕は好きだよ」
ちらりと振り返ったラギがかすかに笑ったようだった。
「レベルが上がるとローブの縁にマークが入る」
そう言ってラギはローブを合わせた胸元に触れて見せた。片側に3個のマークが縦一列に並んでいた。
「ローブの縁をマークが一周してフードの縁もマークで埋まったらクラスが上がる」
「個人情報だだ漏れだな」
先を行くラギがクスリと笑った。
「個人情報・・・か、面白い発想だね」
「そう?」
「魔法使いを雇いたいときに素人が見てもクラスが分かるっていうのは良いことだよ」
「ローブの色を偽装する奴とかいないの?」
「いるよ・・・いるけど、上のクラスのふりをしてもすぐバレるからね」
斜面を登りきって少し木々の間を行くとその向こうに道が現れた。あのトカゲ男達はこの道から外れて森に入って来たに違いない。
道に出ると一気に視界が広がった。
「見えるか? あの町を抜けて奥の山並みを越えた先に目的地がある」
ラギが指し示す先に町があった。
眼下に見える町は高い山々に囲まれた窪地にあり、森を楕円形にくり抜いた様な場所だった。オレンジ色の屋根瓦の建物が沢山建っているのが見える。
「西洋の小さな町みたいだ」
観光写真の様な景色だった。広い空と山並み眼下に広がる森の中にぽつりと町がある。
「そうそう、これをお前・・・開琉にって師匠から」
ラギは鞄から1組の靴を取り出した。膝下まである茶色い毛に覆われたブーツだ。
「僕に?」
「ウサギブーツ。高いんだぞ、大切にしろよ」
「うさぎブーツ・・・」
オウム替えしに言いながら履き替える。
「人間は足が遅いからずいぶん助かるはずだ」
「兎の毛で作ってあるの?」
開琉は足慣らしに少し歩いてみる。
「ああ、何て言うか・・・凄く軽い。それに靴底がふくふくして楽だよ」
軽く跳ねてみると、とたんに体が跳ね上がった。
「うわっ!」
予想外のジャンプ力に後方回転して尻餅を付く。
「痛い!」
「あははは」
ラギがお腹を抱えて笑った。
「笑うなよ! なんだよこの靴!」
「上手くジャンプしたじゃないか、ウサギみたいだったぞ」
まだ笑っているラギ。それを見て開琉が靴を脱ごうとするのをラギが止める。
「少し慣れが必要だから森では出さなかったんだ」
(まだ笑ってる・・・!)
ラギがくすくすと笑っているのを見て開琉が嫌そうな顔をする。
「ウサギブーツは歩いて楽なだけじゃないんだ。兎みたいに軽やかに走れて軽々とジャンプも出来る」
「そういう事は先に言ってくれよ」
今度はジャンプ力に気をつけて飛んでみる。軽くトントンと体を弾ませる感覚で地面を蹴る。たったそれだけで軽く1メートルは跳ね上がった。
「うわっ、とっとっと!」
着地した衝撃で再び体が跳ねる。右へ左へとラグビーボールの様に跳ね飛んで結局地面に転がった。
「弾みすぎだよ。止まらないし上手くコントロールできない」
足を投げ出して困り顔の開琉が愚痴をこぼす。
「足腰のクッションを利用すると良いよ」
「クッション? 足腰の?」
「左右の足のバランスも気をつけないとな」
歩き出すラギを見て開琉は立ち上がった。歩くぶんにはなんの変哲もないブーツで、開琉は歩いては跳ねるを繰り返した。
その頃、川でラギ達と合ったトカゲ族のリーダーが足を止める。
「どうした?」
「なぁ、あのチビ達なぁんか気にならないか?」
「お前もそう思うか?」
4人のトカゲ男達が目配せして「シェシェシェ」と笑う。
「ちょっと遊んでやろうか」
「そうだな、俺達には下僕が必要だしなぁ」
「宝と下僕を同時にゲットできたら、楽だよな」
先が二股に分かれた舌をチョロチョロ出しながら笑い
ラギと開琉は高い塀のアーチをくぐって小さな町へと入った。
「それほど大きな町じゃなさそうなのに、凄くにぎわってるね」
遠くから見た感じとはだいぶ違っていて開琉が驚く。
「山間部の町としては割と大きい方だよ。・・・・・・と言ってもいつもの何倍も人がいるな」
「黄金のドリッピン狩りのせい?」
「ここはドリッピンの5大生息地のひとつだから、そうだろうね」
それほど広くない道に人が溢れている。小柄なふたりは人混みに紛れてしまいそうだった。
「開琉、黙ってろよ」
「わかった」
ラギが顔を寄せて耳打ちするが、言われなくても開琉はほとんど黙っていた。目から入ってくる情報が多すぎる。
テレビで見た西洋のどこかの町に似ているけれど、ところどころ違ったところがあった。
看板の文字や地図記号の様な店を示す図形、店先に並ぶ果物か野菜のような物。知っている物に似ていたり初めて見る形をしていたり。見ていて飽きなかった。
道にあふれかえる半獣人にも様々なタイプがあった。
上半身が獣の者もいれば逆に下半身だけ獣の者もいる。体のほとんどが人に見えるのに耳と尻尾だけ動物のそれがついている者もいた。
「半獣人って言っても統一された感じじゃないんだね」
開琉がラギに小声で言う。
「どの種族も人らしい部分が多い者が尊ばれて、上半身や顔が人らしいと格が上になる。実際、人らしい部分が少ないほど性格が荒いことが多い」
きょろきょろする開琉を時々引っ張りながら、ラギは町を真っ直ぐ突っ切って歩いていた。
ラギを気にしつつきょろきょろしながら歩く開琉は、飲食店の窓から見える店内が気になっていた。単純に彼らが何を食べているのかに興味がわいた。
飲食店や居酒屋、カフェの様にテラス席のある店もあった。何やら色の付いた飲み物を手に肉料理らしき食べ物を美味しそうに頬張っている。
この世界にきて開琉が口にした物といえばラギから貰った堅いビスケットくらいだ。
(どんなものを食べてるんだろう?)
とても美味しそうに見えた。首を伸ばし店を覗きながら道を行く。
ドンッ!
突然衝撃を受けた。その直後に雷のような声が降ってきて身を縮める。
「どこ見てやがんだ!」
誰かにぶつかっていた。
「ごめんなさい」
とっさに謝って顔を上げた開琉は「しまった」と思った。
「ごめんなさいだと!?」
目の前に立っていたのは爬虫類系の半獣人だった。
「俺様を誰だと思ってやがるッ」
「すみませんっ」
胸ぐらを捕まれて前後に揺さぶられた。喉元をぐいぐい締め上げられて息が苦しくなる。
「人間のくせに俺にぶつかってくるとはいい根性だな!」
まくし立てる男の大きく真っ赤な口が目の前でぱくぱくと動く。
「頭から食ってやってもいいんだぞ!」
赤い舌が開琉の耳に触れそうな所まで延びてシュルシュルと嫌な音を立てている。そして、男の舌が開琉の喉元をぺたぺたとなめ始めた。
(た・・・食べられる!!)
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