第6話 黄金のドリッピンをサンクチュアリへ(2)(改)

「ねぇ、まだなの?」


 もう30分は歩いただろうか。

 だいぶ歩いて来たがまだドリッピンの巣らしき場所には到着せず、開琉は同じ台詞をすでに6回くらいは口にしていた。


「もうすぐだよ」

「それ、もう何回も聞いた」

「うるさいなッ! 少しは黙って歩けよ!」

「疲れたよぉ」


 ラギの眉がはねる。


「文句ばかり言わないでさっさと歩け!」


 苛ついて回し蹴りしてくるラギ。それを避けた開琉がよろけて地面に転がった。


「痛ぁい」

「ふんっ!」


 もうドリッピンの生息地に入っている。そろそろ出くわしてもいいはずなのに彼らの姿が見つからず、ラギは困惑してイライラしていた。


(生息地じゃなくても普段なら時々見かけるのに・・・。あいつらも用心してるのかな?)


 この依頼を師匠から託されてラギはふたつ返事で受けた。

 育ててもらった感謝、命を救ってもらった恩をいくらかでも返せると思った。いつまでも子供じゃない所も見せたかった。


「それほど難しい仕事ではないが十分気をつけるんだよ」

「大丈夫です、俺しっかり届けますから」


 ラギは師匠の言葉に胸を叩いて威勢よくそう答えた。良いところを見せたいその気持ちでいっぱいだった。

 師匠の話では生息地に入れば案内役が巣まで連れて行ってくれる段取りになっているはずだったのだが。


(どこかで案内役を見逃したか? 敵だと思って逃げた? まさかな・・・)


 ラギが考え事をしている間も開琉は地べたに転がったままだ。


「立てよ、いい加減にしろ」

「もーーっ! ドリッピンの巣に着いてから召還してもよかったんじゃないの!?」

「召還は派手だから巣でやったら敵に見つかる可能性が高いんだよ!」


 ラギの答えを聞いた開琉は寝返りを打ってラギに背を向ける。


「乗り物はないの? 馬とか」

「俺は持ってない」

「レンタルできないの?」

「そんな金はない」


 開琉は小さく「ふーん」と鼻を鳴らして起きあがろうとしない。


「いいから立てよ。ぐずぐずしているうちに依頼の子がやられたら、次の依頼を見つけて達成するまでお前は元の世界に帰れないんだぞ」


 がばっと開琉が起きあがった。


「ウソっ」

「・・・・・・本当だ」


 ラギは嘘を言った。依頼を達成すると自動的に戻れる契約だが、達成しなくてもラギの魔法で戻すことが出来る。その事を伝えなかった。


「あぁーもう、あちこちドロドロだし疲れたし。とりあえず休もうよ・・・・・・ん?」


 下草の隙間から何かが覗いていた。目を凝らしてみると後ろが透けて見える。


「ラギ・・・、何かいるよ」


 敵意は感じられなかった。カメレオンよりも擬態が上手な生き物なのか、それはゆらゆらと不確かな形で動いていた。


「あ、ドリッピンじゃないか」


 片膝をついて開琉の視線の先を見たラギがそう言った。


「これがドリッピン?」


 草陰から出てきたドリッピンは開琉が想像していた通りに滴のような形をしていた。木漏れ日をかすかに跳ね返してキラキラぷるぷると揺れている。

 透けて見える後ろの景色が揺れていた。緩やかな清流の水底が透けて見えるような感じだ。


「ラギが言ったサイズより大きいね、これで大人?」

「子供・・・かな。あ、大人が出てきた」


 最初に出てきたバスケットボールくらいのドリッピンの後ろから、けっこうなサイズのが出てきてラギと開琉は立ち上がった。ベビーカー程のサイズだ。


 ぴゅる ぴちょ?


 なにやら音を発したと思ったが開琉には直ぐにそれが言葉だと分かった。


 ぱたぱたぴちゃん ぽたっ


 雨垂れが立てる音に似た声が「ラギさんですか? こちらにどうぞ」と言っているのが開琉にも分かった。


「何で? 不思議、言葉が分かる!」

「しっ!」


 驚いてつい大声になった開琉をラギが睨む。そして、少し声を落として言った。


「師匠がお前に翻訳魔法をかけたからな」

「いつ」

「水晶の間で・・・、お前と最初に会った日だ」


 ドリッピン達はふたりが目視しやすいように体の透明度を下げて先導する。下草に隠れるように案内をする彼らの後を追いながらふたりは話していた。


「最初の日? 数時間くらい前のことでしょ」

「こちらでは3日経ってる」

「うそっ・・・!」

「声が大きい、誰かに気付かれたらどうするんだ」


 そう言われて開琉は黙った。

 竹の子取りではないけれど、ドリッピン狩りに森に分け入っている者達も大勢いるに違いなかった。


「こうやって俺と話が出来るのを変だと思わなかったのか?」

「そう言われてみれば・・・」


 開琉は苦笑いする。

 よく耳を澄ませて聞くとラギの声が副音声のように聞こえているのが分かる。翻訳者の声より小さく絞られてラギの声が聞こえる様な感じだ。意識しないと聞き逃す。それくらいのボリュームだった。


 ラギの声は少し高くて自分を「俺」と言っているのが妙な感じがした。


(子供だから声が高いんだろうな。“俺”なんて格好つけちゃって)


 ドリッピンの後をラギが追いラギの後を開琉が歩く。小さい者順の列は草丈の高い茂みをくぐって進んでいく。


 草丈はどんどん高くなり開琉の背をゆうに越えてきた頃トンネルに入った。

 密集した草の作るトンネルを開琉は背を丸めて歩く。迷路のようなトンネルをドリッピン達は迷うことなく進みラギは苦もなく普通にあるいていく。


 開琉が腰の痛みに根を上げそうになった頃、唐突に視界が開けて10メートル程の円形の場所に出た。ドーム状のこの場所はトンネルよりも天井が高かった。それでも開琉の頭すれすれで少し首を傾げて立つ。


「編んであるのかな? 鳥の巣みたいだ・・・濡れてる」


 天井に触れた開琉がぼそりと言った。


 案内役のドリッピンは入って来た所の近くにふたりを置いて対面にある穴へ向かう。すぐ近くから水の流れる音が聞こえていた。


「水の音がするね、雨は降ってないはずだから・・・川が近いのかな?」

「・・・どうかな」

「見てよ、水が染み出してるよ。大丈夫なの? ここ」


 編まれた草の間から水が染み出してぽたぽたと落ちていた。


(ドリッピンは水のモンスターって言ってた。・・・って事は水の中で生活しててもおかしくないよな。まさか・・・・・・ここ水の中だったりしない?)


 開琉はそんな事を考えて心配になってくる。


「ねえラギ、水が溢れてきたらどうしよう。ドリッピンは水浸しになっても大丈夫かもしれないけど、僕らは溺れちゃうよ。」


「しっ!」


 落ち着かなく辺りに目を走らせる開琉をラギがとがめる。


 ぽたぽたと落ちた水が滴の形に立ち上がるのを見て、それが全てドリッピンだということに開琉はやっと気づいた。

 ドリッピン達は広場の地面を埋め尽くし、草の間や天井部分の草の編み目からもこちらをうかがいひそひそと喋っている。


「沢山いる」


 よくよく耳をそばだててみると、沢の水の音だと思っていた音が彼らの会話するざわめきだと分かった。


「思ったより小さいぞ」

「大丈夫かな」

「小さい方が目立たなくていいんじゃないか?」


 口々に様々なことを言い合っていた。


「これってドリッピンの声なんだね」


 ぽちゃん


 ひときわ大きな水音がした途端、辺りが静まりかえった。老人の声が「静粛に」と言ったのを開琉は聞いた。開琉達の正面の穴、出入り口から巨大なドリッピンが姿を現す。


 開琉の肩ほどの大きさのドリッピンがとっぷりとっぷりと広場中央へ出てくる。その後に従うように普通の大人サイズのドリッピンが2匹。1匹の胸元に金色に光る物が見えた。


「あれが赤ちゃん? 金色に光ってる」

「そのようだな」

「見たことないの?」

「黄金のドリッピンどころか赤ちゃんも見たことないよ」


 2匹のドリッピンを従えた巨大なドリッピンがラギの前まで進んで立ち止まる。


 ぽてぴちゃん とてて


 彼は長老だった。短く挨拶を終えて後ろに立つ2匹を招く。ラギと開琉の前へ両親と思われるドリッピンがおそるおそる近づいてきて見上げた。


 とてて ぴちょ


 ラギの手に赤ちゃんを差し出しラギが受け取る。そっと渡すしぐさに愛おしさが感じられた。


「大切にお届けします」


 ラギがそっと言った。

 赤ちゃんから手を離したドリッピンから小さな水の滴がぽたぽた落ちて地面を濡らしている。心配と不安な気配が伝わってきて開琉も心がきゅっと切なくなって目が潤んだ。


 ラギの片手に収まるほどの小さな滴がきらきらと金色に輝いている。


 ぴっ ぴった ぴっちょ


 赤ちゃんの発するおぼつかない言葉が愛らしい。掌で楽しそうに転がっている。


「危ないから少しおとなしくしてくれる?」


 くすぐったそうなラギの横顔、開琉はこんな優しげなラギの表情を見るのは初めてだった。


「お前、ちょっと預かってて」

「ん?」

「ほら」


 ラギにせっつかれて両手をそろえて差し出す。赤ちゃんがころりと開琉の掌に乗ってきて、ラギはマントの中に手を入れてごそごそと何かしていた。


「なんだか不思議な感触」


 赤ちゃんを間近で見ると表情が分かった。透明なのに目鼻が分かる。光の加減で現れては消える大きく丸い赤ちゃんの目がぱちくりと開琉を見上げていた。


「可愛い」


 開琉が笑うと赤ちゃんも笑った。その笑顔に開琉の胸がきゅんとする。


(こ・・・これは父性の目覚めかッ!?)


 柔らかなくず餅か水風船の様なぷよぷよした感触が心地いい。見た目よりもしっかりとした重みがあって、開琉は小さな命を実感した。


「これに入れて」


 皮袋らしい袋の口を広げてラギが開琉をうながす。開琉は両手で包むようにそっと袋の中へ赤ちゃんを入れた。袋の底から赤ちゃんが見上げている。赤ちゃんの発する金色の光が中を照らしていた。


 両親が袋をのぞき込んでそれぞれ声をかけている姿は切なかった。


「では、俺達は先に」

「僕らが大切に届けますから」


 にこにこと胸を叩く開琉をラギが小突く。


「何するんだよっ」

「僕らじゃない、俺達だ」

「どっちでもよくない?」

「よくない!」


 ざざぁ・・・


 打ち寄せた波が引くような音は長老の咳払いだった。ばつが悪そうにラギが口を閉じる。黙り込むラギの横で、空気の微妙さにいたたまれなくなった開琉が言葉を絞り出した。


「失礼・・・しました。大丈夫です。ちょっとした・・・僕達のじゃれ合いみたいなもんで」


 苦笑いしながら開琉がラギを小突く。


「なっ」

「ん・・・うん」


 長老は「まぁ、よろしい」というように少し眉を上げて笑顔を見せた。


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