第5話 黄金のドリッピンをサンクチュアリへ(1)(改)
光と闇をくぐり抜けて、
「うわあ!」
青空が見えた次の瞬間、顔面に強烈な痛みを受けて開琉はのたうち回る。
「 ・・・ったたたた、痛ぁい」
ブロック塀に現れた魔法陣から飛び出た開琉は、そのままの勢いで顔面からアスファルト道路へ着地していた。開琉はしばし動かずじっとしていたが、涙目で顔を上げ辺りを確かめる。
元の世界に戻っていた。
静かな裏路地、ブロック塀と街路樹と民家の建ち並ぶ場所。
「やっぱり夢?」
ブロック塀にぶつかって一瞬失神していた・・・そう思いたかった。
起き上がろうと地面に手を突いたとき手の甲についている傷に気づく。花の棘でつけられた赤い筋とそっくりな傷跡だ。
「現実・・・・・・?」
夢か、現実か・・・。
四つん這いになったまま開琉はじっと手の甲を見つめる。突然、アスファルト道路が光った。光の図形がくっきりと描かれて開琉の体が浮いた。
「へっ?」
いや、落ちていた。
「うわーーーッッ!」
くるりと反転した体が上を向く。
マンホールに落ちたように丸く切り取られた空が小さく遠ざかって開琉は真っ暗な世界を落ちていった。
そして・・・・・・。
開琉は悲鳴を上げたまま暗闇をくぐって明るい日差しの元に放り上げられた。アイドルが舞台下から飛び上がって登場するように地面から異世界に出現していた。
「あーーーッ!」
叫びながらストンと地面に着地する。開琉の目の前にローブを着た子供がフードを目深に被って立っていた。それは魔法使いラギだった。
ラギはかざした杖を下ろし大きく息を吐いて詠唱を終える。
「ふ、今度はちゃんと目の前に現れたな」
フードから覗くラギの口元が笑っているのを見て開琉は嫌な予感がした。
(嘘だろ・・・、また森の中?)
慌てて見回したが疑いようもなく森の中だった。
今の今、ついさっきまで目の前にあったブロック塀もアスファルト道路もない。民家も街路樹もない、道らしい道もない森の中にいる。
「意外に足腰はしっかりしてるみたいだな」
ラギは少し嬉しそうに口元をほころばせた。
「ウソだ、夢だと言ってよぉーーっ」
開琉は頭を抱える。
駄々をこねる子供のような開琉をラギは冷ややかな目で見ていた。
「夢じゃない。さぁ、仕事だ」
やる気を感じるラギとは対照的に開琉は頭を抱えたまま動かない。突っ立ったままの開琉に気付いたラギが命令する。
「何してるんだ、さっさと来い!」
「・・・なんでだよぉ」
浮かない顔の開琉は小さい声でぐずった。やる気のない開琉の声にラギがじれる。
「仕事があるから呼んだんだ、来い!」
(どうしてまたこんな・・・、仕事だなんて)
ガッカリした開琉は体から力が抜けてふにゃふにゃと座り込む。
(何で? また気絶したのか? ほっとして気が抜けたから?)
肩を落としてうつむく開琉にラギの声が刺さる。
「何してる! 立てッ」
「・・・なんで?」
「何でもいいから早く立てよ」
「嫌だ、もぉ嫌だ」
そう言って開琉は横たわった。完全にふてくされている。
(きっと夢の中だ、寝てしまえば目が覚めた時には元の世界にいるに違いない)
「起きろ!」
ラギの怒った声が聞こえていたが無視した。
「何のためにお前を召喚したと思ってるんだ!?」
(ああ、夢のくせにうるさい)
開琉は寝返りを打ってラギに背を向ける。
「知らない」
目は閉じたままラギをいなす開琉。ラギの目がきりきりと上がり毛が逆立つ。
「時間がないさっさと起きろ! ドリッピンの巣に行かなきゃいけないんだぞ!」
「痛いッ!」
唐突にお尻を蹴り上げられて開琉は飛び上がった。子供のキックにしては腰の入った強い蹴りだった。
「何するんだよ! 痛いじゃないかッ」
「目が覚めたか、ついて来い」
「嫌だよ」
「また蹴られたいかッ!?」
「うわっ、暴力反対!」
開琉の言葉にラギが一瞬固まる。
「・・・・・・駄々っ子は嫌いだ、ちゃんと着いてきたら蹴ったりしない」
そう言って歩き出すラギの後ろを開琉はしかたなく付いて歩き出した。2度目はくらいたくなかった。
「お前なんなんだよ」
「魔法使いだ」
ラギはそう言って自慢するようにローブを見せつける。さきほど見たときには濃い灰色のローブだったようだが、今は紺色のローブを身につけていた。
「ローブいつの間に着替えたんだ?」
「ん? 着替えた?」
「さっきまで灰色のを身につけてただろ」
ラギが立ち止まって開琉をしげしげと見上げた。
小柄の開琉は身長150センチを少し越えたくらいの背丈だったが、ラギは彼の胸元に届くくらいの身長だった。
「さっき? ーーーあぁ、そうか。そっちはそういう時間の流れなんだな」
ひとりで納得してにやりと笑った。
「何だよ、気持ち悪い」
「気持ち悪いって言うなッ」
勢い込んでラギが拳を振り上げる。その時、フードがするりと頭からずり落ちて頭が露わになった。
ラギは慌てて被り直したが印象的な容姿が開琉の目に焼き付いた。たった一瞬見えたラギの顔は幼さが残り愛らしいと開琉は思ったのだ。
銀色に光るレモン色の髪が綺麗で目を引いた。さらさらした前髪が目元にかかり金色の瞳を引き立てている。後ろでまとめた髪は正面から見た開琉にはショートヘアに見えた。
気になったのは角だ。
額よりも少し上に髪から先端をのぞかせたふたつの角があった。それほど長くはない、パーマで髪をふわふわにしたら隠れてしまうと思えるくらいの短さ。
(ラギは・・・何族なのかな)
師匠が言った獣と獣に似た人がいるという言葉を思い出して、開琉はなんとなくそんなことを考えた。
きびすを返したラギがもごもごと命令する。
「つべこべ言わず俺について来い」
開琉は黙ってそれに従った。
ラギの後をついて歩く開琉はある物に目が止まる。先を歩くラギのマントにちょこんと突き出ている部分があり、歩く度に小さく左右に揺れるそれが何なのかと見つめていた。
(何だろう? 剣にしては中央過ぎるし、杖? それとも尻尾かな?)
開琉が観察しようと少し前屈みになるのと同時にラギが振り返り、開琉はそっぽを向いてやり過ごす。
「灰色のマントは魔法使い見習いだ。俺は試験に合格して魔法使いラギになった。だから紺色のマントをしてる」
少し顎をあげて胸をそびやかしてラギがそう言った。
「ふ、ふーん」
「もう何件か仕事をこなしてレベル3に上がったんだぞ」
「レベル3・・・」
自慢げなラギに対して開琉の表情はぱっとしなかった。
(ゲームでいったら初心者レベルじゃん)
その表情にラギの頬が膨らむ。
「お前、今、初心者とか思わなかったか!?」
「いやぁ・・・そんな事は・・・」
開琉は苦笑いしながら手を振って否定してみせたが、ラギは彼の顔に人差し指を向けて抗議した。
「思ってただろ! 顔に書いてあるぞッ」
「危ない、止めろよ」
顔を避けてもラギの指が追いかけてくる。
「危ないったら」
「思ってたくせに!」
「どうだってよくない?」
「よくない!」
ムキになるラギに開琉は面倒くささが先になって嫌な顔をした。
「その顔はなんだッ」
「あーーっ、いいからいいから」
「何がいいんだ!」
「あぁ、もう面倒くさい! さっさと行こう」
「面倒くさいだと?」
なおもくってかかるラギに閉口した開琉は話を切り替える。
「仕事ってなに」
その言葉にラギがはたと動きを止めた。
「ドリッピンの赤ちゃんをサンクチュアリに連れて行く仕事だ」
「ピクニック?」
「そんなお遊びじゃない」
得意げな顔のラギ。
「これは重要な仕事だ。大切な命を守り送り届ける! 正義の任務だ!」
ひとりで盛り上がり拳を天へ突き立てるラギ。それを開琉は冷めた目で見ていた。
「ドリッピンて何?」
冷ややかに聞きながら歩き始める開琉。それを見たラギが直ぐに追い越して開琉の前を歩き始める。
「ドリッピンを知らないのか?」
「知らない」
ラギは呆れた顔で開琉を振り返る。
「何にも知らないんだな」
「どうせ荷物持ちだろ、沢山運ぶのか?」
「いや、任された赤ちゃんは1匹だけだ」
「ふーん、赤ちゃんね。でかいの小さいの?」
「これくらい・・・かな」
と言って、ラギはソフトボールより少し大きいくらいのサイズを示した。
「どんな種族なの?」
「種族っていうか・・・、ドリッピンは水のモンスターだ。モンスターと言ってもそれほど強くないし、どちらかというと妖精に近い生き物だよ」
開琉はゲームの冒頭に出てくる水滴の形をしたモンスターを想像して「ふーん」と言っただけだった。
「ドリッピンの出産時期は年に2回。今年は
ラギの指し示す先に花が咲いていた。薄い水色の花は半分透けていてスズランの様にふっくらと丸みを帯びた小さな花が並んでいる、可愛らしい花だった。
「雫石が沢山咲く年は黄金のドリッピンが生まれる確率が高い、経験値稼ぎにはもってこいで今頃は冒険者達が殺気立ってる頃だろう」
(あぁ、メタル系の美味しいモンスターみたいなもんか)
開琉はゲームに当てはめて納得する。
「黄金のドリッピンを飲むと病が治るとか不老長寿になるとかって話もあるし、売って一儲けしようとする奴もいる。敵は経験値稼ぎの荒くれ冒険者だけじゃないからな、気を抜くなよ」
鼻息の荒いラギを見て開琉はうんざりしていた。
(なんだか厄介な話だ)
自分の後方で気だるそうに着いてくる開琉を気にもとめず、ラギは元気に歩き続けた。
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