第4話 開琉、初めて召喚される。(4)(改)

 水晶の中に映る開琉の姿をラギと師匠が見ていた。


「これは危ないことになっているようだな。ラギ、転移魔法を使ってこちらに呼んであげなさい」


 ラギは「はい」と元気よく返事した。


「はい、えっと・・・」


 しかし直ぐには思い出せなくてラギは頭の中をひっくり返して呪文を探す。


 試験に出そうな呪文なら復習してきたが召喚された者が別の場所に出現するのは予想外だった。転移魔法を使うとは想定していなかったラギは少し慌てた。


(これも試験に影響するのかな。試験は続行されてるのかな?)


 心が波立って知っているはずの呪文がすぐには出てこない。


「分からないのならば・・・」

「大丈夫です! あっ、思い出しました!」


 水晶の中の開琉が豚と犬の半獣人に押さえ込まれている。


「シャイノギタータ! シャイノギタータ! 」


 二度繰り返して唱え、更に二度繰り返した。




「は、離せ! 離してよぉ!」


 強く言っているつもりだったが、実際の開琉の声は小さく震えていた。うめくような小さな声など豚も犬も気にしない。あっと言う間に地べたに転がされた。


 多勢に無勢、豚と犬に腕を捕まれて開琉は身動きがとれなくなっていた。まさか彼らが服を奪おうとしているなどと考えつかない開琉は、豚が襟元に手をかけたとき首を絞められると思った。


(殺される!)


 肉食動物にむさぼり食われる獲物の映像が脳裏に浮かんで、開琉の恐怖がピークを迎える。


「助けてーーーッ! 殺されるーー!!」


 叫んだ直後、開琉の目の前が光った。いや、彼自身が光に包まれていた。とうとつに光に包まれた開琉を見た豚と犬は驚いて手を離す。


「何だ!? 魔法か?」

「こいつ魔法使いか?」


 日本語など聞いたことあるはずもない彼らには開琉の言葉が呪文に聞こえた。次の瞬間、慌てて身を引く彼らの前から開琉の姿が忽然と消えた。光の玉となって。


 一瞬の永遠、光に飲まれた開琉はラギの前に出現していた。しかし、開琉には直ぐにそれと分からなかった。強い光を見たあとの暗転、松明の明かりだけの部屋は闇夜のようだった。


(どうした? 何? 助かったのか?)


 少しずつ暗さに目が慣れて視力が戻ってくると辺りが見え始める。最初に目に入ってきたのはラギだった。


「あっ! お前!」


 顔が見えなくても分かる。フードを目深に被った小さい人物で思い当たるのはあの少年しかいない。


「グォッファッファ」

「うっ・・・・・・!」


 地響きに似た声が背後から響き開琉は身を縮める。今度は何かとおそるおそる振り返った開琉は、仁王立ちしている巨大な熊の姿を見た。


「熊だッ!!」


 泡を食って逃げ出そうとした開琉の動きが止まる。


(く・・・熊だ・・・・・・食べられる・・・! ん? あれっ?)


 師匠がフリーズの魔法で動きを止めていた。上級魔法使いはわずかな身振りだけでいい、呪文など必要なかった。


(え? え? なんで?)


 開琉は取り乱した格好のまま彫刻のように動けなくなった。辛うじて動かせるのは目だけ。


「うむうむ、いい調子だぞラギ」


 嬉しそうな師匠が試験用紙にチェックを入れていく、それを見てラギはほっと胸をなで下ろした。


(試験続行だ)


 ラギからは見えない用紙の表、どこにチェックしているのか評価はどうなのか気にかかるところだった。

 安心したラギとは正反対に開琉は不安と絶望の大波に飲まれていた。


(まさか・・・・・・僕はこの熊への貢ぎ物? やっぱり食べられちゃうのか?)


 そう思うと涙があふれた。動かせない体の中で辛うじて自由に動かせる目だけを動かして必死に辺りをうかがう。

 目が慣れてきた開琉はもう松明の明かりだけで十分に回りを見渡すことができた。石造りの部屋の中に熊と子供と自分がいる。風に揺れる松明が彼らの陰を揺らして不気味さを醸し出していた。


(もう終わりだ、毒か麻酔を打たれたに違いない。死んじゃうんだ僕・・・)


 逃げる体勢のままで動かない開琉。その前へ師匠が回り込み彼の目をのぞき込んだ。


(助けてーー!)


 師匠は観察しているだけだが開琉は恐怖に震えた。


「これは、人間タイプの生き物だね。この種族はこちらの人間とほぼ同等だ」


 開琉をしげしげと観察する師匠にラギは落ち着かず後悔し始めていた。


(妥協しなきゃよかったかなぁ・・・・・・)


 いくつかの異界を回りその中で適当そうに思えたことが決め手のひとつだったが、時間がかかっている事がマイナス評価にならないかということが一番気にかかっていた。だから開琉で手を打ったのだが・・・。


 ラギには師匠が召喚獣を観察する時間がすごく長く感じられた。

 一方、観察されている開琉は言葉が分からず、師匠の言葉が熊が唸っているようにしか聞こえなくて落ち着かなどころの騒ぎではなかった。


(あぁ・・・神様、僕は美味しくありません。どうか助けてください! もう愚痴は言いません、一生懸命人生を全うします!)


 叫んで命乞いをしたくても声はでなかった。


「腕も足も細くて持久力はなさそうだな」


 そう言って師匠が開琉の腕を握る。


(ぎゃぁーーーー! 触るなーー!)


 唐突に腕を捕まれた開琉は心の中で悲鳴を上げていた。開琉にはもう絶望という言葉しか浮かばなかったが、ラギも心の中にも絶望という単語がちらついていた。別の意味で。


(時間を気にせずもう少し粘ってもっと良いのを選べばよかった)


 召喚獣の良し悪しが評価に影響するかを考えなかったことをラギは今更ながら悔やむ。師匠が魔法で開琉の能力を調べたりしているのをラギはじりじりとした面持ちで見ていた。


「やはり特別な能力はなさそうだが体は問題ない。気にすることはないよ、体はこれから鍛えていけばいい」


 ラギには気休めにしか聞こえなかった。


「何かないですか? どこか何か少しでも特別な力は」


 すがるような目で見上げるラギの肩を師匠が叩く。そしてもう一度開琉に目を向けた。


 開琉の狼狽する目を見て師匠が「ふふふ」と笑った。が、熊が唇を振るわせて唸っているようにしか聞こえない開琉は更に縮み上がった。


「ラギ、最近は使っていないが翻訳魔法は使えるね」

「え?」

「この者にかけてあげなさい。状況が分からず怯えている」

「これにですか?」


 開琉のことを「これ」と言ったラギの言葉を聞き咎めて師匠が眉間にしわを寄せる。


「・・・すみません」


 これは説教の前の仕草だ。

 死にかけて道に転がっているのを師匠に拾われたのが8歳の頃。今までに何度この表情のあとに絞られたことか。


「ラギ、この者はお前の最初の仲間だよ」

「仲間!?」


 ラギは目をしばたたいた。


「召喚獣が・・・ですか?」


 師匠は苦笑いしながら軽く首を振る。その仕草は「分かっていないな」と言っているようだった。


「お前を助けてくれる仲間だ」


 不服そうな顔でラギが開琉をちら見する。


(助けてくれる? 能力もないひ弱なやつに何が出来るっていうんだよ! 能力がないっていいながら助けになるなんて・・・・・・!)


 開琉を選んだ自分にも師匠にも腹が立った。


「いいかね。召喚獣とは主従関係ではない、互いに引き寄せあう仲間だ」


 ラギは不服に思った気持ちを師匠に悟られまいと俯く。


「感応する者しか召喚獣には出来ない。感応したという事はこの者がお前に必要だと言うことだよ、ラギ」


 その言葉にラギは顔を上げた。


「この者が俺に必要?」


 師匠は黙って頷く。


「俺にはドラゴンの血が流れてる! 何でこんな低レベルの召喚獣ばかりと感応するんですか!? もっと力のあるハイレベルな者と感応できて当然でしょう!」


 そこまでまくし立ててラギは息を止めた。師匠が黙ってこちらを見ている。


(試験は・・・まだ終わってない・・・・・・?)


 嫌な汗が脇を滑り落ちるのを感じた。


「ドラゴンでも召喚出来たら納得がいくか?」


 黙り込むラギの脳裏を絶望の一言が流れていく。


(これは・・・不合格への決定打?)


 光を失った瞳でラギは師匠を見上げていた。

 師匠はじゅうぶん時間をとってラギを見つめ返す。少し冷静さを取り戻しつつあるのを見て取って話を続けた。


「魔法使いとしてのレベルが上がり次の段階になれば2枚目のカードがもらえる。その時には今より選択肢が広がるだろう、それと同時に1枚目の召喚獣を変えることも出来る」


 それまで我慢しろと言うことだ。

 師匠が開琉の肩にそっと手を置いた。


「いいかね、それまではこの召喚獣を仲間として仲良く仕事をこなしなさい」


 突然、開琉の耳が言葉を拾った。


(え? 召喚獣? このって、僕のこと?)


「何の取り柄も無さそうに見えるが、きっと何かの役に立つ」


 そう言って師匠が開琉の頭をぽんぽんと叩いた。


(役に立つって、僕が? どんな仕事をさせられるんだろう。仕事をするってことは食べられないってことか? 召喚獣ってどういうことだよ、僕は召還されたのか!? この世界に?)


 師匠がパチンと指を鳴らした直後、開琉の体が動き口から声が飛び出した。


「今までの事は全部お前のせいか!? 勝手に僕を召還した・・・の・・・・・・か!?」


 開琉は自分の声に驚いてラギと師匠の顔を交互にうかがった。


「はっはっは、元気でよろしい」


 師匠の大きな手が開琉の背を叩く。


「さぁ、握手だ。仲良くしなさい」


 無理矢理に手と手を握り合わせて師匠が楽しそうに笑っている。開琉はなぜか熊の顔の表情が分かる気がした。師匠の声は低く響きの良い声だった。


「藤岡なんとかって俳優みたいだ」


 昔々、ヒーローをしていたという豪快で懐の深そうな俳優に感じが似ていた。


「何だか格好いい、熊なのに・・・」

「失礼なッ!!」


 突然ラギが開琉につかみかかる。


「えっ!?」


 勢いのまま開琉の胸ぐらを締め上げた。


「何するんだよ!」

「師匠に向かってなんて事を! 謝れッ!!」

「ラギ、落ち着きなさい」


 止めに入る師匠の声すらラギの耳に入らない。


「熊に熊って言って何が悪いんだよ!」

「何だと!?」


 ラギの目がつり上がる。


「だって熊じゃん」

「熊じゃない! 熊族だ、獣みたいに言うな!!」

「熊は熊だろ・・・ウッ!」


 師匠に剥がされた2人は宙吊りのまましばしバタついていた。


「ラギ、短気は損気だといつも言っているだろう」


 ラギも開琉も師匠に首根っこを捕まれ足をぶらりと宙に浮かせて見つめ合う。ふたりが落ち着いたのを見て師匠は彼らを地面に下ろした。


「済まないね。この世界には獣と獣の姿に似た人に近い種族がいるんだよ、獣の名で呼ぶのは差別用語にあたるんだ」


 師匠の言葉は開琉の心にゆっくり落ちていった。自分が失礼なことを言ったのだと分かったが、まだ尖った目つきのラギを見て開琉は口を尖らせた。


「彼の世界にどんな差別があるかラギは知っているかね?」


 ラギが師匠を見上げてしばし黙り、首を振った。


「彼はこの世界のことを何も知らない、ラギが教えてあげなくては。彼に限らず異世界の住人を召喚獣に選んだならその責任があるんだよ」


 黙り込んだままのラギの背を師匠が撫でる。


「魔法使いでもレベルの低いうちは小さな依頼ばかりだ、彼でも荷物持ちくらいの手伝いなら出来るはずだよ」


 ラギは自分に苛立ちを感じて握り拳を作る。


「心配はいらない。試験は合格だ」


 ラギは少しのあいだ師匠を見つめた。


「・・・合格?」

「そうだよ、ラギはもう見習い卒業。今から魔法使いだ」


 徐々に見開かれたラギの瞳が輝き師匠が嬉しそうに微笑む。


「俺、魔法使い? 本当に?」

「そう、魔法使いラギだよ」


 ラギが歓喜の声を上げたと同時に開琉の姿は消えていた。


「おぉ、これは」

「目的を達したら自動で戻る契約にしたんです」

「なんてスマートなやりかただ」


 師匠が喜んでラギを抱きしめる。


「痛いですよ、師匠」

「相手を思いやる気持ちが私は嬉しい!」

「別に、思いやったわけじゃ・・・」


 元の世界に戻すために呪文を詠唱するのは疲れる、単純にそう思っただけだった。


「もしお前が深手を負って呪文を唱えられなくても、本人の力で元の世界に戻れる。よい契約の仕方だ」




 魔法使いラギと召喚獣・開琉ふたりの冒険・・・いえ、奮闘の日々が始まったのでした。



 to be continued ≫≫≫



次回から「黄金のドリッピンをサンクチュアリへ」が始まります。

ふたり一緒に受ける初依頼。モンスターの赤ちゃんを守り無事にお届けするために奮闘する彼らをお楽しみください。

(*゚∀゚*)ノ

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