第3話 開琉、初めて召喚される。(3)(改)

「嘘だ・・・何で・・・・・・」


 床にはいつくばったラギが絶句する。魔法陣のあった場所をまさぐり、ラギは信じられない面持ちで石床を凝視した。


(呪文は間違っていなかった。リズムも繰り返した数も正しくできていたはずなのに!)


 頭の中に「不合格」という言葉が浮かんでラギは青ざめる。


「ふむ、何処に出現したのやら」

「出現・・・?」


 師匠を見上げるラギの目にかすかな光が灯る。


「召喚は・・・成功していますか?」

「ラギの引き寄せた者の力を感じた。ちゃんとこちらに向かっていたし、こちらに来たと感じた」


 手に持った試験用紙を横の小さなテーブルに置き、師匠が重い体を椅子から持ち上げる。ラギは師匠の手から離れた試験用紙が気にかかった。


(試験は、中止?)


 ラギは焦った。そんな事になったら目的が遠退く。


(どこをしくじったんだろう? どうしてこんなことに)


 焦るラギの肩を叩いて師匠が水晶へ向かう。


「あらぬ所に出現させてしまうことは初心者にはよくあることだよ。さて、何処に出てきたか探してみよう。思い当たる所は何処かな?」





 その頃、開琉は痛む膝を撫でながら木々の中を歩き始めていた。


(森みたいに見えるけど・・・ちょっと行ったら道があって、こんな所に繋がってたんだ「あはは」って事になるんだ。きっとそうさ・・・・・・)


 面倒くさがりで愚痴ばかりの開琉が珍しく明るい展望を描く。しかし、行けども行けども道になど出くわさなかった。出くわしたのは・・・・・・。


「嘘ッ! デカい!」


 高さ2メートル強の薔薇に似た巨大な花だった。その姿に開琉は呆気にとられて見上げた。

 トゲトゲの茎の先に直径2メートルはありそうな巨大な赤い花が揺れていた。重そうで大きな花を不安定に揺らしながらこちらに向かってくる。蛸の足のように根をうねらせて近づく姿は不気味だった。


「気色悪ッ!」


 開琉はすぐさま逃げた。

 今まで開琉の立っていた場所を花の蛸足が横なぎにさらう。細い木が薙ぎ倒されてバキバキと音を立てた。 茎も根もトゲトゲしていて、あれに叩かれたらとても痛そうだ。


「え? やばッ! 着いてくるなよッ」


 後を追ってくるところを見ると開琉は狙われているのかもしれない。


「嘘だろぉ!?」


 直径60センチはありそうな太い茎と花のサイズは圧倒的な重厚感があった。木々の間をすり抜ける花は枝にぶつかりながらくねくねとかわして着いてくる。


「来るなよ、え? うわーーッ!」


 唐突に花が落ちた。


 ガバッ!


 違った。落ちたわけではなかった!


「うわっ! うぅ・・・もごもご」


 ぱっくり開いた花の中央に開琉は頭からすっぽりと飲み込まれていた。


「うわぁーーー! 嘘でしょ、止めてよ!」


 花の中で転がされ開琉は花の底に落ちて弾む。暗くしっとりした花の中は柔らかくて不気味だった。

 開琉は慌てて立ち上がりあちこち叩いたり蹴ったりしてみる。しかし、弾力のある柔らかな花弁はどんなにもがいても破れることはなくゆっくり開琉を絞め始める。


「くそぉ! 何だよ! 止めろッ、このッ!」


 闇雲にあちこちを触っているときに何かが指先に触れた。それは壁紙の端がはがれているようなわずかな隙間。


(花びらの端?)


 直感的にそう思った。開琉はその隙間に指を潜り込ませ腕を差し入れてグイグイと体を差し込んだ。


「光が見える!」


 花弁の重なるわずかな隙間から開琉は腕を外に出すことが出来ていた。必死に体を引きずり出して足を引き抜いて「やった!」と思った瞬間落ちた。2メートルの高さから落ちていた。


「うわぁ! 痛たた・・・、ああ・・・もうなんだよ。何でこんな事になっちゃんたんだよぉ」


 尻餅を付いた格好で見上げる開琉に、再びバラが向かってくる。傾いた花びらから一滴おちた水滴が、ジュッと音を立てて草を溶かした。


「やばぁーーい!」


 開琉は慌てて走り出す。


(マジかよ、もう少し遅かったらドロドロに溶かされてたのか!?)


 振り返ると蛸の足のように枝分かれした根をうねうねと動し、花は開琉の後を着いてきていた。


「気持ち悪ッ!!」


 身震いしながら走り続ける。開琉の回りに似たような花が集まりだしていた。

 逃げる開琉が振り返る度に巨大花の数が増えていき、前方からも迫ってくるのを見て方向を変えひたすら走った。


「はぁはぁ、何処まで逃げたらいいんだよ!」


 息が上がって苦しかった。そろそろ足もガクガクし始めて限界を感じる。


(こんな事になるんだったらもっと運動しとくんだった)


 まさしく後悔先に立たずだ。


 びゅん!


「くっ」


 開琉を捕まえようと繰り出される巨大花の蛸足が体の側を通過することが増えてきた。包囲網は狭まっている。


 ビュン! ビュビュン!


「うっ! 止めろぉ!」


 体を屈めた開琉の頭上を花の足が越えていく。鋭く光る棘がぎりぎりを通過した。


 ビュン!


「ッ痛!」


 重たい音を響かせて開琉の横をすり抜けた蛸足が手の甲に赤い筋を付けて過ぎていった。


 ぶるぶるぶる

 シャリシャリ!


 花達が不気味な音を立てている。血の臭いに興奮したのか、棘を擦り合わせ蛸足を振るわせて花達が喜んでいるようだった。


 それぞれの花にやる気がみなぎり伸ばす蔓足の動きが速まった。花を振る動きも大きくなり花同士の蔓足がぶつかって棘が金属的な音を立てる。嫌な音だった。


 開琉は跳んだりしゃがんだりしながら逃げる。よろけて体勢を崩しつつ、これまでの人生で最高の動きでかわしていった。


(くっ! 頼むから休ませてくれよ!)


 足がもつれ重くて上がらず、とうとうつんのめった。


「とっとっとっ!」


 前傾姿勢になった開琉は目の前の木の幹にしがみついて辛うじて転ばずに体勢を立て直す。しかし、木を背に振り返った時にはすでに遅かった。


「はぁはぁ・・・。どこに、何処に逃げたら・・・」


 辺りを見渡すがどこに逃げ場が見つからなかった。花達は追いつめた獲物をいたぶるように動きを緩やかにしてこちらに近づいて来る。


 開琉は映画で見た光景を思い出していた。

 獲物を袋小路に追いつめたチンピラがナイフをちらつかせながらガムを噛み噛み近づいて来る光景。勝ち誇って口の端を少し上げて笑っている。


「おい、開琉。早く目を覚ませ、どうせ見るならもっと楽しいのにしろよ」


 うわずる声で半分諦めた様な泣き声で自分に懇願する。


「気絶してるんだろ? そうだよな、もう十分だろ目を覚ませってッ」


 ぶつけた膝は痛く走り続けた足がガクガクいっている。手の甲の赤い筋からはピリピリと痛みが走っていた。


「こんな事が現実だなんて・・・冗談だって言ってよ」


 何故こんなことになったのか、あの魔法陣が現れたところからか、それとも・・・・・・。


(あの、金色の猫目のせいか?)


 フードを被った少年の金色の瞳が鮮明に脳裏に浮かんだ。ブロック塀に現れた魔法陣はあのカードに似ていたような気がする。


(カードを手に取らなかったら・・・こんな事にはならなかったのかな)


 右足に痛みを感じた。


「ああっ!」


 次の瞬間、開琉は足を引っ張り上げられてあっという間に宙吊りになっていた。世界がぐるりと反転して左右に揺さぶられる。


「うわーー!」


 ふわりと持ち上げられ高く掲げられた開琉が逆さ吊りのまま見下ろした先に花があった。花の中央がパックリ割れて開琉の視界いっぱいに大きな穴が広がり、蔓はその中に彼を放り込んだ。


 あっという間に花の中、辺りは真っ暗だった。

 しっとりと柔らかな花弁はまるで舌のように思えて恐ろしかった。


「嘘だ、うそだ、ウソだ!」


 半狂乱になってわめきながらジタバタと動き回る。出口を探し這い上がろうとして闇雲に開琉は動く。そんな開琉を花弁が徐々に締め付け始めた。手を伸ばしても先ほど見つけたような隙間は手に触れなかった。


「嫌だ嫌だ! やめろ! 出せ!」


 胃液のような物をかけられたらあの草のように溶けてしまうのか・・・、そう思うと開琉は怖くてたまらなくなった。ドロドロに溶けていく自分が頭の中にちらついて恐怖が心をかき乱す。


「うわーー! 助けてええ!」


 無我夢中で手足をばたつかせて必死に抵抗する。しかし、抵抗するほどに締め付けられて焦った。



 ピギャァーーー!



 もう駄目だと思った頃、ふいに得体の知れない音が外から聞こえた。それは甲高い音だった。悲鳴か歓喜の声か。


(花の声?)


 食べ物を口に入れた喜びに仲間に勝った喜びに声を上げているのだとしたら、なんて最悪な声だろうと思うと泣けてくる。


「嫌だぁ・・・、止めてよ・・・。お願いだからぁ」


 開琉は半泣きで声を上げた。途端に胃や内蔵が浮き上がり落ちる感覚に襲われてぞっとする。


(胃に落とされるッ!?)


 その想像は違った。


 ドン!!


 衝撃を受けた。

 落ちたようだった。胃にではない花に包まれたまま落ちた、そう感じた。


「・・・あっ、光がっ!」


 見上げた先の頭上にわずかに光が見えた。開琉は四つん這いになり必死で光を目指してもがく。


 這いずって花の中から脱出した開琉が見たのは、地面に落ちて萎れた花と頭を失ってゆらゆら茎を揺らす下半分の姿だった。


 開琉はその光景を地べたにへたり込んで見上げていた。頭を失い苦しそうに足をくねらせて動く茎が大きく傾ぐ。


「・・・え?」


 傾いた茎が開琉へ向かって倒れて来るのを見て開琉は慌てた。


「うわぁ! ヤバっ」


 立ち上がって逃げたかったが足に力が入らず、開琉は手足をバタつかせて転がるように這って辛うじて難を免れた。


「た、助かっ・・・」

「グウォーーオオオ!」


 あたふたと逃げる開琉の後方で獣の雄叫びが響き、開琉は驚いて振り返る。


(半獣人!?)


 狼に似た上半身毛に覆われた生き物が、銀光を閃かせて巨大花を次々と切り倒していた。その近くには豚と犬もいる。どれも下半身はズボンを履いた人の形をしていた。


「ぐひぐひ、ぶひぃ!」


 巨大花がどんどん倒されていく。


「豚のくせに・・・格好いい」


 狙った物が被ることはなく統制のとれた攻撃ぶりから彼らがチームだと思われた。彼らの小気味の良い動きに開琉はしばし黙って眺めていた。


 切られた花が少しの間を置いて光となってかき消える。消えると同時に切った者の頭の上に何かが光ることに気づく開琉。


(あれは・・・何だろう?)


 呆然と彼らの動きを眺めていた開琉の回りから巨大な花は全て無くなっていた。


「ぶひゃひゃ」

「ワオォーーーン!」

「ウォン、オーーン!」

「ぶひぶひ、ぐふぉ」


 豚と狼と犬がそれぞれに何やら雄叫びを上げている。違和感がありながら何故かしっくりくる不思議な光景が開琉の目の前で繰り広げられていた。


「ぶひっ」

「グル?」


 唐突に豚人間が開琉を指さし犬人間もこちらに目を向けた。


「ぐふっ、ぶひゃひゃ」

「グルルゥ」


 開琉には鼻を鳴らしたり唸ったりしているようにしか聞こえなかったが、彼らはこんな会話をしていた。


「あれ、見てみろよ」

「あれが何」


 何を言っているのか分からない開琉は、豚よりも犬のうなり声が怖くて固まっていた。


「見かけない妙な服着てるぜ」

「ほっとけよ」

「いや、意外にレアもんじゃね?」


 豚が開琉に足を向けるのを見て狼が止める。


「あんなぱっとしない物がレアなわけないだろーがッ」

「あいつ花に食われてたんだぞ、助けてやったんだから服くらい剥がしたっていいじゃねぇか」


 唸る狼に豚がぶひぶひと反論した。


(何話してるんだろう。狼が豚を止めてくれてる?)


 彼らの読みにくい表情を必死に見つめて開琉は逃げるべきかどうかと思案していた。


「ま、それも1理だな」


 ぐるると喉を鳴らして狼が笑う。


(うわ・・・何だか嫌な予感が・・・)


 開琉は狼の不敵な笑いにビビった。豚が緩んだ口と鼻から耳障りの悪い音を立てながら開琉に近寄ってくる。


(ヤバい、逃げなきゃ)


 走りかけた開琉の足下に豚の投げた剣が突き刺さる。それを見たら開琉は動けなくなった。



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