第2話 開琉、初めて召喚される。(2)(改)

 四方に松明を灯した部屋の中、直径1メートル程の水晶を前に巨大な人物が椅子にかけていた。暗い石造りの床の上に光が2つ浮かび上がる。


 少し離れた床に現れた光を彼はただ黙って見つめていた。ポツリと灯った2つの明かりが意志を持ったように床石の上に線を描き始める。

 光の点が線となりふたつの線が丸くぐるりと円を描いて行く。穏やかに見つめる彼の前で、それは誰の目にも魔法陣だと分かる文様を浮かばせていった。


 彼は黙っている。心の内でも呪文を詠唱してはいなかった。


 魔法陣が完成するのと同時に光がほとばしり、円の中央に黒っぽい人物が姿を現す。入れ替わりに光の線は唐突に消え、松明の明かりに照らされて濃い灰色のローブを着た小さい者がうずくまった姿でわだかまる。


「ずいぶんと時間がかかったな」


 声をかけた者にうやうやしく頭を垂れながらローブ姿の者が立ち上がった。光の円のあった場所に立つその者はラギだった。


「師匠、すみません。遅くなりました」

「うむ・・・、どこも怪我はなさそうだな。良かった」


 そう言って師匠は手元の用紙にチェックを入れた。用紙から顔を上げた師匠はラギの姿に頬をゆるめ優しげな表情を浮かべる。


 ラギの師匠はどこから見ても熊によく似ていた。顔まで青黒い毛に覆われた巨大な体、杖を持つ手に鋭く長い爪が光る。身長3・4メートルはある巨大な熊が服を着ているような姿だ。


「ラギ、良いカードを見つけられたかな?」

「・・・ええ、まぁ」


 ラギは口ごもり師匠と目を合わせず曖昧に答えを返す。


(とりあえず試験に合格するためだ、後でもっと良いのと取り替えればいいさ)


 ラギはそう思っていた。


「レベルの低い内は感応できる相手は少ない。やっと見つけたカードだ、大切に使いなさい」


 どきりとしてラギが師匠を見上げる。心を見透かすような師匠の言葉に少し後ろめたそうな顔でラギは俯いた。


「では、召喚してもらおう」

「は、はい」


 正式な魔法使いになるための試験も大詰め、ラギは大きく息を吐いて召喚魔法を唱え始めた。


「アーイエルアイエルアイデヨ。 アーイエルアイエルアイ・ オウメル・・・」


 ラギの詠唱する声を石が跳ね返して独特な旋律を作る。淀みなく繰り返される詠唱を聞き師匠はうなづいて満足そうに見つめている。


 間もなく、ラギと師匠の間に光の円が生まれ先ほどとは違う文様が刻まれ始めるのを2人して見つめていた。光は強くなり弱くなり、徐々に強さを増していく。


 ラギの詠唱する声も大きく力強くなっていった。


 光は地中へと潜るように延び、やがて時空の境を越えてカードへと向かって行った。


 放たれた魔法エネルギーは時空を越えて音もなく開琉へと向かって来ている。開琉がのんきにカードを見つめてベンチに座り直している今も。


「最近流行ってるカードかな」


 魔法陣の中に結晶が描かれたカードの表や裏をしげしげと開琉は眺める。


「何のカードだろう」


 カードの縁を見たことのない文字が一周していて魔法陣の外周の円にも文字が描かれていた。


「けっこう格好いい文様だなぁ」


 魔法陣や背景の文様が金色に光っているところを見るとレアカードに違いない。


(でも、なんで僕にカードなんか・・・・・・)


 そんな事を考えていると不意にママ達の声が耳に入ってきて開琉は彼女達を見やる。


「さっきから変なんですよ、あの子」


 先程からこちらを伺っていたママ達がこちらを指さして警官に話しかけているところだった。


(あぁ、なんだか厄介な感じ)


 カードをポケットにしまいビスケットの袋も鞄へ押し込む。そうしながらも開琉はかすかに聞こえてくる言葉に耳をそばだてていた。


「こんな時間にここにいるのは変でしょ?」

「頭をぐしゃぐしゃにしたり独りでぶつぶつ言ってて何だか、ちょっとね」

「見立て遊びかもしれないんですけど、何もない所を向いて喋るって・・・ちょっと不気味」

「小さい子ならともかく、ねぇ」


 警官の顔がこちらに向く。開琉は素早く顔を背けた。


(独りで喋ってるわけないじゃん、子供の相手してただけだろ!)


 開琉は事実とは違う憶測を膨らませて勝手に不安がっている彼女達に苛ついて毒づいた。しかし、彼女たちにはラギの姿が見えていなかった。召喚獣を探しに来たラギは感応できる相手にしか見えない、それは開琉の知らない事実。


「最近は学生でも持ってたりするんでしょ? 薬物」

「怖いわぁ」


 そんな会話が聞こえてきて開琉は「おいおい」と心の中で突っ込みを入れる。


(誰が薬やってるって? 勝手に面倒な事に引き込むなよ!)


 開琉はこちらに背を向けている彼女達の背を睨んだ。・・・・・・が、間が悪かった。睨んでいる最中にママ達が左右に分かれて向こうに立つ警官と視線とかち合ってしまった。


 それまで彼女達に気圧されて聞く側だった警官が、睨む開琉の表情を見てぴりっとした表情に変わった。


「あ・・・ヤバい」


 開琉は鞄を手にすぐさま立ち上がって彼らに背を向けた。


「君、ちょっと待ってくれる?」


 優しげな警官の声を無視して開琉は公園の出口へと向かう。


(面倒な事はごめんだよ!)


 後ろは見なかった。


(保護されたりするなんて冗談じゃない!)


 警官をお供に家に帰るなんて最悪な結果が見えている。母親の追求と説教はどれくらいの時間に及ぶかなんて考えたくもなかった。


(虐められてるって嘘ついたって、今度は学校まで行くに決まってる)


 そんな事になったら嘘と厄介事が雪だるま式に膨らんでいくばかりだ。


(ああ! もう、嫌だよ。最悪!)


「ちょっと待ちなさい」


 追いすがる警官の声に開琉は足を早めて公園を出る。ちらりと振り返ると警官が足早にこちらに向かっているのが見えた。


(ヤバい、やばい、やばい!)


 鞄を小脇に走り出し、ひとつ先の角を曲がって坂を駆け下る。下り坂を走って逃げる開琉は坂で勢いがついてどんどん加速していった。足の運びが間に合わなくなってくる。


(ヤバいーー!)


 そう思った時にはもう遅い、とうとう足がもつれて体が宙を舞っていた。


「わぁ!」


 運の悪いことに目の前は丁字路だった。

 立ちふさがるブロック塀へ一直線に開琉の体が飛んで行く。見る見るうちにブロック塀が迫り、世界がスローモーションに切り変わった。


 防御しようと差し出した自分の腕が緩慢かんまんに動き、ゆっくりと回転するカードが視界を舞っているのが見えた。


(カード? 何で?)


 ポケットにしまったはずのカードがなぜ目の前に浮いているのか。不思議に思った次の瞬間、




 音が消えた。




 光を受けて煌めくカードが開琉を導くように先を行く。


 カードは開琉より先にブロック塀へと到達し塀にぴたりと張り付いた。その直後、塀が波打ちブロック塀いっぱいに魔法陣が出現した。


(・・・・・・!?)


 一瞬で出来上がった魔法陣から眩しい光がほとばしり開琉はたまらず目をつむる。


(くっ!)


 塀へぶつかる衝撃を想像して開琉は身構える。だが、何の痛みも堅い感触も感じることがなかった。開琉の体は壁をすり抜ける様に闇に消えていった。


 魔法陣の内側に出現した闇に開琉は飲み込まれたのだった。




 ラギの詠唱は架橋に入っていたが少し妙なことになっていた。


「ん?」


 目を閉じて召喚に集中するラギは気づかなかったが、師匠は異変に気付き身を乗り出して魔法陣を注視する。


 通常なら光が更に強くなり眩しい光を放って召喚された者が姿を見せるはず。しかし、目の前の魔法陣は徐々に光を弱めているように見える。


「これは・・・・・・」


 師匠がそう呟いた直後フラッシュを焚くように明滅した後、床の上の魔法陣が唐突に消えた。




 詠唱を終えて目を開けたラギが驚く少し前、開琉は闇の中にいた。


「うわぁぁぁーーーー!!」


 天地も分からない暗闇の中で自分が前転し横転しながらどこかへ飛ばされていることだけが分かった。


「助けてぇーー!!」


 あまりの暗さに自分の手すら見えず、内蔵がぐちゃぐちゃに揺すられて吐き気がしてくる。気が遠くなりそうになる頃、不意に明るい世界に放り出された。


「うわっ!」


 地面を転がった開琉は頭と右肩と脇、膝小僧を打ち付ける。


「・・・って! 痛たたたた」


 他にも体中のそこかしこから痛みを感じて開琉は地面に転がったまま痛みを堪え、しばしの間じっとしていた。


 少しして目を開けてみると辺りは見たこともない場所になっていた。建物は無くアスファルトの道も壁もない。目の前に見えているのは鬱蒼と茂る木々ばかりだった。


「ここ・・・どこ・・・?」


 横たわっていた所は整地されていない土のむき出しになった場所。土がひんやりと開琉の体を冷やしていた。


(頭の打ち所でも悪かったのかな?)


 今見ている景色が飲み込めず頭を掻きながら唖然と眺める。

 あの公園は住宅街に囲まれた街の中にあった。こんな森どころか雑木林も無かったはずだ。


 辺りを見回し背後に目をやる。

 離れたところに大きな岩山があり岩肌に先程一瞬だけ目にした魔法陣が光っていた。もうかなり光が弱く見ているうちにそれは消えてしまった。


「何これ・・・・・・ははは、は」


 空笑いも消えて開琉は真顔になる。

 開琉は立ち上がり目の前に見えている世界に触れてみた。石に触れ木に触り花の香りを嗅いでみる。冷たい石の感触、ざらりとした堅い木の幹。


「夢、夢を見てるんだ。きっとそうだ。頭を打って気絶してるんだ。うん、そうだよ」


 開琉は自分を落ち着かせるために納得できそうな答えを選んだ。



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