好奇心の先に

@LaskeyG

止まない雨

雨が降っている。ずっと。100年間。


この街は、降り止まない雨をかろうじて耐え凌ぎ人類最後の都市となった。

人類の栄華を誇るあらゆる産物は遥か彼方の水の底に沈んでいると学校では教わった。今生きている人は誰もその全貌を直接目の当たりにしたことはなく、話で聞くだけの存在である。100年前に雨が降り出したあの日には、まるで全てを知っていたかのように、この街は政府によって作り上げられており、以後100年続く水害をも耐え凌ぐ力を備えていた。しかし、そんな街も限界が近づいているという話を近年は頻繁に耳にするようになった。そんな世界の中で、明日私は誕生日を迎える。20歳の誕生日を迎える私には、一つだけ大きな楽しみがあった。それはある機械を作動させるということだった。


その機械の設計図を拾ったのは、18歳の高校を卒業した日のことであった。普段から寄り道をよくする私はその日も寄り道をしていた。寄り道には、雨ばかり降る鬱屈した世界で新たな発見をするという喜びを兼ね備えているように思えてどこかいつも楽しかった。しかし、その日は別格で今でも決して忘れることのない経験があった。私がふらりと迷い込むように、いや、何かに導かれるようにたどり着いた道に、空から一筋の光が地面に射しており、その先に何か不思議な機械の設計図のようなものが落ちていたのだ。雨が続くこの世界に空から光が差すことはない。雨を降らす分厚い雲が全てを遮るようにいつも浮かんでいる。太陽という星も空に浮かぶという天の川も私は見たことが無い。いつか必ずそれを見てやろうと心に抱いてきた。その気持ちとあの日の奇跡はどこか繋がっている気がしてならなかった。この設計図にはそんな希望が詰まっていた。


その機械はすでに完成おり、近くの裏山に隠してある。なぜかこのことは誰にも知られてはいけない。そんな気がしていた。別に空に広がる奇跡を独占したいわけでは無い。わけもなくそう思えてならなかったのだ。歩いて1時間もすれば、山頂までたどり着く高さの山に私はその機械を設置している。私は設計図を拾ってから2年近くの歳月を費やして組み立てた。決行は夜の2時だ。それは、もし、あの奇跡のように空一面に広がる星々を目にできるなら、2時頃の暗さがいい。いいと思う。それもかつてのことが書かれた書物から聞いただけの話である。現在21:00。用意はできた。あとは、頂上まで向かうだけだ。

どこか最高の誕生日になりそうな胸騒ぎがしていた。


気がつけば時計は01:00分を指していた。頂上にたどり着いたのは、22:00頃であったが、実行の時に備えて腹ごしらえをすることに決めていたので、すぐに持参した弁当を広げて食べることにした。今までなぜ気がつかなかったのかが不思議な小さな小屋があることに頂上に着いて今日初めて気がついた。誰も使っている気配はないが、その小屋のドアにはご自由にお使いくださいと書かれた立て札がかかっており、お言葉に甘えて、小屋の中で食事を済ませた。食事が終わってもまだ2時までは時間が余っているために少し仮眠をとることにした。実行時に眠気があると最悪だからだ。そうして、目覚めたころにはこの時間。少々長く眠っていたが、作動のボタンを押すまで準備が整えられていたため焦ることもなくその時間を待つ。思えば、長かった気がする。子供の頃から見えない雲の向こう側には少し憧れを抱いていた。あの雲の先には何があるのか。そのただ一つの疑問を解消するためだけに生きてきていた。そんな時、あの奇跡を目の当たりにして心が躍った。この機械によって何か、何かが変わると心から思えた。


01:45分いよいよその時が近づいている。緊張で気が狂いそうになる。人生の目標が成就されるのだ。正気ではいられるものか。100年以上前では、雨天中止という事があったらしいが、今の世界では雨天決行しかあり得ない。なんせこの雨は降り止まないのだから。それも今日で終わる気がする。そう考えると、心拍数が上がって止まらない。早くその時になれと、何度思った事だろうか。人生で最も長い10分。いや、10秒。いや、1秒を生きている。この時は人生でも忘れる事がないそんな気がする。


いよいよ時がきた。

震える体を抑えて秒針が動くのを眺めている。

あと30秒、この世界の理を大きく変えるかもしれない。

焦りで息が荒くなる。鼓動が大きく響き渡っているように激しく鳴る。

雨は激しく降っているはずなのに、静かにさえ感じた。

世界でただ一人になったような。宇宙でただ一人になったような。


3・・・2・・・1・・・






ふっと、機械から光が放たれる。









・・・それ以上は何も起こらなかった。

世界はあまりにも残酷で一筋の希望さえも奪ってしまったのか。

私は何のために2年間の日々を費やしたのか。

そう考えた刹那、気が抜けてその場で倒れ込んでしまった。





















ピピーピーピー

無機質な機械音が部屋に響き渡った。

「実験番号116番信号あり。実験継続です。」





















雨が降り始めて今年で、117年目になるらしい。120歳のひいじいちゃんが僕にそう教えてくれた。この雨が続くのには何か理由があるのだろうか。



僕が18歳のある日拾った設計図の

機械の作動は明日の深夜2時に行うことにした。

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