第17話 誰かの為の婚約者

「君が驚くのは無理がないね。俺も、君と王子の会話に驚いたよ」

「アリス様は王子と御婚姻をされて、子供まで……いる、と。私の代わりの婚約者はいなかったの?」

「俺が知る限りはいないな。いや、それがアリスだったと言う方が随分と正しい」

「アリス様が代わりに?」

「アリスの身分がわかったのもあるが、元々は教会側がアリスの能力とシスターとしての姿勢を買われて王宮に売り出していたのもある」

「それは?」

「詰まるところ、元々君とアリスは王子の婚約者としての立場を争う形になる様になっていた様だ」


 何だって?


「勿論、身分の問題もある為にあの学園を出た後に粛々と君と王子の婚姻が確実にとなる日前迄の計画らしいけどね」

「アリス様はそれを存じ上げていたのかしら?」

「いや、知らなかったと思う。今の話も、俺は継母から聞いているだけで、アリス自体も知らないんじゃないか?」

「つまり……、アリス様は元々彼の婚約者候補の一人だったと?」

「ああ。しかし、その事自体を今の王子は知らなそうだな」


 そうだ。

 王子はアリス様との結婚を迷っていると言っていた。

 相応しいのは私だと、死体の手を取って。

 どう言う事だ?

 それは……。


「……つまり、あの王子はリュウ、貴方よりも歳下だと?」


 リュウの知っている王子は、既にアリス様とご結婚されている。子供迄いるのだ。

 リュウと王子はローラと同じ歳のはず。

 つまりそれは、ここにいるリュウと王子の年齢の誤差に繋がっている。

 簡単な話、二人は私とフィンの様に全く同じタイミングで来ているわけではないと言う事だ。


「君の時と同様に、時間は一律ではないんじゃないか? 君達は、俺たちの時代に産まれた時間が違った様に、俺達はこの時代に来た時が違う。あの時の逆になっているのかも」

「……」


 つまり、それは……。


「ローラ?」

「いや、リュウの意見が正しいと思って。恐らく、アリス様とシャーナ嬢も違う時から来ているのか……」

「彼女とその友達も? 勢揃いだな。君の騎士も来ているのだろ? タクトと弟王子殿は……」

「いや、恐らくタクトしか来れてないんじゃないか? まだ、確認はしてないけども。フィン同様にランティスはこのゲームでは存在しない存在なんだ」

「でも、騎士殿は来ているんだろ?」

「フィンは私と一緒に来たんだけど、なんと言うか特別枠なんだよ。システム管理者にアバターを作らせてそこに入っていると言えばいいのか……」


 あ。

 しまった。

 こんな事を言ってもリュウは理解できないか。

 なんと説明したものか。

 そう首を捻っていると、リュウは成る程と小さな声を出す。


「このゲームに存在していないキャクターは入れないと言う仕組みか。しかし、まだ調べていないのだろ? 弟王子はモブキャラクターにチェンジしている可能性はないのか?」


 ん?


「……流石に、詳しすぎない!? 何で!?」


 何だ、モブキャラクターって!

 流石にあの時代にそんな概念も代名詞もないだろ?

 ない、よな?


「二日間食わず寝ずで本を読み耽っていたからね! 君の時代の事は少し詳しくなったよ! いやあ、未来は面白いな!」

「いや、二日しか経ってないだろ? 何だ? 何の本読んだんだ!?」

「ラノベだよ。ラノベ! 現代の学べる子供達から知識を借りるには彼らの読み物の力を借りる必要がある。最初は分からないものだらけだったが、三十冊越えた頃から段々とそう言うものがあるのかと分かってきたよ。それに、彼等の読み物中にも幾つかゲームの中に閉じ込められる話があった。まあ、所謂デスゲームと言うジャンルだが、状況は近いかな。俺達は既に死んでいるしね。いや、死にかけか? そんな些細な事、どうでもいいか。君と騎士殿以外は、大方俺と同じような状態だろ?」

「そうだけど……。話が早すぎる。適応能力が高すぎだわ。それに、死にかけじゃない貴方側の時代の人間が一人いるでしょ?」


 まったく。

 読書好きもここまで来ると一芸の一種か何かだな。


「ああ、王子か」

「そう。アリス様とご結婚されるならば、死んでもらっては困るわ。それに、私の死体もさっさと破棄して貰わなければ……。王子と一緒に仲良く埋葬なんて冗談じゃない。胸糞が悪過ぎる」

「言い過ぎだな」

「望んでないのよ。死者に人権がないのは分かるけど、元は私の体よ? 所有者に権利があるとは思わない?」

「王子も大概だと思っていたが、君も大概だな」

「大概で結構」


 胸糞悪いに変わりはない。

 私の持ち物は、私に所有権があるのだ。

 例え死体でも、持ち主は持ち主。

 どうせ、今は未だこの世界から出れないとなれば、口は挟ませていただくぞ。


「でもいいね。死すら二人を分つ事はできない、と。クライマックスに相応しい言葉だね」

「クライマックスでバレるならまだしも、序盤の序盤でコレは冗談でも胸糞悪い言葉だわ」

「小説には最高の台詞だと思うけど?」

「愛し合っていたら話は別かもしれないな。死んだ後、一方的に愛を擦り寄らせる類のものは虫唾が走るわ。私が一番嫌いな類よ」

「悪役令嬢に相応しい台詞だな」

「悪役令嬢? ああ、そうね。そう言う類の本もあるのか」


 そう言えば、そんなジャンルがあると先輩が熱く語っていたっけ。

 私はライトノベルに明るい方ではない為に、読んだ事は残念ながらないけども。

 それにしても、一体なんのチョイスで成り立っているんだ。この図書館は。


「ああ。多種多様にあったよ。君も一種の悪役令嬢だったんだろ?」


 悪役令嬢か。

 厳密な定義は分からないが、恐らくローラも。


「そうよ。このゲームの中でローラ・マルティスは傲慢で冷徹な嫌われ者の悪役令嬢さ。現実世界でも、噂のお陰であまり変わりは無かったがな」

「確かに。しかし、悪役令嬢に転生している彼女達はどれも自分の死を回避しようと右往左往しているのに、君と言ったらその真逆だな」


 ああ、そんな話だったけか。

 悪役令嬢に転生した女性達が自分の決められた運命に抗う物語。


「違うとは、随分な言い方だな」

「だってそうだろ? 自分の運命を変えようと可憐な乙女達は皆鼓舞していると言うのに君と来たら、赤の他人の運命を変えるのに自分の命を投げ出して、最後の最期には実際放り投げている。有言実行過ぎるだろ?」


 成る程ねぇ……。

 確かに、私は私の運命には抗えなかった。いや、ローラの運命か。でも、そんなもの些細なものだろ?


「彼女達とは目的が違うだけだ。私は、自分の命をそれほど高価な物だとは思っていないし、生前と同じで幸せになるルートも皆目見当たらなかった。そんな人生を長引かせるなんて御免だし、一度死んだと思った体験をしている。何度死んでも同じだろ? そもそも、友達もおらず、誰からも嫌われてるんだぞ? いくら出生が高貴で幸運でも存在価値なんて歪んでくよ。それに、私には自分よりも高貴な場所に居られる女神がいるんだ。彼女の運命を切り開く方が私の中で重要で大切。勿論、こんの私の命よりだ。そう思えば、彼女達となんら変わらないんじゃないか?」


 アリス様の決められた運命に抗う。

 いや、少し違うか。

 プレイヤーとして微力ならがに導いていた大役を、僭越ながら私が、ローラが代行しようとしていただけか。

 でなければ、か弱く優しい彼女は直ぐに折られる事になっていた事だろう。

 それに加え、平民という階級から来る悪意に対してのエスケープゴーストとしてもローラは実に優秀だった。

 だからこそ、自分の運命を変えるつもりはなかった。

 変わってしまえば、彼女の盾にすらなれない。

 私の命なんて彼女の命の足しになれば、なんだってよかっだんだ。

 それだけの話だ。


「第一私はあの時代がゲームの中だと分かった時点で、死ぬつもりでいたしな。ゲームの中のローラはどのルートでも悲惨な死を遂げていた。勿論、国外追放とか、何もない事もあるが、圧倒的に死にエンドが多い。私もそうなるのだろうなと、薄々予想を立てて覚悟はしていたんだ。どの場面に出食わそうが、アリス様の命の足しになればいい。いつだって死ねると思えた。フィンが、彼女がいなければ最後迄ね」

「彼女が何か?」

「私が死んだら、彼女も死ぬのよ。彼女は私で私は彼女。主人と騎士の関係だけではない。私の失った腕に、彼女はなったの。だからね、死ぬ時は一緒なのよ」


 だから、私は死ねなかった。

 最後の最後で、彼女を殺したくないと手を取って。

 ある意味それが、私にとっての悪役令嬢としての最後の悪役としての責務だったのかもしれない。

 まあ、結果は何処を見ても悲惨だがな。


「他の悪役令嬢は、もっと世界を楽しんでいたのに…前世の特技や経験を活かしていたよ?」

「私も十分に活かせてれていたわよ。嫌われ者って特技をね。お陰で、貴方みたいに楽しくはなかったけど。貴方は楽しいでしょ?」

「勿論。僕は今、最高に満喫しているよ。芥川龍之介は読んだかい? 彼の物語は素晴らしい!」

「勿論。こう見えても、私も向こうの時代では本好きなのよ? なんの話をしましょうか? 語る相手に不足は無いわね」

「ああ、矢張りローラはそうではなくては。では……」


 本好きの為の本の話は終わりがない。

 その友情がいつ迄も物語がある限りは続く様に。


「ああ、夜が明けてしまうな」


 ふと、本の話に花が咲いたリュウが窓を見れば薄らと暖かい光が遠くにある。

 我が祖国の物語に夢中になり過ぎてしまった様だ。


「そろそろ帰らないと、朝食に間に合わなくなってしまうわね」

「それは大変だ。急ぐと良いよ」

「ええ、そうさせて貰うわ」


 私が立ち上がると、リュウは私の手を掴む。


「リュウ?」


 自分から退出を促していたのに。

 一体、どんな心変わりか。


「俺は、君を許さない」

「……ええ。そうでしょうね」


 それが、人だ。

 文句も異議もない。


「だけど、矢張り俺は君が好きな様だ。俺は、君と言う人間が、とても好きなんだ。君を忘れる事は出来ないし、君を見て何も思わないなんて、出来ない。だからこれは、俺の自分勝手な提案だ」

「提案?」

「俺を使い捨てたいんだろ? 是非、使い捨ててくれ」

「……リュウ」 


 リュウの言葉は嘘ではない。

 そうだ。

 私がここにきた理由は、リュウを利用する為だ。

 友情なんて綺麗事、ただのお飾りな言葉。

 話を素早く流す為だけの手段でしかない。

 リュウには恐らく最初から分かっていた。分かった上で、今の私を品定めしていたのだ。

 それを咎める事なんて、出来るはずがない。

 私もまた、同じなのだから。


「申し訳ない、ごめんなさいは要らない。俺はね、ローラ。君の人として欠けている所が好きなんだ。悪魔染みたその脳味噌から吐き出す答えが好きなんだ。まるで、それは宛ら物語の主人公の様に。そして宛ら物語の悪役の様に。悪知恵も、叡智も全てを絡めとる君を愛しているんだ。その姿がまた間近で見えると言うのならば、この図書館にある全ての本よりも面白い事だとは思わないかい?」

「飛んだ、殺し文句だな……。まったく。だが、別に使い捨てる気は更々無い。協力してもらうだけだ」

「切り捨てるつもりで使ってくれよ。其方の方が物語が加速するだろ?」

「物語を語るつもりはないからな。それは別問題だよ。でも、助力は借りる。文句は言わせないわ」

「勿論」


 リュウは私の手を話、両手を広げた。


「この図書館に住う俺が、君のどんな願いでも叶えようじゃないか!」


 許さない代わりに、お互いをお互いが利用する。


「あら、悪く無いわね」


 別に許さなくても良い。

 私で遊びたいのなら、何処までも私で遊んで面白がってくれてもいい。

 骨髄まで弄べ。


「私の願いはーー」


 でも、それは此方もだ。




「夜遊びにしては、随分と早いお帰りですね」


 事実に戻れば、フィンがお茶の用意をして私を待っていた。


「ええ。始発を待つ距離じゃなくて良かったわ」

「大人だなぁ」

「大人ですもの。さて、フィン。此方の仕事は終わったわ。貴女はどうだったの?」

「アスランは問題ないですが……」

「ですが? 何が問題でも?」


 随分と含んだ言い方だな。

 食堂で別れたフィンと私はお互いのやるべき仕事をこなして来た筈だ。

 私は、リュウの勧誘。

 フィンはアスランの勧誘と……。


「タクトが確認出来ませんでした」

「確認が?」


 タクトがこのゲームの中に転生しているかの確認だ。


「それは、転生についての?」

「いえ、存在です」


 フィンは首を振るう。


「位置の確認は?」

「ええ勿論。マップを使って確認しましたが、そこにタクトは居なかった」

「つまり、タクトのキャラクター自体が消えていると?」

「恐らく」


 フィンは私の顔を見ずに、頷いた。


「……転生していないキャラクターは存在すらないのか?」

「タクトだけですからね。存在自体が消えているのは」

「あの時代にいたこのゲームでキャラクター化されてるのはアリス様、シャーナ嬢、リュウに王子、そしてアスラン」

「最後にタクトです」


 確かに、タクト以外は転生を確認されている。

 アリス様とシャーナ嬢は推測だが、それには十分な証拠もあるぐらいだ。


「確かに、ゲームの世界にあの時代から入るにはセーラと言うイレギュラーのお陰だし、私達の所にはタクトはいなかった。このゲームの中に入れる資格はないと言うことかしら?」

「タクトもランティスも、今日は仕事のはずですしね」

「え、ええ。そうね。そもそもあの二人ば私たちがこのゲームの中に入ってることすら知らないでしょうに」


 ふむ……。


「タクトの穴は埋められない、か。まあ、いいわ。作戦の練り直しをすればいいだけだし、それ程痛手は無いはずよ」

「ええ。それで、如何しますか?」

「何をかしら?」

「今からお休みになれます?」

「ああ、フィンは休んだの?」

「いえ、私もつき先程戻った所なので」

「私はいいわ。貴女の方が仕事量が多い。後片付けは私がやるから休みなさい」

「いや、それは流石に……」

「貴女は私の騎士であって、召使ではないわ。それに、私たちは貴女がケーキを。私がカレーを用意する様な仲でしょ? それとも、私がローラだと勝手が変わるのかしら?」


 リュウの君は変わった。

 あの問いに未だ答えはない。


「変わりますよ」


 フィンは無表情で座る私を見下ろす。


「今の貴女がローラ様なら、私は貴女の騎士、フィンに変わる。貴女が変わるなら、私もだ。貴女だけが変わるなんて、有り得ない」


 それは、いつにも増して強い言葉だった。

 私は、変わってしまった?

 もう、安田潔子じゃないなの?

 姿が変わっただけで、何一つ変わらないものではないの?

 心が同じなら、同じ人間ではないの?

 でも、それは……。

 私一人じゃないかもしれない。

 私がローラではなくなった様に、フィンもまた、フィンではない。


「……それも、そうね。飛んだ思い上がりをしていたものだ。でも、私は傲慢で我儘な悪役令嬢のローラだから、意見を変えるつもりはないわね。主人の命よ、騎士様。聞きなさい」

「ローラ様」

「それに、少々考える事もあるのよ。リュウと話せたのは今日一番の収穫だわ」

「あの長髪野郎は何と?」

「世間話よ。貴女も、そう言う事にしときましょう。お互いね」


 私の言葉に、フィンはぐっと飲み込んだ顔をする。

 果たして、それは毒が薬か。

 今はどちらでも構わない。何方でも支障がない。


「さあ、早くお寝んねしましょうね。私の騎士様」

「……狡い」

「偶然ね。それ、リュウにも言われたわ」


 あははと声を上げて笑い、フィンをベッドに押し込むと私は一人フィンが用意したお茶を啜る。

 窓には既に朝日が届いていた。


「さて、と」


 考える事は山程ある。

 でも、一番は……。

 私の事だ。




「おはよう」

「本当に寝てないんですか?」


 起き上がったフィンに、私は笑顔を送る。


「まさか。少しは仮眠をしたわ。それ程若くないもの」


 嘘だ。一睡もする暇なんてない。

 しかし、ある程度は問題ない事をリュウで実装済みだ。

 矢張り、この世界で睡眠、食事、排泄はある程度必要とされていない。

 当たり前だ。電子の世界に過ぎないと言うのに、実際の生活が必要になる事は稀だろう。

 しかし、それをフィンやセーラに悟らせるのはまだ早い。

 出来るだけ、自分の時間を確保しておかなければこのゲーム、何処かで必ず詰んでしまう。


「朝食、どうしますか?」

「セーラは起きているからしら? 貴女はシャワーでも浴びたらどう? 目が覚めるわよ」

「お言葉に甘えて」

「ええ。その間に私はセーラの様子を見に行くわ」

「私が戻った時には寝ていましたよ。アレは本当にデータなんですかね?」

「え? 今、そこ疑うの?」


 もう終わった話ではないのかと、目を丸くしているとフィンがため息を吐く。


「ローラ様、戻ってますよ」

「え、あ、ご、ごめん」


 こうも突拍子もないと、思わず何時もの調子に戻ってしまう。


「まあ、朝はいいか。どうせこっちに来ても弱いだろうし」

「え? 何が弱いの?」

「いえ、独り言ですよ。 まあ、今はいいでしょう。用心に越した事はないが、あまり集中し過ぎてもアレですし。話を戻しますね。ローラ様が考える懸念見たいものではないんですけど、アレを見ていると普通の人間に思えて来るんですよね。あんなにも無防備にぐーすか寝てられてら、データって何だって思いません?」

「あー。そういう意味でね。気持ちは分からなくわないかな。何か、向こうの世界にいた時にちょくちょく会ってたローラ……、じゃない。セーラとは少し違うんだよね」


 違和感が無かったわけじゃない。

 あの時、私に助言を与えていた彼女は明らかにゲームの中のローラの様だった。

 しかし、今はその片鱗すら感じない。


「でも、心を持って変わったならあれぐらい人間味が出てくるもんじゃないの?」


 それを成長と言うには些か乱暴すぎかもしれないが。


「……フィンは、本当にセーラの事を疑ってる?」

「前にも答えたと思いますが?」

「そうね。疑ってる」

「ええ。それも、かなり。何ですか? お説教です?」

「あのね、私が皆んな仲良くして〜! とか、言うと思う?」

「思いません」


 真顔で言われても悲しいが、事実だから仕方がない。


「でしょ? 正直、疑ってるのはいいわ。私の中では些細な問題に過ぎない。態度に出さなきゃ何も言わない。全人類分かり合えってのも無理なのに、種族の垣根を超えてまでそんな事をしろなんて、一ミリも思わない。けど、思い込みだけは主人として許さないわ」

「思い込み、ですか?」

「疑うのはいい。しかし、決定打を自ら探すな。現れた時にのみ対処しろ。他の可能性なんて数多ある。重箱の角を突いて出てきた埃をを鬼の首の様に持て囃すな。重箱の外には、鬼がでかい顔して歩いてるんだから」


 私は顔の前で手を組んでフィンを見た。


「つまり私は、全体を見る事を怠らないのであれば、好きなだけ、私すらも疑いなさい。と、思うの」

「疑って欲しそうですね」


 フィンは目を細める。

 この子は、賢い。

 私なんて足元にも及ばないぐらい、生きるのに賢い。


「正面切って言われると、困るなぁ。そうだよ、私の事を疑って欲しい。けど、残念ながらそれは今ではないのよ」


 生きるのに賢き者に、嘘など何の意味があると言うのか。


「私を疑って欲しい時にお願いするから、その時は全力で疑ってくれる?」

「……ローラ様が疑って欲しいなら疑いますけど、それって何か意味あるんですか?」

「え? ないかな?」

「ないでしょ? だって、それ、自分が犯人ですって言いたい時でしょ?」


 自分を疑ってくれと頼む時。


「そうかな。案外、助けてくれって時かもよ?」


 ケラケラと笑いながら、私は意地悪く笑った。

 ねぇ、フィン。

 私を、助けてくれるかしら?




次の更新は10/21(水)となります。

お楽しみに!

※今回は大変遅刻をしてしまい申し訳ございませんでした。

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