第14話 誰かの為の塔の中

 フィンの態度から、不穏な空気が漂い始めている。

 セーラはさめざめと涙を流し、私達二人が争う姿をこれ以上見たくはない様だ。

 これでは、話し合いにすらならないな。


「今日はもう話し合いにならないわね。明日にでも改めましょう。セーラ、貴女はしっかりと休んで頂戴。では、おやすみなさい」

「え……」

「大丈夫よ。フィンとはよく話し合うから」

「……はい。わかりました。おやすみなさい」

「ええ。お休みなさい。食事はここに運ぶ様に寮母達に伝えておくから」


 私とフィンはセーラの部屋を出ると自室には戻らず廊下に出た。


「フィン」

「……撤回は致しませんよ?」


 苦々しい声での抵抗に、思わず笑いそうになるが、それでは駄目だ。

 全く駄目だな。

 常に頭が動いている状態で上手く緊張感が維持できなくなってしまっている。


「早いって。まだ何も言ってないから」


 肩を竦めて言えば、フィンも同じ様に肩を竦めた。


「慣れませんね」

「慣れてもらったら困るけどね」

「一生慣れそうもないのでご安心を。今世は安泰ですよ」

「来世も安泰でいて欲しいけど?」


 二生、三生ぐらい迄、慣れそうもないでいてくれ。


「でも、良かったのですか? あのままセーラを放置して」

「本気で疑ってるの?」

「私はいつでも本気ですよ? ただ、その疑問とアレが一緒にできたからまとめただけですし」


 まるで節約術の様な言い方をしてくれるな。

 こちらは気が気じゃなかったというのに……。


「……第一、私はセーラを疑ってないし、それに……」

「それに?」

「恐らく、今はそれが一番適切な答えだと思う。正解ではないけど、適切な答えが選べれたと自分では感じているの。話し合いに戻れる雰囲気でもなかったし、何よりも時間がない。その準備の時間を作る為の適切な答えだったのよ、アレは」


 私はフィンを見る。

 時間がないのは、彼女も同じだ。


「そうですね。流石はローラ様です」

「褒めても何も出ないわよ。それに……、時間は出来るだけでも大目に用意しておきたい。少しだけ確認しなければならない事があるしね」

「確認、ですか?」


 フィンの言葉に私は静かに頷いた。


「フィン。出来れば、私はここから五体満足に出ていきたい」

「ええ。それは私が命に変えても実現させます」

「有難う。でも、出来ればフィンも同じ条件の元帰りたい」

「できれば、嬉しいですね」


 フィンは何処か他人事だ。

 何故だろう。少し気になるな……。

 しかし、今はそれどころではない。

 意識を話に戻さなくては。


「それが、今の最重要項目だと思ってるの。この問題を起こした犯人なんて正直どうでもいいし、理由なんて知った所で。何なら、私達二人には用がないから帰っていいと言われれば私はそのまま帰るわ。問題も何もかも全て置き去りにして」


 そして、外から何食わぬ顔でリセットをかける。

 真相?

 真実?

 そんな物はいらない。

 私には関係ない。

 闇の中へどうぞ。


「ええ。それが正しい。私も同意見です」


 フィンは恐らく私以上にこの世界の真相も真実も必要としないどころか興味などないだろう。

 私と一緒で、フィンだって少し暴れられればいいと思っているかもしれない。しかし、永遠にここで暴れる事が幸せかと問われれば、そうではないのだ。

 確かに、今は楽しい。

 あの頃を思い出させる匂いに酔い痴れながら、欲望のまま狂って行く。

 しかし、それは即物的なもので目的ではないのだ。

 目的はただ一つ。我々は元の世界に帰る。

 それだけ。

 その過程で、この問題の真相やら真実やらに近付かなければならないならば、我々は調べるまでだ。

 ただ、それだけだ。

 だけどね。


「でも、一つだけ。私達が帰る事以外に何よりも優先させなければならない事があるの」


 それこそが、この問題の最悪なシナリオなのだ。


「それは?」

「アリス様よ」


 私はフィンを見れば、彼女は呆れた顔をするわけでも、笑うわけでもなく、ただ冷静に私に視線を返す。


「何故?」


 理由を聞くのか。

 まったく。自分は何も教えてくれないというのに。

 だが、そんな事で拗ねていても致し方ない。


「今、あの時代を知る人間がゲームの世界にいるイレギュラーな事態が起こっているわよね?」

「ええ。私とローラ様。それに王子にアスランですね」

「そう。でもね、本当にそれだけかしら?」


 私はフィンに首を傾げる。


「……ローラ様は何かを存じ上げている様だ」


 どうやら、少々わざとらしかったか。

 慣れない事はするべきではないな。

 王子の教訓がどうやらいかせていない様だ。


「ねぇ、フィンはこれを覚えている?」


 私はフィンに向かって掌をぐっと握って拳を作ってみせた。


「殴る合図ですか?」

「そんなわけないでしょ?」

「確かに、何も言わずに殴りつけた方が相手も怯みますし、当たりやすいですよ」

「殴らないってば。え? 本当に忘れちゃった?」


 んー。確かに、日常のひと枠みたいな感じだったし、そんなに印象がないと言われれば、そんな気もしてくる。

 なにせ私はアリス様オタクだ。

 そんな日常的な一コマも宝物の様に大切に仕舞い込んでいるが、フィンはそうではない。


「そっか、覚えてないかぁ……」


 四人の秘密の合図だと思ってたのになぁ。


「……はぁ。できれば早く忘れて欲しかったんですけどね。そんな悲しそうな顔しないでくださいよ。覚えてますから」


 フィンはそう言って私に掌をぐっと握って拳を作ってみせる。


「ご機嫌様、でしょ?」

「あら? 覚えてたの?」

「嫌ですけどね。ローラ様も早く忘れて下さいよ」


 そう言いながらフィンが心底嫌そうな顔をした。

 何だ?

 美しい思い出ではないのか?

 私の場合、アリス様が絡めば全て美しい思い出だけどさ。

 でも、フィンもアリス様やシャーナ嬢の事を可愛がってたし、少なくとも悪いイメージや思い出なんてないよね?

 この挨拶で、何か嫌な事あったけ……。


「あっ」


 私が声を上げると、フィンの嫌そうな顔が一層と深くなる。


「あははは。あの事ね」

「思い出さんでくだい」

「忘れてたけど、フィンが思い出させたんだよ?」


 そうか。そうだな。

 あの時の、幽霊騒ぎで珍しく震えたフィンを見たんだっけ?

 成る程、それを思い出して欲しくないが為に、知らないフリをしていたのか。

 たまに、歳相応の可愛さを見せてくれるのが彼女の魅力の一つだろう。


「誤解がない様に言っておきますが、今は平気ですからね?」

「あれもあれで可愛かったわよ?」

「早く忘れてください……。本当に、思い出す度に耐えがたい苦痛が込み上がってくるんですから……」


 どうやら、彼女の中では立派な黒歴史になっているらしい。


「……で。それがどうしたんです?」

「それをね、見たのよ。私」

「え?」

「アリス様とシャーナ様が、私達二人に向かって、ご機嫌って」


 私は再度、フィンに掌を握ってみせた。


「……まっ」

「最初は見間違いかと思った。次に、ただの偶然。ただの偶然に私が見たときにたまたま掌を二人同時に握りしめただけかと思った。だってそうでしょ? 普通ならばあり得ない事だ」


 そう。

 あの時の答えは、これだった。

 だって、そうだろ?

 あり得ない。

 ここに、あの人達がいるなんて、あり得ない。

 でも……。


「それがあり得てしまったと?」

「ええ」

「成る程、つまり、ローラ様はアリスもシャーナもあの時代からここに来ていると言いたいのですね」

「ええ。そうよ」

「嬉しい再会には違いないとは思いますが、それが今回の話にどの様に関係してくるのです?」

「ねぇ、フィン。この世界の魔法って覚えてる?」

「魔法?」


 フィンは私を見る。

 魔法なんてないこの世界に、突如現れた魔法。

 それが魔法ではないのか?

 いや、違うんだ。

 ずっと前から、私達が慣れ親しんだ唯一の魔法が、ここには存在している。

 それは、とてもあやふやで、現実には酷くお粗末で、それでいて、最悪の限り人を振り回し続けた魔法である。


「これはあくまでも、推測よ。だけど、可能性は高いという話。彼等は騎士団所属なのにも関わらず、たった三人で来た所を見れば、恐らくは調査などの戦力を必要としない仕事ではないかと思われるわ」

「ええ。確かに」

「そして、彼等の騎士団の前に魔法が付くということは、今回の目的は魔法特有の何かである事が伺える」

「そう、ですね」

「では、この学園で魔法と言えば?」


 そう。

 魔法が存在しない世界で、唯一の魔法がここには存在するのだ。

 今度はフィンがはっとして顔を上げる。


「アリスの、予知夢……」

「そうよ、フィン」


 そして……。


「もし、あの時代のアリス様にすり替わっていた場合、ありすは魔法も予知夢も使えない」

「それは、最悪なシナリオ可能性も?」

「大いにあり得る話ね」


 あるものが、ないのだから。


「成る程、分かりました。ローラ様はアリスも守りたいと?」

「それは少し違うわね」


 私はフィンの言葉に首を傾げて少し笑った。


「アリス様の歩まれる道に小石一つ許したくないだけよ?」


 それは、騎士だろうが、システムだろうが、バグだろうが。


「だから、フィン。先程は貴女の我儘を聞いたのだから次は私よ?」


 私の女神の前には何一つ許されないのだから。




 塔の中で、一人の男が起き上がった。


「ここは……」


 目が覚めたら、そこは見覚えのある夢の世界だった。


「どう言う事だ?」


 絶対に二度と踏み入れる事は許されない、自分にとっては忌々しい因縁の場所。


「……どうして? こんな場所に?」


 黒いフードを握りしめて呟けば、答えの代わりに風が揺らめく。


「どうなっているんだ……?」


 確か、朝練が終わって、家に帰って、プリンの散歩に出かけて……。

 まさか、あの時の様にまた!?

 いや。違う。まだ記憶の続きがある。

 プリンの散歩から帰ったら、妹が友達が来るからとリビングから追い出されたんだ。

 そうだ。入試の勉強をしろと母親にドヤされて、部屋に戻って……。


「普通に、寝た、よな?」


 そのままやる気も起きずに携帯片手にベッドに入った。

 そこからだ。

 そこから記憶がない。

 だからこれは……。


「夢、だよな……?」


 血濡れた手は、今日も綺麗な筈なのに。

 なのにどうして、少しだけ重いのだろうか。

 



次回は9/23(水)更新予定です。お楽しみに!

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