第13話 誰かの為の二つの舌

「しかし、何故ここで魔法なんですかね? あのエラーでは通常処理に戻ると書かれていたはずですよ、ローラ様。明らかにこれはゲーム内では通常ではない」

「そうね。どう考えても、逸脱している」


 通常ではあり得ないムービーも、その内容も。


「第三魔法騎士団なんて、向こうの時代でも聞いた事がないわ。そんな夢がちな集団なんて、占い師達がいた所ぐらいでしょ?」

「宮廷何とかって奴ですよね。そもそも、占い師と騎士団は関与し合えないはず」

「なのに、今回は嫌に仲が良さそうね」


 師団迄も作り上げているのだから。


「あの甲冑、フィンは見覚えある?」

「いえ、デザイン的も現代のファンタジーですよ。あの時代にあんな先鋭的なデザイン、存在しないですからね。よくよく考えてみても下さい。家紋ですら簡易的なものの組み合わせしかなかっでしょうに」

「そう言えば、そうね」

「でも……」

「フィン?」

「……いえ、何でもないです。ローラ様こそ王子の婚約者で会った時にお聞きした話で近いものはなかったですか?」

「私? いいえ。そもそも、それ程深く王宮に関わってた訳でもないし……。でも、そんなものがあるのならば、流石にお父様の耳に届くでしょうし、何よりもランティスやタクトから話を聞いててもおかしくないとは思うわ」


 少なくとも、あの時代の彼らにとっても魔法とはあり得ないものの象徴だった筈だ。


「そうなると、本当に突然、出てきただけだな」

「ええ」


 本当に突然。

 それも、唐突に。

 これもセーラが前に行っていたプロトタイプの名残なのだろうか。

 いや、しかし、あの二人が魔法なんて設定をこの世界に自ら付けるとは考えにくい。

 あいつらも、このクソみたいな時代に身一つで生きようとしていた奴らだ。

 こんなご都合だけのものの関与など許すとは考え難い。


「どうしますか? ムービーが始まったと言う事は、あいつらは既にこの学園にいると思っていい。今のうちに寝首ぐらいかきますか?」

「そうね……、と言いたいところだけど、その提案は採用出来ないわね。彼らが私達の近道になるかもしれない訳だし」

「近道、ですか?」

「このゲームは本来ならこの一年間を過ごさなければならないゲームよ。クリア条件はそれ。でも、あいつらのお陰でゲーム自体に変化が出てきた」

「ならば、クリア条件も変わる可能性があると?」

「可能性の話だけど、馬鹿にはできない」

「ならば、尚の事ここで首をかかねば。あちらの戦力がわからない今、先手は必須では?」


 フィンの言う事もわかる。

 奴等の目的は不明。

 しかし、騎士団所属なのにも関わらず、たった三人で来た所を見れば、恐らくは調査などの戦力を必要としない仕事ではないかと推測は出来る。

 そんな仕事に来たばかりだ。

 油断ならば今しかないだろう。

 しかし、だ。


「目的以上に奴等の言う魔法の正体が分からない」


 魔法なんて便利な言葉だ。

 あり得ないものを人を魔法と呼ぶのだから。


「もし、この時代には有り得ない近代兵器を魔法と呼んでいるのならば、いくら油断しているとは言えこちらが不利になるのは確実。最悪、ミイラ取りがミイラになるしかない」


 この時代には有り得ない、銃一つでもそれに入る。

 銃は恐ろしいものだ。

 騎士が剣を握って力を込めて振りかざし相手に近寄り仕留める動作を引き金一つでやってのけられる。

 勿論、それ以外にも毒ガスやらの化学物質、ウイルス、バイオ等可能性は多岐に渡る。


「失敗した場合、死ななくても致命的な傷を負わされる恐れがある。貴女がそうなれば、こちらの戦力はガタ落ちだ。それは我々が最も避けなければならない事。クリア条件が変わった可能性があると言うことは他の可能性もあるからな」

「……クリアが不可になる可能性ですか?」

「ええ。その通りよ」


 そうだ。

 我々はただ一年間ここに幽閉されれば済む話だったのに、それだけでは済まなせれなく可能性は捨てきれない。


「今、博打を打つのは得策では無い」

「理解しました。浅はかすぎましたね」

「いいのよ。色々な可能性を言い合わなければ、辿り着けない答えはある。一人であれやこれやと考えた所で、私だけでは決して辿り着ける訳はないのよ」


 一人の凝り固まった思考など、何の役に立つのか。

 勿論、立つときは立つさ。

 だが、そんな都合のいい時ばかりではない。

 現に、私はフィンの助けも、ランティスの助けも、タクトの助けだってあの時には必要だった。

 一人と言う括りでは、どうしても越えられられない壁があるのだから。


「……ローラ様、少し楽しそうですね?」

「え? こんな事態なのに? そんな事はないと思ったけど、顔にでてるのかしら? いやね。私ったら不謹慎ね」

「いえ、何と言うか……、ローラ様みたいで」

「私、ローラ、だけど?」

「……ええをローラ様は矢張りローラ様だなと。微笑ましくなりましてね。楽しいのは私だけかもしれません」

「フィンは楽しいの?」

「……日常よりは。さて、お茶が冷めてしまいましたね。私は入れてきますので、ローラ様は引き続きここでセーラを」

「ええ。見ておくわ。行ってらっしゃい」

「はい。では」


 フィンは小さく私に頭を下げると、部屋から出て行った。

 そんな時の女の後ろ姿を見送ったまま、私は思わず自分の口を手で押さえる。


「あはっ!」


 隠し切れない、己の狂気を隠す様に。

 駄目だ。

 フィンには気付かれていると言うのに。

 取り繕うとしても、何度も何度も、笑が溢れる。

 こんな事、ダメだとわかっているのに。

 喜んではいけない。

 慌てふためていて、泣き崩れなければならない。

 普通ならば、そうしなけれらならない。

 わかっている。

 わかっていると言うのに。

 あの時代に味わった高揚感が、抑え切れないほどの快楽を私に与えてくれるのだ!

 二度と味わえないと思った蜜の味が!!

 私の存在意義と存在場所が同時に押し寄せてくるのだから!

 私が、私こそが、ローラ・マルティスと言う、実感が。

 楽しい?

 勿論。

 楽しいんだ。

 私は、今、最悪な事を考えていると言うのに。

 最悪なシナリオが頭の中で出来上がっていると言うのに。

 それが楽しい。

 嬉しい。

 抑え切れないほどの興奮が。

 だってそうだろ!?

 私はまた、そう、また! あの日の様に!


「命を賭けれる大義名分が手に入ってしまったんだ……っ」


 ああ。

 駄目だと分かっていると言うのに。

 狂い出しそうな程、愛おしい。

 この緊張が、この背徳が。

 私の中の、開けてはいけないパンドラの箱がペロリと舌を出すのだから……。




「こ、こんな事、ありえて言い訳がございませんっ!」


 寝室に響いたのは、あのムービーをみたセーラの声だった。


「矢張り、このムービーはプロトタイプで用意されていたものでもないのね?」

「魔法!? あり得ない! この厳粛な世界に、そんな不埒な物が存在する事自体が創造主たるランティス様とタクト様への冒涜ですっ!」


 やっと目覚めたかと思えば、まだ混乱を極めているのかと思う程のヒステリックさだ。


「一体、この世界に何が起こっているの!?」

「さあ? よくない事だろ?」

「そうね。今はそうとしか言えないわ」

「お姉様もフィン様も元の世界に戻れないのに、何故そんなに冷静でいられるの!?」


 ああ。

 矛先が此方に来たか。


「セーラ、落ち着きなさい」

「落ち着いていられるわけがないっ!」

「では、嘆いて泣き喚いて、ヒステリックに怒れば解決するの? この問題は」


 こんな事、あのクソみたいな世界で私達は死ぬ程体験してきた。

 姿がわからない敵など、いつもの事だ。

 目的も分からない。

 敵の攻撃の正体も分からない。

 あの時代のあの事件と同じだ。


「だからって……っ」

「別に、貴女を正論で殴り付けようとするつもりはないのよ。喚いて泣きいて怒りたいなら、そうしなさい。止めないわ。ただ、ここにいる全員がそれをやった所で何にもならない事を知ってるのよ。私達は」

「お前がそうであれとは、ローラ様も仰っていない。嘆くなら思う存分やるがいい。なんなら、一人にしてやろうか? わたしもローラ様も別の部屋で話している。それぐらいの配慮ぐらいは出来るぞ?」

「……何でっ」


 フィンの言葉に、セーラはシーツを握りしめる。


「何?」

「何か不満か?」

「何でっ! 何でお二人とも私を責めないんです!? 私のせいで、お二人はこんな事に巻き込まれてるのにっ!」


 セーラは泣きながら叫んだ。

 あー。

 そう言う事。

 セーラは気にするタイプなのか。

 それもそうか。このセーラはなにせ委員長タイプの人間だ。

 他の人よりも人一倍責任感が強くてもおかしくはないか。

 そう言えば、そんな思考すっぽり頭から外れていたな。

 いけない、いけない。

 また、普通から逸脱する要因を作ってしまっている。

 そんな自分に心底呆れ返ってしまうな。


「セーラ……。そんな事を気にしていたのね。御免なさい。情報ばかり与えて、貴女の気持ちを考えなかったわ。確かに、私達は貴女に呼ばれてきたけど、貴女を責める理由はない。だってそうでしょ? この問題を起こしたのは、貴女ではないのだから」

「でも、私はなんと軽率な……」

「軽率な事をしたのは私達よ。帰ろうと思えば、初回の説明で帰れたのに、居座ると決めたのは私達。それにね、責め権利を持っているのは貴女も同じよ?」


 私はセーラを見る。

 セーラは怯えている。

 私達に責めれられる事を恐れている。

 悪役令嬢だろ。

 責められる事ぐらい、慣れに慣れてるはずなのに。

 皮肉なものだな。

 心を持てば、弱くなるなんて……。


「私にそんな権利は……」

「この世界で、明らかに私達は足手まといだ。生身の人間であるが故に、貴女が試せそうなものの可能性を粗方潰している。私達が居座ると言ったせいで」

「それは違いますっ! お姉様達は……っ」

「同じ事よ」


 同じ事なのだ。

 これこそ、全て両者ともに自己責任の問題だろう。

 だからこそだ。

 だからこそ……。


「お互い責めるべきでは無い。おあいこって奴よ」


 私はセーラの髪を撫ぜる。


「それに、ね。今は誰かを責める時では無い。相手が分からない今、我々は我々でしか補えないものがある。私には知恵が、フィンには武力が、そしてセーラ。貴女にはデータが。其々何一つ欠けたら今後どんな多大な影響があると思っているの? 確かに今は、自分を責めたい気持ちは分かる。自分を悪者にして、茶を濁したい気持ちもわかる。それを悪いとは思わない。やりたいだけ、やりなさい。だけどね、私達全員がそれをやったらどうなると思う?」

「どうなるって……」

「微かなチャンスを逃す事となるのよ。それが、最後のチャンスだと言う事も気付かずに」


 全員が目を背けて、己に篭ってしまえば、掴めるはずのものも気付かない。


「今は貴女が落ち着けるなら、なんでもしなさい。環境ぐらいいくらでも作ってあげるわ。でも、私達二人を巻き込む事は許されない。今は私達二人が、目であり耳となるから。それを邪魔する事だけは、三人が助かるためにも絶対にあってはいけない事よ」


 セーラは俯き涙を流した。

 言い方がキツかったか?

 しかし、ここで優しさなどは要らないだろう。

 それこそ、彼女が望むことでは無い。

 責任感が強い彼女こそ、そんな腫物に触る様な態度を許すはずがないのだ。


「……御免なさい」


 ただ、そうセーラが呟く。

 肩は小さく震えながら、ただただ、それだけ。


「いいのよ。セーラ。今はお好きなだけ泣きなさい」

「……いえ。そんな事は、しないです」


 涙に濡れた目を、セーラは私に向ける。


「この謝罪は、先程までの自分の不甲斐なさに対する、いえ。お二人に迷惑をかけた謝罪です。私も、力になりますからっ!」

「セーラ……。心強いわ。ありがとう」


 意外に、芯が強いな。

 もう少し時間がいるかと思ったが、そうではないか。

 誤算だな……。

 しかし、それならそれでいい。

 まだ、全ては始まったばかりなのだから。


「さて。では、話を巻き戻しましょうか。まず、この世界に、セーラと同等かそれ以上の力を持っているキャラクターは存在する?」

「いえ、居ない筈です。いたとしても自我自体、私しか保有していないですし、私だってムービーを作るなんて事は出来ないですよ。あれは、データとして個別に用意されたものです。たかがキャラクターを作り出せる、動かせるだけで作れる品物ではないはずですよ。あくまでもシステム側はムービーを流す流さないの判断をするだけ。作成なんて、あり得ない」

「そうなると、このムービー自体が魔法ね」

「でも、そんな都合のいい魔法があるのでしょうか? ムービーはアニメーションで出来ていますし、アニメーションで動かすならば原画等も必要でしょ? それを魔法とは……」


 急にリアルが追いついてくるな。


「向こう側が魔法と主張するなら仕方がないのでは? そもそも、それよりも私はセーラが気になる」

「フィン」

「おや? ローラ様には私が次に何を言いたいかお分かりで?」


 私の核弾頭は、急にぶち込んで来るな。

 しかし、まだ時期相応ではない。


「長年、貴女の主人をしているもの。おやめなさい」

「ローラ様の言い分は分かる。だが、ここは腹を割って話した方が得策では? 築けるものも築けないでしょうに」

「でも……」

「お姉様、大丈夫です。フィンさんは私の何が気になるのですか? 仰って下さいませ」


 セーラは私を制してフィンを見る。


「貴女、リドルを庇っていませんか?」


 ……ん?

 え? あれ? そう来る?

 いやいや。今はそこではない。私はセーラの味方なんだから頭を切り替えろ。


「フィンっ! 言って良い事と悪い事があるわよ! 彼女は自分以外に自我があるキャラクターはいないと言ったわ。彼女の言葉が嘘だといいたいの!?」

「……ええ。それが愛だの恋だのと言う奴の成れの果てでは?」

「それは、愛でも恋でもないっ! フィン、セーラに謝りなさい」

「お姉様、いいんです。どうか、フィンさんを叱らないであげて」


 セーラは私とフィンの間に入ると、フィンに顔を向けた。


「フィンさんが疑うお気持ちは分かりますが、彼の方は……、いえ。リドル先生は自我を持っておりません。あの方の行動は、全てシナオリによるシステム通りです。私が庇う事すら、彼にとっては無意味なのです」

「私は、お前が嘘をついているかどうかも分からない」

「全てを信じてくれとは言いません。だけど、どうかこれだけは、これだけは信じて下さい。私は、お二人には絶対に嘘をつきません。お二人だけは裏切りませんっ。だから……」


 セーラはその場で蹲ると、祈る様に自分の手を握りしめる。


「だから、お二人がそんな事で争わないで……。お願い……」


 泣き崩れたセーラの言葉に私はフィンを見るが、フィンはチラリとも此方を見る事は無かった。

 これは中々の大仕事になりそうね。

 でも……。

 嫌いじゃないわ。





次回更新予定日は9/16(水)となります。

お楽しみに!


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