第12話 誰かの為の赤と青

「嘘でしょ!? システムにアクセス出来ない!? どう言う事よっ!!」


 セーラが半狂乱になったかの様に何もない所を必死に指でさす。

 しかし、何も起こらない。


「ローラ様」


 フィンが私の肩を叩く。


「フィン。不味い事になってるわね」

「ええ。大問題発生の様ですね」


 言葉とは裏腹に慌てふためく訳でもなく、極めて冷静なフィンが頷く。

 それは私も同じだ。


「状況から見るに、セーラが制御側から弾かれている」

「原因は?」

「あの様子を見れば、不明でしょうね。しかも、酷く突然だ」

「回復の手立てと見込みは?」

「ゼロでしょうね」

「それはつまり……」

「この世界から私たちは出れる手立てが無い」

「それは困ったな。ケーキはなるべく今日中に食べたか方がいいのに」

「そうね。それは同意」


 私は薄く笑うとセーラを見る。

 恐らく、この状況を突破できる見込みは現時点では無いだろう。


「落ち着いておられますね」

「え? 貴女がそれを言うの?」

「私は……、別にこの世界に居座った所で問題はありませんし。しかし、ローラ様は王子の事がある」

「ああ、忘れてたわ。居たわね。そんな問題も」


 あれ程の拒絶を覚えた相手に、今は何の感情も湧かない。

 この感覚には覚えがある。

 優先度が音を立てて切り替わったのだ。

 優先度が低いものは、興味も感情も全て薄れる。そちらにかまけているバッブァも何もかも全て、優先度が高い問題に注がれるのだから。


「放っておいて良いのですか?」

「私の死体をベッドで寝かせてる悪趣味を辞めさせるよりも、私たちが今日中にケーキを食べる方が優先事項だと思わない?」

「……死体を?」

「ええ。あの塔の瓦礫の墓場から、私の死体を見つけたそうよ。あのクソ王子は」


 些か不愉快さは覚えるものの、恐怖は違う方面に行ってしまった。


「悪趣味を通り越して最早気持ち悪さしか無いな」

「でしょうに。あんなご趣味をお持ちだなんて、知らなかったわ」

「それて、貴女に何を?」

「あの時代に一緒に帰ろうと言われた」


 私はフィンを見ずに呟く。


「そんな事、出来たらとっくにしてると言うのに。忌々しい……」


 最早、私はローラでは無い。

 ローラとかつて呼ばれた記憶があるだけの人間だ。

 それだけでしかない。

 なのに、戻ってこい?

 死体はある?

 巫山戯るなよ。

 ああ。

 そうか。

 思わず吐き出しそうになる言葉に我にかえる。

 余りにも突然の情報に脳が混乱していた。しかし、今は別の問題が立ち上がったお陰で視界がクリアに変わっていく。

 私は眉を潜めて、自分の忌々しさに唇を噛んだ。

 私は、気持ち悪がっていたのではないのか。

 あの王子の言葉に、自分がどれだけ願っても叶わない願いを、あの男は簡単に言った事に腹を立てているのだ。

 それも、酷く。

 そして、何処よりも深く。

 忌々しいさと絶望と、そしてその願いを口に出来る気軽さへの嫉妬で。

 私だって、ローラに戻りたい。ローラになりたい。

 ローラ・マルティスとして、生きたい。

 それならば、どれ程良かったか。

 きっと、ランティスも私に飽きになかっただろう。

 私を彼女と比べて落胆する事もなかっただろう。

 どれだけ切望しても手にいられないと分かっている。どれだけ願っても、その願いが口を付けば、薄氷の上を歩いている私の足元は脆く崩れ去る。

 わかっている。

 わかっていた。

 だから、見ないフリを必死に続けていたのに。

 あの男はいとも簡単に、それもクソみたいな気軽さで……。


「……私も死体があれば……」

「フィン?」


 聞き取れなかった言葉に、私は首を傾げた。


「……ああ、気持ち悪いなと思って。ローラ様の死体と言えど、簡単に触れて欲しくはない」

「そうね。私もいい気はしないわ。でも、その話は終わりよ。先に片付ける仕事があるのだから」

「そうですね。私達がこの世界から離脱できるの可能性があるクリア条件は思い付きますか?」

「二つばかり」

「お聞きしても?」

「一つ目。この世界で私達二人が死ぬ事。前世からの私の復帰条件は、あの時代で私が死ぬ事だった。私だけじゃない。あの時代に飛ばされた他の二人も同じ条件下の元にいた事を考えれば、可能性は高い。しかし、その分リスクも高い。確実に戻れる道筋が建っていない今、試すのは馬鹿しかないわ」

「同感ですね。次は?」

「もう一つは、このゲーム自体をクリアする事。どんな条件でもいいから、クリアする。あのエラーを見たところ、正常処理に戻ると言っていたでしょう? ならば正当にこのゲームでエンディングを迎えれば正常な処理でリセットがかかる」

「エラーもリセットされると?」

「可能性の話だけど、一番安全で尚且つ試すにはいい手立てじゃないかしら?」


 リスタートが必要ならば、ゲームをクリアする必要がある。恋愛ゲームにおいては、それが常だ。


「推れる、と?」

「ええ。少なくとも、今の現状では一番ね。フィンの見解はどう?」

「そうですね。私はローラ様のように頭が回る人間ではありませんのでローラ様のご意見に全面的に従うだけですが……、少しだけ気になるところが」

「それは?」

「いつ、セーラの権限が剥奪されたのか」

「少なくとも、この世界に入ってきた時からメニューの共有を行った時には権限は残っていたはずね」

「いえ。最後の仕事でも、すでに権限の剥奪は始まっていたのでは?」


 フィンが睨みつけるようにセーラを見る。


「その根拠は?」

「思い出してください。あの時、彼女は操作権限をローラ様に上手く与えられないと言っていた。既にその時から始まっていたのでは?」


 そう言えば、リセット要求も一度は通っていたはずあだったな。

 要求を出した時には、まだリセットが出来る権限をセーラが持っていた。

 しかし、いざ実行、または実行する為の初期化準備の際に再度権限をシステム側が確認した所でセーラの権限は無くなったと考えた方が妥当か。


「権限剥奪……。あり得るわね。フィンはパソコンでファイルとかに権限の付与や削除とかの操作をした事はある?」

「いや、ないですね」

「そう。分かりやすいと思っていたけど、近い問題が起きているのかも……」


 ファイルに権限を与える為に、メニューを開き相手に与えていい権限を管理出来るところがある。

 勿論、閲覧操作全てを禁止出来るチェックボックスも存在しているのだが、閲覧のみ、操作のみ、削除変更等が可能か不可能かを細かく選べられるチェックボックスがそこには存在する。

 今回の不具合は、後者である可能性が高い。

 何故か、セーラのID……、と言っていいかは分からないが、セーラのアカウントの出来る事を徐々に狭めて言っている様に私はフィンの言葉で感じられた。

 純粋な不具合で、そんな現象が起こりうる事なのか?

 答えは、あり得ない話ではないが極めて低い、だろう。

 今のローラを見る限りでは、彼女に残された権限がある様には見えない。

 アカウント自体を不正にするのであれば、それ様にセーラのアカウントを不正なものに変えれば、全てが一度でエラーになる。

 わざわざ、それを行わず一つずつ権限を外していく?


「……手動みたいな事、してるじゃない」


 まるで、人間が手で動かしている様ではないか。


「……外部から?」

「そうなると、コンピュータウイルスなどの懸念もある。でも、こんなゲーム機に感染しうるウイルスの存在なんて聞いた事がないわ。した所で、旨味もないでしょうに。まして、ゲーム内容のシステムを変更するなんて、出来ないんじゃない? それと同じ様に、例えば私の部屋に誰かが今侵入していてゲームを動かしていたとしても誰がローラの権限を剥奪出来る変更を、それこそ権利を持っているのかしら?」

「ローラ様の言葉が魔法の言葉にしか聞こえないです」


 うーん……。

 私も説明が上手い方ではないしなぁ。


「つまり、誰がこのゲームのシステム部分に変更を出来るのか、ね。普通の人じゃ無理。普通じゃなくても、難しいと思うのよ」

「確かに。それはわかります」

「そして、この手口。どうも私はバグだとは思えない」


 一気に切り替わっていたら話は別だが、そうではないと来ている。


「……あの時代から来た人間たちが、と言うのは如何です?」

「いえ、あの時代から来た人間がどうやってシステムに関与出来るのか。技術も知識もない。少なくとも、ソースコードさえ読めない人間がセーラにのみ不具合を出す手立ては考え難い。全てを否定するわけではないけど、現実的ではなさそうね」

「では、第三者の介入が?」

「人かはわからないけど、有りそうね」


 人でないなら、何だと言うのだ?

 自分の言葉だと言うのに酷く違和感を覚えてしまう。


「ならば、どうします?」

「そうね、取り敢えずは……」


 私はフィンを見ずに足を進めた。

 こんな時、やる事なんて決まっている。

 私は大きく腕を広げてセーラを抱きしめた。


「セーラの保護よ」

「まだ、また確認がっ!」

「何度やっても同じ事だ。セーラ、落ち着きなさい」

「しかしっ!」

「弾かれたんだよ。紛れもない事実だ」

「でも、まだっ!」

「セーラっ!」


 暴れ出そうとセーラがした瞬間だ。


「っ!」


 突然、セーラが私の胸元に倒れ込んできた。

 一体何が?

 と、言いたいところだが、こればっかりは嘘になる。


「フィン……」


 セーラの後ろから、彼女に飛び蹴りをかます彼女の姿が見えたのだから。


「大丈夫ですよ。峰打ちです」

「刀じゃなくて、足でしょ?」

「一番自信があるもので。ダメでしたか?」


 まったく。


「まさか。大正解よ。有難う、フィン」

「貴女の騎士として、当然の事をした迄ですよ」


 そう言って、フィンがニヤリと笑った。

 



「さて」


 気を失ったセーラを自室のベッドに置き、私達二人は椅子に座る。


「此処で、一度状況の確認をしてみましょうか」

「それは先ほどしたのでは?」

「状況は状況でも、今は私たちが与えられた側のシステムの話よ。フィン、今もメニュー画面は繋げられる?」

「少々お待ちを」


 フィンは眼帯を取ると、赤く染まった眼球を私に向ける。


「どう?」

「変わりないですね」

「マップは?」

「……主要キャラクターの居場所は分かります」

「他のシステムは?」

「ログは、イベントが何一つないので表示なし」

「次は?」

「衣装も衣装がない為表示なし」

「セーブは?」

「セーブ、ロード、デリート、オプションについては無効化されていますが、これはセーラからこの能力を受け取った時に既になっていました」

「無効化の理由は?」

「間違えを防ぐ為にと、セーラから」

「そう。では、タイトルは?」


 タイトル画面に遷移できるメニューだ。


「……無くなっていますね」

「そう。有難う。いいニュースね」

「タイトルが、ですか?」

「タイトル画面に戻る選択のみ削除されてる所をみれば、恐らくこの事件を起こした奴は私達にタイトル画面に戻って欲しくないみたいね」

「つまり、タイトルに戻れば物世界に戻れる、と?」

「人為的に、そして作為的にこの問題が起こっているのならば、そうでなければ辻褄があわない」


 どうやら、余程この世界に私達を置いておきたい様だ。


「画面の共有はどう?」

「ボタンはありますよ。試しますか?」

「お願い」


 セーラに付与されたフィンとの視界共有。

 これはどうなっているのか。


「どうですか? ローラ様」

「見える見える。まだ、使える様ね……あら?」

「何か?」

「右下に、Now loadingの文字が出ているわね」

「ああ、本当だ。メニューバーと同じ色で気付かなかったです」

「読み込んでいる? 一体何を?」

「データ、ですかね?」

「恐らくそうだとは思うけども、何のデータを?」

「さあ? しかし、気になりますね。このゲームロード画面が出るのって場面変更とイベントの時ぐらいしか……」


 フィンがそう言った瞬間だ。


「な、何っ!?」


 急に目の前が真っ黒に塗りつぶされる。

 何も見えない。


「ローラ様落ち着いて。これは、私の視界です。貴女は大丈夫だ」

「そんな事、問題じゃないわ! 貴女の目に何が起こっているの!?」

「……恐らくこれは……」

「これは……?」


 フィンが溜息を吐く。


「ムービーが始まる前の準備画面では?」

「む、ムービー……?」


 ああ、確かにそんなこともあったけか……。

 酷くゲーム的な展開に思わず拍子抜けしてしまうが致し方なかろうに。


「でも、ムービーって……、何で?」

「イベントが何処かで始まったんじゃないですか?」

「アリス様が誰かと接触したとか? でも、もう夕暮れよ? こんな時間に?」

「夜忍び込んでくる輩もいますし、それにあのゲームの中での正確な時間帯は部屋で起きるイベントについては不明瞭ですし」

「確かに……」

 

 でも、ムービーのイベントなんてこんな初期にあったか?


「ほら、ローラ様。始まりますよ」


 フィンの言葉通り、ムービーが流れ始める。

 花弁が散る学園の扉が開かれた。


「……何、これ」


 私は思わず呟く。


「赤と青の騎士が……二人?」


 学園の扉を潜ったのは、赤色と青色の甲冑を纏った顔が見えぬ男二人。


「フィン、このムービー、見覚えが?」

「あるわけが無いですね。でも、知った顔がいる」


 私はフィンの言葉に何も返せられなかった。

 その赤と青の騎士の前を歩く男が一人。

 それは、見慣れた顔だった。


「何でこいつが……?」


 こんな場所に。

 居てはいけないはずなのに。


「ヘビーユーザーである私とローラ様が見覚えがないムービー。知らぬ甲冑を纏う騎士二人に、こんな場所に居てはいけない人間が一人」


 ボソリとフィンが呟くと、先頭を歩く甲冑を身に纏わない見慣れた男が私たちの方を向き、口を開いた。


『我々は、陛下直属の第三魔法騎士団』


 おいおい。

 何をこれ以上ほざくのか。


『私は統括、リドル・エンタンス』


 見知った顔の、いや。リドル先生が私達に手を差し出した。


『以後、お見知り置きを……』


 おいおい。

 おいおいおいおい。


「クソみたいな自己紹介ムービーか?」


 挨拶でムービーが終われば、フィンが鼻で笑う。

 まったく持って、その通りだ。


「魔法ねぇ……」


 下らない、気に入らない言葉だ。


「どうやら、本当にただのシステムエラーじゃなさそうね」


 ああ、不愉快だ。

 酷く不愉快だ。

 恋と魔法と冒険の世界と謳いだしそうなこのムービー。

 実に気に入らないっ!




9/9(水)に更新予定となります。

お楽しみに!

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