第5話 誰かの為の作戦会議
「……どう言う事?」
私が怪訝な顔をすると、フィンが大口を開けて食べようとした肉の前で止まる。
「何かおかしかったんですか?」
「お、可笑しいも何も、選択権を持っている我々以外に『役割』以外で動くなんて可笑しを通り越して、有り得ないっ! お姉様は何か不思議に思われなかったんですか!?」
プログラム相手に言うのもなんだが、セーラの顔はまるで幽霊やらお化けやら、それらの類を見た人間の様な顔色をしている。
「……通常であれば、王子はこの場面で私に声を掛けないって事?」
「はい。私から掛けるまでは群衆同様待機に入っている筈です」
待機……。
ここが電子の世界と言うのは理解しているが、いざキャラクターがプログラムによって動いていると思えるとは随分と違いがある。
だからこそ、何が正常で何が異常なのか、人間の私たちでは観点も違うというものだ。
「でも、その群衆達も私たちが騒げばこちらに視線を投げて、ざわざわし始めますよね? 我々の行動で王子の行動が変わっただけでは?」
「確かに、他の群衆達は私達の選択によって左右しますが、メインに関わる役割立てがされているキャラクターにそんな指示は出てない筈です」
「でも、したんでしょ?」
「ええ! だから、可笑しいんですよ!」
セーラは必死に先程の王子の不可解な行動を指摘するが、矢張りどんな主張をされたところで私もフィンもイマイチピンとはこない。
どちらかと言うと、セーラの方が不可解なほどの動揺に思えてくるのだ。
「私は、普通の王子に見えたけどな?」
何かおかしな事があったとは特別思わない。
どちらかと言えば、あの時代にいた彼に会った様な感覚で、簡単に私は受け入れられた。
「ええ。私も、普通の馬鹿王子に見えました」
「フィンさんまで?」
「そもそも、ゲストキャラを入れて、貴女までキャラクター選択を変えてるんですよ。予期せぬストーリーの割り込みが起きない保証はないのでは?」
確かに、今のゲームの中はセーラが自身の為に作ったプログラムで動いている。
デバッグ作業もしていなければ、なんの動作保証もされていない環境下である事は間違いない。
フィンの言う通り、私達三人が揃っているのだ。他のキャラクターにどんな影響を与えていてもおかしくないだろう。
「私も、フィンの指摘に賛成ね。それに、例え王子が何であっても、今回狙うルートには何一つ関係ないんでしょ? 変でも良いんじゃない?」
「確かに、そうですが……」
「それとも、王子が変で困るの?」
「だったら、ローラ様はずっと困ってますね」
「いや、確かに困ってたけど……」
「……お姉様のご指摘通り、困る処はないです。でも、現状を作ったシステム管理者としては困りますね……。困ると言うか、気味が悪い」
確かに、期待値に削ぐわない結果が出てしまえばプログラマとしては怖いのだろう。
「致命的なバグでないのならいいんじゃない?」
「私も同意見ですね」
「……はぁ。何か、お姉様達の言葉が尤もな気がして来ました。次回はもっと、先生以外のキャラクターの動きも固めてみます。トライアンドエラーなんて最終的なものだと思ってたんですがね」
「え、次回あんの?」
「一回で上手くいなら、私は今頃先生の子供を産んでますよ!」
「どんな消極的なポジティブだよ。このプログラムは」
「でも、確かにセーラの言う通りかも。今回の一回で上手くいくなんて考えない方がいいかな。私達もこの世界に慣れてないし、現実世界とは切り離して考えなきゃいけないところはいけないし。それこそ、トライアンドエラーじゃない? フィンもそう思うでしょ?」
「……二回目以降もこの歩くメニューを連れて行ってくれるなら賛成します」
「あはは。そこ? フィンの部活とか用事が入ってなかったらね?」
「部活辞めますか」
「おい、スポーツ推薦。大丈夫だよ。置いて行ったり、しないからさ」
「約束、ですよっ」
「ええ。勿論」
そもそも、一人でこの世界を回すの無理っぽいだろ。
「それにしても、選択肢の関係がないとアリス様とシャーナはどうなるのかな? 勝手に選択肢が選ばれる状態になるの?」
「ええ。彼女達は私達の知り及ばないところで恋をする筈ですよ」
「そうなんだ」
それはそれで、少し寂しいが今はセーラの先約があるからなぁ。
「アリスとシャーナ、壁にいますね」
「ええ。お二人とも、壁の花になってて素敵よね。絵画にしたい」
「ローラ様のお部屋に飾る場所ないのでは?」
「王子のポスターと掛け軸剥がすから大丈夫。確保する」
「掛け軸じゃなくてタペストリーです」
「タペストリーって三角じゃないの?」
「……」
下らない私のフィンの会話の最中に、セーラはアリス様達をじっと見つめている。
「セーラ? また、何か?」
「あ、いいえ。他の主軸キャラはどうなっているか観察していただけですよ」
「そう?」
制作者としては、不安なのかな?
それぐらいにしか、今の私には思うことは出来ない。
だってそうだろ?
夢も現も。私達の前には何一つ変わらない姿で現れるのだから。
ダンスパーティーも無事食事だけに終わった私たちは、ホールを出て廊下を歩く。
「さっさと寮に移動しましょうか。荷物運ばれてるかな?」
「私はゲスト扱いになってる為に部屋がないのでローラ様の部屋にお邪魔しますね」
「あ、そうなんだ。いいよ。おいでおいで。セーラ、私の部屋って何処になるの?」
「あ、はい。恐らく、前の時代と同じ場所になってると思います。ランティス様がそこは分かると張り切っておられましたし」
「は?」
あ、しまった。
あの夜、ランティスが私の部屋に忍び込んできた話、フィンにはしてないんだった。
「む、昔からいたし、きっと忍び込んだ事があるんじゃないかなぁ?」
「……まあ、いつかは察しがついてますけどね?」
「……言うタイミングがね? 色々あったし」
「はぁ……。まったく。いいですよ。でも、次は無いですからね?」
「このゲームでは誰も尋ねに来ないってば。セーラの部屋はどうなるの?」
「私も、お姉様と同じ部屋ですね。この学園は、兄弟姉妹は同室と言うルールがあるので」
「へー。そうなんだ」
あれ?
そう言えば、タクトもアクトと同じ部屋だった気がする。寝室は違うけど、ダイニングとか諸々は共有的な。ランティスも王子と同じだったし……。
そんなルールがあったのか。
「私、あの時代のあの学園の事、余り知らないのね……」
「まともな学園生活は送れなかったんです。致し方ないでしょ?」
「確かに、そうだけど……。もっと知るべきだったのかな? とも思わなくもないわ」
あの時は、全てが手一杯で何かに顔を向けられた記憶がない。
本来なら、一生徒として得る知識もだが、一般教養の部分でも、自分は部外者であると一歩引いて何も学ぼうともしなかった。
こんな形で、まさか指摘されるとはな。
「知っても知らなくても生きていけましたもの。あの時代はそう言うものです。私だって、知らないですよ。人の殺し方以外は。でも、だからこそ生き延びれた」
「フィン……。それは流石に重過ぎる話だわ」
なんて話を打ち込んでくんるだよ。
「でしょうね。だから、打ち込みました。こんな事で落ちこまれたら後がもたない」
呆れた様にフィンが手をあげる。
確かに、そうだ。
「落ち込んでなんているけど、ないわ。私にはまだ続きがあるんだもん。でも、あの部屋寝室は二つしかないわね。フィンの部屋がなくない?」
「大丈夫ですよ。前世同様天井裏に潜んでますので」
「……忍者かよ」
「時代的にも世界で初めての忍者は、恐らく私ですね」
「デカく出るんだから。天井裏じゃなくて、私の部屋にいなさいな。セーラ、ベッド一つ追加出来る?」
「はい。仰せのままにっ!」
便利だなぁ。
最早、魔法みたいだ。
フィンが言うのには、セーラはこのゲームのシステムの中枢に食い込んでるんだっけ?
「追加しておきました」
「ありがとう。フィン、これからは天井裏ではなく隣に居てよ? 私のメニューなんだからさ」
「メニューなら普段隠れて居るべきでは?」
「減らず口よ、それは。騎士たるもの、主人の横にいなくてどうするの? 主人より上にいようだなんて、百万年早いわよ?」
しかし、このゲームの中枢にいて、なんでも思いのままに書き換えれるセーラにリドルが落ちないとはおかしな話だ。
「でも、良いのですか?」
「何が?」
「私がローラの時は、王子と同室でしたよ? 部屋はありましたが、擬似結婚の様な感じで、向こうの部屋で生活をさせられておりました。お姉様は私たちと同じ部屋で良いのですか?」
懐かしい単語だな。
「そんな事してたの?」
「はい。何も無かったですけど……」
珍しいな。
あの二人は、私がそれを望んでなかったことを知っている筈だが……。
シナリオでも、ローラと王子が同棲しているに必要な部分もないのに。
「王子とは今生の別れを言い渡した後だから、セーラ達と住まないと私は野外で寝る事になるわね」
「騎士の隣は主人はどうなったんです?」
「そうだった。だから、あの部屋でないと困るわ」
「私は構いません! お姉様のお好きな方で大丈夫です」
「ありがとう。さあ、部屋に引戻りましょうか」
始まりの、あの部屋へ。
「此処だけ時代が一致なんだよなぁ」
見慣れた部屋を見渡しながら、私が呟くとフィンが小部屋から顔を出す。
「でも、シャワーがありますよ。あと、トイレも」
「文明開化過ぎでしょ。水道ないのにどうなってんの?」
「シャワー、お湯でますね」
「給湯器あるの? 文化進み過ぎでしょ」
「ここまで来ると、電子レンジがあっても驚かない自信がありますよ」
「流石にそれは驚くって。電源どこでとんのよ」
あの不自由な暮らしを経験してきた身としては、シャワーとトイレが現代寄りなのは随分とありがたい。
「お姉様方、荷物の片付け終わりましたか?」
「うん。と言うか、荷物なんてあってない様なものじゃないの? 服とか制服だしさ」
「と言うか、セーラはプログラムでどうにかなるんじゃないの? わざわざ手作業でやる必要は?」
「そうなんですが、今は王子のバグが怖くて。プログラム弄るたびに怯える方に疲れますよ。片付けよりも」
気疲れねぇ。
随分と人間らしい心だな。
「ゲームの中って言っても、お腹は減るし、食べれば満たされるし、不思議な所よね」
「それに、現代では十分と経ってないと言う所がまたも不思議ですね」
「私的には、それらを全て受け入れるお姉様方の方が不思議です。お茶、煎れますね」
「ああ、それなら私が」
「そうね。フィンの紅茶は一等美味しいのよ? セーラも味わって頂戴な。私の自慢なの」
「あ、有難う御座います」
「いいよ。ローラ様の自慢の紅茶飲ませてやるから、セーラは座ってて」
「はい」
無駄に広い食卓にセーラは腰を下ろす。
「さて。色々と落ち着いてきたし、そろそろ核心めいた話でもしましょうか?」
「核心、ですか?」
「貴女とリドル先生のルートの話よ。リドル先生が好きってのは分かったけど、それ以外に私達に情報はない。情報共有は攻略において最重要項目よ?」
「あ、はい!」
「そもそも、リドル先生は現実世界にはいないゲームオリジナルキャラクターで、私もフィンにも情報はキャラクターブック依存のものしかないわ。何故、先生に恋を?」
「え? えぇっ!? そんな事迄!?」
「これだけ派手に巻き込んでおいて、そこで恥ずかしがる必要なくない?」
最早初心を通り越してる。
「言いにくい事なら聞かないけど、そうでないなら教えてくれると助かるわ。攻略にも関わってくるだろうし」
「そ、そうですね……。言いにくい事ではないのですが、こんな事でって思われそうで、恥ずかしくて……」
「思わないよ。私だって、ランティスに恋したのは、いい奴だって言われたからだもん。こんな事で、ばっかりだよ。恋なんて」
「お姉様……。はいっ」
と、熟練者みたいな事を言っているけど、それ以外に私に経験はないんだけどね。
今思うと、確かに人に話すには随分と憚れる単純な話だな。
「リドル先生は、このゲームで唯一私を、ローラを褒めてくれた人なんです……」
「褒めた?」
「覚えておいでではないですか? 登場時、アリスに嫌がらせする私の髪を取り、美しいお嬢さんと仰られた姿を!」
え。
そんな事あった?
全然記憶がないのだけど。
そもそも、セーラには申し訳ないがリドルは私の守備範囲外である。
そもそも、実年齢である潔子と余り歳が変わらないばかりか同じ社会人。
確かに、アリス様としては年上の男性として惹かれる所は多いと思うが、正気に帰れば二十代後半の潔子にとっては何の旨味もない。
近過ぎる接点に惹かれる所は何も無かった。
「ありましたね」
後ろから、フィンの声がする。
「ローラ様を褒めるとは、まあまあ見所がある奴じゃないかと思って覚えてます」
「そこでー?」
そこで覚えちゃうか。
「自分でもわかっているんです。話の都合上、喧嘩を止める為に言ったおべっかだって。でも、心がある状態で言われたら、誰にも褒められなかった私には宝物みたいな言葉になって……」
「それで、好きになったと」
「はい……」
いい話じゃないか。
「最初は、そのセリフを聞くだけで満足でした。でも、もっと聞きたくて。もっと、先生に近づきたくて」
「ローラ様のゲーム機をフル起動させていたと?」
「そこー? ゲーム機フル起動させてたのはいいよ。朝起きてほんのりゲーム機が温かいままだったのも、別にいい。で、ルート書き換えてもその願いは叶わなかったと?」
「はい。全てダメでした」
「因みにどんなルートにしたの?」
「最初はアリスと私の立ち位置を逆してみたんですが、何故か毎回王子ルートに入るんです」
「呪いかよ」
「それで、私はローラのままでルートを変更してアリスを先生にあわせないルートにしたら出会うことすらなくて。それ以外にも思いつくままに途中でプログラムを切り替えて私と先生だけのルートにしても一生徒から進まずに……」
「リドル先生を書き換えなかったの?」
「そんな事っ! するわけ無いじゃないですか! 私が好きなのは、このゲームにいる先生ですっ! 彼が変わってしまったら、意味なんてないっ!」
立ち上がり拳を握るセーラに私は思わず拍手を送った。
立派じゃないか。
本当に、リドルが好きなのだ。彼女は。
「そうね。配慮に欠けた言葉だったわ。ごめんなさい」「あ、いえ。私こそ……」
「でも、この世界で何でも出来る貴女が失敗を重ねている理由はわかったわね。リドル先生自身はプログラムのままなのでしょ? プログラム的には、アリス様にしか靡かないんじゃない?」
根本的な話だ。
全てを書き換えるのならば話はわかるが、ルートと言う選択肢のみを変えたところでプログラム上キャラクターの性質は変わらない。
「他のキャラクターでもそうじゃない?」
「それは……」
「貴女の気持ちはわかるけど、多少の変更は……」
「あの、お姉様、違うんです」
「え? 何が?」
「他のキャラクターは、その、あの……」
「何?」
「つ、付き合えたんです……」
んー!?
「つまり、他の奴でも試したって事ですか?」
「り、リドルが好きなのに!?」
「し、試験的にですっ! 付き合えた所でリセットしたので、その後はないです! 断じて、何もっ! キスも! 私だって、お姉様と同じ事を考えてしまって、その、試しにと、その、思いまして……」
プログラマー的には正解だけど、恋する乙女としてはそれでいいのか?
本人も死ぬ程後悔してそうだけど。
「そ、そう。じゃあ、キャラクターはそのままで大丈夫なんだ」
「はい……」
「因みに、誰で試したの?」
「ローランド先輩です……」
ああ。アリス様の幼馴染みの?
王子程では無いが、アリス様の幼い頃の話見たさに結構周回したなぁ。
「ローランド? 付き合った後、キスするルートじゃないですか」
「し、してないですっ! その前にリセットしました! その、あの、私だって、初めては絶対先生がいいと思うので、そのっ!」
「フィン、そんなに虐めてあげないで。可哀想になってくるでしょ?」
「お姉様ー!」
フィンは鼻で笑っているが、成果としては大きい。
プログラムの事は分からないが、こちらの選択肢次第で矢張りキャラクターの動きは変わるのか。
固定では無い。
それさえ分かれば、リドルを落とすのだって方法はある。
「リドル先生は夏休み後の投下よね? それ迄に基板をどれ程積み上げれるかだわ」
「基板、ですか?」
「私はリドル先生にそれほど詳しくは無いけど、彼の好みに合ったセーラを作り上げる必要があるわ」
「成る程、ローラ様。敵の弱点を見極め攻める方法ですね。スタンダードで良いと思います」
「戦じゃないですか……」
「恋も戦よ。ね? フィン」
「ええ。と言うか、私の言葉丸々同じですよ?」
「えへへ。使ってみたかったの。そうと決まれば、リドル先生の好みって分かる? 私、それ程周回してないから余り知らなくて」
「リドルか。アレもまた謎が多いキャラですよね。途中参戦にしては、バックボーンが謎ですし」
「アリスと付き合うのも、何だかんだで保護者の様にですし。キススチルはあっても、挨拶程度だった気がします」
「ああ、確かに。確かエンディングでも彼だけは姿を見せないんでしたっけ?」
「聞いた事があるかも。人気投票でも上位なのに立ち絵も少ないのよね?」
「ええ。私も好きでも嫌いでもないので詳しくはないですが、それを踏まえても謎が多い人物なのには間違いがないかと」
「謎ねぇ……。取り敢えず、セーラは悪役令嬢じゃなくなったんだし、アリス様みたいに模範的ないい生徒でいるのは大事よね? 相手は先生な訳だし」
「いつでもいい子ですっ!」
「そうだとは思うけど。何だろ? 先生の気を引く為には、少し儚そうな成分がいるんじゃない?」
アリス様みたにさ。
「アリスは儚くないでしょ? 食べれる野草を取り分けれる女ですよ?」
「いや、そうだけど、そうじゃなくて。なんて言うの? 守らなきゃ! て、思う感じ。ほら、アリス様ローラに虐められてたし、庇護役をそそるでしょ?」
「いや、私は特には」
「彼女、それなりにやり返してきてましたよ? 取り巻き最強ですし」
「私は、唆られてたの! ずっと! ほら、嫌がらせとかされたら先生に相談できるし、悪い手ではないと思うのよ」
何だ、この敵の多さは。
私はいつだってアリス様を護りたいと思っていたと言うのに。
「まあ、それは、確かに」
「距離を物理的に縮めれますね」
「でっしょ? だから、セーラにはアリス様の様に虐められる役をやったらどうかしら? ここに、悪役令嬢のオリジナルがいるわけだし?」
セーラの為に人肌脱ぐ事は吝かではない。
悪役は誰よりも慣れてる。
「いい手だと思いますが、ローラ様が意地悪した所でたかが知れてるのでは? そんなに意地悪してないですよね? 前世でも」
フィンが正論をぶつけてくる。
「そこは、セーラが、頑張るとして……」
「私が!?」
「いや、だって私、人に悪役令嬢にされてただけで、意地悪とか嫌がらせとか、した事ないし……」
そう。
多分世界で一番受け身の悪役令嬢だと思う。
悪い噂は自動で作られるし、そこから次々と悪化していくし。
黙っていても周りが怯えるし、嫌うしで自分から進んで意地悪してたのも悪意で答えてくれるアクトとあのツインテールぐらいしか思いつかない。
「適当に悪口とか言っていいからさ」
「しょっぼいですよ、流石にそれは」
「無理ですっ! 大体、お姉様の悪口を私が言ってもただの兄弟喧嘩ではないですか!」
「お、おん」
確かにそうだけど。
「んー。だけど、私からってのは随分と難しいし……」
「それに、私と仲良くしてくれるって言ったじゃないですか! 楽しい学園生活送ろうって! 私、楽しみにしてたんですよ!?」
「……言ったね」
そんなに楽しみに?
正直、意外だった。
だって、そんな事よりも恋する相手と結ばれる方が先決ではないのか?
それよりも、私達を優先させるって……。
かわいいところがあるじゃないか。
「他の手を考えてくださいっ!」
「……仕方がない。わかったわ。じゃあ、悪役令嬢は却下で他にね。 フィンは何かない?」
「だから、私に恋愛は不向きですって。戦の時に呼んで下さい」
「恋も戦っ!」
「……減らず口はどっちなんだか。そうですね……。確か、リドルはアリスの成績についても認めていた記憶があります。優秀な生徒を演じるのは悪い手ではないと思いますよ」
「優秀な生徒……」
「確か、試験が夏前にありますし、そこでいい成績を残したらいいんじゃないですか? 取り敢えず」
「成る程。確か、成績優秀者は生徒会役員にも成り上がれるんだっけ?」
「ここには候補生はいない様ですしね。あれ? リドルは生徒会の顧問でも無かったでしたっけ?」
「確かに顧問ですが、描写は少ないです」
「でも、それを逆手に取れば距離を詰められるのでは? 選択肢によって変わる未来なら、選択肢の幅を持たせるのは悪くないと思いますよ」
確かに。
フィンの言う通りだ。
「では、取り敢えず成績優秀者として生徒会入りを目指しましょうか」
「はいっ! お任せください。私の脳にはネット世界が繋がってますから」
「それ、ズルくない?」
「いいじゃないですか。こんな世界の成績なんてクソの役にも立たない筈なのに、立つんですから。ズルしてでももぎ取ったもん勝ちですよ。お二人とも、紅茶です」
「確かにそうね。フィン、ありがとう」
終わらない一年を永遠に繰り返す世界。
始まりもなければ、終わりもない。
「言ったでしょ? 戦事ならお任せあれですよ」
フィンは笑いながらトレイを戻す。
終わらない一年。
この一年に囚われたままの人間の続きは何処に行くのだろうか。
私の様に。
顔のない亡霊の様に、彷徨い続けるのだろうか。
私はまだ、あの時代から抜け出せずに彷徨い続けている。
次回更新日は7/6(月)12:15頃となります
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