第4話 誰かの為の王子様

「席、後ろの方にしますか? 寝てもバレませんし」


 さてはこの子、入学式を寝て過ごす気でいるな?


「寝てもいいけど、良い子でいてね?」

「相手次第ですからね。前に行く事はお勧めしませんが、これだけ人がいるならば何処でもバレませんよ」


 塔の礼拝堂に入れば、既に新入生でごった返しているではないか。


「そうね……。いや、でも待って? アリス様の席の近くがいいわ。フィン、メニュー開いてアリス様の位置を確認っ!」

「はいはい。推しに対して貪欲なローラ様も嫌いではないですが、初めてのメニュー使用がコレってどうなんです?」

「じゃあ、セーラに頼むわ」

「やらないとは言ってないでしょ? ほら、ローラ様止まって」


 フィンは眼帯を外すと、目を開ける。

 いつもは満月の様に美しい瞳が、眼球全てが血の様に赤く染まっていた。


「アリスは中央に座ってますね」

「……」

「ローラ様?」

「ねぇ、それ痛くないの?」


 不安になる。

 血の様に赤いだけの眼球。


「え? ああ。これ全部赤色に染まってるんでしたね。自分では完全に見える画面が違うだけなので実感がないですが、痛くないですよ。血でもないですし。大丈夫なんですよね? セーラ」

「ええ。それはソースコードの集合体を詰め込んで目視化したものなのでタクト様が触れていたエディタに依存した結果赤くなってしまってますが、怪我や血ではないのでご安心を」

「……そうね。真っ赤ですもの。びっくりしちゃった」


 そう言って、私はフィンの瞳を眼帯で隠した。

 私は彼女の死際を知らない。

 ギヌスと、どんな顔をして戦ったなんて知らない。

 腸を切り裂かれたと、彼女は言ったが多分それは嘘なのだろう。彼女は、私に何かを隠したくて頑なに真実を教えてくれない。

 無理に暴く事はない。

 フィンが隠したいなら隠すべきだし、見ないフリをするべきだ。

 だけど、たまに。

 本当に、たまに。

 この子の死に様がどの様な姿だったのかを考えてしまう時がある。

 ああ、もしかしたら。

 あの時この子の目は、血の様に赤かったのかしら、と。


「まあ、見てくれは良くないですので、余りローラ様は見ないで下さいね」

「えー。別にいいよ? 吸血鬼みたいでカッコいいよ?」

「他にも私にはカッコいい所が死ぬ程有りますので、そちらで我慢して下さいね」

「否定ができないのが困るな」


 やめよう。

 生きてる人間に、何を抱く事があると言うのか。

 考えるな。

 あの時の後悔を晒すな。


「あの金髪がアリスじゃないですか?」

「あ、後ろ姿も神々しい……」

「隣は、シャーナか?」

「入学式で仲良くなるもんねー。あ、横向いた」


 シャーナ嬢がアリス様の方を向いて、あの時と変わらない笑顔を見せる。


「……笑ってますね」

「ええ。馬鹿な事だと思うけど、フィン。プログラムの彼女達を見て、私凄く嬉しいわ」


 両親もそうだ。

 消えてしまった過去。何一つ残っていない残響。

 例え紛い物だろうが、なんだろうが。

 もう二度と手に入らない景色を見ながら、私は笑う。


「……私もですよ、ローラ様」


 フィンが私の手を握って笑った。


「私も、嬉しい。あの二人が、笑ってくれていて」

「あははは。一緒だね」


 作り物の学園であっても。

 私達はそこにいたのだから。


「よし、ここに座りましょう! ここならいつでもアリス様とシャーナが見えるわ」


 アリス様達の斜め後ろに席を取った私の隣にフィンとセーラが腰を下ろす。

 セーラはうきうきと周りを見渡していると、にこーっと頬を釣り上げて笑った。


「セーラ、どうしたの?」

「オリジナル様……、あ、矢張り人目があるのでお姉様とお呼びしますね。お姉様のお陰で、初めて楽しみな入学式になりそうです。私、数え切れないぐらい入学式をこなしてる筈なんですが、いつも嫌な事、いっぱいで……」

「入学式のイベントでセーラは欠かせませんからね」

「一種の仕事よね。其処迄嫌なら、データ改竄とかはしないの?」

「だって、お姉様このゲーム、滅茶苦茶するじゃないですか」


 お、おん……。


「本当ならお姉様に私の存在バレちゃダメだと思うんですよね。自分でも、よく分からない存在だし、何でこんな事になったのかもわからないし、正直トラックに跳ね飛ばされたお姉様の脳内に根性でネット経由でアクセス出来たって事実さえ、未だに理解できないですし、よくお姉様がアクセスしてるアニメサイトにあるように人間にバレちゃダメなやつだと私も自負してますし」


 あ、あれネット経由だったの?

 ネット経由で出て来てたの?

 と言うか、うちのゲーム機無線繋いでて良かったね!


「だから、先生とのラブラブルートの改竄もお姉様が寝静まった深夜に必死で回してたんですが……」

「通りで最近深夜にゲーム機が凄い勢いで処理する音が聞こえるわけだわ……」

「ローラ様、怪奇現象に寛大すぎでは? 少しは疑いましょうよ」

「しかも、あのカッコいい別れ方をした後ですよ? 消える消えると消えていったのに、心が残ったって意味わからなくないですか? 私はプログラムで。お姉様は現代に戻りましょうとか言っといて、私だけ戻ってないですよ? なのに、まだ居るとか、カッコ悪くないですか? 会いにいけなくないですか? いや、会に行く必要もないぐらい毎日ゲーム動かして貰ってますけど。だから隠れていたのに、もう、本当にどうしようもなくて、ダメで、何をやっても進めなくて……」


 何をやっても進めなくて、か。

 残念ながら、その気持ちは大いにわかる。

 今の私、そのものだ。


「そっか……。でも、大丈夫だよ。私もフィンも力を貸すしね。それに、楽しい学園生活送ろうよ。いくら何も無くても、一人ぼっちは寂しいよね」

「お姉様……。はいっ!」


 そうだ。

 一人は、楽しくないのだ。

 いや、これは随分と語弊がある。

 一人でも楽しいし、気楽だ。ずっと一人だった私が言うのだ。間違いはないだろう。

 だけど、たまにそうじゃない時もある。

 振り向いても誰もいないと安心する時がある様に、振り向いたら誰かがいて安心する時も必ずあるのだ。


「そろそろ、学園長の話が始まりますね」

「前回の死因が初回でくるかー」

「あ、嫌ですか? 一太刀浴びせに行きましょうか?」

「飲み物選ぶぐらいの手軽さで一太刀浴びせに行かないで?」


 発想が物騒。

 そうこうしている内に、一人の初老の男性が壇場へ上がる。

 ゲームでは立ち絵はなく言葉だけだったが……。


「本人じゃん……」


 私の目に映ったのは、間違いなくあの時代の学園長だった。

 ランティスの信じたかった、あの人の姿のまま、そこにいた。

 とは言っても、姿形が同じなだけで、私を殺した学園長ではない事を私は理解している。

 強烈な拒否反応もなければ、湧き上がる憎悪もない。

 こんなにも穏やかな気持ちでいるだなんて、自分でも少々気味が悪くなってくるな。

 でも、彼を恨んだところで、何が変わるのか。無駄な労力だ。

 この世界には、ギヌスもいな。

 そして、彼の息子だって。

 彼が使える駒はなければ、彼を変えた魔法の石すらここにはないのだ。

 同じであって、同じじゃない。

 まるで、ローラと安田潔子だ。


「……どちらでも、いいですよ。ギヌスを誑かした爺でも。清く正しく無駄話が長い爺でも。今を生きる私達には関係ないですよ。人間なんて、今しかないんですから。過去には戻れない」


 顔を上げれば、詰まらなそうに学園長の話を聞くフィンがいた。


「同じであろうと、なかろうと。そんなもの、些細な問題でしかない」


 その横顔は、あの頃のフィンそのままだと言うのに。

 酷く大人な顔をしていた。


「そう、ね」


 過去にはどんなに願っても戻れない。

 私が進む道も。

 ぼうっと、学園長の話を聞きながら私は彼の事をただ考えていた。

 折角の、アリス様を見つめれる席だと言うのに。

 メールが来ない彼の事を。


「漸く終わりましたね」

「ええ。テキストで二、三行しかない癖にね」

「私は毎回聞いてますよ?」

「凄い苦行ね。この後は……」


 あ、思い出した。

 リアルではあり得ない黄色の声が上がる。


「王子の挨拶ですよ」

「人体に影響があってもスキップしたい案件だ」


 全く持って、その通り。


「推しだった頃に見たら楽しかったのかもなぁ……」

「楽しくなですね。私と話してた方が楽しいですよ」


 そりゃそうだ。

 壇上する王子を見ながら、私は一人呟いた。


「何で、このゲームにはランティスがいないんだろ……」


 今は、いない方が安心してるのに。

 会わないことに安心してる。

 会いたい、けど、会いたくない。

 どちらが本心か自分ですらわからないこの状況下で、ゲームの中とは言えランティスに会わなくて済む事は、いや、メールを待たなくていい事は何処か救いの様に感じていた。

 会ったら、どうすればいいのか。

 何をすればいいのか。

 好きなのに。愛してるのに、分からない。


「……私と同じ理由じゃなですか?」

「ん?」

「ローラ様はお気付きか分からないですけど、私もこのゲームには登場してないんですよ?」


 そう言って、フィンは意地悪そうに笑った。

 確かに、そうね。

 今は隣にいるけど、それは現実のフィンだもん。


「気付いてるに決まってるでしょ?」


 いたら一番可愛がってるし、アリス様の次に推すし。


「それより、同じ理由って?」

「……分かりませんか?」

「え? うん」


 ゲームにいない理由? ゲームバランスが崩れるからとか?


「そうですか。では、不思議にしとて下さい」

「えー? 自分から言ったのに?」

「ええ。言わぬが花って奴ですよ」


 楽しそうに笑っちゃって。


「ローラ様が正解を言ったら、教えます」

「それは教えるじゃないよね?」

「正解かどうかを教えるって事ですよ」


 この可愛い減らず口め。

 

「お姉様方、ちゃんと王子の話聞いてくださいよっ」


 コソコソと私達が話していると、セーラがキッと私達を睨んで注意してくる。

 この子、悪役よ言うより固い委員長タイプか。


「無理だな。飽きましたもん」

「少し長いよね」

「お姉様方っ!」


 もう! と、セーラが怒り出す。


「ティール王子はこの国の次期国王ですよ? 不敬な態度は駄目です」

「この国の王様ねぇ。……ローラ様、帰ってきて、あの国の事って調べられました?」

「え? ……実は、調べてないわ。本当に、昔あった王国迄は調べたんだけどね、それからは怖くて」


 あの後、どうなったのか。

 調べようと思った事は、きっと数え切れないほどあるのだ。

 だけど、怖かった。

 私の守った国は、愛した人達がどうなっか。

 行末を知るのが、ただただ、怖かった。


「私は、調べましたよ。あの国はどうなったのか、残された人間は、どうしたのか。一番は、ローラ様はどうしたのか、を。私だけは、一人で先に行ってしまったから何も知らなくて。タクトは、いいですよね。生まれて直ぐにランティスが居たから。貴女の最期を教えてもらえる。でも、私はずっと一人だったから」

「フィン……」


 思わずかける言葉が見つからなかった。

 だってそうだろ?

 彼女は、一人だったのだ。

 ギヌスとの死闘から、ずっと。誰にも知られる事なく、彼女は死んだ。塔の崩壊で彼女の遺体が残っていたかも怪しい。

 誰も知らないのだ。

 フィンが何を守り、何を捨て、何を思って死んでいったのかすら。


「だから、その過程で知ったんですが、この馬鹿王子の国はまぁまぁ繁栄した様ですよ。子孫の代で国は他国に乗っ取られて滅びましたが、この馬鹿王子はローラ様の言う通り、国にとっては有益だった様だ」

「……そう」

「でも、今の私達にはそんな事、露一粒よりも関係がない。再び産まれてきた国だって、あの故郷からすべてを超えた日本だ。不思議なものですよね」

「そう、ね。でも、貴女があの時代の記憶がなければ、私たちはこうして会うことも出来なかった。関係ない事、ないんじゃない?」


 関係ない場所に、関係ない人間として産まれてきた。

 だけど、今の私達が繋がれているのはあの時代のお陰だ。あの時代が会ったからこそ、私達はこうして会えた。

 きっと、記憶が無かったら気付かないのではないだろうか。どんなに近くても。


「関係ないですよ。私は、前世がなくても、記憶が無くても、絶対にローラ様に会っていたし、隣に立ってた自信がある。言ったでしょ? 前世なんて、たかが前世ですよ。今と比べたら、取るに足らない。そんな事で、悩まないでくださいよ。私は、ローラ様だろうが、潔子さんだろうが、貴女になら何処まででも付いていく。それが、騎士道ですよ」


 フィン……。

 きっと、フィンには私の不安が分かっているのだろう。

 私は、ローラ・マルティスなのか安田潔子なのか。何方を皆が見ているのか。

 もう、私はローラになれない。

 ローラ・マルティスはあの時代にあの日あの場所で死んだのだから。


「有難う。私もきっと、あの時代の記憶がなくてもフィンとは友達になったと思うわ」

「ええ。絶対に」


 でも、ランティスは?

 彼は、どうなんだろうか?

 彼に良く似たティール王子を見つめながら、私は口を噤む。

 ああ、矢張り。

 彼がここに居なくて良かったのかもしれない。

 



「やっと終わりましたね」

「そうね。少し疲れちゃったわね」

「お二人とも、後半寝てたじゃないですか……」


 呆れた声でセーラが私達を見る。

 現代社会で得たスキルの様なものが発動しただけだと言うのに。


「この後に備えて体力を温存していたのよ。本当にイベント無視していいの? この後のダンスパートで王子がアリス様にぶつかってイベントが開始されるはずだけど、私何もしないわよ?」

「ええ。大丈夫ですよ。今回は、私と先生のルートですから、アリスは関係ないので」

「私欲に塗れたルートだな……」

「その為に呼んだのですもの! 当たり前です!」


 当たり前なんだ。


「しかし、なぜこの後にダンスパーティーがあるんでしょうね」

「リアルでは無かったの? 私、入学式間に合わなくて知らないのよ」

「ないですよ。現実的に考えて、入学式にダンスパーティーなんてどう考えても必要ないですし、パートナーがいない人間は死ねって事じゃないですか」

「極論過ぎる」


 確かに必要ないとは思うけどさ。


「事実と違うのは致し方ないですよ。ランティス様もタクト様も、アリス様と王子の出会いをご存じないのですから」

「え? ああ。そうか。あの二人、学年違うものね。二人ともこの入学式にはいなかったのかな? 同じ学年でも私もいなかったし、知らないけど」

「はい。知らない事は、どうしようも無いですし、このゲームはお姉様の手助けには関係ない場所は全て妥協で出来てるゲームです」

「こちらも極論過ぎる」


 確かに、ずっと一緒にいたわけじゃないからなぁ。

 ランティスとフィンは今で言う中等部だし、タクトは上級生で尚且つ研究生。授業や行事ものは中々被らないもは致し方ない。


「王子と踊る必要ないなら、私は何方でもいいけど」

「それは、お姉様の一存でどうぞ。必ずと言うものでは無いですし、正直、ランティス様もタクト様も余りダンスパーティーと言うものを理解されてないと思いますから」

「おん?」


 それはいいのか? 元王族と貴族だろ。


「お二人とも、人生の大半はこの学園で育たれましたし、ここのイベントを作る間も、アニメとかゲームとか見ながらこんな感じじゃ無いかと話し合って作ってましたし」

「妥協が過ぎるでしょ」


 でも、確かに社交場でも二人の姿を見た覚えは余りない。

 この学園に入れば、長期の休み以外は特に外に出る機会もなくなると聞くし、二人には余りにも思い入れの少ない場面であるのかもしれない。

 それに、ランティスは社交場で必要な愛だの恋とは無縁でいなければいけなかった存在だ。国王陛下達も、意図的にランティスには参加しない様に気を使っていたのかもしれないな。


「私も、ダンスパーティーなんて産まれてこの方、参加した事ないですよ」


 テライノズ家の幽霊令嬢が手を上げる。

 フィンは、幼い頃から一族が主催する違法決闘の戦士として生きていた。最強の闘士である彼女が女である事はあの時代を鑑みればトップシークレット。

 隠す為に彼女は人目の集まる場には参加できなかった様だ。


「貴族だって王族だって何だって、無縁を極めればとことん無縁だ。知らん事は知らんのでしょうね」

「そうね。まあ、私もダンスパーティーとかは参加しても踊った事は数回しかないし」

「そうなんですか?」

「学園に入る前なんて、王子と最高潮に険悪な時期よ? 私も王子も手を取っておどれるわけじゃないじゃない。どうしても、踊らなきゃいけないなんて国王陛下の前とか、そんな時ぐらいだもん」


 最後の最後で王子とは和解できたとは思う。

 あの時、彼は、私を認めてくれた。

 片腕がなくなった私に膝をつき、私の手を取ろうとした。

 プロポーズは斜め上だが、私の力も努力も全て認めて受け入れようとしてくれたのは確かだ。

 そして、私がそれに絆されそうになってしまったのも。

 しかし、それは最後の最後。最終局面での話だ。

 このゲームの中では振り出しの関係には違いない。

 私だって、好きで苦渋をなめていたわけじゃ無いんだ。恨み辛みはないかもしれないが、蟠りも苦手意識もなかったわけじゃない。


「今回も、踊ろらないなら踊らないに越した事はないわ」

「じゃあ、ご飯食べましょうよ。ランニングから帰ってすぐに来たので、お腹空きました」

「いいよ。あ、でも此処で食べてもお腹は満腹にならないんじゃない?」

「いいです。偽りの満腹で。冷蔵庫の中にはワンホールありますから」

「二人で食べるのにホール買ってきたの?」

「フォークで突きましょうね」

「いいよ。私、切ってあげるから。絶対食べ切れないじゃん。食べ切るまでフィン帰らないでよ?」

「無理だったら姉を呼びましょう。あの人も大概暇ですし、よく食べる」

「それは名案ね」


 先輩なら大歓迎だ。

 あの後、会社を辞めるはずだった私にランティスと付き合うなら都内に居るべきだ。要るべきなら、働くべきだと私が元の会社にいれる手助けを色々としてくれた。

 両親への説得にも、この姉妹はついてきてくれて、円満に解決できたのは感謝しても仕切れない。

 お陰で、私は事故の前と同じ暮らしをさせてもらっている。


「しかし……、ダンスパーティーのイベント挟む為にこのホール作るの凄くない?」


 入学式の後、あの祈り場から移動したダンスパーティーの会場を見渡しながら私が言う。


「時代背景ぐっちゃぐっちゃですよね」

「まあ、ゲームだし合ってない様なもんでしょ。逆にちゃんとしてたら見栄え地味じゃない?」

「地味ですね」

「雰囲気でいいのよ。それに、私こっちの方が好きだし」


 これぞ、中世ヨーロッパっ! て、感じ、嫌いじゃないのよね。


「ふふん。でしょ!? この背景に拘られたのはタクト様なのですよ!? 私の創造主様の好み、素晴らしいでしょ!?」

「え、タクト?」

「あの眼鏡、メルヘン眼鏡か?」


 少し意外だ。

 こう言うのは、興味なさそうだし。


「女子が好きそうな物を徹底的にリサーチした結果ですよ。タクト様は、そう言う所がストイックなんです」


 自慢の創造主様をこれでもかと褒めてるセーラを見ると、本当にセーラはランティスとタクトに可愛がられて作られてたのだろう。


「料理も可愛いもの多いのもそのせいなのかな?」


 見渡す限り、料理もスイーツの様なものが多く感じる。


「肉を食えよ。あの眼鏡」

「お肉もあるよ。私取って来ようか?」

「いいですよ。私は取り巻き兼歩くメニューなんですから。自分で行きます。適当にローラ様が好きそうなものも取ってきますね」

「有難う」


 手を振ってフィンを見送り、私はもう一度ホールを見渡す。

 あ、アリス様だ。

 サンドイッチ食べてる。可愛いー! あれをスチルにすべきでは?


「フィンさんって、不思議な方ですよね」


 アリス様の新規スチルを目に焼き付けていると、セーラがフィシストラの背中を見ながら呟いた。


「フィン? 突然どうしたの?」

「あ、いえ。お姉様をこの世界に連れて来ようとしたときには、本当に怖かったんですが、事情を話せば協力してやると言われて、そしてゲームの中だとわかればすぐにお姉様の役立つ機能を譲渡できないのかと聞かれて。最初はただの怖い人かと思ったのですが、お姉様を思うお気持ちは誰にも負けないだけだったと気付いて。ゲームでは最後までお会いできる機会を設けて貰えなかったんですけど、彼女の様な友人がいたら、少しは楽しかったのかなって」


 ゲームのローラは孤独だ。

 取り巻きがいる様な描写はある癖に、一度もの取り巻き達の姿はない。

 彼女の隣に立つのは、いつだってティール王子だけ。

 でも、ティール王子は彼女を決して好いてはくれなかった。


「楽しいよ。ずっと一人私も一人だったの。だけど、フィンが隣に居てくれるだけで、とても楽しい。貴女も分かるんじゃないかな? この一年、ゲームの中だけどさ、フィンも私もいるんだから。楽しくしようよ」

「お姉様……。はいっ!」

「それよりも、セーラは何が好き? 食べ物私も取ってくるよ?」

「お姉様にそんな事させれませんわ!」

「いいよいいよ。それに立ってるだけなんて暇じゃん? 焼き菓子とかどう?」

「お姉……」

「ローラっ!」


 その時だ。

 私の名前が呼ばれたのは。

 嫌に聞き覚えがある声に、私は心底溜息をつく。

 セーラを見ると、彼女は怯えた顔で首を振るった。

 つまり、彼女も何故、彼が私に話しかけるか分からないらしい。

 プログラムってこういう時どうなってるのか。よく分からないが、これが私に取って良くない事だという事は嫌でもわかる。

 まさか、向こうから接触してくるとは……。


「……何か?」


 振り向けば、そこには氷の様に冷たい眼差しを私に送るティール王子が立っていた。

 まだ、見たところイベントは開始されていない様だが?


「君は、こんな所で何をしいるんだっ!?」

「……は?」


 突然どうした。

 まるで、何故自分の元に駆け寄ってのこないのかとばかりな物言いは。


「……あの、見てわかりませんか? 妹と級友と親睦を深めている最中ですよ?」


 そもそもが、用がない。

 イベント発生時に呼ばれる……、事はないだろうが、呼ばれるならまだしも、イベント発生前に王子に接触する必要など何処にもなかろうに。

 まあ、昔なら。

 私がまだあの時代にいたら、必要性の有無も考えずに決まりごとの様に王子の元へ馳せ参じていたかもだけど。


「僕がいるのにかっ!?」


 ん?

 本当に、何を言い出すんだ? この王子は。

 この時期はゲームだろうがリアルだろうが、私達二人の関係は冷え切っているはずだが? 特に、王子が一方的に。


「王子? どうされた……」


 一体、どうしたと言うのか。

 まるで、この王子は……。

 その時、王子の後ろで水がぶつかる音がした。


「ああ、失礼」


 顔を向ければ、フィンがグラスを逆さにして立っていたのだ。


「なっ!」


 水のかかった制服に驚く王子に、フィンが首を傾げる。


「私の友人が襲われていると思ったら、名ばかりの婚約者である王子でしたか。ああ、申し訳ない。驚いて水をこぼしてしまった」


 騒つく会場に、悪びれもしないフィンが笑った。


「早く着替えに戻ったら如何か? 嫌いな相手にわざわざ手を取りに行く馬鹿でも風邪をひくぞ?」


 フィンとぐっと何かを言い出そうとする王子の前に、私は体を擦り込ませる。

 これ以上の騒ぎは、誰も望んでいないだろうに。


「フィン、過去の因縁はそれぐらいに。それより、貴女は大丈夫? 水掛かってない?」

「はい。大丈夫です。貴女の剣は鈍ではないので」

「ローラっ! 僕の話を……っ」

「それならいいわ。ねえ、王子。私を可哀想だとお想いになり声を掛けて頂いたのは光栄です。でも、人間関係において、憐みで築く関係はお互いがお互い、蟠りしか残りませんわ。ここには貴方のお父様の目も届かないんだから、どうか私の事はお気になされずに。貴方に相応しいご相手をお探し下さな。私は、私に相応しい騎士と妹がおりますので」


 ここは、一旦離れた方が吉だ。

 いや、一旦ではないか。

 にっこりと笑い、王子に言葉を投げる。

 もう、このゲームの世界で関わる事はないだろうに。

 達者に生きろよ。


「ローラ? 君は……」

「ローラ様、あちらにローラ様が好きそうなものがありましたのでご案内しますよ」

「え? 本当に? 行く行く!」

「お、お姉様! フィン様もお待ち下さいっ! 置いてかないでー!」


 ティール王子には最後の最後で欲しい言葉は全部貰った。

 だからこそ、私も全てを置いてこれた。

 もう、ゲームだろうが何だろうが、親密度を一ミリ足りともあげるつもりはない。

 王子と離れ、フィンと料理を突いていると、セーラが何とも言えぬ表情をしていた。


「セーラ、どうしたの?」


 先ほどの王子への態度に文句があるのか?

 そう思っていたのに。


「お姉様……」


 不安げな顔でセーラが私を見る。


「何?」


 彼女の様子が何か変だ。

 どうしたんだ?

 しかし、理由はすぐに分かった。


「先程の王子は、一体誰なんですか……? 王子が私に話しかける場面なんて、用意されていないですし、私も編集をかけた覚えがない……」


 まるで、狼に怯える子羊の様に。セーラは頼りなく私の裾を掴んで聞いたのだ。

 王子は、一体誰?

 そんな場面なかった?

 それは、どう言う事なのだ?

 



次回更新日は6/29(月)12:15頃となります。

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