どうして。【手嶋×相田】
夏祭りが近い。
吹奏楽部員たちの話題も、もっぱらそれになっている。
僕はその日は夏祭りの見回りというなんとも退屈な仕事がある。
夏祭りという最高に浮かれた場所で、生徒が浮かれすぎて羽目を外さないか監視する役目だ。
僕も少しは浮かれたい気分なのだが、これではそういうわけにもいかない。
今日の部活終わりだけでも、既に多くの部員から夏祭りに行くという報告を受けている。
別に報告しなくてもいいのだが、楽しみが過ぎるのだろう。
溢れ出す感情というのはしばしば誰かに伝えたくなるものだ。
そういえば相田は行くのだろうか。
ふっと過った思考を振り払う。
相田はあれ以来他人行儀というか、本来あるべき生徒と教師の距離感を保っている。
これでいい。
これでいい。はずなのだが、やはり引っかかる。
もう自分の気持ちには気づいている。
不本意とはいえ1度向き合ってしまうと背を向けることは容易ではない。
ダメだ。
僕はこのままだと教員失格だ。
生徒に想いを寄せるだなんて、そんなことあっていいはずがない。
「手嶋先生。」
音楽準備室のドアが開き、相田が顔を覗かせる。
「今日当番なので、鍵を返しに来ました。」
「ああ、そうか。ご苦労。」
ぎこちない。
相田に普通に絡まれることがもはや異常なことになってしまっている。
「あ、あの、先生。」
相田が口を開いた。
アニメか漫画でしか見たことがないような、絵に書いたようにモジモジとしている。
「夏祭り、先生は行くんですか?」
「見回りを任されたから行くよ。楽しみはしないけど。」
「そっか...。」
少し嬉しそうに口角が上がった。
「先生、あれから私考えたんです。やっぱり先生への想いは捨てきれません。」
相田はまっすぐな目で僕を見つめる。
こんな表情は何度も見たが、やはり慣れない。
あまりにまっすぐすぎて全身が貫かれる感覚が走る。
「どんなに自分にいけないことだ、諦めなくちゃって言い聞かせても、やっぱりダメなんです。言うこと聞いてくれないんです。」
「わがままだな。」
あえてぶっきらぼうに言い放った。
多少傷つけてでも諦めさせないと。
それで僕が倍傷つこうとも。
「そうなんです。わがままなんです。でもこんな自分は少し嫌なんです。だから、最後のわがままを聞いてください。」
相田は僕の近くまで来た。
ふわりと女子の甘い香りが鼻をくすぐる。
「夏祭り、一緒に回ってくれませんか?先生のことはそれできっぱり諦めますから。」
グサリ。
彼女の言葉が僕の胸を突き刺した。
当たり前のこと。
そうあるべきこと。
全て自業自得。
なのに、どうしてこんなにも痛みが走るんだ。
「先生、自分の想いは無理に抑え込まない方がいいのかもしれませんよ。」
赤城の言葉が脳裏に浮かぶ。
そうだ。ぼくは相田のことが......。
「わかった。その代わり、僕はあくまで仕事だからあまり楽しめないぞ。」
「はい。私は先生といられたらそれだけで楽しいので。」
そう言うとさっきよりももっと嬉しそうに、しかし切なく笑った。
相田が部屋を出ると頭を抱えて大きくため息をついた。
憂鬱だったイベントにささやかな楽しみが増えた。
そして全てが終わる。
僕の想いも、相田の想いも、全て終わる。
消えてなかったことになる。
どこにでもいる、普通の生徒と先生に戻る。
それで当然だ。
そうあって然るべきなんだ。
そうじゃない方が異常なんだ。
わかってる。
わかってるのにーーー。
どうして涙が出てるんだろう。
終焉の夏祭りまで、あと1週間。
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