誠実な人なら。【岩崎×赤城】

僕と赤城さんは、大量の夏祭りのチラシを校舎の2階に貼っている。

この量はもはや業者の域だ。

注文した先生か送り付けてきた主催者にはお説教が必要だ。


そんなことよりも心配なことがある。


「会長、うまく誘えてますかね。」


「さあ。でも不安ね。あの人なんていうか、不器用だから。」





今から1時間ほど前、白田さん以外の3人は生徒会室で重大な話し合いをしていた。


「赤城、岩崎。来週夏祭りがあるだろう。」


「ああ、あの無駄にどデカい祭りですね。夜遅くまでうるさいから興味が無い人間からすると鬱陶しいんですけどね。」


「岩崎、祭りに興味ないんだ。」


「行っても子どもかリア充だけじゃないですか。人混みで吐き気がしますし。」


「まあそれはいいんだ。それでだ、先生からこんなものを預かってきた。」


そう言って会長は机の上に大きなダンボール箱を取り出した。

開けると中には大量の夏祭りのチラシが入っていた。


「これを校内に貼っていくのが今日の仕事だ。」


「この量をですか!?」


「明らかに多すぎますね。」


僕らが驚くのも当たり前で、その量は明らかに校舎の至る所に貼り付けても半分は余るであろうと容易に予想ができた。


「もちろん全部は貼れないだろうから、残ったらしばらく保管した後に処分する。俺と岩崎で3・4階、白田と赤城で1・2階を担当して、手分けして貼っていくぞ。」


「会長、白田さんと一緒じゃなくていいんですか?」


「赤城、それはどういう意味だ?」


会長はあからさまに顔を引き攣らせて前のめりになった。

わかりやすいなー、この人。


「そのままの意味ですよ。せっかく2人きりになれるのに、こんなチャンス逃していいんですか?」


「俺は構わん。別に白田のことは何とも思っていないからな。」


「そうだ、この夏祭り生徒会役員4人で行きましょうよ。だから白田さんを誘っといてください。」


「岩崎、要らん気を回すな。」


「それじゃ、僕は仕事があるんで。」


「私も一学期の予算報告書そろそろ作らないと。」


こうしてなし崩し的にはなったが、会長と白田さんを2人きりにさせて夏祭りに誘わせることになった。




ほとんどの場所にチラシを貼り終えた。

あとは図書室前の掲示板と多目的ホールだけだ。


図書室に着くとちょうど図書委員が掲示板前にいた。

どうやら期限の切れたポスターを剥がしていたようだ。

爽やかそうな好青年で、なんともモテそうな風貌だ。

羨ましい。


「それ貼るんですか?良かったら貼っておきますよ。」


「では、よろしくお願いします。」


赤城さんがチラシを1枚渡す。

図書委員はチラシを見てふと思いついたように顔を上げる。


「あ、あと5枚ください。この掲示板しばらくスカスカになっちゃうんで、なにかで埋めたいんですよ。」


「わかりました。こちらもチラシが多くて困っていたんです。」


「ウィンウィンですね。」


「はい!」


そう言うと嬉しそうにチラシを5枚渡した。

外では雨が強く降り出したようだ。

梅雨の湿気が体に纒わり付くのを感じた。

まあ、そんなもんだよな。




「岩崎、さっきの図書委員の人、イケメンだったね。」


図書室を離れると無邪気な笑顔で言った。


「ええ、そうですね。」


雨の音がやけに鼓膜を叩く。

今日は傘をさしてもずぶ濡れになりそうだ。


「1年生かな。初々しくて良かったね。」


「そうですね。」


「どうしたの?機嫌悪い?」


「そうですね。」


微妙な空気のまま多目的ホールに着いた。

ほとんど使われないくせに無駄に広いこのホールの出入口付近と、中の壁に貼ったらこの仕事は終わりだ。


ホール内に入って雨の音が聞こえなくなると、代わりにさっきの図書委員との会話や赤城さんの発言が頭を駆け巡る。

なんだろうか、この感覚は。


「岩崎、私何かしたかな。」


沈黙に耐えられなかったのか、満を持して聞いてきた。


「そんなことないですよ。」


「でも図書室を離れてからずっと不機嫌じゃん。」


「気のせいじゃないですか。」


「もしかして、図書委員と仲良さげに話してたのが嫌だった?」


グラッとした。

それが動揺だということにすぐに気づいた。


「図星だ。」


「......赤城さんは、ああいうのがお好みですか。」


「それは恋愛的な意味で?」


「はい。」


「まあ顔は好みかもね。背も高かったし。」


「やっぱり。」


確かにさっきの図書委員は顔が整っていて背も大きかった。

顔も背丈もザ・普通な僕とは正反対だ。


「でもね、私は見た目だけじゃ好きになったりしないよ。」


「でもバスケ部の人もイケメンで背が高かったですよね。」


赤城さんの顔に一瞬陰ができた気がした。

まずいことを言ったかもしれない。


「あー、啓介か。アレも確かに見た目が良いよね。」


「やっぱり面食いじゃないですか。」


「何、嫉妬してんの。付き合ってもないのに。」


嫉妬。

そうだ、僕は今嫉妬しているんだ。

それを赤城さんに気付かされるなんて、情けないな。


赤城さんは少し意地悪な顔でこっちを見る。


「別に面食いってわけじゃないよ。見た目は大事だと思うけど、結局は中身。どんなにイケメンで高身長でも性格が悪い人とは付き合いたくないし、容姿が良くなくても誠実な人なら付き合いたいって思うよ。」


「そうなんですか。」


「そうだよ。だから岩崎君も頑張ったら?私を落とすの。」


「その落としたい相手に励まされるって何なんですかね。」


「確かに。」


赤城さんはニヤッと笑った。

つられて僕も笑ってしまう。


「ねえ、岩崎も夏祭り行くよね。」


「行きますよ。約束しましたし。」


「良かった。じゃあ来週は楽しもうね。」


「はい。」


多目的ホールを出ると雨の音はしなくなっていた。

雲も薄くなり、少しだけ陽の光が出てきている。

来週はきっと快晴になるだろう。

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