秘密。【西野×東原】

人は誰しも多かれ少なかれ秘密を抱えて生きているものだ。

政治家や芸能人、先生、親だって何かの秘密を抱えて生きている。

それは高校生も同じことだ。

当然俺だって。


「西野!帰ろう!」


帰りのホームルームが終わって早々に隣のクラスから、声の大きい小柄な男子ががやってきた。

東原だ。


「東原、お前もうちょい声のトーン落とせないのか。毎度毎度比喩じゃなく耳が痛い。」


「ごめんごめん。今日タピオカ奢るから。」


「それで手を打つ。」


「よっし、じゃあ行こう!」


東原は俺の方に手を差し出した。


「東原、今はまだ。」


「あ、そうか。ごめん。」


俺たちには秘密がある。

誰にも言えない、2人だけの秘密が。

それは友だちは疎か、親にすら言っていない。

当たり前だ。

こんなこと言えるはずがない。

だって俺たちは...。


細く人通りのほとんどない裏道に入った。

この100m程度の道に入ると俺たちの秘密が少し解放される。


「ここまで来たら解禁していいよね、瑠夏。」


「そうだな。」


「名前呼んでよ。」


「なんでだよ。」


「いいから。」


「...優希。」


「よし!」


「俺は犬か。」


「背が高くて無愛想だから、ドーベルマンかな。」


「じゃあ優希は背が低くてうるさいからチワワだな。」


「チワワが可愛くて反撃になってないよ。」


「うるさい。帰るぞ。」


「ははは、ごめんごめん。ねえ、手繋ごうよ。」


「まあ、いいか。この先の大通りまでだぞ。」


「やったー。」


裏道から大通りに出て道なりに進むと俺たちがよく行くカフェがある。

昔はガラガラで1人で来るには最適な場所だったが、今は立地の良さもあって人が多い。

今のような平日の夕方は仕事終わりのサラリーマンが座席の半数程度を埋めている。


「すみません、タピオカミルクティー。瑠夏もそれでいいよね。」


「ああ。」


「じゃあそれふたつで。」


優希とここに来ると、最近初めたというタピオカミルクティーを飲むのがいつものことだ。

カフェの割にここのタピオカミルクティーは非常に美味しい。

そこらのタピオカ専門店なんか比にならない。

この近辺だとNO.1と言っても過言じゃないだろう。


俺と優希はいつもの窓際のテーブル席に向かい合って座る。


「そうだ、瑠夏聞いてよ。今日親にあのことバレかけたんだよ。」


「え、やばいじゃん。何があったの。」


「朝ごはん食べる時いつも情報番組つけてるんだけど、今日めちゃくちゃ可愛いファッションブランド紹介してて、つい可愛いって言っちゃったんだよね。」


「それで怪しまれたと。」


「まあ女装癖を疑われただけだし、可愛いのは可愛いだろって言ったからなんとかなったんだけどね。」


「良かったな。バレたらまずいもんな。」


「そうだよ。僕がトランスなんてバレたらお母さんを悲しませちゃう。」


優希と俺はいわゆるトランスジェンダーだ。

トランスジェンダーとは、簡単に言うと体の性と心の性が違う性同一性障害のひとつだ。

俺たちは男性の外見でありながら内面は女性。

2人ともそれを他人には分からないように言葉遣いや普段の行動には細心の注意を払っている。


「そういえば俺も危ないことあったわ。」


「瑠夏の危ないは本当に危ないから怖いよ。」


「いや大丈夫。女性用の服が見つかって父さんに竹刀で1発ぶん殴られただけだから。」


「それが怖いんだって。大丈夫?ぶん殴られたの。」


「大丈夫。ちょっと腫れてたけど今はなんともない。」


「じゃあ良かった。瑠夏のお父さん、本当に理解してくれないよね。」


「理解されようとする方が間違ってるよ。父さんだけじゃなくて、この世の誰にもね。」


「瑠夏...。」


「暗い顔しないでよ。優希が諦めたくないのはわかってる。最近は俺らみたいなジェンダーマイノリティーって言われる人達への理解はされるようになってきてる。それは知ってる。だから希望は捨てなくてもいいんだ。俺が捨てただけのことだから。」


「でも僕はそれをそのままにして欲しくない。捨てたならまた拾えばいい。拾えないなら僕が渡す。だって僕らは...」


「付き合ってるからってか。」


「そう。」


もうひとつの秘密、それは俺たちが付き合っていることだ。

外見が男の2人が付き合うのは今でも偏見の目で見られがちだ。

それに優希は母親に、俺は父親には絶対に言えない理由がある。

俺の場合は父親の性的マイノリティへの認識が古すぎて、「根性を叩き直せば治る」なんて言われて殴られる。

優希は親孝行がしたくて、母親に「孫の顔を見せてくれるのが1番嬉しい」と言われたことで言えなくなってしまった。


「まあ優希なら俺が本当に嫌がることはしないだろうから勝手にしてくれて良いけど、多分無理だぞ。証拠に枷がないはずの今でも男口調全開だ。父さんの影響がどれだけ強いことか。」


「トランスなのは性根が腐ってるからだーってやつか。」


「ああ。時代遅れもいいとこだ。もう令和だぞ。あの昭和老害。」


「僕のお母さんもなかなかだけど、瑠夏のお父さんは本当に難攻不落ってかんじだね。」


「小田原城もびっくりだろうな。」


「えーっと、小田原城ってなんだっけ。」


「知らないならいい。教科書に載ってないし。」


傍から見ると少し重い話をしている、流行りが好きな友人同士に見えるのだろう。

どうせ蔑まれるなら勘違いしてくれている方が返って助かる。

俺たちの関係はとてもじゃないが公言できたもんじゃない。

LGBTへの理解は深まってきている。

それでも未だに差別は根深い。

そんな世の中で公言したら、俺たちも差別に苦しむだけだ。

それならずっとこの秘密を抱えて静かに死んでいった方が遥かにいい。



俺たちは秘密を抱えて生きている。

俺たちはトランスジェンダーであり、付き合っている。

そのことは俺たち2人以外の誰も知らない。

それでいい。

このまま墓場まで持って行ってやる。

俺は誰も信じず、死ぬその時までこの秘密を抱え続ける。

そう決めたのだから。

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